人間風車

2002/03/29(金)
【TVゲームとボードゲーム】

映画「ファイナルファンタジー」は、CGはすばらしいが、
お話がショボすぎる。
見終わった後、このショボさ、
どっかで味わったことがあるなぁと思っていたら、
なんてことはない。
ゲーム「ファイナルファンタジー」で味わっていたのだった。
ただ、ゲーム(とくにRPG)の場合、
ストーリーは大きな制限を受けるので、
ストーリー部分だけを取り出して、
小説や映画のそれと比べるのは、ちと酷である。
ゲームでは、プレイヤーはやることがいっぱいある。
覚えなくてはならないこともいっぱいある。
ストーリーだけでなく、ミッションも与えられるし、
操作系も覚えなくてはならないし、
バトルや買い物のシステムも覚えなくてならない。
このため、ストーリーは、それらを妨げないように、
簡素化せざるを得ない。
逆に言えば、ゲームをしているときは、非常に単純なストーリーでも、
感動的であったり、深く、複雑なものに感じられると言うことである。
(ほんとうは、ほとんどが、自分が行った作業に対する感慨なのだが)
映画「ファイナルファンタジー」の失敗は、
ゲームで感動できるレベルのストーリーが
映画でも通用すると考えた点にある。
映画や小説では、
ユーザーは100%ストーリーを受け取るだけに集中する。
ゆえに、
ストーリーはそれに耐えうるだけの高度なものでなくてはならなくなる。
ゲームレベルのストーリーでは通用しない。

大量に買い込んだボードゲームは、まだやれないままでいる。
ただ、パーツの不足がないかのチェックをかねて、
全てのゲームのルールを把握した。
(さすがに、夢に見るようになった。
ルールをうまく説明できなくて四苦八苦する夢である。
たかが遊びなのに、なんと辛い夢か!)
それにしても、よくまぁ、こんなルール考えるは、と感心させられる。
手札を1枚捨てると、
自分のもちカードを全て右のプレイヤーに渡してしまう。
サイコロの代わりに、
自分の作った粘土細工がなにであるかを当てさせて、
コマを進める双六などなど、
意表をつかれることの連続だった。
おそるべしドイツ人。

遊べないでいるのは、忙しいのが主な原因だが、
なかなか人(4,5人)を集めることができないのも原因だ。
(麻雀が衰退するのもわかるわぁ)
こんなとき、これがネットワークゲームなら、、、と思う。
人を集めることもさることながら、カード配りとかソートとか、
点数の計算とか、
コンピュータがそういう面倒な手続きをしてくれると楽だなぁと思う。
ただ、サイコロやカードを手に握りしめるあの感覚、
生身の人間のリアクション、
そういうものは、ネットゲームではどうにもならない。
このあたり、どうにかいいとこどりできないものか、、、
なんか、イイ課題を見つけた感じ。
ほとんどの人が持っている携帯電話、これをカード代わりに使うとか、
そのあたりがおもしろいかもとか思った。
(ちょっとマジメに考えてみようと思っているので、
これ以上詳しく書かないのだ)

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