人間風車

1999/02/19(金)
【ゲームで恋は語れない】

プレイステーションがたちあがったとき、
「ゲームは子供だけのエンターテインメントではなく、
大人から老人まで楽しめる
エンターテインメントにしなくてはならない」
というSCEIの社長の言葉には、感動した覚えがあります。

が、現在、残念ながらその理念は達成されていない、
むしろ後退している気がします。

同年代である30代の人に「ゲームやります?」と聞くと、
「最近やらなくなったなぁ」、
「ごめんなさい、やらないのよ、ゲームは」、
「ゲームは目が疲れるからね」、
「やってみたい気もするんだけど、時間がなくってさぁ」、
「はまると困るから、やらないんだよ」、
「高いでしょ」という返事が多いです。


これはどれもイクスキューズな気がします。その証拠には、
この人たちは小説を読むし、映画を見るし、
(人によってですけど)伝言ダイヤルやってたり、
妻も子も愛人もいたりするんですから。
上の理由は、イクスキューズなんですよね。


かくゆう自分も今は全くゲームをやりません。
研究の意味でやらなくてはいけないのでは、
という意見もちょうだいいたしますが、
やりたい気にならないんだもの、しようがありません。

これは単純に大人が楽しめるエンターテインメントでは
少ないということにつきると思います。


作り手の人材の質の問題も大きいと思うんですが、
やはり、規制が多すぎます。特に下(しも)系の規制が強い。
パンチラもキスもヌードももちろんアレも、全部NGです。

(そのくせ、殺したり、
壊したりはどこまででもOKなんですがね)


そういうのが入らないと大人が楽しめないという考え方は
ヘンだという意見はごもっともです。
ボクもそう思います。


が、映画でたとえれば、ディズニー系の映画か、
怪獣映画しかNGというような、
この不自由な「お子さまな感じ」が、
多くの大人の食わず嫌いを生んでいるような気がするんです。
あの「タイタニック」ですらゲームの倫理からすると、
NGってことになるわけですから。

これでは、
大人の恋をゲームで語れる日なんてのはこないわけです。
作りたいという意味じゃなくて、
そういう手のものも同じ棚に並んでいてほしいじゃないですか。

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