人間風車

2002/11/26(火)
【家庭内ロボットのイメージ】

21世紀は、家庭にロボットがやってくる時代だと言われている。
ただ、ボクにはアイボアシモのような
動物や人間の姿をしたロボットが家庭に入ってくるというイメージ
がどうしても持てない。
(だって、1人でも狭いのに、
アシモとかがいたら邪魔でしょうがいもの)
ロボットには、
役に立つロボットと楽しませてくれるロボットの2種類がある。
ロボット工学的には、
この二つの機能を両立させることは不可能なのだそうだ。
2001年のHALじゃないけど、彼が論理的矛盾に陥ってしまうのだ。
このため、
役に立つか楽しいかどちらか一方の機能しか持つことが出来ず、
開発の負荷などの問題などから、
アイボのような楽しませてくれる系ロボットが先行している。
(人の役に立つ、
つまり失敗してはいけないロボットの開発は現状では不可能なのだ)
たしかに、アイボの登場はすごい衝撃だったけど、
同時に登場とともに袋小路に入ってしまっている感もある。
楽しいとはどういうことなのか、定義は非常にむつかしいけど、
予想を裏切り期待に応える対応ということもその大事な要素だと思う。
しかし、
予想を裏切り期待に応えるだろうという予想のもとに設計されたボケは、
予想の範囲内であり期待に応えてくれるものじゃないあたりがむつかしい。
なんとなく感情っぽい振る舞いをするとか、
ペットっぽい振る舞いをするくらいでは、乗り切れない気がする。
このことはロボットに限らず、
自律型自動生成エンターテインメント
(そんなの目指しているのはムームーくらいのものかも知れないけど)
全般にとっても大きな課題なのだ。
ただ、家庭にロボットがやってくると予感は、ぼくも感じている。
ただしそのイメージは箱モノ系家電であったりする。
例えば、ソニーのコクーンなんていう
ハードディスクレコーダーの先(未来)のほうに、
あるべきロボットの姿が見えたりする。
コクーンは、自分で勝手に録画する機能がある。
ユーザーがあらかじめキーワード
(例えば「サッカー」とか「料理」とか)を与えておくと、
それに関連した番組を勝手に録っておいてくれるのだ。
そして勝手に録った番組が再生されるときには
「お役に立ちましたでしょうか?」と聞いていき、
そのときのご主人の反応(はい、いいえ)を記憶し、
よりご主人の要望に近い検索ができるようになっていく(学習する)。
まだまだ「固~~い!」発想ではあるけど、
この延長線に家庭内ロボットのあるべき姿があるような気がしてならない。
コミュニケーションとは、第一義に意志の疎通である。
意志の疎通の成否によって二次的に感情が発生する。
「私たち考えてること同じ!」とか
「何を考えてるのかさっぱりわからん、ぷんぷん」みたいに。
もちろん深層ではそれ以外のコミュニケーションもあるが、
それはかなり高度なレベルでのコミュニケーションであり、
ロボットがそうした深層での
コミュニケーションに耐えるところまで進化するには、
まだ相当な時間がかかると思う。
だから、ロボットの短期的目標としては、人間との意志疎通、
そのうちハッキリ役割や成果がわかる機能の授受というレベルでの
意志疎通あたりに焦点を持っていくべきかもしれない。
そうしたコミュニケーションの結果、
二次的に感情(フェチ的愛情)を感じることが出来るのではないだろうか。
今後、あらゆる家電がインターネットに接続される時代になるので、
そうなるとネットワーク家電が自分で考え判断し、自分でやる、
そうしたことが多くなりそう。
そうした機能こそがロボット的というか
パートナー的なんじゃないだろうかと思う。
(と本日は少々論文調)

ムームーの小物達#9 ブタの貯金箱

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