人間風車

1999/11/27(土)
ブラックホール・マシン

ほとんど、朝日新聞10/29夕刊からの抜粋です。

このマシンの正式名称は、
「相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)」で、
加速器で金の原子核を光速近くまで
加速してぶつけるという装置だそうです。

光速で金の原子核どうしがぶつかると、
日頃グルーオンという
「のり」でしっかりとくっついている、
クォーク(物質を作る基本粒子)が、一瞬はがれる。

それがなんだと思われるかも知れませんが、
これは、宇宙開闢(ビッグバン)の状態なのである、
といわれるとなにか、
すごいじゃないと言いたくなってしまうじゃないですか、
ムードとして。

(さっぱり理解していないけど)

マシンの中で小さなビッグバンを作るんですよ。

「光あれ!」を人様が作っちゃうわけですよ。

そうそう、どのくらいの一瞬かというと、え~~~~っと、
1000000000000分の1のさらに、
10000000000分の一秒、だそうです。

どのくらい短いか全くピンときません
(東京ドーム何杯分とか的に
例えてくれるとありがたいんですが)。


で、なにを世間?(英サンデータイムズなど)が
騒いでいるかというと、この実験により、
ある確率(これまたとんでもなく小さな確率らしい)
でブラックホールが発生するらしいのです。

若い科学者の実験により作られた小さなブラックホールが
地球を飲み込んでしまう、
というといささかSFすぎる気もしますが、
こうした指摘に対して当事者も
「条件さえそろえば、ありえないことではない」
と答えているらしい。


ブラックホールを実験室で作れる(かもしれない)時代に
なったんですねぇ、すごいですねぇ。


ちなみに、実験で使用する金の原子核は200億個!

これは、100000000000分の1gの量の金で、
ブラックホールを作るのには、
意外に材料費がかからないらしいです(オチも朝日新聞より)。


1999/11/17(水)
健康という名の宗教

どうも納得がいかない。

「朝食は必ずとりましょう。」、
「1日3食、決められた時間に食べましょう。」、
「間食はいけません。」、
「5大栄養素をもれなくとりましょう。」、
「1日20品目以上を食べましょう。」、
「ビタミン類は、錠剤からではなく、
果物や野菜などからとりましょう。」

それは確かに悪い話じゃないと思うんですけど、
いったい、
人類がそんな生活ができるようになって何年たったんでしょ、
ってかんがえると、どうも納得がいかない。

人類がそんな生活ができるようになって200年くらいですか?


よくわかりませんが。

それに対して、少なくても200万年前には、
我々はサルをやめた(やめさせられた)わけです。

200万年前~200年までの生活といったら、
そりゃもう、上の生活とはほど遠かったハズです。

で、進化のスピードなんかを考えると、
我々の体が適応しているのは、
そういう古い時代の生活であるはずだ、
という方が説得力ないですか?

断食をやろうと思ったきっかけの一つに、
断食を勧める医学者のこんな言葉がありました。

「朝飯を食わないと力が出ないからダメ?じゃあ、
狩りの時代はどうだったのよ。
3日に1匹とれれば御の字の時代。
3日目にやっと目の前を通りかかった動物を前に、
朝飯食ってないから力でねぇ、
なんてこと言ってたと思います?
見つけちゃ瞬間、飛び出していったに違いないでしょ。
じゃなきゃ、とっくに絶滅してる。」

(ほんとは、こんなべらんめぇ口調じゃなかったですが)


で、実際断食をやって、
この言葉の真偽を確かめてみたんですが、
最初の一日こそ確かにぼーっとしてしまうんですが、
それ以降は元気、元気。

上のすべての法則に反する食生活
(食べてないのに食生活もないか)なのに、全然OKでした。

ほら、やっぱり。と思ったモンです。


以来、腹が減ったらいつでも食う。
腹が減らなきゃ、ご飯タイムでも食わない。
子供食いはする(子供を食べるワケじゃなくて、
子供のように日に何度も少しずつ食べる、の意味)。
好き嫌いはいう。錠剤も便利なんで飲む。

って、生活をしていますが、いたって元気です。


(というか前より、スリムになって調子がいい)

だから、よけいに信じられないんですよね。上のようなの。

なんか「健康教」に見えちゃって。


1999/11/15(月)
インターネット・ゲームセンター

ちょいと古い話です
(というか、ここに書かれている文章は必ずしも
時系列上に並んでいるわけでなくて、
思いつきで書いているだけですので、
新しい話と古い話が混在しています)。

朝日新聞に書かれていた記事からの抜粋です。

お隣、韓国での話。

韓国では、
街角のゲームセンターのような場所に、
ゲームマシンの代わりに、
パソコンがズラリと並んでいる遊び場があるそうです。

ここでは、1時間数百円程度で、
ネットにつながったパソコンがいじれる
(とだけ書くとインターネットカフェみたいだけど)。

で、何をやっているかというと、通信ゲーム。
ネットにつながった見ず知らずの人と
通信ゲームをやっているんだそうです。

この状況自体は、
日本ですっかりお馴染みな光景ですが、
ちょいとちがうのが、お上の対応。

こうした環境の整備に対して、
「ゲーム総合支援センター」なる財団法人が
バックアップしている。

「ゲームを、国際的に通用する重要な娯楽産業として
国が力を入れ始めた」からだそうです。

フィンランドが、携帯電話事業を
「国際的に通用する産業」として、
全面的にバックアップしている感じと
似ている気がしました


韓国製のゲームってやたことがないので、
「国際的に通用する」かどうか、
よくわからないんですが、

ならば、日本のゲームこそ、
「国際的に通用する重要な娯楽産業」じゃないのか、
と思うのはボクだけじゃないでしょう。

それなのに、
我が国では「バーチャルな世界にのめり込むあまり、
現実界との区別がつかなくなり、
冷酷で凶悪な犯罪を犯す恐れアリ」なんて論評が、
未だにマジに語られている。

トホホです。

自分のウリはなんだろという
「自分探し」は大切である必須な行為ですよね。

お上だけのことじゃなく、あたくしたちにとっても。


1999/11/09(火)
別れ

長年一緒に暮らしてきた人と、
別々に暮らすことになった。

一人でいることが耐えられない人間と、
一人でいる時間がどうしても必要な人間が、
子供がほしい人間と、子供はいらない人間が、
例え、
結婚という既成のスタイルを必要としないという
共通の考えがあったにしろ、
一緒に暮らし続けるというのには、
当初から無理があった。

それでも、その点をのぞけば、
とっても気のあう仲だったので、
なんとか一緒にいられる方法はないものかと、
ペットを飼ったり、別々に過ごす時間を調整したりと、
いろいろ工夫をしてみた。

が、結果として、
決定打となるアイデアは見つからなかった。

そうこうするうちに、
年齢的な締め切りが近づいてきた。

いくら高年齢出産が可能になってきたからといって、
やはり限界はあるし、早いに越したことはない。

そこに、仕事に集中したいという、
こちらのタイミングもバッティングした。

我々の仕事も、スポーツ選手ほど顕著でないにしろ、
年齢的な締め切りはあると感じている。

そんなこんなで、
直接切り出したのは、
3×回目の誕生日を迎えた彼女の方からであったが、
同じことをこちらも考えていた。

(そんなところまで気が合うんだと、
苦笑した二人であった)

それにつけても、一緒に暮らす、
それ以外の点ではとっても気のあった、
全くすばらしいパートナーであっただけに、
神様も意地悪なことをするものである。

なんて書くと、
ひどく落ち込んでいるかのように
思われるかもしれないが、
お互い、とってもサバサバしている。

(きっと、まわりからはそういう状況の二人に
見えないんじゃないかな)

これは自分でも意外だったし、
むこうもそう思ったらしい。

やるだけのことはやった。

という思いがあるからだろうか。

後悔、悲しみ、悔しさ、怒り、
そういう感覚も全くない。

(一生懸命練習して、
それでも結果が出せなかったスポーツ選手って、
きっと、こんな気持ちなんだろうと思った。)


もちろん寂しい。それに残念である。

でも、いかなる別れも寂しいものであるから、
仕方がない。

慣れるより他はない。

それに、生涯気の合う人であることに変わりないし、
これからも会うことはあるし、
一緒に仕事をすることもあると思う。

そういう意味では、
関係がなくなったのではなく、変化しただけ、
と言えるかもしれない。

くっつくより離れる方が、
作るより壊す方が、うんとエネルギーを使う。

でも、正しいタイミングで、
離れること、壊すことは、
とっても大切なことである。

そういう決断というか、心構えは、
昔に比べてしっかりしてきた気がする。




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