人間風車

1999/10/29(金)
どうでもいいこと

どうでもいいこととわかっていても、
気になって仕方がないことってありますよね。

ある女性医長の談。

「最近の若い子は、
彼氏以外の男友達と平気で
オーラルセックスをしたりする。」

別段問題なく、
さらっと読み流せる文章なんですけど、

(1)彼氏以外の男友達と平気でセックスをしたりする、
   貞操感のなさが問題。

(2)平気でオーラルセックスをしたりする、みだらさ、
   あるいは危険に対する無知が問題。

(3)平気でする、その羞恥心のなさが問題。

(4)若い子(=女の子)が、そういうことをするのが問題。

以上のどれが答えなの?とふと思ってしまった。

(ついでに、女性医長の顔から旦那との
性生活までイメージしてしまった)

どうでもいいことでした。

PS:

答えは、(たぶん)、
ともかく若い子がすることには難癖つけたい、
だと思います。


1999/10/27(水)
大きなカシの木

大きなカシの木1本で、
一家4人が2年暮らせるだけの酸素を作り出すそうです
(年間で計算)。

こういう話を聞くと、
とても木がいとおしくなります。

ただ、脅すだけのエコロジー関係の人にも、
こういうセンスがほしいな。


1999/10/21(木)
ノルウェーの戦略

映画Matrixで有名なノキアという
携帯電話を作っている会社は、
ノルウェーの会社なんですね。


この間テレビでやっていたんですが、
ノルウェーって世界一携帯電話の普及率が高いんだそうです。

公衆電話などの公共インフラが
整っていないためなんでしょうかね。


でも、ただ単に電話の延長として
使われているだけじゃなくって、
クレジットカードの代用としても、
コンピュータの端末としても使われてる、
ってのがスゴイです。

ジュースの自動販売機に、
携帯電話を向けて暗証番号を送信すると、
ジュースが買える
(代金は電話料金として徴収されるらしい)とか、
それはやりすぎじゃないってのも、
ちょっとあるんですが、
それでも先行ってるな感は十分にありました。


ノルウェーってのは、
これといった輸出産業がないし、
資源もないしってんで、
唯一(失礼かな)世界と勝負できるこの携帯電話事業
(ノキア=私企業ですよ!)を国をあげて
バックアップしてる。っていう事情らしいです。


これは、ほんとは日本が
やるべきことじゃなかったのかなぁ、
やれたんじゃないのかなぁと思うんですが。

残念です。

貧乏な国の正しい力のかけ方はこれだよ。

と、とてもうらやましかったです。


PS:
そうそう、なんだか広島の野球を
見てる感じがしたんです、そのとき。


1999/10/18(月)
「買ってはいけない」への反論

「買ってはいけない」は読んではいけないといってはいけない。
については、絶対反論が来るだろうなと思ってたら、
やはりいただきました。
ありがたいです。
背筋の伸びた反論をいただくのは、
いいかげんなほめ言葉をいただくより、
100倍うれしいですし、ありがたいです。

で、ではお礼に、こちらも誠意をもってお答えせねば、
と思いました。

>「アイデアをだせ」というのは違います。
>それが「新商品」のアイデアなら、企業の仕事で、
>「自分の生活を変える」ためのアイデアは、その個人の仕事です。
>その論調に「アイデアを大切にする作り手」の、
森川氏が少し感情的になるのもわかりますが。



順番に説明します。

基本的には、「アイデアをだせ」というのは、
どの立場の人でも、どの仕事の人でも、
そうあるべきだ、と思ってます、ボク的にはね。
ただ、その場その場において、アイデアはモノであったり、
考え方であったり、行動であったりすると思います。
当たり前の話ですが。

ぼくが「買ってはいけない」に
出すべきだといったアイデアは、
もちろん「新商品」のアイデアではないです。
それはないです。

それは、清原を批判するスポーツライターに、
「じゃあ、ホームラン打てる打法提案しろよ」
とつっこむのと同じくらいナンセンスですからね。
それはない。

それは、Mさんのおっしゃっるとおり、企業の仕事です。


>「自分の生活を変える」ためのアイデアは、その個人の仕事です。

は、もうね、ホントその通りだと思います。
で、Mさんはこれができる人なんですよね、きっと。
でも、誰もがそうできるんでしょうかね?
自分の生活をデザインするためのアイデアを出すってのは、
クリエイティビーの高い人じゃない
と無理なんじゃないでしょうか?
きっと、ふつうは、アイデアのヒントなり、
マニュアルがほしいと思うんですよ。
で、自分が使えそうなモデルを自分にあったように加工して使う。
くらいじゃないでしょうかね、どうでしょう。
(じゃなきゃ、世の中、こんなにマニュアル本売れないでしょ)
で、出してほしかったアイデアの話です。

十分な情報を与えられない、
我々受け手(買うだけ)は、
食品添加物の害からどう自分の身をまもればいいのか。
原発しかり、ダイオキシンしかり、ともかく情報が開示されない。
査定しようにも、確認しようにも、
情報がないからどうしようもない。

それよりも、世の中に100%安全なモノを食べ、着て、
住むなんてことはありえるの。

こわいですよ~~~~、あぶないですよ~~~~、
うかうかしてられませんよ~~~~~、
アナタだって人ごとじゃないですよ~~~~~、
ほら、これもダメなんですよ~~~~~、
では、ごきげんよう。

みんな、このエンディングでいいんですかね。
よく、さんざん幽霊話をして、
その場を去っちゃうヤツいるじゃないですか、
オチも言わないで。
そんときの心もとなさに近いの、感じませんでした?


じゃあ、どうすればいいのよ?


納得する、しないはともかく、
「じゃあ、あなたは、どうすればいいと思ってるんですか?」
って、批判じゃなくって、純粋に質問として、
あるいは救いを求める気持ちとして、聞きたくないですか?
ぼくは、あの本を読んだとき、そう感じたんです。

全ての商品に成分表示、
もっとわかりやすい危険度表示をさせる。
どくろマーク3つとかね、そういうわかりやすい表示で。
それもいいかもしれない。

どこまでの危険度なら使ってもいいのか、それを知らせる。
それもいいかもしれない。
強力で安全な解毒剤を開発しよう。
それもいいかもしれない。

毒を食らって死ぬのが悪いか!
そういう人生哲学?もいいかもしれない。

絶対安全製品コロニーを作って、
そこからあらゆる商品を提供する。
少々宗教めいているけど、それもいいかもしれない。


「アナタの身の回りにはこんなにたくさんの
危ないモノがありますよ。怖いでしょ~~」
だけじゃなく、「だからね、こういう対処はどうでしょうね?」
っていうアイデアまで提案してほしかったんです。

もちろん、警告だけでも立派なんですよ。
でもね、せっかくだったら、
アイデア=提案までしてほしかったです。

>「消費者の反対パワーと企業の危機感で社会を少しでもよく」

そういう起爆剤としては、よくできた本だと、ぼくも思います。
でもね、どうせなら「起」だけで終わってほしくなかったナァ。

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ちなみに1。
「買ってはいけない」は、
「具体的な商品選びの本」ではなくて、
「今後の商品選びの考え方の指南になる本」
って認識がないと怖いですね。

きっとそれは編集者もそう望んでいるだろうし。


ちなみに2。
「添加物の入らない、
手作りの和食をたべよう。洗濯は石鹸を使おう」ってのは、
提案ではないとはいいませんけど、理想論すぎると思います。
危険性は、具体的な商品名を出し、
その対処案としては、
「添加物の入らない、手作りの和食」。
これは、いかにもバランスが悪い気がするんですが。

「我が社の経常利益は、前年比70%で、
3年連続の赤字決済であり、、、」って会議の場で、
「社員一同が、自覚を持って働き、無駄を省き、
いっそうの効率化をめざし、、、」なんて話してると
倒産してしまいますよね。


1999/10/12(火)
数学関係の本

最近、数学関係の本をよくみかける。
で、どれもが再版を重ねている
(=たくさん売れているとは言い切れないけど)。


文化系、理科系が半々とすると、
半分の人は数学が嫌いなはずなのに、
どうしてこう数学の本が出るんでしょ(売れるんでしょ)。

まさか、数学の持つ神秘性に
癒されてるってわけじゃないでしょうに。


ぼくは数字いじりがとても好きなんで、
好んでそういう本を買うのですが、
結構読み切ったり、楽しみきったりするには、
数学的スキルが必要なものが多いんですよ。

だから、コンピュータのことにまったく音痴な人が
MacPowerを楽しめないように、
バス釣りしたことない人がBasserを楽しめないように、
数学的スキルというか関心というか
情熱というか好奇心というか、
そういうのがないと楽しめないと思ってたんですよ。


でも、あきらかに「不得意科目は数学で~す」
なんて人が買ってたり、読んでたり、
楽しんでたりするんです。まわりを見ていると。


このことをどう解釈していいか?

単に、学校で教える受験用数学ってのが
嫌いなだけであったのか?

不思議です。


PS:

それにしても、数学(数論?)はステキですよ。

"2は素数の中で唯一の偶数である。"


1999/10/06(水)
1億円分の知恵

おくればせながら、映画「cube」を見ました。

おもしろかったです。


やぁ、低予算で作った映画なんでしょうね。

セットは、立方体の部屋
(とんでもなくたくさんそういう部屋が
あるという設定なんだけど、
セットの数はとっても少ない感じ)だけ。

後は、部屋内のトラップと
部屋の外の景色のCGのみですから。


でも、これだけでも十分おもしろいもの
作れるんですよね、作る人が作れば。


思うに、最初から「予算がない」
ってことが決まってたんじゃないでしょうかね。

お金をかけないで、いいモノを作るには、
どうすればいいか。

という問題について、
とっても冷静かつ緻密かつ賢明に
考えられている気がするんですよ、
この映画を見ていると。


これは、誰でも直面する問題で、
誰でも解決できそうな問題に見えますが、
そうはいかないです(自戒をまじえて、そう思う)。

貧乏なことを「言い訳」に使っている
映画やらソフトってのは、
しょっちゅうお目にかかりますが、
貧乏を正面から見つめて、ふてくされないで、
前向きで建設的で画期的な
アイデアを提案しているモノってのは、
そうはお目にかかれません。


映画の予算がどのくらいなのか、
よく知らないのでアレですが、
例えば1億円予算がないなら、
1億円分の知恵を出さなくてはいけません。

1億円分の知恵。

年収500万円の人が、20人、
1年間考え抜いたに等しい知恵。

そう考えると、
これはすごい質の知恵でなくてはいけませんからね。

PS:

同じ意味で感心した映画では、
邦画の「focus」があります。


1999/10/04(月)
買ってはいけないは、読んではいけない

単行本「買ってはいけない」を、
読んではいけないなんて、
言ってはいけない風潮な今日この頃ですが。

ぼくは読みました。
で、読み終わったとき、
「じゃ、どーしろというのよ」と
とてもイヤな気持ちになりました。正直な気持ち。

文春(だったと思う)に書かれているように、
情報の精度の問題云々の問題ではなくって、
ノーアイデアなのがとてもイヤなんですよ。

よく会議なんかでもいるじゃないですか。

人の意見に対して反論ばかりする人。

ある人のアイデアのリスクや
まとまっていない箇所ばかりを指摘する人。
じゃ、それに代わるイイアイデア出すかというと
そうでもなく、やおら、
危険性とか危機感ばかりあおって、
会議を硬直化させてしまう人。

(人の出したアイデアの不具合を指摘できることは、
そのアイデアを出した人よりも
優れていることだと思っているようですが、
それはお門違いだぜい)

「買ってはいけない」も、
同じニオイを感じたんです。

もちろん、地球や人体に限りなく優しい、
安全な素材はあり、
それらを使うようにというアイデアは提案されていますが、
それって理想論でしょ、といいたい。

危険性をあおるときには、具体的な商品名を出して、
リアルな危機感をあおっているくせに、
その対処案は、
いきなり理想論になってしまうのはズルイ。

そりゃ、世界中の人が愛し合えば、
戦争はなくなりますよ。

昭和30年代の電気消費量にもどせば、
地球温暖化問題はなくなるかもしれませんよ。

それと同じだと思うんですよ。


でも、立派な本であることは確かですよ。

あの本を読んで、われわれがいかに、
とんでもない状態に突入しているか、
再確認できましたし。

やはり、自分にしてみても、
まわりの商品を見る目は、
一段と厳しくなった気がします。

ひょっとしたら、
そういう意識をみんなもってください、
という提案が著者の意図かもしれません
(それだったら、成功している)。

でも、この本の周辺の今の
「はしゃぎぶり」を見てるとね、
やっぱ、脅すだけならやめろよ、
と私は言いたい。




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