人間風車

2002/05/20(月)
【FFX1にみる小さい商売の可能性】

やはり、
FFXI発売当日から週末にかけてサーバーがパンクしたようだ。
(2チャンネルは「祭り」状態でしたね)
FFXIの開発者がとりわけデキが悪いってわけでもないでしょうし、
他の人気ゲームでも初日はだいたいこうなるから、
8万人くらいの人が同時にアクセスすると
インターネットはダメってことなんでしょうね。
(いや、5万人くらいでもダメだったかも)
インターネットって意外と脆弱なのだ。
この8万本という数字をどうとらえるか、これがちとおもしろい。
コンシューマゲームの世界では、
ずっと数百万本を売り上げてきたFFシリーズとしては
「事件」に近い失敗であると言っている。
かたや、ネットワークゲーム業界では、
1万本売れればヒットといわれるてるだけに、
メガヒットのネットワークゲームの誕生!と喜んでいる。
どっちの言い分が正しいかなんてのは、意味ないけど、
8万本の売り上げってあたりがネットワークゲームのマックス値と見て、
それに合わせて制作のコスト、
スケールを考えていくっていうのが妥当な気がします。
ネットワークゲームの場合、
購買者(サービスの加入者)×加入期間=売り上げと見れるので、
割とシステムを考えやすい気がする。
それはそうと、
インターネットは、
その体質から言って「小さい数の商売」に向いている。
「小さい数の商売」ってーと、
「大量生産、大量販売こそビジネスの成功」
であるとう従来の価値観から言うと、
失敗であり、未来がない、
商売にならないなんて結論付けされてしまうけど、
ぼくなんかは、逆に、そういう小さい商売こそ、
未来の商売の形である気がする。
たしかに、それは望ましい未来じゃないけど、
必然の未来ではある気がする。
ぼくらは、大量生産大量消費(売り上げ)でもって、
はじめて成り立つ制作のシステムに慣れすぎてしまっていて、
いつのまにか、それは商売の常識であり、
それ以外の方法論なんてあり得ない、なんて思っている。
でも、少なく作って、少なく売れても成り立つ商売や、
小さい利益(の集積)でも成り立つ会社や個人、
それを可能にする制作のシステムってのは、必ずあるはずだ。
ただ、今まではそんなことを考える必要がなかっただけだ。
でも、これからは否応なしに考える必要が出てきたんだと思う。
そう思うですよ。
小さい商売ってのは、
よく消費者の価値観の多様化の結果として語られる。
むろんそれもあるだろうけど、
ぼくはむしろ「それに使える時間」の縮小化のほうが重大だと見ている。
あらゆるエンターテインメントにおいて、
それに使える時間は小さくなってきている。
どんな金持ちだって、貧乏人だって時間だけは平等に与えられている。
選択肢が増えれば、それに割り振られる時間は必然的に小さくなる。
そうなると、
ニーズの多様化という視点だけでモノ作りをしているとずれてきてしまう。
小さい時間で遊べる、
そういう視点でモノを作る必要があるんじゃないでしょーかね。
FFXIのペイラインは30万本程度と聞いています。
でも、本当は5万本でペイする、
そういう設計で作らないといけなかったんでしょうね。
それだったら、100万本売れたなんてゆーより、未来を感じた気がする。

ps:
やっぱり、
PSBB(プレイステーション・ブロードバンド)の
仕組みにとまどっている人が多い。
PSBBの仕組みは劣悪といって差し支えない。
責任者出てこいーだ。

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