人間風車

2009/11/13(金)
【 値段の相場】

どの世界にも「値段の相場」というものがある。
ゲーム、昼ご飯、家、宿泊費、賭け、服、大根、、、
なんでも値段の相場がある。
じぶんたちは、
その相場に対して、
目の前のアイテムが高い、安い
という判断をする。
相場に対する高い、安いの感覚は
アイテムの質とか量とかより、
自分のアイテムに対するはまり度に依存するから、
自分の興味があるアイテムと、
そうでないアイテムとの相場では、
値段バランスがくるう。
たとえば、
ファッションに凝っている人は、
5万円の靴なんてのは常識の範囲内。
男性用だったらむしろ安いとさえ言える。
と考えるが、
ファッションなんて最低限の関心しかない
という人にとっては、
5万円の靴なんてありえないと感じる。

なので、相場は、
他のアイテムとの相対評価ではなく、
そのアイテム周りだけ、
そのアイテムを愛する人、必要とする人だけの
あいだで成り立っている
「幻想」とも言える。

原価計算ではなく、幻想であるから、
相場は人工的に作れる。
しかし、
価格が作り手が一方的に設定できるのに対して、
相場は、
それを使う人の総意、
つまり強い商業的淘汰圧によって、
調整されていく。

新しい分野では、
ユーザー間で共通した「幻想」を
持つに至れないので、
相場もできない。
その典型の一つが、
ダウンロードゲームの値段の相場だろう。
パッケージなら3800円でも安い!と感じるが、
ダウンロード販売のゲームだと
800円でも高い!と感じてしまう。
タダというの値段も存在しているので、
さらに相場ができにくい。

相場が生じるには、
ある程度ののべ経験数が必要
(ゲームだったら買われた本数の総計)が
必要だろうから、
まだまだ相場が出来るには、
時間がかかりそうだ。
それまでは、
本体制作だけでなく、値段設定にも、
作り手のああでもない、
こうでもないという試行錯誤がつづく。
今は、まさにそんなタイミングなんだと思う。

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