人間風車

1999/05/07(金)
【バサーの愛】

バスフィッシングをしない人には、
なんとも奇妙に感じられるみたいなのですが、
バサー(バス釣りをする人をこう呼びます)は、
だいたいにおいてブラックバスが好きです。
味、じゃないです。存在自体を愛しているんです。
ですから、彼らの命も大切にしますし、
彼らの食生活や住居環境なんかにも、気をもんだりします。

具体的な愛の形として、つり上げたとき、
バーブレスにして(針のもどしをつすこと)、
口の傷を小さくしたり、体表組織を傷つけないように、
なるべく体に触らないようにしたり、
窒息しないようになるべく早くリリース
(水に戻す)するように心がけます。
競技なんかで捕獲している間は、
酸素の供給も怠りませんし、
もし殺してしまったら競技上のペナルティーにすらなります。

また、シンカー(おもり)に鉛を使わないようにしたり、
なるべく太いライン(釣り糸)をまいて、
ブレイクして(釣り糸が切れること)、
ラインやフック(釣り針)やルアー(疑似エサ)が、
水中やバスの口に残らないようにしたり、
ゴミは必ず持ち帰るなど(当たり前のことですが)、
環境を汚さないことにも、配慮をします。


こうした行いは、
釣りをしない人や海釣りをする人なんかには、
奇異に映るようです。

「釣ったのに、なんで食べないの?」、
「目的(食べること、らしい)ないのになんで釣るの?」、
「釣っておいて、命を気遣うなんて矛盾している」
という意見をいただきます。


まっこと、その通りだと思います。


バスがすっごくおいしい魚だったら、
食べちゃうかもしれませんし、
たとえ、うまくリリースしたとしても、
バスに重大なダメージを与えることは間違いありません。

ですから、
愛しているなんて偽善だ!矛盾だ!自己満足だ!欺瞞だ!
ってご意見は、ごもっともと思います。

これはうまいこと弁解できないんですが、
お互いにダメージを与えあう競技でありながら、
常に相手に怪我を負わせたくないと祈っている
格闘家の気持ちに近いかもしれません。

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