人間風車

2000/10/30(月)
奇跡とのつきあい方

巨人が日本一になった。その瞬間うれしかったけど、
そんなには感動はしていなかった。
高橋が関東寒風じゃなくって、完投完封した瞬間に、
もう100%間違いないと確信してしまったからだ。
物量に物言わす巨人が最初から優勝するに決まっている
といってた評論家も多かっけど、
そういうようには感じなかったナァ。
巨人が勝ったのは、先発の狭間、
しかも工藤が調子悪い、
っていうヤバイ日に先発予定に
組み込まれていなかった高橋が、
誰も予想も期待もしていなかったを完投完封
をしてしまったのが、
第一の要因だったと思う。
これは間違いなく奇跡。


奇跡で勝ったとき、
ぼくなんかは正直あまりうれしくない。
というのも、先につながらないと思うからだ。
そうたびたび起こるはずのない要因で勝っても、
そんなんではアベレージは残せるわけがないからだ。
でも、そういうのは、ぼくのように、
奇跡があまり起こらない、起こることが珍しい、
そういう人間の考えかたかもしれんなぁと、
長島監督を見ていると、そう思ってしまう。

きっと、長島監督のまわりでは、
奇跡なんか普通の「ラッキー」
くらいの頻度で起こっているんだろう。
そのくらいの頻度で起これば、
それをあてにしたところで、
全然明日につながってしまうことになる。
期待値が高いわけだから。

これは持って生まれた星の差、
とひがんでばかりもいられない。
案外、奇跡さんは、
みんなのところに結構平等に訪れているかもしれない。
だけど、当人がを当てにしないかぎり、
奇跡さんも働きようがない。
だから、はなっから、
ぼくのように奇跡を当てにしない者は、
奇跡が起きるようなシチュエーションを
はなっからなくしてしまうふうがある。

だから、ますます奇跡を当てにしないという悪循環に陥る。

その点、長島さんは、
奇跡の発生確率を3つの交差点で連続青信号
になるくらいのことに考えている節がある。
だから、長島さんは、
奇跡が起きるような(無謀な)
シチュエーションを平気で作ってしまう。
予定だった工藤に根性出させる代わりに、
「ひょっとして高橋がメイクミラクルやるかもよ」
とやってしまう。
その点、王監督も、
奇跡をあまり信じないタイプの
監督であったような気がする。


ps:
日本シリーズを見て、
ダイエーファンになってしまった巨人ファンというのは、
ぼくだけじゃないと思う。
来年またやれるといいね。
(というから、巨人ファンは嫌われる)


今のBGMは、ムーンライダース「最後の晩餐」。
今まさにこの瞬間、
この人達のために苦労している私。


2000/10/27(金)
ひこうそくめいぼほうしき

それにしても、「ひこうそくめいぼほうしき」
という選挙のシステムはひどい、ひどすぎる。
森首相はこの選挙のシステムを成立させたことで、
後世まで名を残すんじゃないでしょうか。

立候補者の名前、もしくは政党名、
どちらも有効なら話はわかるけど、
立候補者の得票数+政党への得票数=その党の得票数
っていうルールは、どうかしている。狂っている。

誰がどう見たって、
たくさん票を取った人の票分がだぶってしまうので、
バランスが崩れる。
ゲームだったら、絶対×になる「仕様」だ。
これを強行して通してしまう与党も与党なら、
ボイコットするしかできない野党も野党だ。
まったく、森首相の暴言や、
中川さんのスキャンダルなどとは、
ことの重大さが違うでしょうに
(森さんの暴言が重大ではない、という意味ではないです)。


民主主義という「理想論」と多数決という「現実論」は、
本質的な機能としては矛盾する。
しかし、そこは1000年以上かけて獲得してきた
「理性」や「常識」や「道徳」や「美学」でなんとか、
バランスをとってきたというか、うやむやにしてきた。

今回の与党の強行採決は、
ついにこの矛盾を真っ向からついてきたことになる。
法律的には問題ないんだろうけど、困ったもんだ。
恥も外聞も正義もない。
こうした強行突破がもたらすマイナスイメージが、
いかに大きいかという感覚がないのも寒い。
こんなおいしい「ネタ」をもらっても、
きちっとした反撃ができない野党も痛すぎる。


それはそうと、現在の「比例代表制」で、
政党単位で選ぶという方法は、
基本的には一番理屈にあった選挙システムだと、
個人的には思うけど、日本のように、
旧社会党(それまでの野党)と自民党(与党)
が合体してしまうような、
あり得ない連合が生まれてしまうと、
このシステムも全く意味がないことになってしまう。
う~~~ん、困ったモンだ。


ps:
先発ががんばる、打線が爆発するなど、
監督がいらない系の試合運びになると、
うち(巨人)は強いねぇ。


2000/10/24(火)
小さな発電所

20世紀の産業は、
巨大化、大量化=進歩という考えだったような気がする。
そういう価値観の元では、発電所も、
10万世帯が1年間に消費する電力をカバー、
なんていう数的威力が一番偉いということになっていた。
そして、そうした巨大な装置を作ることで、
地球を汚したり、壊してしまったりすることは、
より快適な生活を得るための仕方のない
犠牲だと思われていたし、
自分自身そう納得していたりした。
「このような発電所を作ったために、大気汚染が広まった」
という地球に優しい派の意見に対して
「じゃあ、あなた、戦前の電化生活に戻れますか?」
っていう人間に優しい派の意見のほうが、
現実的で理性的だと思っていたし。


が、次の世紀はたぶん、
だいぶんと事情が違うと思う。
その村や町、
あるいはその家の電力だけをまかなうだけのような、
小さな発電所というか発電器が
安価で設置できるようになってきたからだ。
こうした小さな発電所は、大概の場合、
太陽光線とか風力とか川の流れなどを利用するので、
地球にあまり直接的な被害を与えない。
(直接的といったのは、発電の仕組みがどうであれ、
電気をバンバン使えば、最終的には地球を暖めてしまう
ことになるから)

これをクリーンとかグリーン・エネルギー
とかいうらしいけど、
総量としては同じでも、小さな発電所をたくさんのほうが、
大きな発電所を1つより、
地球にダメージを与えないというのは面白い。
巨大化、大量化の後に、
こうした小さく少量のシステムが
有効になってきたというのは、
なんだか、生物の進化の流れにも似ていて面白い。

そういう意味ではインターネット上での
ビジネスもこうした事情に似ているのかもしれない。
師匠であり友達である人のホームページでは、
数千単位の永久紙袋の受注を受け、喜んでいる。
これを見て、従来の巨大化、
大量化=成功的価値観を持つ人たちは、
冷ややかに、

「3000売れたとしてもねぇ(商売とは言えないね)」

なんていう。
しかし、発電の事情と同じように、
そういう小単位でもちゃんとやっていけるという方が、
うんと新しいし、未来がある気がするし、
最終的には地球にやさしいのかもしれない(笑)。
ゲーム作りの場も、
今、全く同じ雰囲気である(ってうちだけか)。


恐竜の後に、小型省エネルギー型のほ乳類の時代が来た、
そんなことが産業の世界でも起こるのかもしれない。


今日のBGMは、ADIEMUSのthe eternal knot
もう、どのアルバム聞いても同じに聞こえるよ。


2000/10/23(月)
ON対決

今日(21日)から、
巨人vsダイエーの日本シリーズがはじまった。
どのメディアも、「王と長島の対決」としているが、
これはどちらも監督であって、それじゃあ、
主人公である両チームの選手に申し訳ないだろ。
「工藤ダイエーにお礼参り」
とかそういうのにしてやれよ、と思っていた。
が、ふたをあけてみたら、
これは確かにON対決だと思った。


ダイエーの試合は見る機会がなかったので、
あの、後半じわりじわりと手堅くひっくり返していく戦法は、
新鮮だった。
全勝数の30%近くを中継ぎ陣がとっていることを考えると、
前半(先発陣)では負けていたけど、
中継ぎが踏ん張って逆転した、
という試合がいかに多いか想像できる。
ともかく堅実だし、粘り強いし、
自信を持っているし、チームの一体感がすごい。
セリーグでは味わったことのない雰囲気だ。
この雰囲気を作り出しているのは、間違いなく王監督だ。
彼の性格そのまんまの戦略だ
(、と本人と話したこともないけど、断言しておく)。

これに対して、巨人の野球はすごい。
特に打てないときの巨人や、
ピッチャー陣が不調なときの巨人、
つまり監督の采配が必要となるようなときの巨人はすごい。
ばくち下手のばくちを見ているような、
勘の悪さを感じるし、
例えその場は当たったとしても未来を全く感じさせない。
この未来のない戦略は、彼の性格そのまんまの戦略だ
(、と本人と話したこともないけど、断言しておく)。
今日の試合で言えば、7回ノーアウト1,2塁で、
村田にバントをさせなかったことだ。
あの状況で、村田のヒットにかけるという、
そのバクチセンスのなさが痛い。


なんて見ていたら、小久保や松井の活躍なんかより、
ONの動きの方が確かに気になった。
これほど、両極端な戦術が展開されるのは、
見ていて楽しい。
負けた試合でもね。

ひょっとしたら、最大7戦という短期決戦では、
バカつきがあって巨人が勝ちきってしまうかもしれないとも、
思っていたけど、第一線から負けてしまった、
さあ、大変である。

なんで、岡島じゃなかったんでしょ?ー>長島さん。


で、今のBGMは、DUBSTARのmake it better


2000/10/20(金)
キューブ

新型Macであるi cubeは、
形も性能も値段もとても気に入っている
(ときどき、いきなり落ちるのには閉口するけど)。
キューブといえば、
ニンテンドウの次世代マシンもgame cubeって
立方体をしているらしいし、
どっかのオーディオでもそういうのがあった気がする。
流行なのかなぁ。

キューブ型はたしかに場所をとらないので、
狭い日本(というかムームー)の仕事場環境では、
とてもありがたい。でも、どうせやるなら、
世界のあらゆる電化製品、
電話やオーブントースターからパソコンまでは、
全部同じ大きさの8インチキューブ型である、
としてくれると助かる。
そうすりゃ、サイコロを積み上げるように、
マシンを積み重ねられるし、デッドスペースも生まれないし、
安定するし、見た目もすっきりしだし、
レイアウトとか考えなくていいし、大助かりなのにナァ。

JISにそういう規格を追加してもらいたいものです
(その際には、全てのマシンはフロントローディングに
してもらわないとね、みんな一番上に置くほかない、
じゃシャレにならない)。


ps:
i cubeはスピーカーの性能がとてもいいし、
マシンパワーもあるので、
CDをかけながら仕事をすることがうんと増えた。
ちなみに、ただいまのBGMは、
radioheadのKid Aです。


2000/10/18(水)
人間フィルター

女1「黒ごま1000粒ってこのくらいかな?」
  (と手のひらに少しだけの黒ごまを見せる)
女2「このくらいじゃない?」
  (ともう少し多い黒ごまを見せる)
男1「いや、このくらいでしょ」
  (と手のひらいっぱいの黒ごまを見せる)

というCFがありますが、結局、どれが正しいんだろう。
どうでもいいことだけど、
ごま1000粒ってどのくらいなのか、
気になって仕方がない。


ぜんぜん関係ない話だけれど、
この間2時間歩いたら結構汗がでた。
で、ふと思った。
汗にはいろいろな成分が含まれているらしいけど、
蒸発するのは水(H2O)だけだ。
ということは、
我々の体が浄水器の働きをしていると言うことになるんだ。
どんな汚い、有毒な液体を摂取しようが、
地球に戻すのは、人畜無害な水だけ。
残りの物質は、体の中、
体の外(皮膚)に残して地球を汚さない。
なんて地球に優しいんだ、と。

また水不足に、
汗かき体操をすれば大気中に
水蒸気を還元できて雨の足しになるかも、
とも考えたが、
のどが渇くので水はますます不足するからダメだ。
そう考えると、汗をかいたからといって、
シャワーなど浴びて、体についた有害?
な物質を地球に垂れ流してしまうのはいかがなものか、
とも言える。
そうれはそうと、ウンチは有害なのか、
だとしたら少しガマンした方がいいかもなぁ、
という気にもなる。
みんなの少しのガマンの総量はバカにできないからだ。
重金属などは体に残りやすいというのも、
人間フィルター的で、地球にやさしい気もする。
重金属をはじめとする有害物質を含む有害食品を食べまくるのは、
考えようによっては、
地球をきれいにするというボランティアであるかもしれない、
などと不謹慎なことも考えたりする。


2000/10/13(金)
「社会保障番号」がほしい

国勢調査の書類なんかを見ていると、こんなの、
インターネットを利用して集計すれば、楽だし、正確だし、
安上がりだろうナァと思ってしまう。
こういうことを書くと、必ず、
じゃあパソコンを持たない人はどうするのか?
インターネットにつなげられない人は?
とつっこむ人がいるけど、そんなもの、
いろいろな提出の方法を用意しておけばいいって話ですよね。
選挙も納税も、
インターネット経由で申告できれば楽なんだけどナァ。
絶対投票率も申告率も上がると思うし。
ただ、セキュリティーの問題はたしかに完全とは言えない。
どう個人データの秘密を守るか、これは難しい問題かもしれない。
で、ふと思ったんだけど、そういえば、
我々は「社会保障番号」にあたるものを持っていない。
発行してもらっていない。
どういうわけか、
免許証や保健証やパスポートがその代用になっているが、
このどれも必ず有しているわけではないから、
個人の身分証明として利用するには、難がある。
あくまで代用でしかない。
ぼくは免許を取るのが結構おそかったので、結構、苦労した。
免許がないがために、レンタルビデオが借りられなかったのは、
とても不条理に感じた。
パスポートを発行してもらうために、
本人確認の郵便物のやりとりをなんどもして、
とんでもない苦労と労力を費やした。
ああ、思い出してだんだん腹が立ってきた(笑)。
それにしても、なんでないんだろ。不思議だなぁ。
IT(イット)革命なんていうんなら、
是非、こういうところから初めてほしいですよね。
「社会保障番号」とパスワードの組み合わせで、
かなりのセキュリティーは保てると思うし。

そういえば、昨日テレビで、
韓国ではクレジットカードと支払い明細の番号から、
宝くじに自動的に参加できるシステムができたようだ。
詳しい仕組みは知らないけど、毎月末抽選があって、
宝くじを買っているとかナシに、
クレジットカードで何かを買っていさえすれば、
当たる可能性があるようだ。
驚いたのは、これを企画しているのが、国税局ということだ。
クレジットカードを使って買い物をすれば、
クレジット会社から利用明細の申告が国税局にながされるから、
このデータを利用すれば、不透明になりがちな、
自営業者(店屋など)の売り上げが見えやすくなる。
クレジットカードの利用が増えれば増えるほど、
税のごまかしが防げる。
クレジットカードの利用を増やすために、
宝くじという「飴」を用意したというわけだ。

これは、すごい。頭が柔らかイイ。
そういえば、韓国では国営のゲームセンターがあるという。
今後の国際的競争力の一つとして
ゲーム産業に期待しているとともに、
家庭用のインターネット環境の普及をにらんでいるらしい
(韓国のゲームセンターでは通信ゲームが一般的らしい)。
ただただ、行政の力で強制的にやらすんでなく、飴も与える。
これは賢い。ある意味、
北朝鮮に対する「お天道様作戦」に相通じていると思う。

それに対して、
どっかの国のIT勉強用のチケット発行というアイデアは、
寒いなぁ。


2000/10/11(水)
インタビューは聞き手の作品

今年のオリンピックには、
たくさんのキャスターが向こうに出かけていって、
メダルを取った選手のインタビューを試みていた
(って、毎回のことなのかもしれないけど、
4年も前のことは忘れた)。
で、つくづく思ったのが、
彼らのインタビューはつくづくつまらなかった。
お堅いアナウンサーから、もとメダリストまで、
ぜんぜんダメダメだった。
で、つくづく思ったのが、さんまのすごさだ。
素人からあんなにおもろいことを聞き出せる、
彼の技量というのはすごいの一言だ。

そして、つくづく思ったのが、インタビューというのは、
「聞き手の作品」だなぁということだ。
オリンピックに限らず、テレビ、雑誌のインタビュー番組って、
ぼくらはついつい、
登場する人(聞かれ手)が誰かって気にしてしまう。
そして、期待して見たり読んだりした結果、
つまらかったと失望することが結構多い。
そして、それは「なんだ、けっこう、おもろない人なんやなぁ」
と聞かれ手の技量のせいにしてしまう。


でも、話し手の問題ではないんだ、
というのが今回のオリンピックでよくわかった。
だって、オリンピックの登場する人(聞かれ手)は
どの局も同じ人だったわけだから、
おもしろく、おもしろくないは、
それ以外の要素である聞き手の力量ってことになる
(そういう意味ではすごい比較番組だったとも言える)。
各局は、知名度や好感度でインタビュアーを選択したみたいだけど、
これは失敗だったと思う。
聞き上手な人であれば十分であったからだ。
なんたって、主人公はメダリストなんだから。
別に聞き手が「目立つ」必要は全然ない。
ましてやメダリストである必要もない。


ぼくも、たまに、インタビューされることがあるんだけど、
インタビューって決してしゃべりたいことをしゃべれる場ではない。
たいていは聞き手があらかじめ用意したシナリオに沿った形での
質問に答えることになる。
さすがに、言ったことと違うことを記載されることはないけど、
そのシナリオにそぐわない内容がカットされることは多々ある。
掲載スペースの問題から、
しゃべったことを全て掲載することはできないから、
どこかがカットされるわけだか、カットする箇所は、
聞き手の裁量に任されている。
だから、聞き手のシナリオ(具体的には質問内容)によっては、
聞かれている側の資質が疑われてしまうような内容に
なってしまうこともあり得る。
「あいつ、つならんことしか言わんなぁ」というのは、
つまらんことしか聞かれなかったためであるがため、
ということも決して少なくない(とこの場で言い訳)。
ま、逆に、話し手(こっち)がひどくて聞き手が頭を抱えてしまった、
なんてこともあっただろうけど。


(関係ないけど、ウェブ上でのインタビューは、
紙面スペース的な都合をあまり気にしなくてもいいから、
だらだら、インタビューを丸掲載できる場合が多い。
これはある意味革命的な事だと思う)


インタビューだけでなく、対談なんかでも同じ事が起こる。
どちらかが聞き手としての才能を持っていないと、
どんな組み合わせでもとてもつまらないことになってしまう。
今、深夜やっている伸介と松本の番組なんか、その典型だと思う。
そう思うと、話し手としても聞き手としても、
さんまっていうのは本当にすごい。


2000/10/02(月)
ゲノム

ゲノム(genome)という言葉は、てっきり、
遺伝子(gene)のラテン語版とか、
そういうことだと思ってたら、
遺伝子(gene)と染色体(chromosome)を
掛け合わせた造語だったんですね。

それにしても、ゲノム、ゲノムってよく聞くけど、
「グルメ」なみに間違って使われていますね。
(食いしん坊とか食べることが大好きって言う意味なら
「グルマン」が正しい)

まず、この間解読されてしまったのは、遺伝子ではなく、
核酸のうちのデオキシリボ核酸(deoxyribonucleic acid )のこと。
デオキシリボ核酸なんていうと、
全然なじみがなさそうだけど、
DeoxyriboNucleic Acidの頭文字をとったDNAという言葉なら、
ご存じのかたも多いと思う。
このDNAと遺伝子というのは意味が違う。
ここがややこしい。
そしてマスコミなんかもここをいい加減に使っている。

DNAは、単に30億個対の塩基
(対と書くのは、30億個というのは、
2重のDNAの片一方にある核酸の個数だから)
がならんでいるものであって、どこの部分でも、
なにかしらの働きをもっているというわけではない。
なんら働きを持っていない部分とちゃんと働きを持っている
部分が明確にわかれている。
この役に立つ部分のことを「遺伝子」と呼ぶ。
だから、DNAの中の有用な部分が「遺伝子」というわけだ。
ところで、この役に立たない部分と遺伝子部分の比率だけど、
なんと97%が役に立たない部分で、
3%だけが「遺伝子」だと言われている。
ちなみに、
「遺伝子」の種類は20万種類くらいだといわれている。

これは驚く。
30億対の塩基中、有効な塩基対は、
9000万個対という勘定になる。
じゃあ、最初から、
30億塩基対全部読みとるなんていう
「ヒトゲノム計画」なんてやらずに、
「遺伝子」部分だけ調べれば良かったのに、、、
と思われる方もいるかもしれない。
しかし、これはできない。

たとえば、「いいらいんおらいおんらららおんんおんいんおいんん」
なんていう文字列があったとしよう。
これは4つの文字からできているDNAと同じだ。
この中に、実は遺伝子「らいおん」が隠れている。
これを探し出す作業と同じやっかいさが、あるのだ。
しかも3%しかないのだし、
遺伝子が「らいおん」なのか「しまうま」なのか、
現在では、遺伝子の「言葉」すら全部わかっている状態ではない。
だから、上の文字列なら、
まず「いいら」という部分を切り取ってみて、
遺伝子組み替え技術を使って、
「いいら」が何か意味のある言葉(=遺伝子)かどうか調べる。
次に「いらい」について調べる。
なんていう方法を(原理的には)とる。
全遺伝子が解明され、
さらにDNAのどこの菜場所にあるかが解明されるには、
まだ、相当の時間がかかると言われるのは、
そのためだ。

ま、そんなことはどうでもいいんですが、
以前から不思議でならないことがある。

神は世界でもっとも倹約家だと言われる。
ちょっとでも使わないとすぐ機能をなくしてしまうか、
小さくしてしまうかしてしまう。
だから、飛ぶことを怠った鳥は羽が退化し、
我々のシッポをなくされてしまった。
ムダが嫌いな御方なのだ。
「使わんなら、取りあげるで」と常に倹約に心がけておられ、
監視の目はあらゆる生き物あらゆる行動に行き渡っている。
なのに、なんでDNAのなかの97%ものムダを黙認?
されておられるのか、それが不思議でならない。
今日ムダだと思われている、
DNAの97%が実はすごい役割があるんではないか?
という説もある。
たしかにそうかもしれない。
遺伝子部分を探しているより、
役に立たない部分が何か機能があるんじゃないかと
探していた方が面白いかもしれないとさえ思う
(ぼくが科学者なら、そういうへそ曲がりの研究をするな、きっと)。

ともかく、擬態と並んで、不思議でならない事象の一つだ。
(死ぬまでに解明されるとありがたいんだけど)
関係ないけど、
「不思議だねぇ」。小学校の科学の時間というのは、
そういう不思議の提案だけでもいい気がする。
興味を持てば、子供はほっておいても、
やるなと言われてもちゃんとやるから。

<参考>
我々のDNAは、中学の科学でお馴染み、
アデニン、シトシン、チミン、グアニンの4種類があり、
アデニンとチミン、
シトシンとグアニンがくっつく性格をもっているので、
いつも対になっている。
このため、DNAの「ひも」は必ず二本が重なっている。
しかもクネクネに曲がっている。
この構造を「二重螺旋構造」という。
このクネクネして2本が重なったDNAは、
細胞の核の中に収まるために、さらに複雑に織り込まれている。
ちょうど、糸をくしゃくしゃに丸め込んだ状態のように。
この状態だと、ある染料に非常に染まりやすい。
この状態のDNAが、昔、
まだ顕微鏡の解像度が十分じゃなかったときには、
染料に染まった固まりみたいに見えたので、
これを「染色体」と読んだ。
染料に染まった固まりの形っていうのは、
X、Y染色体などという形でお馴染みですよね。




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