人間風車

1999/11/09(火)
【別れ】

長年一緒に暮らしてきた人と、
別々に暮らすことになった。

一人でいることが耐えられない人間と、
一人でいる時間がどうしても必要な人間が、
子供がほしい人間と、子供はいらない人間が、
例え、
結婚という既成のスタイルを必要としないという
共通の考えがあったにしろ、
一緒に暮らし続けるというのには、
当初から無理があった。

それでも、その点をのぞけば、
とっても気のあう仲だったので、
なんとか一緒にいられる方法はないものかと、
ペットを飼ったり、別々に過ごす時間を調整したりと、
いろいろ工夫をしてみた。

が、結果として、
決定打となるアイデアは見つからなかった。

そうこうするうちに、
年齢的な締め切りが近づいてきた。

いくら高年齢出産が可能になってきたからといって、
やはり限界はあるし、早いに越したことはない。

そこに、仕事に集中したいという、
こちらのタイミングもバッティングした。

我々の仕事も、スポーツ選手ほど顕著でないにしろ、
年齢的な締め切りはあると感じている。

そんなこんなで、
直接切り出したのは、
3×回目の誕生日を迎えた彼女の方からであったが、
同じことをこちらも考えていた。

(そんなところまで気が合うんだと、
苦笑した二人であった)

それにつけても、一緒に暮らす、
それ以外の点ではとっても気のあった、
全くすばらしいパートナーであっただけに、
神様も意地悪なことをするものである。

なんて書くと、
ひどく落ち込んでいるかのように
思われるかもしれないが、
お互い、とってもサバサバしている。

(きっと、まわりからはそういう状況の二人に
見えないんじゃないかな)

これは自分でも意外だったし、
むこうもそう思ったらしい。

やるだけのことはやった。

という思いがあるからだろうか。

後悔、悲しみ、悔しさ、怒り、
そういう感覚も全くない。

(一生懸命練習して、
それでも結果が出せなかったスポーツ選手って、
きっと、こんな気持ちなんだろうと思った。)


もちろん寂しい。それに残念である。

でも、いかなる別れも寂しいものであるから、
仕方がない。

慣れるより他はない。

それに、生涯気の合う人であることに変わりないし、
これからも会うことはあるし、
一緒に仕事をすることもあると思う。

そういう意味では、
関係がなくなったのではなく、変化しただけ、
と言えるかもしれない。

くっつくより離れる方が、
作るより壊す方が、うんとエネルギーを使う。

でも、正しいタイミングで、
離れること、壊すことは、
とっても大切なことである。

そういう決断というか、心構えは、
昔に比べてしっかりしてきた気がする。

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