人間風車

2002/08/05(月)
【ほめること】

チンパンジーに勉強させる秘訣は、ほめることらしい。
日●サル軍団のように「行為(芸)をしいる」ことなら、
恐怖や苦痛を与えることでも可能だが、
勉強つまり自律的学習となると、そうはいかないものらしい。
ほめられることで、学習(事象の記憶と理解、応用)が進む。
脳とはそういう仕組みになっているらしい。
しかも、後でほめてもダメらしいし、
ほめる度合いが一定していないとダメらしい。
おとといはすっごくほめたけど、今回はほめない。
そういうことではいけないらしい。
こうした効果は、きっと人間にもあてはなるのだろう。
どういうわけか、日本では、ほめると油断するとか、
つけあがる、と結びつけられてしまう。
だから、部下やパートナーがよくやったとしても、
次の失敗につながりかねないとして、ほめないことが多い。
心の中では「いいぞ、でかしたぞ」と思いながら、
口では「もっとできたはずだ」とか「次はそうはいかんぞ」と戒める。
そんなシーンをテレビドラマや実際の仕事の現場でよく目にする。
しかも、美徳のように描かれることが多い。
これはどうなんだろうか。
その一方で、本意でもないのにほめるなんてことをやってのける。
お世辞、おべっかは、社会の潤滑油的な役割を果てしている。
もしくは、ブタもおだてりゃなんとかと言うような、
相手を卑下した「策略」として語られる。
どちらにしろ、表面的にはほめていても、
ほめることを肯定しているわけではない。
そういうぼくも、ほめることは下手な方だ。
でも、それではダメだ、なるべくほめようという自覚はあるだけマシ。
(と自分をほめてあげている)
確かに、ほめることで油断したり勘違いしたりすることはあるだろうけど、
それはほめるポイントが間違っていたり、
ほめるべきじゃないのにほめるとか、
主に、ほめる側に原因があることが多い気がする。
ほめることの効果は、
高橋尚子選手と小出義雄監督の関係を見ていると、すごく納得する。
小出監督は、ともかくよく高橋をほめる。
小出監督はすばらしいなぁという立場になったり、
高橋尚子選手はうらやましいなぁという立場になったり、
ともかくイイ関係だなぁと思う。
 ●
あるプロジェクトが、一つ目の山を越えた。
みんな(あ、ぼくも含めてね)よく頑張ったーっとほめてあげなくっちゃと
思っていた矢先、クライアント側から、
まだアレもダメ、これもダメと注文が入った。
注文はどれもこれもごもっともなものばかりだし、
こちらも自覚してることだけど、
この2週間、ドロになるまで働いて、
やっとのことでここまでこぎ着けたのだから、
まず最初に、一言ぐらいほめてくれてもバチはあたらんだろうと、
真っ先に自分が反応してしまって、ほめるタイミングを逸してしまった。
もういい大人なんだから、ほめられたぐらいで、
油断も勘違いもしないし、たずなもゆるめないよ~だ。
ほめてくられたら、もっとがんばっちゃうのに(って、子供か)。

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