人間風車

2008/02/01(金)
【ストレスを楽しむ】

s「カボチャの種』とかが、
プチ・マイブームになってるのですが、
(今のお気に入りは、これ
カボチャやひまわりの種は、
最初から、殻がむいてあるのがほとんどなわけです。
でも、断然、殻付きの方がいいのです。
殻付きじゃなければ、
たぶん、マイブームにならなかったと思うくらい。

ちょっと考えると、
殻をとる(意外と手間がかかるし、細かい作業)なんてのは、
食べること(栄養を取ったり腹を満たす)と関係がない。
邪魔な作業、無駄な作業、めんどくさい作業。
(人によっては無理な作業)
となるはずなので、
それは「ストレス」以外の何者でもない。
殻をとったほうが「サービス」となりそうだ。
(実際、たいがいの人にはそうなのかもしれない)

ところが、
この「ストレス」がちょうどいいのだ。
カボチャの種という食べ物のコンセプトは、
腹を満たしたいとか栄養を取りたいではない。
(自分にとって)
口寂しさを紛らわしたいだけである。
取りづらい殻を口の中でとる、
その手間や作業や困難が、
ちょうどいい加減の「作業」となる。
実際、手を使わず、舌と歯だけで殻をとるのは
ちょっと修業を要す。
でも、
うまい具合にパカッと殻が取れたときなんか、
軽い達成感が得られたりする!

「ストレス」というとネガティブなイメージばかりがあるが、
実は、人生の調味料としてあったほうがいいものなんだろう。
旭山動物園のチンパンジーの昼ご飯は、
地面にばらまかれる。
地面には10cmくらいの草が生い茂っているので、
ばらまかれた果物はたちまち見えなくなる。
チンパンジーはそれを探して食べる。
これがどうもチンパンジーの精神衛生上よろしいらしい。
ストレスがストレスの解消になっているのだ。
「エサは、取りやすくわかりやすい所に」
が一番の親切でありストレス・フリーなんだろうけど、
そうやってストレスを取り除きすぎることは、
人生を「目黒のサンマ」化してしまって、
逆につまらないものにしてしまうんだろうなー。

考えてみれば、
プラモデルだって、パーツ毎に、
バラバラになっていることはない。
ゲームだって、何時間も掛けてパワーをあげたり、
敵を探してウロウロしたりしなくても、
ゲーム早々、ボタン1つで、
ラス・ボスが倒せればいいってことになる。

上の例は極論だけど、
ゲーム制作の現場では、
「ユーザーの負担にならないように」
「作業感が出ないように」
という言葉がよく出る。
このもっともらしい言葉があまり威力をまさないように、
「適度なストレスを楽しんでいただく」
ことを心がけないとダメだなーと、
口の中でムニュムニュと、
種と格闘しながら思うのでありました。

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