人間風車

2005/02/02(水)
【自分の中の小さな変化】

ここのところ企画書ばかり作っているけど、
どの企画も考えてないんじゃないかと言われても
仕方がないくらいシンプルなモノばかりだ。
シンプルになってしまう最大の理由は、
ずっと言っているように、
今のような巨大なゲームはホントに必要なんだろうか?
大きさとおもしろさは比例するのだろうか?
こんなに誰もが「時間がない」と言っているのに、
60時間遊べます(=かかります)ってのを「売り」としてるのは、
正しいのだろうか?
そもそもビジネス的にも破綻しているんじゃないだろうか。
少なくとも、自分はボリューミーなゲームには食指が動かない。
ま、そんな理由からだけど、
どうやら、自分でも意外なもう一つの理由がありそうなのが、
最近わかってきた。
昨年末、10年ぶりくらいに実家に帰った。
そのとき、いとこたちが子供を連れてきてたんだけど、
その子供達に
「おじちゃん、どんなゲーム作ってるの?」と
聞かれて困ってしまった。
別にやましいゲームを作っている訳じゃないけど、
いつも、子供なんかにはわかってもらわなくて結構!
というくらいのつもりで作っているので困ってしまったのだ。
実際、今まで作ってきたゲームを
小学校あがるかあがらないかくらいの子供に説明するのは、
ほぼ不可能だし。
そんなことがあって、心の片隅に
「子供にもわかる、楽しんでもらえるゲームを作ろうかな」
てな今までになかった気持ちが生まれた。
どーもそういうことらしい。
どうせ、子供が楽しめるモノを作るなら、
少しでも心や脳の栄養になるものにしたい。
子供から健康と時間とお金を奪うだけのモノは作りたくない。
(大人なら自己責任だろうけどね)
エデュテーメントってのとは違うんだけど、
なんというか、本来、遊びと学びは同じ。
そこらあたりを狙いたい。
そんな気持ちがある。
そんな気持ちが、
シンプルなゲームを作りたいという気持ちに
少し影響を与えているようだ。
ということに最近気がついた。

人間っていくつになっても、
それまで自分では思いもしなかった気持ちや考えが
浮かんでくるもんだなーと改めて関心。
「自分はこういうスタイルですから」と
そういう予期せぬ気持ちを封じ込んでしまうのは、
きっとよくないんだろうなーと思った。

« もう花粉症 | | 作曲家にとってのLRって »