人間風車

2002/11/29(金)
【ゆらぎに姿を与える】

ボードゲームに『can't stop』ってのがあって、
サイコロを振って出た目に応じ
てコマを進めるというゲームなんだけど(詳細は上まで)、
これなんかをやってもらうと、その人の博才がよくわかる。(気がする)
サイコロの目だから完全にランダムなわけで、
サイコロ1つなら、1~6の目が均等の確率で出現する。
はずなのだけど、
実際にはすごく偏るのは誰でも体感していると思う。
また多人数で勝敗を競っている場合は、
誰かに勝ちが偏ることもよくある。
こうしたことは、確率論的にはありえないが、
少ない回数の試行ではこうした偏りが生じる。
この確率の「ゆらぎ」をどう感じ取るかが、
博才なんじゃないかなと思う。
どう感じ取るか、どうイメージ化するか、
そのセンスが博才のような気がする。
実際、博打の強い人ってのは、このイメージ付けが非常にうまい。
表現がうまいってのかな。
麻雀なんかでは、「牌が光っている」とか「イヤがっている」とか、
「風が吹いている」とか「つもが重い」とか
「まっすぐに来ている」とかそういう表現をする。
(麻雀はかなりストラテジーを必要とするゲームだけど、
ランダム性も高い)
ゆらぎをうまいこと(=的確に、視覚的に)表現できる人は、
本来は規則性のないゆらぎに
規則性やら性格やら形やらを見いだすセンスがあるということで、
自分が与えたゆらぎの「姿」に従って、手を進めていくことで、
単純な確率論よりもはるかに高い効率で勝ちを手にしていく。
そういう人が博打が強い人というのだ(と思う)。
強気いっぺんとうな人ってのは、まず弱い。
慎重なだけの人も弱い。
確率論や一般定理に頼っている人も弱い。
自分(の手)だけから、ゆらぎを見つけようとする人も弱い。
場のゆらぎをうまくイメージ化できる人、さらにそれを信じ切れる人、
そういう人が強い。
そういうゆらぎをイメージ化する能力って、どうして生まれるんだろう。
不思議だぁ。
誰かゆらぎの可視化モデルとか作って欲しい。
それまでただランダム(無秩序)だと思ってたものが、
意外にきちっとした形を持っていたりするかも知れない。

ムームーの小物達#11 笛を吹くカエル

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