人間風車

2001/06/29(金)
割り勘広告

今日、
三谷幸喜がフラフープを回しているCFを見た。
彼がフラフープを回しながら
(けっこう、長いこと回している!)
新作の映画の話をずっと話しているものだから、
絶対に映画のCFだと思ったら、
フラフープのCF、
性格にはフラフープを売っている
通販生活のCFだったので、ちょっと驚き。
このCFの制作費、
放映費ってどっちが出してるんだろう。
割り勘なんでしょうかね。
そういえば、「インテル入ってる」
でおなじみのパソコンのCFも、
きっとインテルからお金が出てるんでしょうね。
CFは作るのも流すのも大変お金がかかるから、
なんとかならんものかと、
こういう割り勘広告制度が発明されたんでしょうね。
知恵がお金に代わるいい例だなぁと思いました。
以前からぼくは、
「500万円の節約しようというのは、
人一人が1年ずっと考えた量と質に等しい
アイデアじゃないとダメだ」
とゲーム制作の現場で言ってきたけど、
CFのこの「節約」は人何人分になるなのでしょうか。
きっと10~20人くらい分じゃないでしょうかね。
それにしても、映画は貧乏が長いので、
こういうタイアップって上手だなぁとつくづく思います。
衣装や場所は、
スタッフロールに載せることでタイアップしているし、
テレビや雑誌には、
主演俳優や監督がゲストで出ることで、
映画宣伝ということとタイアップしていますし。
今日も真中ひとみが「チノパン」に出ていましたけど、
映画公開前になると、
やたらに映画出演俳優、監督が出ますよね。
そういえば、今日の真中ひとみは、
ちゃっかり著書の宣伝もしていましたね。
映画に主演する=テレビに出る=いい宣伝になるので、
そのタイミングで本を出す。
貧乏なら映画には負けない出版社も
頭がいいなぁと感心しました。
ちなみに、したたかで有名な幻冬社でしたね。
金がかかりすぎる、だから作らん、
作れんばっかり言ってるゲーム業界もみならわんと、
あかんちゃいますかねぇ。


2001/06/28(木)
半透明ブーム

半透明というかジェル感っていうか、
そういうのが流行ってますねぇ。
クラゲもビニール製のバッグも
macOSもそこらじゅうが半透明だ。
そういやぁ、
イラストレーター9.0も半透明効果が
使えるようになったってのは、
ちょっと苦しいけど、
「千と千尋の神隠し」だって、
登場人物に半透明が多い。
そうそう、カビキラーもジェルになったぞ。
スケルトン
(ホントは、シースルーが正しいと思うんだけど)だと、
ちょっと恥ずかしくなったけど、
不透明、固形、
ってのもちと窮屈、暑苦しいってとこで、
間をとって、半透明ってとこなんでしょーかね。
現在の日本人が置かれている状況と半透明、
ジェル感ってのも、
なんだかこじつけてくれそうな感じだなぁ。
経済の不透明感、価値の浮遊化、
でも全く絶望も硬直化もしていない状況と、、、なんてのは、
ちとストレート過ぎるか。
微妙に透けてる、
固体でも液体でもないってあたりは、
確かに生理的に気持ちいいですよね。
この調子で行くと、
グミみたいなお菓子がまた流行るんだろうか?
くずきりとか、ところ天とか寒天とか、
そういうのも流行るのかなぁ。な
んていろいろ想像すると、
ジェル感、悪くないなぁ。


2001/06/27(水)
ドコモにプリプリ

カードで何かを買うと、
明細書が送ってきますよね。
いつ、どこで、何を幾らで買ったかが、
それでわかります。
これ、
代金代行業者のすっごく
当たり前のサービスっていうか、
事務手続きというか、義務だと思うんですが、
どーも、そういう感覚がドコモにはありません。
iモード機能付き携帯電話を買った直後、
いろいろ調べたり経験したりしたいことがあったんで、
いくつか有料サイトに入ったんです。
んで、結局どのサービスもピンとこなっくて、
「リモートメール」以外は、
すっかり利用しなくなっておりました。
(リモートメールもねぇ、
iモードが250文字制限さえなくしてくれれば、
入る必要ないのに、、、)
そして久しぶりに、料金明細を見たら、
iモード情報料(代行ご請求分)
が840円もあるじゃないですか!!
これは、
有料サイトのサービス利用料のことなんですが、
今じゃ、すっかり、
どこに入ってたのかわからないんで、
ドコモに問い合わせたんですよ。
そしたら、
3カ所もたらい回しにしていただき、
そのたびに!住所と電話番号によって、
「本人証明」をしていただいた上に、
「個人情報保護のために、
どこのサービスに入っているかは、
電話ではお知らせできません」
だって!!!。
ご本人だって確認したのに、
誰のための情報保護なのよぉお、っていうか、
料金代行するなら、
いつ、どこで、
いくら使ったくらいお知らせするの、
当たり前でしょうーが。
ということで、ドコモにプリプリ。
結局、ドコモのサービスセンターに行って、
そこで調べて解約したのでした。


2001/06/25(月)
自民圧勝

ある不動産屋の物件に、
「ペット相談可」というのがあった。
「ペット可」や「ペット応相談」ってのは、わかる。
が相談可(相談はできる)ってのは、
どのくらいの塩梅のことなんだろう。

都議会選挙は、
自民党が勝ったみたいですね。
小泉人気=自民党人気になるか?っていうのは、
相当疑問視されてたわけですが、
結果だけ見れば、
そうでもなかったみたいですね。
でも、それって自民党がイイという意見より、
野党に魅力なさすぎって
ことだったんじゃないでしょうかね。
なんたって、あの森内閣を倒せなかった、
というか倒さなかったんですから。
参議院選挙のために、国民の不利益を省みず、
倒さなかったんですから。
これは、相当ひどいです。
自民党というか、
小泉内閣が「政治」で人気を獲得しているのに対して、
いまだタレント候補を立てて
票を取ろうとしている当たりも相当にさむい。
これじゃあ、
「自民党の旧態依然とした体質」と同じ、
古い、ひどい戦法だ。
「厳しい目で、小泉さんに協力していく」くらいいうと、
カッコイイのになぁ。
これでたぶん参院選も自民党が勝つんだろうけど、
問題は、その後ですよね。
今はじっとだまっている自民の古狸達が、
参院選後、
邪魔をしてこないといいんだけど。


2001/06/21(木)
ネコの居所

うちのネコだけかもしれませんが、
ころころ居場所を変えるんですよね。
テレビの上、ちゃぶ台の上、
棚の上の段ボール、風呂のふたの上、
サイドテーブルの上、廊下、、、。
しかもローテーションする!
最初は、イヤなこと
(落ちそうになったとか、他のネコがスプレーしたとか)
が原因なのかなぁ、
とも思ったんですが、
それにしては定期的すぎる感じなんです。
で、これはきっと、
野生の頃の習性なんじゃないかと、
ふと思った。
ネコは、犬族と違って、
待ち伏せして獲物を狙うので、
襲う前に自分の居場所を知られるとまずいわけです。
ネコの毛繕いも、
体臭を消して気づかれないための
「体を洗う行為」といわれるくらいです。
いつもいる場所が同じだと、
いくら毛繕いしてても、
だんだんとそこにはニオイがついてしまいますから、
ネコは、
自分のニオイを感じるようになったら、
別の場所に移動する。
我ながら、
もっともらしい考察だと思うんですが、
科学的な裏付けはないです。
ついでに、知っているいくつかの説を紹介。
ネコは、幅が5cmもあれば、
十分その上を歩いていけます。
このとき、体のバランスを取るため、
しっぽをブラブラさせます。
転じて、平地にいても、何をしようか、
どっちにいこうか、迷っているとき、
心の「バランス」をとろうとして、
しっぽをブラブラさせる。
ネコがじ~っとしながら、
しっぽを揺らしてたら、
それは何か迷ってる時ということです。
ネコは、すっごく狭いところにも、
躊躇なく入っていってしまいますが、
あれは決して無謀なことではなくって、
ネコの体の大きさは、
ネコのひげの広がりと同じ大きさなので、
ちょっと頭をつっこんで、
ひげが曲がらなかったら、そこには入れる。
そうネコは判断している。
雨の日は、獲物となる動物が外に出ないので、
ネコは雨の日には狩りにでない。
そして(体力を消費しないように)ひたすら眠る。
雨が降るとネコはねむくって仕方がない。
これらは、「裸のサル」の著者、
デスモンド・モリスのアイデアですが、
どうやら、
あまり科学的根拠はないみたいです。
でも、こういう考察おもしろいですよね。
ちなみに、ネコは緊張すると、
足の裏の肉球に汗かくんですよ。これ、ほんと。
これは、木の上での生活が長かった時代、
落ちないように、
滑り止めに汗をかいたことのなごり。
これは、本当っぽいでしょ。
我々の「手に汗握る」って、
同じ理由というのは、
科学的事実だったりしますから。


2001/06/20(水)
老後の天国

2020年に日本は、
4人に1人は65才以上になる
(分自身もだいたい20年後には、それに近い年齢になる)。
麻雀をしたら、
必ず一人は老人と言う計算になる。
スペースマウンテンには、
常に10人以上の老人が乗っている計算になる。
おそろしいというか、なんというか、、、

田舎育ちのせいか、
やっぱり田舎の景色にはあこがれる。
そういう自然の中に暮らしたいと思う。
万が一(なんて言い方する自分が悲しいけど)、
家を建てるようなことがあるんだったら、
やっぱり田舎がいいなぁと思っている。
でも、今は、
仕事で人と会わなくてはいけない機会も多いし、
大きな本屋も必要だし、
映画も見たいし、
などなどで、なかなかすぐには、
田舎に暮らすなんてできない。
でもいつかは、年をとったら、、、
なんて、漠然と考えていたけど、
年を取ってからの田舎暮らしって
楽なんだろうか?ってふと、
疑問に思った。
老人になると、
急に誰かの助けが必要になるとか、
寂しいとか、
宅配でものを買ったりとか、
タクシーを呼ぶとか、
そういうことって多くなりそう。
また、
ゲームやインターネットなんてのも、
老人の楽しみとしては最適だ。
(余談だけど、インターネットの出会いサイトでは、
将来、ネカマじゃなくって
トシサバ族なんて出るんじゃないだろうか。
本当は、60才なのに「東京在住20才、
夢に向かってばくしん中」
なんて書くやからが出現したりして、、、)
と考えると、人も車もモノも多い、
年中無休1日24時間態勢の都会こそ、
老人の天国なんじゃないだろうか。
田舎は、むしろ、
若いうちの楽しみの地ってことになるかもしれない。
年中アウトドアしているみたいなものだから体力勝負!
っていうのは、
ちょっと言い過ぎか。


2001/06/18(月)
マイCD

macには、
i tunesというMP3へのエンコードソフトが、
標準でついてきます。
今、これにはまってます。
音楽データをMP3へ
エンコードするソフトっていうのは、
今までにもたくさんあったんですが、
直感的で簡単な操作、
値段(タダ)という点では、
i tunesはベストです
(って、たまには、
ウインドウズ系の人に対しても自慢したいのよ)。
i tunesでは、
CDRへの書き出しも、
普段のファイルコピーのような感覚でできるので、
マイCD作りが進む、進む。

今までに、
マイ井上陽水#1~3、
マイ・キングクリムゾン、
マイ・ピンクフロイドが完成。
blow by blowが見つかり次第、
マイ・ジェフベックも完成する。
ついでに、それらを中心にした、
マイ・ヒーリングJ、Eもそれぞれ2枚できた。
そしてこの後は、
マイ・プログレ、マイ・クィーン、
マイ・エスニックを作る予定。

著作権の問題がありありなので、
誰かにマイCDを
コピーしてあげるという訳にいかなのが、
ちょっと残念。


2001/06/15(金)
存在の耐えられない重さ

最近ことある毎に、
いろいろなところのプロデューサーなどに、
「例えば、
今までにテトリスのような落ちモノ系の
ゲームが出ていなかったとして、
今、ぼくが「テトリス」を思いついたとしたら、
この企画は通るでしょうかね?」
と訪ねている。
結果は、
「キャッチじゃないし、
要素的にちょっとチープだからねぇ、ダメじゃない」
と言われることが、ホント多いです。
「テトリス」でもダメっていっていることの
深刻さを全然自覚していないあたり、
結構、やばいんじゃないとか思うんですが。
さて、キャッチ云々でも、
ちょい言いたいことはあるんですが、
今日は、後半の「要素的にチープ」という批判について。
この批判の根拠は、
制作費が高い→販売価格が高い→その値段に見合った
「要素」が入ってないとダメってことなんですが、
これ、どーでしょうかね。
「たくさんの要素」は、イコール、
それだけの時間を要求するっていうことです。
昔は、たくさんの時間を使わせてあげられることを
「サービス」だと勘違いしていたのですが、
今では、
たくさんの時間を使ってしまう「迷惑」と思われている
(ぼくもそう思っている)ことが、
結構多いんじゃないでしょうかね。
とくに、あまりゲームをやらない人にとっては、
時間なんて今の倍あったって困らないくらい、
やることがいっぱいあるので、
40時間だの、
60時間だのと言われると、腰が引けてしまう。
時間=コストっていう感覚は、
もう誰でも感じている価値観だと思うんです。
これはどうやらゲームだけの事情じゃなくって、
本でも、
薄い本の方がかえって喜ばれるっていうことがあるらしい
(「チーズはどこへ行った」とか見てれば一目瞭然)。
映画やビデオ、
DVDの2時間という時間も、
結構苦しくなってきているような気がする。
そういうまっとうな感覚が、
ゲーム業界の作り手、
とくに売り手にないのは、痛い。
いかに、
あまり時間を奪ってしまわないで、
楽しさを与えられるか、
ちょっと真剣に考えないとダメなんじゃないかなぁ
と思う今日この頃です。
楽しい思い=使った時間じゃないなんて、
当たり前のことですからね。
思うだけは、
ただの評論家になってしまうので、
今年中に、その思いの一つを発表できると思いますし、
うまくすれば、来年にももう一つ、
そういう心意気で作るモノが
お見せできるかもしれません。
きっと、買ってくれる普通の?人たちは、
同じ気持ちでいてくれると思うんですよ。
問題は、トップと販促や営業の人の考え方。
今のように、
上のような間違った(と、あえて言いたい)理由で、
お客の手に届く前に止められてしまうんでは、
ムームーは数年のうちに「名誉ある戦死」ですよ、
ホント(笑)。

たのんますよ。


2001/06/14(木)
お互い得

モノポリーの
世界チャンピオンになったことのある人と
モノポリーをやったことがあるんですが、
おどろくほど優しい交渉をされるんです。
「交換しませんか」って打診されたとき、
(え、いいけど、これ、
こちらのほうが素人目に見ても得なのに、、、)
と思ったこと、たびたび。

後で、又聞きで聞いたんですけど、
どうも、やっぱり
「相手の方がちょっと得」
くらいの交渉をすることもしばしばなんですって。
そして、その理由は以下の通り。
ともかく、モノポリーではどれだけの数、
交渉を成立させられたかがキモ。

だから、例えば、
相手と自分が10:5の割合の得でも、
相手が1つの交渉することろを、
3つ成立させられたら、
合計10:15で最終的には
有利になるということらしいです。
相手の得になってもらうことが、
最終的には自分の得になる。

やすっぽい道徳論みたいですが、
ゲーム(競合)の世界でも成立するってんで、
目からウロコだったです。


2001/06/13(水)
先生受難

池田小学校の痛ましい事件で、
やっぱりでたかという問題が提示されています。
それは、学校の安全システムに対する批判です。
池田小学校の提案は
「(学校で)不審な人を見たら先生に言いなさい」
という至極まっとうなものだが、
困ったタイプの教育評論家の人は、これに対して、
「子供に監視役を負わせるのでは教育ではない。
‥‥学校では先生や親が守ってくれていると
思える状況を事実で示すことが先決だ」
とのたまう。
学問の教育以外に、
親の代わりに生活習慣、
行儀の指導に加え、
警察役もやれというのでは、
先生は(あんな安月給では)
かわいそうすぎる。
はなっから、人をあやめる気のある人が、
用意周到に武器を持って
突然乱入してくるという状況に対して、
だれがそれを防御できるでしょうか?
そうでなくても、
何かトラブルが発生したときは、
治安は治安のプロに頼むというのが正しいと思う。
ただ、生徒が直接警察に電話することなんか、
できるわけがないから、
誰か不審な人が入ってきたら、
すぐに先生に連絡して、
先生に警察に連絡してもらう、っていうのは、
すごく合理的な考え方であると思う。
これを言うだけの「高見」から
「学校では先生や親が守らなくてはならん」
と批判する評論家はどんなものかと思う。
ついでに、
「学校で、人を疑うことを教えるなんて許されない」
なんていう批判はおかしい。
「世の中には、いい人がほとんどだけど、
残念ながら、悪い人もいる。」
という教育は、
ヒューマニズムに反していないとも思う。


2001/06/11(月)
I'm sorry

今週の週末はへこんでいた。
ネコの毛を刈ったことで、
4通ものお叱りメールをいただいた。
他人のことはよく批判するにもかかわらず、
叱られるのにはめっぽう弱いんです。
10万人の署名にもびくともしない政治家が
1000通のメールに、
おどおどしてしまう
政治家の気持ちがよくわかりました。
(ん?ちょっと意味的にずれてる気もする、、、)

さてさて、
自分では軽い気持ちでしたことでも、
他人にはひどく不快感を
与えてしまうということはよくあります
(自分的には)。
この場合、
悪気がなかったからといって
悪くないということにはならいのだぞ、
ということは重々承知しております。
ですから、今回のことも、
個人的には、
修学旅行で先に寝た友達にひげを描いたくらいの
軽い気持ちだったんですが、
不快に感じられた人
(とくにお叱りをいただいた4人)
と被害者のプーには、
I'm sorryです。
「すみません」というより、
英語のI'm sorryの方がニュアンス的には近いです
(あ、もちろん、謝っているんですよ)。
ただ、ぼくの場合、仕事も私事も、
「イタズラ」を含むことが多いので、
これからも、
きっとこうやって謝らざるを得ないことを
してしまう可能性が大です。
反省していない、開き直っている、
居直っているってんじゃないんです。
ホント、反省はしているんです。
ただ、自分は、そういう、
ギリギリのところが好きというか、
そうにしかできないので、
ある確率でもって踏み外してしまうってーことを、
どうか許してくださいということです。
以前、ダウンタウンの松っちゃんが、
人をけなしたとか何とかで
叩かれていたことがありましたが、
人をけなすギャグは絶対ダメですでは、
世の中少々窮屈になりますよね?
ってことを弁解に使わせていただければ、幸いです。
(ああ、
これがまたお叱りのタネになりませんように、、、)


2001/06/08(金)
小さな発見

猫って、頭がはげないけど、
毛が伸びるのは意外に遅いことを発見した。
というのも、
1週間くらい前の夜、
あまりにヒマだったんで、つい、
猫の頭頂の毛をはさみで切ってしまったんですが、
そこがまだ原状回復しないんです。
切ったのは、せいぜい2ミリくらいだから、
人間なら1週間で回復する長さである。
なのに、まだ、
頭頂にはフラットに刈り込まれた跡が残っている。
毛だらけだし、
毛をあんなにマキ散らかしているのに、
意外に毛の成長速度は遅いのでした。
以上、小さな発見。

ついでに。
今日、バナナを先に食べるべきか、
その前にトイレに行くべきか迷ってたとき、
用(大)を足しながらバナナを食べられないものかと、
ふと思いついた。
そういえば小と大を同時に出そうとした試みはあるが、
食べると出すを同時にした覚えがない。
ちなみに、
大と小は同時には出せません(少なくとも男性は)。
これは新鮮な発見でした。
食べると出すが生理的にできない
理由はないはずですから、
あるとすれば心理的抵抗だけのはずです。
で、試してみましたが、これはダメでした。
想像以上に心理的な抵抗がおおきいんです。
いや、
これは誰でもダメってーことじゃないでしょう。
だって、
そのもの自体をお口に入れる
ご趣味のお方だっているくらいですから。
だから、全く個人的な事実だと思います。
自分の器の小ささに、
ちょっとしょんぼり。

で、思い出した。
中崎タツヤのマンガで好きな話。
女 「わたし、男らしい人と結婚したいの」
男1「男らしいってどういう意味だよ」
男2「それはケツの穴がでかい、ってことだろうよ」
男3「ケツの穴がでかいかどうかって、
  どういう意味だよ」
男2「そりゃ、ウンチが太いってことだろうよ」
男1,3「なるほど!」
女 「ううう、じゃあ、
  私は太いウンチをする男性と結婚するのね、、、」
(だいたい、こんな話。)


2001/06/07(木)
リングス崩壊

最近、プロレス、
格闘技情報誌で「リングス」がよく取り上げらる。
今まで、こんなに取り上げられたことは
なかったンじゃないかってくらい。
でも、これは悲しい、
炎の最後の輝きのようなにぎわい?といえる。
というのも、
山本、成瀬に続き田村も離脱を表明、
坂田もやめるとのウワサ。
さらに、ディック・フライ、ナイマン、
アイブル、ダン・ヘンダーソンに続き、
オーフレイムも「プライド」に移籍しちゃったしで、
「リングス」は、
そして誰もいなくなった状態になってしまっている
(て、格闘技ファン以外の人は
誰が誰だかさっぱりわからへんでしょーね)。
以上が、
マスコミをにぎわせている原因だから、悲しい。
ぼくは、
「リングス」の前進UWFからのファンだったし、
前田さんをはじめ、
何人かの格闘家と知り合いなことなんかもあって、
こういう事態は残念でならない。

さらに。
そもそもUWFの
「飛んだり、はねたり、
従来の子供にもわかる
お約束プロレスじゃなくったって、
打撃、タックル、関節技というガチンコだけの、
大人も楽しめるプロレスってのが
あってもいいのではないか」
というコンセプトにすごく共鳴していた。
「普通の大人が大人の気持ちで楽しめる
ゲームだってアリなはず。」
という自分の考え方と同じだと
勝手に思っていたわけです。
そうした同士の志がここに来て破綻したことは、
これまた他人事に思えなかったりもする。
うまくいかないというのは、
もちろん天運ということもあるんだろうけど、
なにかしら考え方や感じ方が、
世の中とずれてきたということだから、
方針なり行動なり、
なにかしら間違ったということなんだろう。
ただ、
「大人が大人として楽しめる各闘技」
って絶対アリなはず、
っていうか「プライド」とかそうなりつつあるし、
だから、
基本的な前田イズムは間違っていないはずだ!
がんばれ前田、
そしておれと思う、今日この頃。
マンガだって、映画だって、小説だって、
おもちゃだって、お菓子だって、
どこの世界も大人が楽しめるモノがあるのにね、
なんでゲームだけがないんだろう。


2001/06/06(水)

夜の月はきれいだけど、
昼間の晴天の空に見る満月もなんだか、
妙に神秘的ですよね。
月は、
今から46億年くらい前に地球に隕石が衝突した際に、
地球からはがれた破片っていう説が有力です。
よく、地球に生命がいることの奇跡として、
もし地球の質量がもう少し軽かったら、
引力が小さくて大気を持っていられなかっただろうとか、
もし地球がもう少し太陽に近かったら、
大気の温度があがって水が蒸発してしっただろうとか、
という話がでる。
だとしたら、
46億年前隕石がぶつからなかった、
もし地球が今より月の分だけ重かったとしたら、
地球には生命が生まれていなかったんでしょうか?
(って、誰に聞いているのか)
ちなみに、地球の質量は、
5.972×10の24乗kgで、
月は7.35x10の22乗kgさだそうです。
つまり、
もし地球の質量が6.0455×10の24乗kgだったら、
どーだったんだろうって話です。
(ぜんぜんわかりません!)
もし、月の分だけ質量が減っていなければ、
今の奇跡的な距離や引力が生まれなかったとしたら、
それこそ奇跡だ。
と、同時に、月は、
私たち(地球)を生かすために、
冷たい宇宙に自らの身を投じた悲劇の弟のように思えて、
ちょっと汚染値じゃなくって
オセンチな気分になってしまう。

そういえば、
月はいつも我々に同じ側しか見せません。
(だからいつだってうさぎを見ることができる)
これは、
月の公転周期と自転周期がぴったり同じ
(27日7時間43分11秒6)なためで、
我々は、
宇宙船に乗らない限り月の裏側を
見ることができないわけです。
また、地球との引力で、
地球の自転速度を遅くしながら、
彼自身はその反作用で
地球からだんだんと遠のいているそうな。
他に、満月の夜には、
統計的に犯罪が多いらしいとか、
空気中のイオンバランスが変わるとか、
月にまつわる話はどれも神秘的で好き。


2001/06/05(火)
センス・オフ・ワンダー

「センス・オブ・ワンダー」はドーキンスが、
最新の著書「虹の解体」の中で盛んに
発しているキーワードです。
直訳すると
「不思議を驚く感性」ってとこでしょうけど、
イイ言葉だなぁ。
ドーキンスは、この著書の中で、
この「センス・オブ・ワンダー」こそ、
人類がだけがもちえた能力だと言っています。

んで、思い出しました。
小学校の頃、先生は
「質問があったら、なんでもいいから聞いてください」
とか建前を言いますよね。
森川少年は、
そのころまだ「建前」という概念を知らなかったんで、
不思議に思うことをどんどん
質問してしまうわけです。
先生も先生で、
1つめの質問に対して
「いいところに気がついたね」なんて、
ほめたようなことを言うので、
森川少年は調子づいてしまって、
矢継ぎ早に質問を繰り返すわけです。
そして、とうとう授業が進まなくなってしまって、
先生は「そんなことはどうでもいいんです」
と怒り出してしまい、
その先生の豹変ぶりに驚いた森川少年は
びーっと泣きだしてしまうのでした。
小学校の教育なんて、
子供達に「そのことに興味を持つ」
ことさえさせられれば、
それでいいんじゃないか。
それをつぶすような先生の授業というのは、
どーかとおもう。
と30年後に怒り出す私。


2001/06/04(月)
いいものであることと売れること

N64用ソフト「どうぶつの森」をやってて
(といっても例によって、
人がやってるのを見てるだけなんだけど)、
いろいろと考えさせられた。

「おもしろいと思います!」
「やってもらえれば、絶対、
おもしろいと思ってもらえるはずです」
「問題は、どうやって手にとってもらうか、です」
ゲーム業界では、
こんな話がそこら中で飛び交っている(と思う)。
全然他人事でもない。
僕ら自身そー言われることが多い。
そんなとき、
「おもしろいと思います!」という相手の言葉も、
告白した相手に
「あなたはいい人だと思いますよ」
というのと同じで、
体のイイ「お断り」に聞こえてしまうこともある。
が、ま、それはちょっと勘ぐりすぎというか、
ひがみすぎってもんで、
だいたいの場合は、
本当に「おもしろい」と思ってくれているんだと思う。
しかし、
今は(いや昔からそうなのかもしれないけど)
おもしろい=手にとってくれる=売れる
という方程式にはなっていない。
今は、作ったモノを届けたい人に
うまく届ける手段がなくなってきている。
この問題は、ゲームだけでなく、
映画でも音楽でも本でも演劇でも、
どこでも抱えている問題なんだろう。
ぼくなんかには、
真の原因がわかりようもないけど、
商品がなんの考えもなく、
ただただたくさん陳列されている、
そういう状況も、
そういうことの要因なんじゃないだろうか。
そういう売り場は、買い手にとっては疲れるし、
わからないし、つまらない。
スーパーや百貨店の衰退なんてのとも、
ひょっとしたら通じているものがあるのではないか。

どうやったら手にとってもらえるんだろう。
おもしろい(=いい)だけではダメ、っていうのは、
クリエイターにとっては、
全てが否定されているようにさえ感じられる。
ぼくらは、どうしたらいいものが作れるか、
その一点に全意識を集中させてきたのだから。
そういう、われわれは、
「てやんでぃ、うちは味が勝負だいっ」とばかりに、
入りにくい店の中で、
見かけのパッとしない「おいしいだけ」
のラーメンを作っている、
頑固なだけのラーメン屋と同じなんだろうか。
それじゃあ、やばい。
のれん、照明、玄関、メニュー、
そういう直接的には「味」と関係しないことについても、
工夫していく必要があるはずだ。
では、
手にとってもらうための具体的なアイデアを考えるまでが、
クリエイターの仕事なのだろうか。
それも、???だ。
クリエイターも、
そういう問題に気がつくべきであり、
受け入れるべきだとは思うけど、
必ずしも、
自分でアイデアを考える必要はないと思う。
というか、だいたいのクリエイターには、
そういう才能がない気がするので、
かえって危険な気がする>おれ。
じゃあ、どうすればいいか?
話は簡単なはずだ。
いや、簡単じゃないけど、
シンプルなはずだ。
その手のプロとタッグを組めばいいんだと思う。
これからは、
そういういろんな業種の人とタッグを組んで
いかないといけないと思うし、
だいたい、その方がおもしろい。
いろいろな「餅や」が集まって、
化学反応が起きたら、
おもしろいに決まっているから。
問題は、
その手のプロって誰?ってことと
(どうも既存のマーケッターとかは違う気がしてならない)、
そういうことの必然性をクライアントが
感じていてくれないことだ。
「おもしろいけど、
手にとってもらえにくいそう(=売れなさそう)
だから、ダメです」
だけじゃあ、未来がなさすぎるでしょうに。


2001/06/01(金)
顔が見えるということ

10万人の嘆願書にもびくともしない政治家が、
1000通そこいらのメールにあわてふためいている。
1000人なんてたいしたことないのに、
というか、
10万人ってすっげーことなのに、
どうしてこんなに反応の落差があるんだろう。
となんとなく考えていたら、
それって、
「顔」が見えるってことなのね、
という気がしてきた。
10万人の著名は、
単なる数字と紙の厚さでしかないけど、
メールには1人1人の肉声(顔)が書かれている。
この「顔」ってーものの力に、
政治家は直感的に恐れ入っているのじゃないだろうか。
と思った。

そういえば、
知り合いがインターネットで、
見ず知らずの人とこじれていた。
相手は、どー見ても、
っていうかどー読んでも相手は小学生から中学生、
もしくはその程度の知性の
持ち主に違いないと思った彼は、
ついに、
自分の顔(これがまた厳つい顔なんだ)を掲示した。
そのとたん、
相手からの攻撃はパタリとやんだらしい。
そのまんまだけど、
これも「顔」が見えたためなんだろう。




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