人間風車

2000/09/05(火)
【いじるという遊び】

久しぶりにゲームを買った。
ゲームボーイソフト「ころころカービー」というゲームだ。
このゲームは、加速度センサーが入っているので、
ゲームボーイ本体を傾けると、
ゲーム中のキャラクター(カービー)が、
その傾きに応じて移動する。

ゲーム内容は、ゲームボーイを傾けて、
カービーをころころ転がして、目的の場所に移動させるという、
そのまんまなものなので、ま、ちょっとベタすぎない?
って気もしないでもないけど、ゲームボーイを傾けると、
ソフトの中もそれに対応する、つまり、
キャラが箱(ゲームボーイ)の中にいる感は、
とてもおもしろいと思った。

このおもしろ感っていうのは、
目や耳だけが遊んでもらっている、
という遊びに飽きているという事実と無関係でない気がする。
5感のうち2感しか遊んでもらえないわけだから、
そりゃ、他の感覚器はおもしろくない。

ゲームはロボットのように触ることができない点が
不利と言われている。
重さ、固さ、暖かさ、ニオイなど、
残りの感覚をゲームが表現することは、
モニターに映す遊びであるだけに、
なかなか厄介な問題だ。
それをどうにかしようとする、一つのアイデアとして、
このゲームはとてもおもしろいなと思った。

この夏のはじめ、ようやく一つゲームを作り終えたんで、
そろそろ、次をと思っている今日このごろなんだけど、
どうも「テレビの前に座ってゲームをやっている自分の姿」
というのが想像できなくて困っている。

ぼくは、ゲームのアイデアをおもいつくとき、
テレビの前に座ってゲームをやっている自分の姿が見える。
そして、そのときのモニターをのぞき込む形で、
どういうゲームなのかが見えてくる。
それを写し取るというのが、
ゲームのアイデアを思いついたということになる。

だから、「テレビの前に座ってゲームをやっている自分の姿」
が見えてこないと言うのは、ちと、調子が悪い。
きっと、この時期、ドラクエをやるために、
モニターの前につきっきりの人って多いと思うけど、
どうもね、そういう自分の姿が見えてこないんですよね。
まずいといえば、まずいけど、でも、
それが自分の正直な気持ちなんだなぁとも思う。

その代わり、ゲームを手にしている姿は、よく浮かんでくる。
ゲームをやっていると言うよりは、
その装置をいじっている感じ、というほうが近いかもしれない。
モニターの中をのぞき込んでみると、
白黒の絵だったりするから驚く。

これはなんなんだろ?何をしているんだろ?
思いつくまま紙に写し取ってみると、
自分でもびっくりしてしまうほど、ゲーム的でない絵。
あまりに突拍子もない絵なので、さすがにうちのメンバーにも、
そのアイデアは話していない。

「手に持っていじる遊び」。
今の携帯用ゲームもそうなんだけど、
そうした従来のゲーム的遊びとは、
ちと違う。う~~ん、
「ゲーム」(という言葉)じゃないんだよなぁ、
きっとこの遊びは。

もっと希薄というか、原始的というか。
「遊ぶ」というより「いじる」って感覚の方が近い気もするし、、、。
しっかし、こんな遊びのアイデア、
どこに持っていけばいいんだろ。

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