人間風車

2003/08/18(月)
【お盆断食@home】

現在、8月18日5時52分。
12日の森のビアガーデンでのバーベキューを最期の食事に、
今日までの5日間一切の食べ物を食べない自宅断食をした。
かれこれ、130時間何も食べてないわけだ。
自宅断食はむつかしいさと言われるが、
確かにちょっと辛かった。
かなり精神力が強くないとできないんじゃないかな。
(と、さりげなく自慢する)
食べないこと自体は平気だけど、
つねに食べ物の刺激が入ってきて
食欲を刺激されるのにはまいった。
断食の最中は、五感が鋭くなる。
目は、視力が回復したかと間違えるくらい鮮明に見えるし、
耳は、音が皮膚に張り付いてくるようによく聞こえる。
鼻も、匂いの濃度分布までわかる気がする。
体も軽くなり、
頭も快活になる(知能指数は落ちてる気がするけど)。
さように感度が高まっていると、
東京はどこでも食べ物の匂いがするのがわかる。
実は、目からの刺激より匂いのほうが、
うんと食欲を刺激してくる。
臭覚刺激ってのは、脳の奥深くに直接届くからだろう。
これには参った。
おまけに、家の中ではキャットフードの匂いがするし。
(それに食欲をかき立てられるのも、なさけなかったが)
前に行った断食道場は、伊豆高原の森の中にあったので、
まわりからは、木々の香りしかしてこなかったので、
楽だったのだな。
(禅僧が山奥で修行するのもよくわかる)
この辛さを例えるならば、
裸のおねーちゃんがいっぱいいる中を
何もせんで歩けと言われるようなモノだ。
しかも、ぼくがOKを出しさえすれば、
おねーちゃん達とは速効、事が成立するのだ。
そんな中を平常心でいるのだから、辛い。
ちなみに、断食中は性欲はきれいさっぱり消える。
断食さえすれば、食欲と同時に性欲も消えるわけだから、
僧侶が修行に断食を取り入れるのはよくわかる。
煩悩が消え、頭がさえ、五感が鋭くなるわけだから、
ちょっとした座禅と断食で、
悟りに近づいたと錯覚するのも無理はない。

最近では、プチ断食とかいって
断食しない似非断食まであるようだ。
というか、こういう長期に渡って完全に断食するほうが、
今は希のようだ。
たしかに、体の安全を考えると全く食べないと言うのは、
リスクが高い。
胃腸を休めるという程度の目的なら、
低カロリーの食事を長く続ける方が合理的だ。
しっかし、ボクの目標はそうではない。
ボクの目的は、体に危機感を与えてやることだ。
「お前ら、誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ!」
「おれがその気になったら、
お前らおまんまの食い上げなんだぞ!」
ということをよ~く体に教えてやるために、
断食しているのだ(っていう「おれ」は一体誰なんだ)。
人は、ただ生きているだけで
1日1000カロリー程度を消費する。
仮に、最終日に3000カロリーを摂取したとしても、
3日で使いきってしてしまうことになる。
4日以降は、完全に貯金(脂肪)を下ろして
(燃焼して)の生活になる。
この貯金おろしグセをつけさせるのが目的だ。
また、本来的に生き物が持っている
野生の力を目覚めさせるのも目的だ。
と思ったところでハタと気がついた。
ボクのカワイイ腸内細菌ちゃん達はどうなったんだろう。
餓死してしまったのかな。
なんか、メダカの餌を与え忘れたときのような罪悪感がある。

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