人間風車

2009/10/06(火)
【14年前のレポート】

自宅のノートブックのFinderが不安定で、
データが見えたり見えなかったり、
そのせいなのか、大昔の書類が、
トップに出てたのを発見!

なんと『ジャックと豆の木計画』への提出レポート
14年前!のレポートらしいんですが、
今思ってることと
あまり変わらないアタリが怖い。
全く進歩していない。
全く解決していない。
怖いのは、
おれの頭の中?ゲーム世界?

ちなみに結果は、
身内のような者だから
NGということで落選しました。
(ホントの理由かどうか???だけど)

ということで、以下はそのレポート。
今回、一人突っ込みを追加してます。
(長文です、ご注意を)



<最近のゲームについて感じていること>

今のゲームの市場を見ていると、
ハリウッド映画とコミケットの香りがします。

ハリウッド映画的な現象としては、
 ・○○○2、3といったタイトルをよく見受ける。
 ・無難な内容、システムの作品が多い。

コミケット的香りの現象としては、
 ・既成のゲームにあこがれて作った作品が多い。
 ・時々内輪受け的な内容を見受ける。
 ・伝えるための努力をしていない。

などを感じます。

これはきっと、
大人の「マーケッティング」や、
子どもの「あこがれ」だけで作った
作品なのではないだろうかという気がします。

で、私は、
そういう状況や作品に
「不満」や「退屈」や「怒り」
を感じています。
それでいて、この世界に
もっと深く入り込んでみたいと思うのは、
同時に「愛」も感じているためだと思います。

<どのようなゲームを作りたいか?>

自分は野球のピッチャーにたとえるなら、
球速160km/h の
直球勝負のピッチャーというよりは、
球種の組立でバッターをかわす
東尾系のピッチャーだと思います。
土建屋にたとえるなら、
一つの建物をより強く、高く、
精度を上げていくというよりは、
新しい工法と新しい建物を研究する
大成建設系土建屋だと思います。
お百姓さんにたとえるなら、
より品質のいい、より収穫率の高い
作物を作るというよりは、
ここも農地になるんじゃないかと
開墾を進めたり、
これも売り物になるんじゃないかとかする
八郎潟の農家系だと思います。

上に共通したものは「科学」だとおもいます。
 ↑というより、真の意味の「リアル」だね
残念ながら、ゲームの世界には、
まだうまく「科学」が
組み込まれていないような気がします。
プロ野球が、
「努力」と「根性」だけでは
やっていけなくなったのと同様で、
 ↑このころ、まだ野球は
  衰退の兆しくらしか見せてなかった、、、
ゲームにも「愛」と「夢」と「冒険」に
「科学」が加わるべきだと考えています。
 ↑「科学」だけじゃないと思うけど

<具体的には?>

今、自分の中では、AIがブームです。
 ↑あれは14年も前のことだったのか
実際にAIを使ったゲームも制作中です。
 ↑『がんばれ...』のことかな
僕の使っているAIは、
脳のシステムをモデル化したAIなので、
これを組み込んだキャラクターの嗜好や思考は、
乱数やフラグで制御されたキャラクターに比べて、
生き物のそれにずいぶんと近くなります。
このことは、
ゲーム全体の制御という点では、
不確定性を増しゲームバランスの揺らぎを
大きくしてしまうという弱点をももっています。
 ↑今でもそのアタリの事情は変わらない
また、
全てのジャンルのゲームに
適用が可能というわけではありません。
 ↑今でもそのアタリの事情は変わらない
逆に、
キャラクターに自立性を設けたりとか、
いままではゲームとして表現しにくかった
楽しみ(例えばペットを飼う)までを
ゲーム側に引き込むことが可能です。
 ↑このころ、まだペットゲーというのがなかった

<営業>

AI自体は、
学問上ずいぶんと完成されてきた科学で、
一般書もずいぶんと出ていますから
誰が勉強を始めても
理解にいたることは容易だと思います。
ただ、
この「科学」は、もちろん
ゲーム用に作られたものではありませんから、
外科手術用の精密な機材を
叩いたり曲げたりして、
釣り道具に加工してしまう
くらいのことをやらないと、
実際のゲームでは役に立ちません。

この辺のノウハウを得るには、
誰がやっても1年程度はかかると思います。
ですから、
この辺のノウハウと
ゲームについての姿勢をこみにして
査定していただけるとうれしいです。
 ↑若い!強気の売り込みだ!

他に、
手書きイラストやCG(2Dも3DもOK)を
描くことができます。
紙物のレイアウトから
写植、製版指定(DTPを含む)もできます。
 ↑写植!ふるっ
作業は迅速です。
必要なスタッフは自分で集めます。

雇うがわにしてみれば、
先行投資のつもりで使うに適した人間だと思います。
 ↑「私は未完成です」という売り込みは、
  聞いたことがないぞ!


1995/2/27
森川幸人

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