人間風車

2010/03/23(火)
【原則と対策は違うのだ~】

昨日のNHKの番組『激震マスメディア』は、
周りでは大変注目浴びてて、
ツイッターで同時つぶやきが
そこら中で展開してた。
(といっても、世間的には視聴率3%程度と
SMAPの1/4にもみたない関心事だったもよう)

この番組の議題は、
旧マスメディアが今の時代、
どう変わっていかないといけないかということ。
それを旧マスメディア代表と
新メディア代表(IT評論家とかIT産業の人とか)が
討論するという構成だった。

旧マスメディア陣営は、
自分たちの現在の実情(業績不振)は
認めているものの、
良質な情報をちゃんと提供できていれば、
お客は戻ってくるはずと主張する。
また、ネット情報(企業)のような
弱小な体力では、
質の高い、公共性のあるニュースは、
作るのも伝えるのもムリであり、
ネット報道が、
不正確な情報を流布させてしまう危険性を指摘する。

彼らの言っていることは、
正論だなーと感じた。
しかし、それは、
マスコミの本来あるべき姿、原理原則を
主張したに過ぎない。
つまり、前提にすぎない。
問題は、
流通、販売を含む「システム」の問題のはずだ。
速度と手段と値段の問題でもあり、
取り扱うテーマの問題でもある。
新聞にしろ、テレビにしろ、
そこがユーザーのニーズと乖離しつつあるって
とこが問題なのだと思う。
この危機に対して、
「良質の情報さえ提供できれば、
向こうから来てくれる(もどって来てくれる)」
はずだから、
原理原則に戻るべき。
とするだけの旧メディア代表の発言は、
的が外れている気がした。

番組を観ていて、
同じようなことを
つい最近聞いたことがあるような気がしてきた。
プロレスも、野球も、ゲームも、
「あるべき姿にもどるべき」と
ずっと主張している。
それは正論だと思うけど、
それだけではダメなんじゃないかなと思う。
原点を見直すことと、
過去の成功例に巻き戻すこととは違うはずだ。

PS:
よくネットで得られる情報は基本タダなので、
そこがアドバンテージになっていると主張されるが、
それは違うと思う。
すでに我々はネット上で
「探す」「選ぶ」という時間的対価を
大量に支払っている。

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