人間風車

2003/02/25(火)
【ただで生きる方法】

最近よく知り合いから聞くけど、
ファイル交換技術の発達とブロードバンドの普及でもって、
ソフトを買うという時代が終わってしまいそうだ。
音楽も映画も小説もゲームもあっという間にインターネットに流れ、
コピーされてしまう。
これれのソフトが物質だったころは、
誰かにあげると自分の手元に残らないし、
遠いところに住む人に手渡すという作業も物理的な負担であった。
そうした負荷が抑止力になっていたが、
電子メディアではそうした障害?がまったくない。
そもそも、こうしたコピーが深刻な問題なのは、
それを作る人がいなくなってしまうことだ。
誰もお金を払わないということは
それを作ることを生業にはできないということだからだ。
一時的にはみんなタダで得したと思うかも知れないが、
次に楽しませてくれるものが出てこなくなるわけだから、
長期的に考えれば損なのだ。
こうした問題は音楽の世界ではもうかなり深刻らしく、
音楽に関係する人はよくこぼしている。
これは対岸の火事なわけではなく、
データ量の軽いモノから順にそうなってきているというだけの話だ。
こうした流れを止めるには、2つの方法しかないとよく言われる。
1つは、コピーはいけないことなんだよと啓蒙するヒューマンプロテクト。
もう1つは、コピーできないように
仕組みをメディアやネットワークシステムに組み込むコピープロテクト。
しかし、どちらも技術的なハードルは高く、いたちごっこに終わりかねない。
こんなとき、ぼくなんかは(あまり深くも考えないまま)、
全部がタダになったとき、
ぼくら(クリエイター)は生きていけないのだろうか?
そういう時代でも生きていける方法はないもんだろうか?
という方向に考えてしまう。
1つはどのみち、
今の流れは止められないだろうという現実主義的な考えから。
もう一つは、いちユーザーの立場にもどったとき、
どっちがうれしいかという考えからだ。
果たして、そんなイイ方法があるのかどうか、皆目わからない。
ただ、テレビ番組はタダという事実があるじゃないか。
リナックスだってタダだけど
それに関わってお金を得ている人だっているじゃないか。
NPOなんてのもあるわけじゃないか。
ってあたりを根拠にお気楽に考えてしまう。
それらの方法がそのまま当てはめられるとは到底思えないけど、
プロテクトも決して楽ではないと思えば、
こうした方向で考えてみるというのも価値がありそうな気がする。

ムームーのまかない#20
チョリソのピッツァ風、豆のカレー
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