人間風車

2006/04/06(木)
【ゲームの塩加減】

ごめん、巨人。
ずっとここのところ、
巨人のことを本当にスキなのか疑っていたけど、
おいらがきらいだったのは巨人ではなく、
弱い巨人だったんだ。(笑)

ゲーム企画の話をしていて、
「ゲーム的要素」という言葉が出てくること自体
「どーよ」という話だけど、
実際にどのくらの「濃さ」の
「ゲーム的要素」を加えるかっていうのは、
よく議題に上る(うち関連だけかもしれないけど)。
例えば、『脳トレ』のような
ツール系がスタート地点の人にとっては、
点数がつく、記録が残る、評価がつく、
点数表示がキャラクターだったり、
アニメーションだったりする、
毎日やるようにあおる、だんだんとメニューが増える、
正解不正解の演出がハデ、アニメーションする、
てなことだけでも、
十分に「ゲーム的」と感じるようだ。
逆に言えば、そこに
ライバルがいる、バックストーリーがある、シナリオがある、
世界がある、世界の住人がいる、
ミッションがある、攻略性がある、コレクション性がある、
なんてのは、
「濃い」(あるいは濃すぎる)ゲーム要素と感じるようだ。
ちょうど、
一昔前のフランス料理の濃さのようなものなのかもしれない。

よかれと思って加えたネタが濃すぎると感じられてしまうのは、
作り手遊び手両者にとって不幸だ。
うちのゲームは「薄味」であることが多いと思うけど、
それでもどっぷりゲーム業界に浸かってしまっているので、
そういうライトな人の「濃さ」
感覚を見失ってしまっているのかもしれない。
ターゲットがヘビーユーザーなら、
そんなことは考えなくてもいいんだろうけど、
そうでない場合は、
そのあたりの塩加減には注意しないといけない。

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