人間風車

2010/01/07(木)
【本気度】

映画『アバター』の
ストーリーや世界観設定の既存性、
どっかで見たことがあるデザインであるとか、
どっかで聞いたことがあるストーリーであるとか、
そんなことはどうでもよろしい。
と思っている。

いや、むしろ、その既存性に
アメリカのクレバーさ、
あるいは、本気度が見えて怖い。
とさえ思っている。

新しいシステムやメディアを投入するなら、
一気に、圧倒的にしなくてはならない。
その瞬発的エネルギー自体が
1つの武器になるから。
ゆっくり、ジワジワ戦略のほうが
目の前の失敗のリスクは下がっても
大局での失敗のリスクは高まると思う。

人々の関心度は時間に反比例して下がっていく。
人々の感動度も時間に反比例して下がっていく。
つまり、時間が経つに従って、
サービスの新鮮さがなくなっていく。
少ない投資×長い時間では、
人々に「慣れ」だけを与えてしまう。
普及する前に
「マンネリ」とか「進歩ない」とか
言われかねない。
これは危険だ。

『アバター』を見ていると
すべてが、圧倒的だ。
一気にふつうのレベルまで浸透させようとしている。
3D技術、CG技術で圧倒させる。
逆に、
ストーリーも世界観もあまり複雑にしない。
(もちろん、それでいて、新しいところは加えている)
1発ネタ的に「飛び出し」(3D)ネタを使わない。
『アバター』では、
「飛び出感し」より「奥行き感」が重視されている。
それが人間の目の「ふつう」の感覚に近いから。

3D化を「ふつう」にするんだという
強い意志、本気度が
映画会社、優秀な監督、その他関係者全員に
まんべんなく、同じテンションで
共有されている。
そこがスゴイ。

本気度を感じれば、周辺の人達も寄ってくる。
作り手も、買い手も。

そういう視点で、
日本のゲームのダウンロード販売の状況を見ていると
投資サイズから現場のモチベーションまで、
大丈夫かな?と
作り手でさえ心配にならざるを得ない状況だ。
本気度が感じられないところに、
作り手も買い手も集まらない。

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