人間風車

2010/01/05(火)
【謹賀新年】

映画『アバター』をもう2回見ました。
もっとも、感動して2回見たわけじゃなく、
1回目は間違えて吹替版を見ちゃったタメですが。

『アバター』はいわゆる3D映画ってやつで、
画面に奥行き感が感じられる、
昔の赤、青セロファンメガネでおなじみの世界。
もっとも最近では、
偏光フィルターを使ったり、
液晶シャッターを使ったりしているので、
セロファンメガネの時代より
表現力は格段に高い。

とはいっても、相変わらず、
専用のメガネをつけないといけない。
重いし、普段からメガネをかけてる者には、
メガネonメガネはうっとうしいし、
知らない人の指紋がべったりついた
メガネをつけるのも抵抗がある。

とはいいつつも、
『アバター』を見るとアメリカの本気度がわかる。
キャッチとしての3Dではなく、
テレビ、映画の進化、
モノクロ+無音→音声付き→カラー化
に続く進化として、
冷静に計画されているのがわかる。
一言でいえば、
いきなり「ふつう」を目指しているように思える。
奥行き感があるほうがふつうでしょ。
(実世界を見るときがそうであるように)
奥行き感があるほうがキレイでしょ。
明らかに、
映画館の先にお茶の間のテレビジョンを見ている。

この「ふつう」感の目指し方がクレバーなんだなー。
システムもそうだし、
『アバター』のストーリー、デザインなんかもそう。
つまり、キャメロンがクレバー。

お茶の間のテレビもずっと
カラー化不要、大型化不要、ハイビジョン不要と
言われ続けてきた。
コンテンツが命、コンテンツが全てなのだと。
理屈や気持ちの上ではその通りだ。
しかし、結局のところ、
大型テレビでハイビジョン映像を見るのが
ふつうになってきている。
きっと、その延長に3Dも来るんだろうな。
気がついたら隣に来てるんだろうな。

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