人間風車

2003/07/31(木)

ピッキングにあう。
という夢を見た。
すかさず部屋に入って
取られたかどうか最初にチェックしたモノは、、、
プラズマディスプレーだった。
これが取られていた。
すごくショックがっていた。
という夢がショックだった。
仕事で使っているmacとかキャッシュカードとかプーとか、
そういうモノを最初にチェックしろよ>夢の中のおれ。
一番大切なモノがテレビなんかいと思うとなさけない。
こういう夢って、
そのまんま心理テストかなんかになりそうだなぁ。
みんなも一度泥棒に会う夢を見るといい。
その時、一番最初にチェックするモノ、
それがきっとあなたの深層における何かだ!
それはそうと、
プラズマディスプレーが盗まれた後に、
オシロスコープが2台置いてあったんだけど、
あれは一体、何の象徴だったんだろうか、、、
 ●
遅ればせながら、養老せんせの「バカの壁
を読む。
我が意を得たりという本だった。
ものごとを理解するということ、
人と人がコミュニケーションすること、
つまり「わかる」ということに対して
我々が抱いている「常識」というものの危なっ
かしさをうまく説明している。
ただ~~し、第一章を読むだけでいいかも。
とだけいっときます。
もう少し論理的に丁寧に説明しても
いいんじゃないかなぁとも思ったけど、
きちんと説明すれば理解が得られるはずという
「常識」もまた危なっかしいってことか。


2003/07/30(水)
30周年

先日の人間風車で
"尻を押されるように、企画の立案作業に入っている。"
って、
尻じゃなくって背中だろ。>おれ
尻は叩くか触るかだ。>おれ

知り合いが"30周年"でgoogleしたら、
いろんな30周年があった!
とわけのわからん感動をしていた。
たしかにいろいろある感じ。
月面着陸30周年なんてのもあるな、
神戸はオシャレ都市宣言30周年らしいが、
オシャレになったんだろうか、、、
計画学30周年って、そもそも計画学って何?
あ、うちの大学も30周年だ
ブルースリー没後30周年。もうそんなになるのかぁ。
中国・ルクセンブルク外交関係樹立30周年は全然関係ないぞ!
山梨県家庭婦人バレーボール連盟創立30周年おめでとう。
コナミも30周年なんだ。

そんなんに触発されて、
なんか因縁めいたサイトとか記事とかないものかと期待して、
自分の誕生日で検索。
19**年4月**日で94500件ヒット。
さすがに全部見るのは不可能なので、ざっくりと見てみる。
その年流行ったものは、
オートバイに革ジャンバーの「雷族」、神風タクシー、
ミッチーブーム、月光仮面
第1回日本レコード大賞が開催されて
「黒い花びら」が大賞だったらしい。
ちなみにその年、その日は、現天皇陛下の結婚した日なのだ。
その年、その日に生まれた有名人は、
高原 兄 (たかはら・けい) 【タレント】元 《アラジン》
だそうで、
同じ日なら?本 剛、和田アキ子、和田誠がいるらしい。
また、その日はグレゴリオ暦で年始から100日目らしい。
といずれも平凡な結果。
ま、そう劇的なことは起こらないか。
因縁めいていると言えば、
その年にボールペンが発売されたってのが、
ちょっとそれかもしれない。
っていうか、なんかそれ、
すっげー年とってる感じがしてショックだ。


2003/07/29(火)
safari

OS Xにして良いことがないと書いてきたけど、
1つだけ(は言い過ぎか)いいことができた。
safari』というmac専用のインターネット・ブラウザだ。
これはいい。
スキンがかっこいいし、
最近流行のタグブラウザであることもグーだけど、
何よりもレンダー(表示)速度が異常に早い。
これが気持ちいい。
今まで、通信状況とか
サイトの重さが原因だとあきらめてたのが、
「なあんだ、1Eのせいだったのね」とわからされる毎日だ。
 ●
コーヒーミルを購入。
個展をやったSapanaは実はコーヒーがおいしい。
連日、コーヒーをごちそうになってたせいで、
自分も豆を挽くところからやりたくなったのだ。
んが、ダメだ。うまくいかない。
挽いた豆を買ってたときよりはおいしくなったけど、
まだまだSapanaのコーヒーには及ばない。
どうも香りがうまく移らないのだ。
お湯の温度もきっちり95度にしてるし、
蒸らしもちゃんとしているし、
無漂白の紙フィルターも使っている。
豆も専門店から少量ずつ購入して、冷蔵庫で保管している。
だから、挽いたところまでは実にイイ香りがする。
が、これがドリップした後にうまく残らない。
ううん、わからん。
水質かなぁ、ドリップの速度かなぁ、、、
なんか、久々に燃えるネタが見つかった感じだ。
まずは、フィルターを金製の網に変えてみるアタリから、
攻めていこうかなと思っている。
すぐに、生豆を自分で煎るってとこまで
いってしまいそうな感じだ。


2003/07/28(月)
もろもろ

よく刑事物の映画で、
死体を見て吐く新米刑事なんてのがあるけど、
そういやあ、
どうして気持ちが悪いだけで吐くんだろう。
食べたり、ニオイをかいだりして、
体内に取り込んでしまって、
その結果、
生理反応がでてしまうってのならまだわかるけど、
見ただけで吐いてしまうのは不思議だ。
 ●
大仁田は全然まともなプロレスはできないけど、
この間の国会乱闘での目立ち方を見てたら、
さすがにプロ!と思った。
常にカメラやテレビの位置を確認し、
いいポジションをキープし、
ここ一番、一番いいタイミングでほえてた。
 ●
K百貨店ビアガーデンが阪神ディーを開催したらしい。
といっても巨大なディスプレイに阪神戦を映してただけだけど。
そういう日に限って、阪神戦が延長になってしまって、
(いつもの)店の閉店時間になってしまったらしい。
そこで試合途中で店じまい、
客を追い出してしまったらしいんだけど、
これはまずいというかもったいない。
「特例で試合が終わるまで店やります!とかやったら、
すっごくインパクトを残せたのに。
なんか、いかにも便乗しただけという感じがして
逆効果だったのではとすら思える。
ちなみに、この日は延長の末、阪神が勝っている。
全くもったいない。
 ●
ドンキホーテに来てた客が、
どうしてここに来るのかという質問に対して、
「お金なくても遊べる、
遊べる場所がない時間になっても遊べる」と答えていた。
いや、店なんだから、お金がないと、、、
と思うアタリが凡人なんだろうなあ。
直接の客じゃない彼女たちが作る
「にぎわい」が、ホントのお客を呼び込んでいるのだから。
そういう客じゃない客を積極的に歓迎したドンキホーテの
戦略はさえていたってことなんだろう。
28日から「コスモぐ」が無料体験版キャンペーンを行う。
無料で実際に稼働中のゲームに参加できる。
有料サービスのほとんどの遊びはそのままできる。
これでにぎわいができると、
ちょっとおもしろい展開になっていくかもしれない。


2003/07/25(金)
くまうた

今日は二度目の壁登りに行ってきた。
今回は、全く進歩がなかった。
前回に登れたコースは登れるんだけど、新しいコース
はどれもクリアできなかった。
なんか、握力と体重のバランスが
すこぶる悪くなっているような気がする。
早くも「壁にぶちあたった」感がある。
 ●
一昨年~去年の間、
作っていた「くまうた」の情報が公開となったのでご報告。
その名の通り?シロクマが演歌を歌うゲーム?です。
発売はもう少し後、秋くらいの予定。
今しゃべっていいのは、それくらいなのかな。
(っていう前にもうネットに流れてしまってるんだけど)
28日売りの「popye」にまとまった記事がのるそうだ。

問屋サイドや出版関係にはそこそこ評判がいいみたいだし、
プロモーションもがんばってもらえるみたいなので楽しみだけど、
正直言うと、まわりのみんなが期待しているほどは、
「数」はでないだろうなと思っている。
もちろん、個人的には大好きだし、気に入っているんだけど。
というのも、ここのところ、
ゲームをやっているのはコアなユーザーだけな感じがするからだ。
売れてるゲームも発売されるゲームも、
そういうコアなユーザーが好むゲームばかりだ。
こうした市場の色が秋までに劇的に変わるとは思えない。
むしろ、ますます濃くなっていく気がする。
「くまうた」はそういう人たちには「ささらない」だろう。
また、ゲームのコアユーザーじゃなくっても、
しろくまが自分の作った歌を歌ってくれるとか、
クマ自身が作詞作曲して、延々演歌を歌ってくれるとか、
そういうのをおもしろがってくれる人ってのは、
そうは多くない気がする。
だから、数は出ないんじゃないかなと思うわけだ。
ただ、今日、このプロジェクトの新プロデューサーのFさんに、
「(そういう今だからこそ)こういう変化球を投げる意味がある」
と言っていただいたので、まぁ、
売れなくても許してもらえるかな。
っていうか、売れなくても
(今のゲーム市場にとっては)意義はあると思っている。
なあんて。
そういうことは大ヒットを出した後に
言わないと全然説得力がないんだけど。


2003/07/23(水)
AMAZONで本を買う

本屋で買いたい本を見つけて、
AMAZONで買うっていうスタイルが
すっかり定着してしまった。
すまんです>本屋さん
それだったら、
本屋なんか行かなくてもと思うかも知れないけど、
立ち読みに匹敵するお気楽な「お試し」機能は、
まだインターネット界にはない。
ただ、値段も同じ
(AMAZONは1500円以上なら配送代はタダなので、
電車賃とか考えるとネットの方が安いとさえ言える)、
持ち歩くのも重い、クレジット決済が簡単
1クリックで買うから)という理由から
買うのはネットでと決めている。
本屋さんは、
じぶんとこで買ってもらえる「理由」を
早く作らないとダメなんじゃないかな。
今回の買い物は、
イマジナリー・ナンバーズ
関数を使って美しい図形を描くって本。
けっこうシンプルな関数なのに、
こんな複雑で有機的な絵が描けるんだと感心。
何かのネタにと思って買うことにした。
昆虫大全
昆虫の生態似ついての本?間の生活とからめて
書かれているあたりが新しいかもと衝動買い。
日々の食卓
料理研究家長尾智子さんの新刊。
この人の料理はシンプルでありながら不思議に独創的で、
香辛料やエスニック系の調味料の使い方がやたらうまい。
ここのところの一番のお気に入り。
カ・タ・コ・ト
国司華子さんの初?の作品集。この人の絵は好きだぁ


2003/07/22(火)
地平線の夢

スターチャンネルで「タイタニック」をやっていたので、
つい、見てしまう。
一応映画館でも見たんだけど、
っていうか全然思い入れはないんだけど。
この映画のリアリティーは、
主人公の女の子がふっくらとしている
ところだったのだと思った。
氷が浮かぶ海で凍死しないでいられるには、
たしかに、あのくらいの皮下脂肪は必要だったろう。
 ●
すっかり忘れていた展覧会「地平線の夢」
を最終日、滑り込みで見に行く。
世代的にか?プログレとシュールレアリズムってのは、
文句なしに好きなのだ。
んで思った。
絵を描く人は、その動機というか姿勢というか、
そういうのはいくつかのタイプに別れる気がする。
1.自分のエネルギーを放出する、形にするために描く人。
この人にとっては、モチーフはなんでもいいか、
あるいは自分のエネルギーを最も
放出しやすいアイテムがモチーフとなる。
2.人物や風景を描く人。
この人にとっては、対象に感動することが描く動機となる。
従ってイイ対象に出会わない限り生まれようがない。
3.メッセージや思想を込める人。
この人にとって、大切なのは思想や価値観であるので、
絵はそれを伝わりやすく説明するためのものだ。
4.心象を絵にする人。
情動は本来、それ自体イメージをもっていないはずだけど、
どういうわけかビジュアルとして浮かんでくる人がいる。
情動に関連する映像が
ライブラリーから引っ張り出されるようだ。
(あるいは、情動を他人に説明するための前もっての作業か)
自分はあきらかに4.だと思う。
だから、ライオンの絵を
描いてくださいとか言われるととても困る。
そういうのは描きたくないし、下手だ。
ゲームのキャラクターを考えるときでも、
そのキャラが住む世界で一緒に遊んで、、、なんていう
手続きを踏まないと描けないので大変なのだ。

てなことで見に行った上の展覧会だったけど、
結果はちと期待はずれだった。
なんか、ダリへのリスペクトから
脱出していない絵が多い気がした。
情動が自分の記憶にある既存の
作家のイメージを引き出してしまっては意味がない。


2003/07/18(金)
共存

「ラズベリル」という新種の石が発見された。
新種の石の発見は40年ぶりらしい。
っていうか、
まだ新種が見つかることのほうが不思議なのだが。
来年の「ミネラルフェア」が楽しみだ。
 ●
人工知能、自動生成、自己組織化、複雑系。
無限のシードから
無限のバリエーションが自律的に生成される。
そんな仕組みが好きな人間が考えたゲームのアイデアと、
じっくり作り込んだ、
隅々まで計算されたゲームのアイデアは、
当然、相性が悪い。
いずれか一方の価値観で作りきってしまった方が、
うんとエレガントだし、作っていて楽だ。
が、
ムームーでゲームをつくる場合、
その両方の価値観を共存させなくては成らない。
なぜならば、ぼくは前者のような仕組みが好きで、
他のメンバーは?ちらかといえば、
職人的に作り込んだゲームが好きだからだ。
さらに、お互い、
どちらか一方の価値観だけで作ってはダメだろう。
前者のみだと、商業的にきつい。
後者のみだと、ムームーの特徴がでない。
(あるいは、森川がへそをまげる)
という共通の考えをもっている。
だから、なんとか両者を共存させた
ゲームのアイデアはないものかと考える。
折衷案でなく、はなっから計画していたかのような
見事にハマるアイデアでないといけない。
いつもいつも、
この調整にとてつもないコストをかけてしまう。
今頃はもっと具体的な作業に
入っていないといけないんだけど、
この段階をはしょって進むわけにはいかない。
十分に考え抜く価値があることだからだ。


2003/07/17(木)
ちぇっ

この秋発売予定の「く●●た」のタイトル画面が
インターネットに流れてしまったらしいので、
久しぶりに、某巨大掲示板に出向く。
(流出先は別サイト)
流出自体は大した事件ではないけど、
なんか話でもふくらんでいるのかなと思った次第。
そのついでに、
これまた久しぶりに現運営ソフトの
スレッドを読みに行ったら、
あいかわらず?批判の嵐
(これが普通なのか、
やっぱヤバイレベルなのかしらないけど)。
批判されているポイントは、
的を得ているものもあるからあれだけど、
そこも俺たち(ムームー)のせいと
思われているのかぁと
思うとがっくりくるところもある。
事情の説明や弁解は、
まだ、いやずっとするつもりはないけど、
全くもって損な役回りだぁとつくづく。
俺たちのホント?の程度というか能力は、
「く●●た」で判断してくれぇと言いたいくらいだ。
 ●
個展は終わったけど、
展示した絵を中心に
本にしようという話が持ち上がっていて、
どうしたものか考え中。
ストーリーをくっつけるか、絵だけにするか、
仮想の図鑑ぽくしてみるか、
ああでもない、こうでもないと考えている。
こういう時間は楽しい。
ついでに、
10年も前の某プロジェクトについて続編の動きがでてきて、
尻を押されるように、企画の立案作業に入っている。
10年前の自分の絵に、久しぶりに再開。
まだ、通用しそうな絵と感じたのは、手前味噌すぎるか。
っていうか、この10年進歩してないってことか。


2003/07/15(火)
デジタル万引き

本屋で、本の必要な情報を携帯のカメラで
写し取ることを「デジタル万引き」というらしい。
というか、出版界がそう命名したらしい。
なんか感じの悪い言い方だ。
どうせ言うなら情報万引きだろうし。
デジタルだから違法なのか?
紙や、頭に記憶するのは違法じゃないのか?
アナログとデジタルみたいなわけかたをするアタリが痛い。
どのみち、これを法的に取り締まるってのは、
むつかしいだろうし、
だいたいおかしいというか相当恥ずかしい。
記憶した情報でお金でも儲ければ別だけど、
個人が記憶した情報を個人の生活に
利用することは法律で認められている。
それが万引きだったら、
立ち読みも視聴も全部万引きってことになってしまう。
さらに、情報やアイデアの無断利用は
大人が今までにさんざんしてきた。
日本人はブツに対しては気前よく対価を払うが、
アイデアとか情報といった物質でないものに対しては、
非常にケチだ。
ケチというかそういうモノが
対価を払う対象であるという認識すらない。
「そのアイデア、いただき!」なんて、
全く悪気もなく言われて、ビックリしてしまうこともある。
「デジタル万引き」ってのは、
情報はタダという今までの(大人達の)
価値観に起因していると思う。
出版界は、デジメモされまいとするより、
デジメモされることでさらに売れる、
販促につながる、
そんな逆転のアイデアを
考える方が未来があるような気がする。

ps:
朝青龍と旭鷲山の遺恨。
http://www.nikkansports.com/ns/sports
sumo/p-sp-tp1-030711-0006.html
http://www.nikkansports.com/ns/sports
/sumo/p-sp-tp1-030714-0002.html
次の場所の対戦は絶対見逃せないのだ。
プロレスもこのリアルなワクワクする遺恨を見て、
自分たちの稚拙な遺恨演出を反省してもらいたいものだ。


2003/07/14(月)
個展終了

個展終了。ふ~~っ。
来てくださった人、手伝ってくれた人、ありがとうです。
今度の絵は、是非、現物を見て欲しかったので、
個展をやってよかったと思ってます。
記帳してくれた人が132人。
来てくれた人は200人くらいって感じでした。
(ま、数とかは全くどうでもいいことだけど)

春先からのどうにもこうにも煮詰まってしまった気持ちも
絵を描くとすーっと楽になるってのは、ホントに不思議だ。
具体的な思想や感情を表現した
(はき出した)わけではないんだけど、
何かしら、心のひずみエネルギーが、
インクとともに外(の世界)に流れ出ていったんだろう。
最期に描いた絵のキャラがほほえんでいたのには、
自分でも驚いた。

絵でも文章でも、
よく、書きたいんだけどなかなか時間がなくって、
と言い訳をする人がいるけど、
そういう人がモノを創ったという話は聞いたことがない。
ホントに創りたいなら、時間はどうにでもなるし、
時間がどうにもならなくても創るものだからだ。
そういう人にはモノを創る資質がないか、
今、そういう状態にないかのいずれかだ。
ただ、ぼくは
モノを創らないということをネガティブには考えていない。
モノを創らないというより、、
モノを創る必要がないのだと思っているからだ。
仕事でない場合、
モノを創り出すというのは、
そうせざるを得ない何かしらの
(心の)事情があることが多い。
それは必ずしも苦悩であったり
悲しみであったりするわけではない。
喜びや感動であったりもする。
ただ、そうした自分の中に生まれた情動を
何かしらの形で表出しなくてはならない。
そしてたいがいの場合、他人に見せ、共感して欲しいと望む。
そう欲するあたりに心の事情がある。
モノを創らない人とは、
そうしないでもすむという人であり、
十分に心が平穏であり現状に満足している状態、
つまり健康であるということだと思う。
また、そういう健康状態を保ちやすい
パーソナリティーの持ち主であるとも言えると思う。
それに越したことはない、とさえ言える。


2003/07/11(金)
ダークエネルギー

宇宙黒体輻射の詳細な観測から、
宇宙はこのまま膨張を続けることに決まったらしい
(って、前にも書いたんだろうか>おれ)。
しかも、膨張は加速的に速くなるらしい。
真空がもつ疎力が宇宙を広げているのだ。
広がるとさらに真空の領域が大きくなるから、
疎力がさらに大きくなり拡散が加速されるわけだ。
この見えない、エネルギー(物質)が
存在しない故に発生するエネルギーのことを
ダークエネルギーというらしい。
このダークエネルギーの源ってのは
いったいどーなっているんだろうか?
エネルギー保存の法則とか全く関係ないみたいに、
無尽蔵に供給されるみたいなのだが、
それはそもそもどこにあったエネルギーなんだろうか?
という考え方自体通用しないって事か。
不思議だ。
そもそも、
宇宙のあらゆる物質がお互いを
引きつけあっているという「重力」も不思議だけど、
その全く逆の力
(無という存在は拡大しようとしている)が
存在するってのも不思議だ。

真空というとただ空気がないとか、
物質がないとかそんなイメージだけど、
真の真空というのは、物質と反物質の対が存在しない、
完全にエネルギーがない「状態」のことをいう。
真の真空は上のように
強大なダークエネルギーを持っている。
もし、我々の空間にふいに真の真空の泡でもできたら、
あっという間にそれは膨張する
(ちょうど我々の宇宙が
インフレーション的に膨張したように)。
見えない、
そして我々が存在できない真空の泡が急激に広がり、
増えるわけだ。
もし、我々の宇宙が真の真空でなかったら、
こうした泡が急激に出現して宇宙を乗っ取ってしまう。
その様子は、風船から新しい風船が、
その風船からさらに新しい風船が生まれてくる、
そんなイメージのようだ。

うまく言えないけど、
絵を描いているときの感覚は、
心の中に真空の泡ができる、
増えていく、膨張していく、
そんな感覚が近い気がする。
ってことは、
やがては心が真空で満たされてしまうって事か、、、


2003/07/10(木)
ちょっとご満悦

今日も一日ギャラリーにいた、、、かったけど、
ミーティングがあったので、2時間ほど席をはずした。
ところが、この2時間の間に、
知人が5人も来て下さってしまったという大失態。
「なんたるタイミングの悪さ」
とギャラリーのSさんに呆れられる。
明日(7/10)も
夕方から抜けなくてはいけないんだけど、
なんか悪い予感がする。
 ●
ぼくは、この人にほめてもらえたならば、
他の誰に酷評されようが、
自分(の作品)に合格をあげようと思っている、
そんなマイ審査員のような人を何人か決めている
(もちろん本人達には内緒で)。
その一人が糸井さんなんだけど、
さっき(朝の5時!)個展についてほめてもらえた
(ンだと思う)メールをもらって、
ちょっとご満悦アンドほっとしている。
(ゲームや本は売り上げ数や
BBSなんかで評価がわかるけど、
個展だとどう思われているのか全くわからない)
"
ボールペンで描く、というのは、おもしろかった。
ドット絵の不自由さで、絵を描くということの、
次の新しい不自由の獲得のように思いました。
森川くんは、「不自由」がないと、
描けすぎてつまらなくなっちゃうんだろうなぁとも
思ったりしました。
ふつうには白いままのスペース(顔とか)に、
細いボールペンが走った跡があるのが、
とてもおもしろかったです。
陶器のようにも思えました。
"
ちなみに、なんでこういうメールをもらったかというと、
今日せっかく来ていただいたのに、
上の理由でお会いできなかったからなのであった。


2003/07/09(水)
初日終了

追伸:
今日は、
午後1時~3時30分くらいまでいる予定。
明日は、
午後1時~5時分くらいまでいる予定。

個展初日終了。
昨日はオープニング・パーティーがあった。
雨の中、たくさんの人にきていただいた。
感謝、感謝。

そういやあ、今回、
大きいサイズの絵は1枚を描くのに5,6時間かかった。
だいたい、30分~1時間に1本はボールペンが死んでたので、
(インクがなくなるっていうより、ボールが動かなくなってしまう)
1枚アタリだいたい10本くらい死んでしまったことになる。
今回、こういう絵を15枚描いたので、
計150本くらい死んだことになる!
(どーりでいっぱい「ゴミ」がでたわけだ)
それでもなお、50本以上のストックが手元にあるので、
この1ヶ月で200本以上のボールペンを買ったことになる。
ボールペンは全て新宿の「世界堂」で買ったので、
世界堂では、この月、妙な売り上げが計上されたことだろう。
「ボールペンが来ている!」
なんて早合点しないといいけど。

今回は、体への負担も大きかった。
腱鞘炎気味になったのは当たり前として、
ずっと肘が画面をこすっていたので、
後半、肘の皮がむけてしまった。
腱鞘炎の痛さで、肘にできた水ぶくれにきがつかなかったのだ。
(おまけに、インクで真っ黒だったし)
さらにインクがずっとこすり付いていたせいか、
右肘あたり一面に湿疹ができてしまった。
(インクの毒性のため?)
おまけに、
ずっと方肘をついて床に突っ伏すような姿勢をしていたので、
腰が痛いし、右半身が突っ張る。
と、けっこう体のダメージは大きかった。

なんやかやと時間が取れなくって、
実質1ヶ月で全部の絵を描いた。
昼間は通常業務を行い、
深夜は絵を描くという生活だったので、
けっこうタフだったけど、
こういう密度の高い時間を過ごすのは、
楽しいっちゃー楽しい(マラソン・ハイに近い感じだ)。
ずっと、絵のことを考えているので、
それなりにまともなアイデアも浮かびやすい。
おおげさに言えば「軽い神懸かり状態」になる。
アイデアが出るというよりはあふれるって感覚が近い。
そういう状態を作るには、
このくらいの濃度の時間を過ごすのがいいみたいだ。
ただそうはいっても、
そういう時間が1ヶ月と短期間だからもつ。
ゲーム制作のように1年となるとこれまた話は違う。
っていうか、1年もこういうハイテンションは持たない。
ゲーム制作では、
こういう軽い神懸かり状態になかなかなれない。


2003/07/08(火)
ウイスキー・キャット

今日から一週間、個展。
っていっても、何もやることがないので、
やんなきゃなぁと家に持って帰ったきりの
GBAのゲームでもやってようか。
 ●
ウィスキー・キャットというのは、
ウィスキー醸造所で飼われているネコのことらしい。
ウィスキー醸造所には、麦とかがあるのでネズミがでる。
それを駆除するために、昔からネコが飼われているのだそうだ。
そんなウィスキー・キャットの中に
世界一ネズミを捕まえたネコっていうのがいたらしい。
ハウザーと言う名のウィスキー・キャットは、
生涯に28899匹のネズミを捕まえたのだという。
ほんとかい?どうやってカウントしたんだ?
どうして世界一と言えるのか?
だからどうした?などなど
疑問もいっぱいあるけど、
そういう公式?記録があったのには驚いた。
なんでも、ハウザーは24才まで生きて、
平均1日4匹のネズミを捕まえてたので、
生存日数×4匹+たまにそれ以上に捕まえた数
として算出したらしい。
おそろしいまでに、いい加減な計算法だ。

ついでに。
猫は猫固有の名前が多いらしい。
タマとかチビとかミーとかクロとか。
それに対して、イヌは人間の名前がつくことも多いらしい。
タロウとかケンタとか。
これは同じペットでも、
飼い主との関係が微妙に違う
ためらしいというのがおもしろい。
イヌの方が人間、家族に近いってことなんだろうか。
より理解し合える、愛し合える。
ゆえに、つい擬人化が強まってしまう。
それに対して、ネコは人間と一定の距離をとる。
飼い主も、家族とか兄弟とか親子とか、
そういう感覚は覚えない。
どっちの「距離感」が好きか、
イヌ好きとネコ好きの人間ってのは、
そこが分かれ目になっている気がする。
ペットとの快適な「距離」はイコール、
家族とか恋人とかの快適な「距離」のはずだとおもいながら、
まわりでイヌかネコを飼っている人を見てみると、
たしかにその通りだと思う。


2003/07/07(月)
現金支給

最近、ラーメン屋の売り文句ってのはいろいろある。
むかしは「手打ち」くらいだったけど、
鹿児島黒豚豚骨、利尻コンブに沖縄の甘塩、
サンマ節にヒゲタの熟成醤油使用などなど、
言う言う(壁一面に書いているところもあるもんね)。
どれも「はいはい、それは立派なことっす」
と全く感心も感動も感謝もしないんだけど、
(そーゆーコピーが必須みたいな風潮はどうかと思う)
しっかし、この間見た売り文句は驚いた。
「新鮮ラーメン」
って書いたあるのだ。
生麺のこと?打ち立てってこと?、えっわかんねぇ。
ラーメンに「新鮮」って言葉は新鮮だわ。
 ●
どーも給与の振り込み→インターネットでの買い物って流れだと、
通帳上の足し算引き算だけで、お金を使っているという感覚も、
モノを買っているという感覚もない。
数値が変動しているだけって感覚。
なんたって、お金だけじゃなく商品も
(その時点では)仮想なんだもんね。
これだから、つい使ってしまう。
きっと近いうちに、アメリカでは、
ネットショッピング会社とクレジット会社が
「お前のせいで金を使いすぎた!」と訴えられるに違いない。
政府はもっと積極的にカードで買い物をしたり、
インターネットで買い物をするように
しむけると消費が伸びるかも。
(カードで買った額に応じて、税金を還元するとか)
今のように、給与は銀行振り込み、
買い物は現金っていう組み合わせがよくない。
銀行からお金をおろすとき、
とても「リアル」な気持ちになってしまうからだ。
キャッシュディスペンサーにいる人のほとんどが、
心の中で自分に対して「あまりムダ使いしないように!」
と忠告しているはずだ。
逆に、
給与を現金支給に戻すと、これはこれで
ゲットした瞬間(一瞬)大きな気持ちになるので、
つい使ってしまうから消費が伸びるかもしれない。
よくガテン系の人がよく使うってのは、
そういうことが関係しているって聞くし。
ともかく、どちらかにさせるべきだ。


2003/07/03(木)
富士山のおしっこ

常々、うちのSとは、日本男児と生まれたからは、
一度は富士山に登りたい。
富士山頂でご来光を仰ぎたいと話しているが、
その時でも、ぜったいウンチもおしっこも
すまいと心に決めている。
ウンチはがまんできるとしても
おしっこをしないというわけにはいかないだろうから、
パンパースをつけての登山をする覚悟である。
というのも、
富士山の年間の登山者数は30万人に及ぶらしいが、
にも関わらず、
トイレにまともな屎尿の処理装置がないため、
山肌に屎尿がたれながされ、山頂は非常にくさいらしい。
臭いだけならいいが、その屎尿が地面にしみこみ、
やがて「富士の名水」になると思うと、こりゃ怖い。
成人の一回の排尿における尿量は
100mlから300ml程度であるから、
1年間に富士山に垂れ流される尿量は、
おおよそ300000×200ml=60000リットルとなる。
これは一升瓶33333本分に相当する。
1日一升瓶100本近いわけだ。
一方、富士山域の年間降水量は約20億-22億トンで、
そのうち25%が蒸発し、残り75%の15億tが地下にしみ込む。
年間の屎尿60000リットルはだいたい60tとなるから、
(計算を簡単にするために尿の比重を1として計算)
未来の「富士の名水」中に含まれる尿の量は、
60÷15億=0.00004%となる。
これを多いと見るか、無視できる量と見るか、
科学的判断はできないけど、
なんかすっげーヤダ。
エコ系の登山愛好家は、
そのあたりも考えて、
富士山でウンチやおしっこをしてほしいもんである。


2003/07/02(水)
技術

うち(ムームー)には、
なにがしらの「技術」はあるんだろうか?
プログラムが組めるわけでもないし、
ハードを組み立てられるわけでもないし、
ぬきんでた知識があるわけでもないし、
ヒットを生み出しノウハウがあるわけでもないし、
優れた身体能力があるわけでもないし、、、
ないか。
ないのは、ダメだな。
「技術」といっても、
前出のようなモノだけとは限らないはずだ。
きっとそういう既成の
「技術」ではない「技術」ってのがあるはずだ。
いや、あってほしい。
あると良いなぁ。
ないと決まったわけではない。
今更、ムームーの弱点を克服していくのは、
メンバーの気質からいってもむつかしいだろう。
ならば、マイナスを減らすより、
プラスを加算するより他はない。
自分たちならではの「技術」を探さねば。
「ガイアの時代」を見ると、
その後12時間くらいは、
いっつも、そういう気分になるんだよなぁ。
 ●
リッ●ルウッドに代表されるような禿鷹ファンドが、
日本の企業の買収に積極的だ。
彼らは、企業のポテンシャルを非常に正確に見積もっている。
今仮に苦境に陥っていても、
再生できる余地や未来がある企業に対して
積極的に介入していく。
(そして最期は食い殺す、、、らしい)
本来、そういう将来性のある企業に対して
「血液」を送らなくてはいけないのは、
日本の銀行のはずだ。
しかし、日本の銀行にそういう能力はない。
ホント銀行のダメダメさには腹が立つ。


2003/07/01(火)
アングル

それにしても、
通販番組の人は何故みんななまっているんだろ?
しかも北関東以北ぽいなまりばっかり。
DVDプレイヤーとかを売っているとき、
どーも違和感があるなぁと思ったら、
このなまりのせいなんですね。
このなまりが、
演歌っぽいというか富山の薬売りっぽいというか、
そういうムードを醸し出しているので、
ハイテクメカと相性が悪いのだ。

今週末はテレビならではの「事故」がいくつかあった。
タトゥーがドタキャン。
K1で反則負け。
鶴瓶がぽろり。
どれも生放送かそれに近い番組で、編集ができない、
テレビの弱点というか特徴を利用した
確信犯であったというところがおもしろい。
どこまでが、誰の計画であったかは知らないけど、
生放送という「リアル」と予定された
「作り」(アングル)の組み合わせというのは、
新鮮であった。
アングルをリアルに見せる方法としては、
もう、生放送というギミックを
利用するしかないのかもしれない。
それはそうと、鶴瓶がポロリとやったあと
「お見苦しい映像があったことをお詫びします」
と謝罪したのはいかがなものか。
同時に「不快だ!」と
電話してきたヤツラもいかがなものか。
ウンチをしたとかゲロを吐いたなら、
お見苦しいとか不快だとかいうのはわかる。
しっかし、人の体の一部を見て、
不快とか見苦しいというのはよくないんじゃないか。
顔についてそんなこと言ったら大変なことになるだろう。
あそこだって、体の一部だ。同じ一枚皮でつながっている。
人の身体を貶したり揶揄したりするのは
いけないと学校で習ったぞ。
これはおかしい。
鶴瓶は、人権問題として逆に訴えるべきだ。




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