人間風車

2003/02/03(月)
【美術と金持ち】

日本はよく、唯一成功した社会主義国といわれるくらい、
貧富の格差が少なく、教育レベルが一様に高い国だ。
それはそれでとってもすばらしいことだけど、
桁外れの金持ちがいないってことは、
まわりまわると我々貧乏人には
そんなことなのかもしれないなと思った。
たまたま見てたNHKの日曜美術館で、
アメリカの億万長者が収集した絵画コレクションを一般に公開したり、
美術館に寄付されたり、
新進のアーティストの支援(といっても作品の購入だけど)などをして、
ニューヨークの美術シーンを豊かにしていると紹介していた。
(あのノートンユーティリティーで有名なノートンさんも、
現代美術の収集家だったのね)
美術をはじめとする芸術は、基本的には生活の余剰であるから、
億万長者じゃあないとそれらを支援することはできないのだ。
芸術家だけじゃなく、
我々もまたそれを鑑賞できるという恩恵にあずかれる。
もっとも、十分な金持ちならみんなそうなるかといったらそうでない。
ってのはある。
どっかのあんぽんたんが「おれが死んだら一緒に燃やせ」
と言ったりとかしているのを聞くと、
日本じゃあ、いっくら青天井のお金持ちが生まれるような
構造にしてもダメなのかもしれない。

アメリカのおもしろいところは、
そういうヨーロッパ譲りの美徳が
ビジネスとしっかり結びついているところだ。
彼らにとって、
美術品の公開や寄付は企業や個人のステータスアップの材料
(つまりビジネス戦略の重要なな要因)になっているし、
税処理上のメリットにもなる。
また、美術品(特に新進気鋭の作家のそれ)
の購入は投機の対象である。
日本では、
どういうわけか芸術は
お金と無縁の世界にあるべきという風潮が強いが、
かえってお金というモノを意識しすぎているからのように思え、
アメリカのような態度の方がよっぽど自然に見えたりする。

ところで、ゴッホの絵は何億というお金で
売買されているようだけど、
例え今彼が生きていたとしても、
彼には最初に売った1回のお金しか入ってこない。
昨今の音楽やゲームの著作権、二次使用権をめぐる論争では、
原著作者に、
二次使用(売買)以降になんら利益が
もたらされられないことが問題である。
と主張されている。
たしかにそれは一利あるけど、
絵画の二次以降の売買は、画商やコレクターを肥やす。
彼らはその利益を元にして、新人への投資を行っている。
と考えると、
全体で考えるならばそれはそれで良いことでもあるようにも思える。
むしろ、昨今のゲーム小売店のように、中古販売を許されないので、
資金繰りがきつくなり、売れ筋のゲームしか購入できなくなっている。
っていう市場の方がやばい気がする。
売れている人たちには申し訳ないけど、業界全体のことを思えば、
二次売買、投機的売買を許す構造にしてもらいたいとも思う。

ムームーのまかない#8
チリタコライスと余り物野菜のスープ
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