人間風車

2001/03/30(金)
携帯電話雑談

ロトとかトトとか、そういうクジというかギャンブルって、
携帯電話で投票できるといいなぁ。
だったら、やっちゃう気がする。
だって、今の方式だと買うのも確認するのも、
めんど色くさいんだもの。
集金はドコモがやってくれるわけだから、
一携帯電話あたり1ヶ月最高投票額10万円まで
なんていう制限もできるだろうし、
当選結果をメールで伝えてくれるなんていうのも、
できる気がする。
あ、ビジネスモデル特許とろうかなぁ、
って誰が「森川クジ」
なんて買ってくれるかって問題があるなぁ。
ギャンブルは、大いにやるべきだと思うんですよ。
別に、やりたい人だけやればいいんだし、
取られるばかりとは限らないわけだし。
どうせ、ギャンブルで破綻してしまう人というのは、
これがなくても破綻してしまうだろうし。
でもって、最終的には、絶対胴元がとくすることが、
経験上約束されているわけですから。
何とか税みたいな形で、
払いたくない人から強制的に奪うより、
うんとイイと思う。


<iアプリ>
実は、iアプリにはずいぶんと期待していた。
それだけに、がっかり度も大きい。
10kbというサイズ、
携帯電話毎に違うまちまちな機能
(なんと画面サイズもバラバラ)
っていうハード的な問題があるし、
コンテンツ制作者は、一人のユーザーから、
月最大300円しかいただけないのに、
キャリアーであるドコモは、
パケット通信料として数十万円もとってしまうこともある。
コンテンツ制作者は、
コンテンツの制作費とサーバーの維持費
(実はこっちの方が大変だったりする)で赤字、
ユーザーは「ハッキリと」
告知されないパケット通信費にびっくり
(1ヶ月いくらやっても300円って思っていたのに)。
もうかるのは、ドコモだけという経済モデルの問題もある。
最大のミステイクは、どっかの携帯電話で、
iアプリ(ゲーム)を無料で100本プレゼント
とかいうのを許してしまったこと。
これじゃあ、もう、だれだって、
有料でゲームやる気しないでしょ。
そのメーカーの携帯電話を買った人だけが受けられる
サービスだから問題なしって思うかもしれないけど、
そうじゃない。
iアプリとして提供されるゲームは、
そういう「やすもん」だと思わせてしまったのは、
かなりマズイ。


<プッシュ型メール>
iモードの成功は、
インターネットへの接続を可能にした事だと
言われているけど、
とくに、プッシュ型
(向こうから勝手にメールを送ってきてくれる)
のメールサービスというのが、よかったんだと思う。
メールを見たり書いたりするだけのために、
パソコンを立ち上げる人って結構多いと思うんだけど、
その労力と比べたら、便利ったらありゃしない。
ドコモの文句ばかり言っている気がするけど、
このシステムを作ったのは偉い!
このメールサービスは、
まだまだすごく使い道がある気がする。
これを使った遊びもいろいろ考えらるんで、
これは是非やってみたい。
そうそう、メーリングリストとか新聞とか、
メールの形でもらうと結構うっとおしい。
でも、これはこの仕組みの問題というよりは、
新しいメディアであるにもかかわらず、
その書き方が旧態依然のままであることが
災いしている気がする。
なんか、かすれた活字、旧字体、
2段組でびっしりの文字で組まれた本を
読んでいるような気がするっていうか。
もっと、
メーラーに合わせた表現方法っていうのがあると思う。


2001/03/28(水)
ドコモに怒る

503iは、
果たして流行っているんでしょうか?i
アプリってやつも。
自分では持ってもいないし、
遊んでもいないんで、なんともいえないけど、
ダメダメな雰囲気がする
(でも作ってるんですけどね)。
ダメな理由を10kbの情報量や、
携帯電話のcpuパワーのせいにする人も多いんですが、
やっぱ、問題は携帯電話料金でしょ、と思う。
通話でない場合、
携帯電話ではパケット通信料というシステムで課金される。
これは、情報を水に例えると、
バケツリレーで水を運ぶというiモードのやり方では、
バケツ1杯いくらという課金をするということで、
これはかならずしも、
つながっている時間とは同じではない。
あ、でも、少なくても、
つながっているけどお金がかからない、
というラッキーな違いはない。
話は逆で、例えば、
バケツに半分しか水が入っていなかったとしても、
バケツ1杯の料金を取られるし、
運ぶ途中でバケツがひっくり返ってしまったとき、
新たにバケツ1杯分のお金がかかる。
バケツがひっくり返ってしまうのは、
ほとんどの場合、ユーザーの責任じゃないので、
これはちょっとひどいと思う。
しかも、
「すんません、こぼしてしまったので、
もう1杯バケツ代かかっちゃいます。すんませんねぇ」
とか教えてくれるわけでもない。
いわずぼったくりなのだ。
このパケット代ってのが、けっこうバカにならない。
とくにiアプリあたりになるとシャレにならないらしい。
あるiアプリのゲームをクリアするためには、
50万円もかかるなどという話がある。
ゲームを提供している会社には、月額300円だから、
1ヶ月でこのゲームをクリアしたとすると、
ゲーム代金=300円、通信費=50万円と、
とんでもなくアンバランスな関係となる。
ゲームを制作しても、いただけるのはたった300円。
なのに、それを置く場を提供しているだけなのに、
50万円も持っていってしまうドコモ。
(しかもゲーム代からも、ある額、ドコモはひっぱる)
おまけにゲーム提供会社は、
ドコモからは「そんなに消費者がお金を
使ってしまうようなアップリケーションは作らぬように!」
とおしかりまでうけるとか、うけないとか。
しかもしかも、「これは有料コンテンツです」と、
アプリ側は事前に説明しなくてはいけないのに、
パケット通信費については、十分な説明がされていない。
ある意味、Q2よりタチがわるいよ、ほんと。

って、最近、ほんま、
ドコモにはいかってるのよ、おいら。
個人的な事情もあって(笑)。


2001/03/23(金)
困ったM君

M君は困ったヤツだ。
たとえば、
洞窟探検にでかけたとき、
アクシデントで洞窟の入り口がふさがれてしまったとき、
「もうだめだぁ、俺たちは死ぬんだぁ!」
とむやみにみんなの不安をつのらせ、
だれかが岩をどけようとすると
「そんなことをしても無駄だ!
きっと、先まで埋まっているに違いない」
と協力もしない。
そして「こうなったのも全部、
言い出しっぺのおまえのせいだ。」
とリーダーを責め、
「だいたい、俺は洞窟探検なんて反対だったんだ」
と自分を正当化する。
ともかく「ダメだ。大変だ」
とやおら大騒ぎするだけで、
建設的な意見をいうわけでもなく、
脱出の手伝いをするわけでもない。
そんなヤツだ。
普段から、弱いヤツには強い、強いヤツには弱い、
いばったり、ぺこぺこしたり忙しいヤツだ。
ウソもよくつく。いい加減な話もする。
最低なヤツだとも言える。
でも、憎めない面もある。
話がおもしろいし、物知りだ。
いろいろな話を聞かせてくれる。
ずいぶんとタメになることもあるし、
下世話な好奇心も満たしてくれる。
情報通でもある。
それに、ちょっと責められると、素直にあやまるし、
猛反省しているようでもある。
だから憎めない。
ついつい、もすこしつきあってみるか、
という気持ちになってしまう。
でも、いっこうに、この性格は直らない。
困ったもんだ。
でも、よく考えたら、困らないようにするには、
こちらが気をつけていればいいんだと思う。
あいつは、そういうヤツだ、
あいつの話はその程度に聞かなくっちゃいけない、
って用心していればいい。
そう用心していれば、
そうカッカッすることも、
ハラハラすることもない。
いい加減な楽しいヤツってことで、
仲良くつきあっていけると思う。

もうお気づきのように、M君は「森川」ではなく、
「マスコミ」のことである。


2001/03/19(月)

これ以上は、精神衛生上だけでなく、
肉体衛生上にもよくないと、
部屋に掃除機をかけた。
むかし、実家にいた猫は掃除機をかけると、
おどろいて逃げ出してしまったけど、
ウチのプーは、まったく動じない。
掃除機に限らず、あらゆる機械音を気にしない。
ま、最近の猫はみんなそうなんだろうなぁ。
と思いつつ、ふとひらめいた。
よもやと思って、
掃除機を猫の背中にあてて吸わせてみた。
案の定、平気だった。
これは便利!この季節、
猫は毛が生え替わるので、すごく毛が抜ける。
だから部屋がひどいことになる。
本当は外でブラッシングとかしてやるといいんだけど、
面倒だし、向こうもうっとうしいだろう。
でも、これなら簡単じゃん。
掃除機で抜けた毛、
抜けそうな毛を吸い取っちゃう。抜け毛予防。
向こうもまんざらでもなさそうだし、
こりゃラッキー。
なんでも試してみるモンだなぁとおもった。

新宿に買い物に行く途中、
久しぶりに新宿御苑に行った。
もう、桜のつぼみもすっかり大きくなっている。
このままいけば、来週には咲くだろうね。
この季節、そういう植物を見てると、
ふとうらやましいなぁと思うことがある。
なんか、1年、1年リセットできていいなぁと。
きっと、どの花も、
今年こそたっぷり受粉するぜいとか、
闘志に燃えているんだろうな。
そういうチャレンジをきっちり1年ごとで、
なんども繰り返せるっていうのが、うらやましい。
ああ、この長い人生。しかも1回きり、、、
今年は負け!っとか、飽きたっていえないじゃん(笑)。


ps:
今のBGMは、off-centreの"a riot on old sterrt"。
いろいろなアーティストの寄せ集め
(っていうのは言葉がわりーけど)なんだけど、
なんでこれを買ったのか、よく思い出せない。


2001/03/16(金)
本末転倒

はっきりいって、ぼくは企画マニアである。
頼まれもしないのに、
いつもゲームの企画を考えている。
と、書くとゲームデザイナーと同じじゃんとか、
ゲーム好きなら誰でもそうじゃんとか言われそうだけど、
ぼくの場合、企画を考えるというよりは、
企画書を作るのが好きなのだ。
だから、「(今の段階では)ラフでイイですから」
と言われても、きっちりデザインされ、
カラープリントされた無用に美しい
企画書を提出してしまう。
これは、全く営業的戦略ではない
(実際、そういう効果があったためしはない)。
好きなんだから仕方がないのだ。
企画書全体のボリュームと
基本デザインやトーンを考え、
表紙を作り、本文のレイアウトを考え、
イラストやフローチャートを作り、表を描き、
この時点では全然必要ない関数まで考えてしまう。
この企画書が、いい見栄えになる、
もしくは斬新に見えるためには、
ゲーム自体がオリジナリティー
あふれるモノでなくてはならない。
そのため、一生懸命、ゲームのアイデアを考える。
ひどい場合には、企画書のデザイン上の都合から、
ゲームに新たな仕様を加えたり、
コンセプトを付け足したりしてしまう。
本末が転倒している。
でも、結果として、オリジナリティーあるゲーム
(と自分では思っている)
の企画書ができあがるのだから、
結果オーライなのだ。


こうして、誰に見せる予定もない企画書や
ゲームアイデアが結構眠っている。
どのアイデアも自分では気に入っているけど、
作るのはめんどうなので、
誰か作ってくれたらなぁとさえ思う。
実は、自分ではうっとりするくらい、
うぬぼれているゲームアイデアでも、
人に見せるのは恥ずかしくてしようがない。
うちのメンバーに話すのだって、
恥ずかしいのだから、
他人に見せるのは大変なことなのだ。
このため、ぼくは非常にプレゼンが下手である。
自分以上に下手な人はいないんじゃないか
(いても、
そういう人は絶対にそういう場に出てこないだろう)
とさえ、思っている。
てなことでかなりのゲームアイデアが
企画書の形で眠ったままである。


そんなことを思っていたところに、
今週の「週刊アスキー」にこんな記載が。
"1円も税金がかからない最高の(含み)
資産を持っている会社は、白泉社である。
美内すずえ(「ガラスの仮面」の作者)
の単行本化前の原稿がいっぱいあるからだ"
ポン!
単行本化されれば、絶対売れる美内すずえの原稿も、
単行本化前ならば、
「資産」でも「利益」でもないただの紙なのだ!
となると、ぼくの企画書も、、、
っていいたいところだけど
「出せば、絶対売れる」ってとこが、
問題なのよねぇ。


ps:
今のBGMは友人から借りたunder worldのborn slippy . 
なんかリミックスらしいんだけど、
under worldの懐の深さというか広さは、不思議。


2001/03/13(火)
CDとハードディスク

そういえば、
CD-ROMというメディアが誕生した当時、
こんなものは主流のメディアになれるわけがない。
と言われていたのを思いだした。
理由は、読み出し速度が遅いことと
書き込みができなかったことで、
当時すでにモバイルタイプの
ハードディスクは発売になっていたし、
ハードディスクより保存が安定している
MOも出回り始めていたので、
そういう、「すでにあるメディアに、
1カ所でも劣るところがあるメディアは、
受け入れられたことがない」というのが、
マルチメディア系評論家の意見だった。

ところが、読み出し速度は24倍速とかいった
力わざで解決してしまったし、
書き込みができるドライブも
ここのところ標準になりつつある。
お皿自体は1枚100円以下になったし、
1MBあたりのメディア単価は、
今一番低いんじゃないだろうか。

それに、MOやZiPドライブを持っていない人はいても、
どのパソコンにもまずCDドライブが装備されているから、
誰とでも安心して交換できるという意味でも、
最良のメディアとなりつつある。
そういやぁ、
同じくMOやZiPやフラッシュメモリーがでたとき、
ハードディスクもその
「役割を終えた古いメディアになった」
と言われていたっけ。

接触型であり、磁気式でありと、
データ保存の安定性も低く、消費電力も大きい、
1MBあたりのメディア単価も割高になりつつある、
というのがそういわれた理由だった気がする。
ところがどっこい、
ハードディスクは非常に大容量で
安価な記憶装置として君臨している。
ギガバイトなんていう、
ちょっと前なら単位の名前だけしか存在しなかったような
大容量になっちゃうし、
500円玉くらいの大きさまで小さくなってしまうし、
消費電力も小さくなってしまうし、
ビデオデッキの代わりになりつつあるし、
携帯電話が組み込むこともあるかも、
なんてまことしやかに語られるくらいの
メディアになってしまった。

皮肉なもんだというか、わからんもんだというか、
(評論家の予想なんて)あてにならんもんだというか、
メディアの将来性をスペックだけで判断するという方法に、
なんか根本的な間違いがあるんでしょうね。

今のIT周辺機器なんかに対する予想なんかにも、
後年、大笑いなんていうのがきっとあるんだろうなぁ。

そうそう、ウインドウズなんてのもそうだなぁ。
なんで、あんなに使いにくいモノが、、、って、
ぼくなんか思ってしまうんだけど、、、。
世界中のほとんどのパソコンユーザーを
不憫に思っているなんてのは、
ぼくだけだろうなぁ。


2001/03/12(月)
わからん

最も八百長がしやすい(=ばれにくい)といわれる
サッカーの勝ち負けをかけるサッカーくじ
TOTOでいきなり1億円が2本出た。
マスコミは1億円!1億円!
とはやし立てているけど、ようは、
そのくらい当たらないということじゃないのかなぁ?
ちなみに確率は445万分の1だったそうです。
ぼくなら1億円なんてのが出る賭はやらないなぁ。

内閣不信任案が否決されたとたんに、
森首相が辞任を示唆し、
それに対して不信任案を提出した野党が
異議をとなえている。
続投を求め、受け入れられたのに、
ボスをやめさせようとする与党も与党だけど、
やめろといっておきながら、
「そういうやめ方はないだろう」
と言っている野党の方が相当情けないと思うんだけど、
マスコミは与党しか非難しない。

世界の先進国で唯一デフレが進んでいる国と言われる日本で、
とうとうサラリーマンの昼食がワンコイン(500円)
から300円時代に突入というニュースをみた。
サラリーマンの平均お小遣いが4万円程度だそうだから、
そういうこともあり得るかなぁ、と思った。
一方、エッグチョコを箱買いする大人がいるとはやし立てる。
小学校時代に戻ったようにおもちゃを買う
子供大人(ん、逆?)が急増しているとマスコミは言う。
ワンコイン・サラリーマンと子供大人、
矛盾するんだけど、、、。

几帳面なあたしなんか、
そういうマスコミ報道がきになって仕方がないんですけど。

ps:
映画「スパイキー」はすごくおもしろいよ!
「パルプフィクション」や
「トレイン・スポッティング」が好きな人は、
見るべし、見るべし!


2001/03/09(金)
ほしいけどいらないモノ

ここのところ、
ほしいけどいらないモノがけっこうある。
いらないというのは、必要ないという意味で、
なんかほしいんだけど、
買ってもなぁ使わないだろうなぁとか使い道がないなぁ
とか買う必然性もないなぁとかいうモノである。

一番がPDA。
パームでもバイザーでもなんでもいいんだけど、ほしい。
でも、絶対使わない気がする。
ザウルスのときがそうだったし。
メモ取るなら、紙の方が絶対早い。
入力がわずらわしすぎるし、
立ち上げ時間というのを考えると結構、
電源を入れるのがおっくうになる
(ほんの短い時間なのにね)。
メールの送受信なら携帯電話とモバイルPCがあるから、
そのどちらかで足りてしまう。
だから、絶対、使わないのに違いない。
でもほしい。
なんか、あの大きさのマシンってほしいんですよね。
ゲームボーイになってくれたら、
絶対に買うのに、
なんてわけのわからんことを考えてしまったりもする。

次がHDDビデオレコーダーっていうのかな?
ビデオテープの代わりにHDDに
テレビ番組を録画できるマシンのこと。
ビデオテープの買い置きとか考えなくていいから、
これは便利だ。
何度消したり録画しても、
ビデオテープのようにへたれることもない。
でも、よく考えると、ここのところ、
というか以前からビデオ録画なんて
ほとんどしないんだよなぁ。
だから、宝の持ち腐れになる気がする。
今のところ記憶容量に比べて値段も高すぎる
(40GBで20万円くらい)。
間違いなく、あっというまに安くなる。
なんて考えると、
ほしいけど(今は)いらないなぁとか思ってしまう。

あと、乗馬マシンも相当ほしいし、
パワーブックG4もほしい。

ありあまるほどのお金があったら、
躊躇なく買うんだろうか?
なんか、そうとも思えないなぁ。
根っからの貧乏性っていうのは、
貯金残高と無関係だろうから。
スタパ斉藤みたいな、
強烈な物欲魂が自分にもあればなぁとも思う。
こういうとき、
瞬間、大きくなっら、、、
なんて思ってしまう自分が怖い。


2001/03/06(火)
セントバーナードを食べないで

東スポ情報なので、ちとあやしいけど、
スイスが中国にセントバーナードを食べないで、
と苦情を申し立てているそう。
セントバーナードは、スイスの国犬?なので、
やめてくれということらしい。

一方、中国では、
少ないエサですぐ大きくなるセントバーナードは、
かっこうの食用犬ということらしい。
そういえば、昔、
揚子江かどこかで謎の軟体動物が漂流していたときも、
地域住民がそれを取って食べてしまったので、
その正体がわからずじまいだった
という話を読んだことがある。

こういう話を聞くだに、中国人には感心してしまう。
全ての生きとし生けるもの、
全てを食べようとする食への欲求の強さはもちろん、
あらゆる生き物を(食べ物として)
「平等」に扱う姿勢に敬服すらしてしまう。

鯨は、知能が高くてカワイイから食べるな、
とかいっているどこかの国とか人に比べると、
潔いというか、筋が通っている感じがする。

もちろん、個人的には、鯨に限らず、
絶滅させてしまうまで採ってしまうことには反対だし、
愛らしいパートナーを食べたいなんて気は起こらない。


2001/03/05(月)
空気や水とアイデア

「ああ、そのアイデアいいじゃないですか。
やりましょうよ。」
ってな感じで、ゲームの企画を見て、
おもしろく思ってもらえると仕事になる。
ぼくらの仕事は、だいたいはこんな感じで始まる。
企画が通ると、開発の契約も取り交わされる。
その中で制作費の折衝も行われる。
このとき、最初にこちらから、
たたき台として見積もりを出すことが多い。
ぼくは、その見積もりの中でグラフィックなどの
データ制作など具体的な作業の費用より、
「企画費」という項目を第一
(項目の順番的にも、金額的にも)に書く。
一番価値が高いのは、
アイデアであると信じて疑わないからである。
これがいつも折衝の「ネタ」(問題点とも言う)となる。
どういう話になるかというと、簡単にいえば、
グラフィックの制作のように、
具体的に日数×人数として計算できない、
無形の行為にはお金が払えない、ということだ。
ま、制作費をけちるためという
意図でないことはよくわかるし、
払いにくい気持ちもわからないでもない。
僕の提案する企画は、
どれも本当に作れるのか?面白いのか?
スタート時点では、
非常に微妙というか危なっかしいなものが多い。
しかも、企画紙は、たいがい、紙切れ2,3枚だ。
だから、完成にいたるまでのリスクと、
企画費=企画書2,3枚を書く作業という査定によれば、
僕が出す見積もりは、たしかに法外にみえることだろう。
だからといって、こちらも納得はできない。
だって「そのアイデアいいじゃないですか。」
で始まった話なのに、そのアイデア自体、
というかアイデア単独にはお金を出せない、
というんだもん。
生み出すことよりも、
作業の方が偉いということか?なんて、
つい意地悪に考えてしまうこともある。
ただ、これは、
ぼくらのクライアントだけの問題と言うよりは、
日本の価値観の問題である気がする。
映画の世界でも同じような問題があるとも聞いている。
日本では、空気や水と同じように、
アイデア自体はタダという価値観は根強い。
もともと加工文化なんていわれるように、
よそ様のアイデアをうまく商業化することで
発展してきたお国柄なので、
元のアイデアを生み出す事自体に、
あまり価値を見いださないということなのだろうか。

さてさて、こうした折衝の結果はどうなるかというと、
たいがい、別の作業費の中に、
その分(企画費として見積もった分)
を潜り込まされるという、これまた、
いかにも日本的な方法で円満に一件落着となるのでした。


ps:
今のBGMはdeep forestの久しぶりの新作"pacifique"。
ダメだなぁ、イマイチだなぁ。
もう全然変わってない、止まってしまっている感じ。


2001/03/02(金)
一億分の一

ロシアの宇宙ステーション
「ミール」が3月13日ごろ、
地球に落ちてくる。
オンボロになって廃棄されることになったためだが、
「ミール」は大きいので大気圏に突入しても燃え尽きない。
1500個くらいの破片が、
燃え残って地球に落ちてくると予想されている。
当然、落下予定場所は、
人のいない場所(南太平洋のどこか)を
計画されているが、
失敗して、
日本に落っこちてくる確率もないではないらしい。
どのくらいの確率か、その数字が今日の新聞に載っていた。
それによると、日本に破片が落ちてくる確率は千分の一、
人間に破片が当たる確率は一億分の一らしい。
一億分の一といったら、0.000001%だから、
まず「ない」ってことらしい。

ところで、宝くじが当たる確率が
一億分の一なんて言われると、
イコール一億人のうちの誰か一人に
当たるなんて考えてしまう。
そう考えると、
日本の人口は1億2千万人くらいだから、
1億分の一ってーことは、
誰か一人に破片がぶつかる、
っていう考えになっちゃうけど、
これは間違っているんだろうか?
(まちがってるんだろうなぁ、きっと)

ともかく、
一年遅れのアンゴルモアの大王なんてことに
ならないことを祈るばかりである。
確率で思い出したんだけど、
天気予報で雨の確率は50%なんて言われると、
ほぼ「降る」とみんな思う。
でも、サイコロなんかで、
偶数が出る確率は50%っていうとき、
ほぼ「出る」なんて思うことはない。
ちょっと不思議。


2001/03/01(木)
社長募集

友達なんかと集まって、
今のゲーム業界の惨状(笑)やら、
おのおのの会社などの話なんかをしているとき、
よく「おれは今、社長を募集しているんだよ。
どっかに、いいフリーの社長いないかねぇ?」
というような話をする。
みんな笑うけど、これ、けっこう本気なのである。

ムームーも一応法人で、
一応ぼくが社長ということになるのだけれど、
好きで社長をやっているわけではない。
商法的な正式な定義に従えば、社員はぼく一人なので、
社長も自分がやるしかない、
というのが現状なのだ。
謄本には、取締会の結果、
参加者(ぼくだけ)の満場一致で、
(ぼくが)社長に任命されたということになっている(笑)。
誰にでも、できる仕事と好きな仕事がある。
これは必ずしも一致しない。
適性と好みは違うのだ。
でも、ぼくにとって社長業(ってムームー規模だと
ぜんぜんたいしたことはないんだけど)
は適性もなければ好きな仕事でもない。
ただただ、仕方がないからやっているだけだ。

これは、ムームーにしてもマイナスだとも思っている。
ゲームをつくる場合は、動く金が金だけに、
法人組織でないと、クライアントがなかなか契約を
してくれないという実状がある。
こうしたことから、ゲームをやるにあたって、
急に法人組織にするという人も少なくない。

この場合、
その人はグラフィッカーやプログラマーだったり
ミュージシャンだったりすることが多い。
はなから奇業家であって、
企業家でも起業家でもない資質の人ばかりだ。
そういう人が、立ち上げた手前社長をしている、
そんな例がまわりにはいっぱいある。

で、一部の幸運な例外をのぞいて、
みな社長失格である(笑)。
これは仕方がないのだ、
というかはなから間違っているのだ。


で、社長募集!とぼくはつねにいっているわけなんです。
経営者を求めるというのは日本ではなんかヘンな感じだけど、
アメリカなんかのベンチャーでは当たり前のことなのだ。
だって、組織を経済的に維持していく能力と
よい製品を生み出す能力というのは、
はなっから別な能力なのだから。
そういうパートナーを募集するっていうのは
すごく合理的なことだと思う。
日本でも大成功した企業(一部新興宗教も)なんかでは、
経営の才と創造の才がペアになって
成功した例が多いことに気がつく。
ホンダなんかはとくに有名だし、ある意味、
ポケモンだってそうだと言えると思う。


でも、なかなか、そういうご縁ってないんですよね。
そういう縁結びをするだけのプロダクションとか
プロテューサーとか、
そういうのがあってもよさそうなものなのに。




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