人間風車

2006/11/09(木)
【足し算とかけ算】

「昔はこうした陰湿ないじめはなかった」
と年配の文化人の方々がおっしゃりますが、
いじめは陰湿化してるのではなく、
複雑化しているんじゃないだろうか。
つまり、
子供たちの社会が昔に比べて複雑化しているということだ。

今の子供たちが抱えている社会や人間関係が、
彼らの幼い頭と心と体ではコントロール不能なくらい
巨大化し、複雑化してしまったいるんじゃないだろうか。
その歪みが、いじめる、いじめられるという形、
単純な、つまり彼らの扱えるギリギリの行動として、
はき出されている。
そんな気がしてならない。
おれたちが子供の頃に比べて、
今の子供たちに降り注ぐ情報の量ははんぱじゃない。
とくに大人たちの情報、
大人たちの社会がどうであるか、
大人たちがどういう価値観を持っているか、
その結果、大人たちがどういう行動をとったのか、
そんな情報がテレビやネットや学校を通して、
たっぷり流れ込んでくるわけだ。
そういう情報のシャワーを浴びれば、
自ずと自分たちの社会も必要以前に、
あるいは無意味に、無駄に、
複雑化してしまうのもわかる気がする。

いろいろなおかずが入っている弁当。
例えば、幕の内弁当。
いろいろな料理がある飲食店。
例えば、天ぷらもうなぎやってます割烹料理店。
そういうのって、
便利だけど、やっぱり単品の弁当や専門店より、
ちょっと質が下じゃないのかなと思ったりしないでしょうか。
うなぎを食べたい!と思ったとき、
ウナギ一筋100年という店と
うなぎもすきやきも天ぷらもやってます店、
どっちに行きたくなるかと言ったら、
やっぱり前者のような気がする。

怖くなると人は足し算したくなる。
不安になると人は足し算したくなる。
きっと、どの業界でも同じなんじゃないかな。
で、
結局、
足し算というのは少しも効率が上がらないばかりか、
力は分散するし、
上のように(きっと)ユーザーの見方も下がるしで、
あまり有効ではない気がする。
なのに、足してしまうことがあるのは、
まれに、あるものを加えたことで、
足し算ではかけ算になることがあるからだ。

例えば、元が3で、そこに5の要素を足した場合、
足し算なら3+5=8になるだけだが、
かけ算なら3×5=15になる。
元々の作業が3+5だから、
足し算ならシナジー効果は8-8=0,
かけ算なら、15-8=7となる。

アイデア次第ではこういう効果が得られる場合がある。
だから、困る。
だから、足すことを頭からはずすことができない。
失敗したら、つまり足し算効果しなかったらという
不安をかかえつつも、
ついそういう方向で事態の打開を図りたくなってしまうもんだ。

いやはや、むつかしい問題だ。

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