人間風車

2000/09/06(水)
【刑法に対する、素人の素朴な疑問】

我が子の顔を布団に押しつけ窒息死させた
17才の父親に対する処分は、
「少年院送致」と決まったそうだ。
「殺意が認められない」という裁判官の判断で、
殺人ではなく、傷害致死罪となったわけだ。
「殺意が認められない」と判断した詳しい理由は知らないから、
滅多なことは言ってはいけないとおもうけど、
彼には、幼い子供の顔を布団に押しつけたら、
死んでしまうという認識がなかったから、ということなんだろうか。
もし、そうだとすると、そうしてしまうと、
死んでしまうとわかっていた場合なら、殺人罪になったんだろうか。

そういえば、クスリを飲ませて眠らせた女性を、
冬の夜、外に放置して凍死させた事件があったが、
この事件でも、「そうすれば死んでしまうかもしれない」という認識が、
被告になかったから刑が軽くなったというような記憶がある。

上の2件、そんなことしたら、
相手は死んでしまうという認識というか想像は、
そんなに難しいもんじゃない気がする。
このとき、死んでしまうかも知れないとわかっているのに、
そうした人とそういう想像ができなかった人とで、
刑の量が変わってしまうとしたら、これは問題だと思う。
単純に考えれば、想像力が欠如していているほうが
「得?」になってしまうからだ。

そういえば、こんな事件もあった。ある少年が、
シンナーを吸って近所の女性を刺し殺してしまった事件だ。
この事件の裁判中、被告は、
その時(らりっていたので)普通の判断能力がなかったため、
刑事責任を問えないというような話がでたのを記憶している
(最終的にどういう判断になったかは知らないけど)。
極度の精神障害と、シンナー吸って判断能力を失っていたのを、
同じ「普通の判断能力がない」ということで語ってしまうのは、
どうみてもおかしい気がする。


ついでに。
死刑という制度自体には、個人的には疑問がある。
ただ、その次に重い刑が、
「終身刑」じゃなくって「無期懲役」しかない法制では、
死刑やむなしと考えざるを得ないとも思っている。
そもそも「無期懲役」という刑は釈然としない。
慣習?相場?としての期間は決まっているんだろうけど、
「無期」って量はなんか、ぼんやりしているし、
言葉の重みでなんとなくごまかしているような気さえする。


人権は正しく公平に守られるべきである。
というのは全くその通りだと思う。
ただ、無原則、無制限な人権保護がいけないのは、
あらゆる「無原則、無制限な権利」がいけないのと同じだと思う。


なんて、法律については、からっきし素人だし、
全然勉強していないので、
あまりこういう思慮のない意見というのも、
いけないなぁとも思うけど。
ま、「刑法に対する、素人の素朴な疑問」っちゅーところです。

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