人間風車

2005/03/14(月)
【役割が変わる】

インスタントみそ汁が苦戦しているというのは、
業界のことを全然知らなくても、
なんとなくそーだろうなぁと思うことである。
業界もただ手をこまねいた訳ではないらしく、
新たな具の開発、みその改良、
ホンモノ性を高めたり、値段をいじったり、
いろいろ試したらしい。
で、そんな中、あるインスタントみそ汁がヒットしているらしい。
どうやら、そのみそ汁の開発は、
まったく門外漢の人がはじめたらしい。
業界の常識を知らないから、
どんな人が買うものなのか、
どういう行程、工費がかかるのか、
流通の体質はどうなのかってあたりを、
「こうあるべき」「そういうものだ」
といういわゆる「プロの目」でみなかったのが、幸いしたらしい。

その人がまず考えたのは、
今の人にとってみそ汁は何なんだろうということだったらしい。
みそ汁、つまりおみおつけ(御御御付け)というくらいだから、
ご飯に「付ける」汁ものであるのが起源だ。
でも、今の人
(とくにインスタントみそ汁を利用しようと思っている人)が、
そういう「付ける」ものをわざわざ求めるだろうか、
そういうところから疑問符をつけたらしい。
で、その人が結論づけたのは、
「野菜を摂るための具だくさんのスープ」
としてのみそ汁というものだ。
大きな具、たくさんの具っていうのが、
いかにコスト高であり製造がむつかしいか、
同じような商品が存在しない、
アンケートから伺える(既存の客の)リクエスト、
その人にそういう「常識」がなかったのが幸いした。
ちょっとでもそういう「常識」があったら、
この大胆な発想は躊躇されてしまったかもしれない。

そういうわけで完成したみそ汁は、
その人の意図した方向で売れているらしい。

いわゆる「プロ」になると、
そういう原点にもどって疑ってみる、考え直してみるということが
なかなかむつかしくなる。
自由に発想しているつもりが、
無意識のうちに「かくあるべき論」に毒されてしまうからだ。
これは自分に対しても「気を付けるべし!」と
言っておかないといけない。
と、同時に、
同じモノでも時代とともにその「役割が変わる」っていうあたりも
心しないといけないと思った。
ゲームもしかりなんだろう。
もうとっくに、
膨大なヒマをつぶすための遊びでとしては求められなくなっている。
そんな大きなヒマは誰にもないからだ。
じゃあ、今ゲーム機に映る遊びの役割はなんなんだろうか。
そこらあたりを原点に戻って考えないといけないんだろう。

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