人間風車

2002/12/25(水)
【おそるべきメディア】

とくにTBSなどは、大晦日に「猪木祭り」なんてのがあるから、
ボブ・サップ特集をよくやる。
ぼくもボブ・サップは大好きで、
できれば早々に(膝などを壊さないうちに)格闘技などやめて、
プロレスに専念してもらいたいと思っている。
大きさ、エンターテインメント性、頭脳。
一級のプロレスラーの資質を持つ。
新日のプロレスラーなどは、見習って欲しいモノである。
ボブの爪のあかでも飲むべきである。
ところで、テレビでボブについてどこが好きかアンケートをすると、
「頭がいいから、性格がいいから」という答えが多いのに驚く。
みんなプロレスマニアじゃないので、
彼が薬学部を出ているとかそういう事実は知らないはずだ。
テレビでおちゃらけているボブの姿から、
それを読みとっているのだ。
恐るべしである。
恐るべきはテレビのそうした伝達能力だ。
クイズ王にならなくても、
朝まで生テレビでしゃべりまくらなくても、
頭がいいとか、性格がいいとか、
そういう本質が出てしまう、伝わってしまうのだ。
福●アナウンサーや武●●也が
いかに行儀良くまっとうなことをしゃべろうとも、
彼の性格が悪いに違いないことはテレビでは伝わってきてしまうのだ。
具体的にどういう言葉がとかいうことじゃなく、
たたずまいとか気配とかちょっとしたしぐさで伝わってしまうんだろう。
だからどんなに慎重に言葉を選ぼうとも、どんなに笑顔を作ろうとも、
ばれてしまう。
また、まっとうなことを言っているのにクレバーに見えない人は、
きっと本当にクレバーじゃないんだろうし、
ちょっと痛い感じの人は、ホントに痛い人なんだろう。
逆に、ひどい態度の人でもイヤな感じがしない人ってのは、
ホントにイイ人なんだろう。
こうしたテレビからの直感ははずれたことがない気がする。
おそるべきメディアである。
さすがのマクルーハンもそこまでは予言できなかったみたいだ。
テレビの本質は、結局の所、
テレビの向こうの人の本性を伝えてしまうことだけなのかもしれない。
こうした能力は、同じ映像メディアである映画にはない。
だから、映画は銀幕の中に完全な虚構の世界を構築できた。
だから、スターは完全な虚構の住人として振る舞えた。
しかし、テレビではその人の本性が伝わってしまうので、
タレントもいざぎよく
隣のお姉さん的な普通の人間として振る舞うより他ない。
テレビでは芝居がかった世界が持たない。
素の表情が出やすいバラエティー番組が重宝される。
芸よりもアドリブ性、反射神経が求められる。
こうしたテレビの能力は、他のメディアの追随を許さない。
ノーベル田中さんのすばらしさなんて、
映画や新聞などからは全然伝わってこない。
テレビ(ドラマ)はつまらなくなったとか、
ニュースが劇場化して節度がなくなったとか言われるけど、
テレビはようやく自分の才能に気がつきだしたと、
ぼくなんかには思える。

ムームーの小物達#27 本たち

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