人間風車

1998/09/19(土)
【ゲームも「温故知新」なのだ!】

去年あたりから、全然ゲームをしなくなってしまいました。
もちろん、気になるゲームというのはたくさんあります。
仕事のことも考えれば、最後までやらなくても、
ちょっと触ってみるくらいの「必要」は
あるかなとも思うんですが、だめですねぇ。

ゲーム作りの王道はあいかわらず「ゴージャス」のようです。
実写のような絵、びゅんびゅん動く3D、
美しいサンプリング音、沢山のイベント、などなど。
「総プレイ時間50時間!」ていう「売り」まであるくらい、
超大作主義まっさかりです。

でも、これってユーザーからの
ニーズから生まれてきてるんでしょうかね。

周りの、自称「結構ゲームやりますよ」族の人でも、
なんだかんだ(テレビを見たり、本を読んだり、
映画を見に行ったり、デートしたり、
風呂入ったり)で結構時間がなくて、
ゲームをやる時間は、せいぜい、1日1時間、
1週間でも数時間といってます。

これはごくごくノーマルなことだと思うんですけどねぇ。
世の中、楽しいことはいっぱいあって、
ゲームはその一つに過ぎないわけですから。
自由な時間を割り振っていったら、
そんな感じになると思います。

でも、制作の現場の主流は、
あいかわらず「ゴージャス」なんですよね。
これでは、一般ピーポーとゲームの間は
開いていっちゃう気がします。
「総プレイ時間50時間!」なんてのは、
一般ピーポーには「売り」じゃないですもの。
超特盛りナポリタン・スパゲッティー、
ジャンボ餃子付きみたく、
見てるだけで食欲がなくなります。

去年はPSが流行っていたし、
「パラッパ」とか「IQ」とか「みんなのゴルフ」とか、
一般ピーポーでも遊べるライトなゲームがぽんぽんとでたから、
よかったけど、最近はあんましない気がする。

一般ピーポー(僕を含む)ってのは、
一度ゲームマシンの電源切ったら(比喩表現です)、
なかなか、再び電源入れないですからね。
別にゲームじゃなくても、
世の中いろいろ楽しいこといっぱいあるわけですから。
こういうの、作るがわからすると、怖いですよね。

もちろん「ゴージャス」万歳の人はいます。
たくさんいます。でも、
その人達が将来の「メインなお客さん」なんでしょうか。
ちょっと考えてみる必要がある気がします。

世紀末は、原点復帰の時期でありますから、
ゲームも「温故知新」してみる必要があると思います。

近い知り合いがそういう企てをしているので
(もうすぐ、見られますよ)、
どのような波紋を投げかけるか、楽しみです。

« さてさて、どうやら、貴花田が壊れちゃったみたいですが。 | | こうなったら、「公開総括」なのだ! »