人間風車

2005/03/07(月)
【原体験が職種を決める?】

マータイさんによれば、
「もったいない」もまた、
多くある日本語固有のニュアンスを持った言葉らしい。
近い英語は何だろう。
「浪費」を意味するwasteかな?
でも浪費や無駄とはちょっと含んでいるモノの豊かさが違うようだ。
彼女によれば、「もったいない」とは、
・消費削減(リデュース)、
・再使用(リユース)、
・資源再利用(リサイクル)、
・修理(リペア)
の四つの『R』を表しているそうだ。

「もったいない」精神はダイエットの天敵!と思ってきたけど、
まー、たしかに、イイ言葉ではあるなー。
(と自分への言い訳に使ってしまいそうで怖い)

『ほぼ日』の『社長に学べ!』lで、
任天堂の岩田さんが言ってらしたことでふと思った。
自分の作ったモノを最初に誰が喜んでくれたかで、
その人の人生ってずいぶん変わるんじゃないだろうかと。
例えば絵を描く。
曲を作る、料理を作る、ゲームを作る。なんでもいい。
それを誰かに見せたとき、喜んでもらえた。
モノ作りを生業としている、あるいは好きな人間って言うのは、
間違いなくこの原体験を持っているに違いない。
そして、その快感が忘れられなくて、
もっとたくさん喜んでほしいと、ずるずると作り続けている。
その誰かというのは、大きくカテゴライズすれば、
家族か友達か恋人かコンテストなどのシステムか、あるいは自分か。
最初は誰だったか、誰にほめられたのが一番うれしかったか。
それによって、
例えば同じ絵を描く人でも商売が変わるんじゃないだろうか。
単純に例えれば、
それが家族や恋人であった人は、
いつも自分の周りにいる人のために絵を描くのかも
しれない。
システムだった人は、名誉や権威のために描くのかもしれない。
自分だった人は、
公表することもなく自分のためだけに描くのかもしれない。
それらは多くの人に見てもらうことを想定していないので、
そういう人はアート(一品モノ)的な作り方をするのかもしれない。
友達だった人は、
広く一般のユーザーのために描くのかもしれないから、
そういう人は、
商品(大量複製可能モノ)的な作り方をするのかもしれない。

自分の原体験はというと、
自分もまた(岩田社長と同じく)
隣の席の友達に見せた落書きであった。
多くの人に受け入れられるモノを作れないとわかりつつ、
(=商業的には価値がない)
アート作品より商品作りが好きっていうアンバランスさは、
そのあたりの原体験が原因なのかもしれないと思った。
じゃー、「多くの人に受け入れられない」感性ってのは、
何が原因だったんでしょ。

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