人間風車

1998/09/30(水)
こうなったら、「公開総括」なのだ!

それにしても、
宣伝がないわりには「アストロ農家」はボチボチと売れている。
これがいわゆる「口コミ」というヤツだろうか。

そういえば、いよいよ発売となったとき「アストロ農家」は、
「CFない、雑誌広告ない、ポスターない、チラシない、
なんにもないです。」といわれたときは、ひっくり返った。

(今もしっかりとは、起きあがっていないけど。)

「冗談じゃない、こっちはこれ作るのに2年かかったのに!」
と怒りがまさに噴火!としたところで
「まぁ、じっくり、口コミを狙っていきますよ。」という言葉。
爆発は不発、一気に火山灰になってしまったのでありました。

「口コミ」ってのは、
自分たちの力以外のなにもんかの力にすがるってことでしょ。
これは、自分たちは(もう)何もしませんと
言っているに等しいじゃない、というのは、言い過ぎ?

巨人の棒監督(誤字じゃない気がする)は
「メイク・ミラクル」という言葉を使ったけど、
これだって、ミラクル=奇跡=自分たちの力以外の
なにもんかの力ってことだからね、
監督がそんなもの頼りにしたら、
戦っている最中の選手はやんなっちゃいますよ。

「生み出す」力、「作り上げる」力、「売る」力は、
どれが欠けても売れないと思うんです。
「この3つの力が正三角形を描くとき、
必ずや、ヒットは生まれるであろう」と
「もののけ姫」なんて見てると思うんですけどね。
まぁ、なかなか正三角形にはならないのはわかるし、
そういうのを「奇跡」というんなら、
まだ話は分かりますよ、でも、、、
(話が元に戻ってしまうんで、やめます)。

さて、そうこうするうちに、
発売から1ヶ月がたとうとしているわけです。
で、こういう恥ずかしい(注1)話も書いてしまえるくらい、
ちょっと冷静になってきたので、
そろそろ「アストロ農家」の「総括」をしなくてはいけないな、
と思っております。

「反省」ではなくて、「総括」ね。(注2)

で、ここまで恥をさらしてしまっては、
今さらパンツをはいても遅い、ということで、
「公開総括」をやってしまおうと思っています。
うちは前からスタッフが
顔を直にあわせる機会が少なくて(注3)、
普段のLAN上で「総括」をやって、
ついでに「公開」しちゃおうと思っています。

今度は、自分自身も弾劾されるわけだ。


注1:この問題は「力を入れて売るべきソフト」
として認めてもらえなかったという結果なのですから、
とりあえず、不服であるけど、そう評価されたという、
恥ずかしい事実がムームーにもあるわけです。

注2:基本的には「反省なんかするな」が持論です。
そうすれば、「最中での判断」にもっと真剣になれると思うからです。

注3:各スタッフは自宅と会社がネットワークで結ばれていて、
そこで、連絡や意見交換やデータのやりとりをしているので、
別に会社に来なくていけないことはない。ひどいときには、
1ヶ月くらい会わないなんてこともあるくらいです。


1998/09/19(土)
ゲームも「温故知新」なのだ!

去年あたりから、全然ゲームをしなくなってしまいました。
もちろん、気になるゲームというのはたくさんあります。
仕事のことも考えれば、最後までやらなくても、
ちょっと触ってみるくらいの「必要」は
あるかなとも思うんですが、だめですねぇ。

ゲーム作りの王道はあいかわらず「ゴージャス」のようです。
実写のような絵、びゅんびゅん動く3D、
美しいサンプリング音、沢山のイベント、などなど。
「総プレイ時間50時間!」ていう「売り」まであるくらい、
超大作主義まっさかりです。

でも、これってユーザーからの
ニーズから生まれてきてるんでしょうかね。

周りの、自称「結構ゲームやりますよ」族の人でも、
なんだかんだ(テレビを見たり、本を読んだり、
映画を見に行ったり、デートしたり、
風呂入ったり)で結構時間がなくて、
ゲームをやる時間は、せいぜい、1日1時間、
1週間でも数時間といってます。

これはごくごくノーマルなことだと思うんですけどねぇ。
世の中、楽しいことはいっぱいあって、
ゲームはその一つに過ぎないわけですから。
自由な時間を割り振っていったら、
そんな感じになると思います。

でも、制作の現場の主流は、
あいかわらず「ゴージャス」なんですよね。
これでは、一般ピーポーとゲームの間は
開いていっちゃう気がします。
「総プレイ時間50時間!」なんてのは、
一般ピーポーには「売り」じゃないですもの。
超特盛りナポリタン・スパゲッティー、
ジャンボ餃子付きみたく、
見てるだけで食欲がなくなります。

去年はPSが流行っていたし、
「パラッパ」とか「IQ」とか「みんなのゴルフ」とか、
一般ピーポーでも遊べるライトなゲームがぽんぽんとでたから、
よかったけど、最近はあんましない気がする。

一般ピーポー(僕を含む)ってのは、
一度ゲームマシンの電源切ったら(比喩表現です)、
なかなか、再び電源入れないですからね。
別にゲームじゃなくても、
世の中いろいろ楽しいこといっぱいあるわけですから。
こういうの、作るがわからすると、怖いですよね。

もちろん「ゴージャス」万歳の人はいます。
たくさんいます。でも、
その人達が将来の「メインなお客さん」なんでしょうか。
ちょっと考えてみる必要がある気がします。

世紀末は、原点復帰の時期でありますから、
ゲームも「温故知新」してみる必要があると思います。

近い知り合いがそういう企てをしているので
(もうすぐ、見られますよ)、
どのような波紋を投げかけるか、楽しみです。


1998/09/12(土)
さてさて、どうやら、貴花田が壊れちゃったみたいですが。

さてさて、どうやら、
貴花田が壊れちゃったみたいですが。

彼はいわゆる天才であり、エリートであり、
純粋培養された人であり、若い人で、そういう人は、
どうも身近なカリスマ的存在に感化されやすい
「状態」であるようで、
こういうのは精神科の言葉でいうと
「感応」(注1)とかいうらしいです。

ま、感受性が強い時期に、
ある人にある程度「感応」されちゃうなんて
誰でもあることですよね。
また、世間全てが冷たいとか、
全然自分を理解してくれてないとか、
そう思う時期だってあるし、いってみれば、誰でもかかる、
そしてほっとけば自然治癒する青春時代特有の
「心の風邪」のような気がするんですが。

マスコミ様が、彼の風邪をこじらせてしまわなければいいが、
と心配しています。

それにしても、ここんとこの風潮だと、貴花田も、
サッカーの中田(注2)と同じ
「生意気、身勝手」系にいれられちゃいそうで、
かわいそうだなぁ。

よく考え、、、なくても、
マスコミ様が叩く理由としている彼らの「罪」は、
マスコミ様に対して「尊敬しなかった」~「乱暴な言葉を使った」
くらいの範囲のことだと思うんです。
マスコミ様がさわぐような「ファン」に対する「無礼」なんて、
ホントにあるの? マスコミ様はよく「何様だと思っているんだ」
と彼らを非難しますが、それは、
「そのまんま、あんたでしょ」と思うんですが。

彼らは、メディアを握っていることを後ろ盾にして、
いばってますが、
これは権限をバックにいばっているお役人と同じでね、
「大物の前に居る」だけの人間でしょ、個人の力としては。
そういう人はいばっちゃいけませんやね。

彼ら(主にスポーツ選手)は、ファンである我々に向かって、
いろいろしゃべってくれてるわけで、
マスコミ様の方を向いているわけじゃないですから。
そこは「芸能人」とはきちっと分けて考えてあげてほしいです。

彼らが貝になってしまったら、ぼくらはとても寂しいですし、
そしたらマスコミ様もきっと大変なことになるでしょ、
資源を乱獲する漁民と同じ原理で。

それにしても、
はやく情報も産地直産システムになるといいんですがねぇ。
そうすれば、彼らの編集されない声を聞くことができるに。
そういう意味でも、
早くインターネットが普及してくれちゃうとうれしいですけど。


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注1:マスコミは「洗脳」という言葉を使っていますが、
これはあまりに「悪意」がありすぎますよ、マスコミさん!

注2:中田選手は報道陣(カメラマンをだっけか)を
「うじむし」と呼んだとか、よばないとかありましが、
それは間違っています。正確には「小判鮫、
もしくは寄生虫」というあだ名の方が正しいです。
今度機会があったら、そういってみてください


1998/09/08(火)
インターネット?

インターネットは、強いて言えば、
何に似ているのであろう。

別に何に似ていても、何にも似ていなくても、
問題なんてないんですが、そういう「あだ名付け」は、
結構、アイデア出しなんかのきっかけになるんですよね。
で、インターネットは強いて言えば何に似ているのであろう。

考えてみました。

まずはっきり、
グラフィック系のメディアでは似ているものはない。
インターネットは、インターラクティブ・ムービーだ!
なんて唄っているマルチメディア・ゴロ(注1)には、
ご用心あそばせ。

どう考えたって、
まだグラフィックを伝えるメディアとしては、
不自由で、不完全ですよ。
せいぜい「彼女とのツーショットでーす」
を見せびらかせるくらいの力量でしょう。

では、テキストを中心としたメディアで近いモノはあるか。

単行本はどうか。

なるほど、現状の通信環境やパソコン環境でも、
テキストなら問題なくやりとりできます。
でも、一気にダウンロードして、
プリントアウトでもしないかぎり、
単行本一冊分を読むのはちとつらい。

リアルタイムで読んでたりなんかしたら、通信費だけでも、
簡単に通常の単行本の値段以上になってしまうし、
ダウンロードしても、
モニターで大量の文字を読む(光を見続ける)ことは、
生物的につらい。

で、結論は「雑誌」。これは近い。かなり近い。と思う。
 
ちょっとした時間にペラペラ、ページをめくる感覚って、
結構インターネット上で
誰かの文章を読んでいるときの感覚に近くないですか?
文章の量といい、テンションといい。

で、そう思ってたところに、
「あれっ、ひょっとしたらこれ、
雑誌越えちゃってんじゃないのかな」と思うHPがあった。
あったというか、参加することになった。(注2)

このHPの主催者である年上の友人&師匠は、
「雑誌関係の人はピンとこないみたいよ」と笑っていたけれども、
「インターネットなんてまだまだ一部の人のもの
(事実だけど)。」なんて、
あぐらをかいているそちら関係の人、
これは近いうちに脅威になると思いますよ。

好きな雑誌はいっぱいあるけれども、全部のページが好き、
なんてことはまずない。
でも、雑誌の代金の中にはそのどうでもよかったり、
嫌いだったりするページのコストも含まれているわけです。
これは、買う側としてはちと理不尽ですよね。

それに比べて、インターネットでは、
例え有料となっても従量制がとれる。
ユーザーは読んだ分だけの代金を払えば済む。
作り手も、今のソフト産業をことごとく圧迫している
「製造、流通」のコストを考えなくて済むし、
テレビ並のリアルタイム性も時に使える。

電子で送り出し、電子で受け取るから、
紙だのインクだの「モノ」の制約も受けない。

なによりも、そういうことで誰も損をしたり迷惑をしない。
と思うと、やっぱり脅威だと思うんですけどね。
とりあえず、雑誌から。

実はこれ、将来的にはゲームの世界で、
一番効いてくるんじゃないでしょうかね。
だって、今、ゲームの世界ってホントに
「製造」だけが儲かっている構造なんですもん
(一部のヒットメーカーは別としてね)。

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注1:インターネットやコンピュータにまつわる
「カタカナ」を並びたてて、
できそうにもない未来を語って、
すぐに参加しないとビジネスチャンスを
失うとオヤジをせっぱ詰まらせて、
お金儲けをするヤツのことをそう呼んでいます。
まだ存在するらしいです。

注2:興味のある人は、行ってみてください。
http://www.1101.com




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