人間風車

1999/05/28(金)
姓名判断

ボクは、あらゆる占いを信じない。

だって、

・星座13種類×血液型4種類×性別2種類=104パターン。

・地球上の全人口60億人÷104=57692308人。

57692308人も同じ性格、運命の人いるわけないですもの。


ただ、姓名判断は一部信じているんです。
姓名判断でその人の性格をあてるというのは、
ちょっと根拠があると思っているんです。


1999/05/25(火)
西山だけが悪いのか?

なんなんだよぉ、今の巨人は!

みんな口をそろえて巨人が負けるのは、
中継ぎが悪いせいだというけど、そうかなぁ?

確かに、中継ぎや押さえが打たれて、
試合がひっくり返って負ける、という試合がすっごく多い。
それは事実です。でも、だから中継ぎや押さえの力がない、
というのはちょっと短絡的すぎないんじゃないでしょうか?ー
>評論家のみなさん。

ぼくは、以前から、
マウンドに上がる三沢や西山の
表情が気になって仕方がありません。なんていうか、
まだ準備ができていない顔をしている気がするんです。

待ってました!、おっしゃっ!って顔じゃなくて、
えっ、今から?、えっ、俺?てな顔に見えるんですがねぇ。


中継ぎ、押さえというのは、敗戦処理じゃないかぎり、
100%、のっぴきならない場面に登板させられるわけで、
そういう意味では先発以上に、
気合い十分でなくてはならないと思うんです。

気合い十分になるまでには、
それなりの時間が必要だと思うし、
そのためには、おお、あのへんでお声がかかるな、
じゃ、ここらへんから気合いを入れていって、
という計算ができないといけないことになります。

トップが天才的直感で采配すると、
そういう計算ができなくなってしまいます。

カラオケで、席順ムシで急に指定されるみたいな、
えっまだ曲決めてないよ状態でマイクを持つ。

巨人の中継ぎ陣を見ていると、
どうもそんな感じがしてなりません。

結論。

勝ちたいなら、長島監督をやめさすべき。
長島さんは、象徴監督にすべし。


1999/05/21(金)
天文学者と物理学者と数学者

結構有名なたとえ話です。
ある日、天文学者と物理学者と数学者が同じ電車に乗って、
まさに国境を越えたときのことです。
国境を越えたすぐの丘に1匹の羊がいましたが、
なんとこの羊は真っ黒でした。

 この羊をみて、天文学者は、

 「なんと、この国の羊は真っ黒なんだ!」と歓喜しました。

 それを聞いた物理学者は、いさめるように、

 「いや、それは正しくない。正しくはこうです。

 この国の羊の少なくとも1匹は真っ黒だ!」といいました。

 それを聞いた数学者は、いやいやという顔で、
 「いや、それは正しくない。正しくはこうです。

 この国の羊の少なくとも半面は真っ黒だ!」といいました。


ぼくら素人は、科学も数学も「理科系」ということで
一緒くたにしていまいますが、
天文学や物理は「観測」の世界の学問であり、

数学の世界は、純粋に「理論」の世界であるんだなぁと
あらためて納得させられた次第です。

故に、数学の世界では、アルキメデスが考えた理論が、
未だに破綻なく機能するのです、
と数学者は誇らしき語っていました。

PS:

この話を身近な人に話したら「で?」
という返事が返ってきました。


1999/05/17(月)
東京都都議会

別に、石原新知事が好き、
というわけじゃないんですけど。


「小説書くのとは違うんだよ」
「知事の言うことをすんなり承諾するわけにはいかない」
「こざらにもメンツがある」

石原新知事の副知事選出の際の
東京都都議会の発言だそうです。


あるアイデア、意見、考え方に対して、「そうは思わない」
「それは間違っている」「私の意見の方がすばらしい」
というのなら、間違っていないし、
大切なことだとも思うけど、
上の発言って、相手がなにを言おうと関係ない、
発言の内容じゃなく、ともかく「おまえには反対!」
という体勢でいる、っていうことでしょ。

それじゃ、
ボクの林真理子に対する態度と同じじゃないですか。


青島前知事には、とってもがっかりさせられましたが、
半分は、この東京都都議会の責任だったんじゃないかなぁ、
という気さえしてきました。

青島前知事の提案に対してことごとく
ノーを出していたもんなぁ。


ノーとしかいえない人たちと、
どうつき合っていくか、楽しみです。


1999/05/13(木)
100円パーキング

10分100円のパーキングと1時間600円のパーキングは、
同じじゃないかと思ってたんですが、
全然意味が違いますよねぇ。

最近そのことに気がつきました。


ちょうど1時間駐車した場合は、
10分100円も1時間600円も同じです。

10分100円なら1時間は10分×6だから、
100円×6=600円という計算を無意識にしてしまうので、
同じに感じてしまうんですね。


ですが、経験上、
1時間ちょうど駐車するということはまずあり得ません。

よほど意識しない限り、駐車する時間は
、0~10分目、10~20分目、‥‥、
50~60分目のいずれかである確率は同じ(1/6)
であると考えられます。

つまり、10分100円のパーキングの期待値的には、
以下のようになります。

 00~10分目 100円*1/6=16.7円

 10~20分目 200円*1/6=33.3円

 20~30分目 300円*1/6=50円

 30~40分目 400円*1/6=66.6円

 40~50分目 500円*1/6=83.3円

 50~60分目 600円*1/6=100円

 ----------------------------------
 合計           350円

つまり、10分100円のパーキングで払う額は、
平均350円であるのに対して、
1時間600円のパーキングでは、問答無用に600円ですから、
10分100円のパーキングの方が、
1時間600円のパーキングよりお得となります。


と、この間気がついたわけです。
もう周知のことかもしれませんが、

ちょっとうれしかったです。


1999/05/11(火)
テキサスのインターネット

この間テレビで見たんですが、
テキサスの田舎の農業従事のお年寄りが、
インタビューに答えてこんなことをいっていました。


「ニューヨークじゃ、
インターネットは早くて快適かもしれんが、
ここじゃ、スピードは遅いし、よく落ちるんじゃ。
困ったモンだよ」


さすがのアメリカでも、通信環境がすっげーのは、
どうやらニューヨークなど大都会だけの話で、
田舎では、まだまだなんですねぇ。


なんてことに驚いたんじゃなくて、
テキサスの田舎の農業従事のお年寄りが、
穀物相場を調べるために
インターネットを利用しているという事実に驚いたんです。
そんなところまで、
そういう実生活にまでインターネットが浸透しているなんて、
スッゲーよと。そういうのに感動しました。




PS:
なんだか、読みようによっては、
非常に差別的な発言に感じるかもしれませんが、
そういうのはさらっさらないです。


一応断っておかないとね。全くやっかいな世の中です。


1999/05/07(金)
バサーの愛

バスフィッシングをしない人には、
なんとも奇妙に感じられるみたいなのですが、
バサー(バス釣りをする人をこう呼びます)は、
だいたいにおいてブラックバスが好きです。
味、じゃないです。存在自体を愛しているんです。
ですから、彼らの命も大切にしますし、
彼らの食生活や住居環境なんかにも、気をもんだりします。

具体的な愛の形として、つり上げたとき、
バーブレスにして(針のもどしをつすこと)、
口の傷を小さくしたり、体表組織を傷つけないように、
なるべく体に触らないようにしたり、
窒息しないようになるべく早くリリース
(水に戻す)するように心がけます。
競技なんかで捕獲している間は、
酸素の供給も怠りませんし、
もし殺してしまったら競技上のペナルティーにすらなります。

また、シンカー(おもり)に鉛を使わないようにしたり、
なるべく太いライン(釣り糸)をまいて、
ブレイクして(釣り糸が切れること)、
ラインやフック(釣り針)やルアー(疑似エサ)が、
水中やバスの口に残らないようにしたり、
ゴミは必ず持ち帰るなど(当たり前のことですが)、
環境を汚さないことにも、配慮をします。


こうした行いは、
釣りをしない人や海釣りをする人なんかには、
奇異に映るようです。

「釣ったのに、なんで食べないの?」、
「目的(食べること、らしい)ないのになんで釣るの?」、
「釣っておいて、命を気遣うなんて矛盾している」
という意見をいただきます。


まっこと、その通りだと思います。


バスがすっごくおいしい魚だったら、
食べちゃうかもしれませんし、
たとえ、うまくリリースしたとしても、
バスに重大なダメージを与えることは間違いありません。

ですから、
愛しているなんて偽善だ!矛盾だ!自己満足だ!欺瞞だ!
ってご意見は、ごもっともと思います。

これはうまいこと弁解できないんですが、
お互いにダメージを与えあう競技でありながら、
常に相手に怪我を負わせたくないと祈っている
格闘家の気持ちに近いかもしれません。




« 人間風車: 1999年4月 | | 人間風車: 1999年6月 »