人間風車

2003/10/31(金)
感心や感謝や尊敬

稲穂は実るほどに頭を垂れて、、、食われてしまう。
そんなことはどうでもいいんだけど、
感謝や尊敬しているときってーのは、
相手よりも自分の方が気持ちがいいもんだ。

近所の方らしい男性カップルがいつも
フレンチブルをつれて散歩している。
なごやかで、うらやましい光景だ。
あ、犬のほうね。
  ●
『ニュース・ステーション』で日本の未来は競争社会になるか、
平等社会になるかとか各党の長に聞いていたけど、
競争社会が悪いわけでも、
平等社会にしなくてはいけないわけでもない。
失敗してもイイ(立ち直れる)チャンスのある社会であればいい。
と思った。

今出ている『ファミ通』(11.14号)の「浜村通信」
(浜村編集長の雑記)に
『くまうた』のことが紹介されている。感謝。
このコーナーのことは知っていたんだけど、
浜村さんが気になったゲームの制作者のところに
毎回わざわざ取材に行っているんだ(つまり来ていただいた)
とわかってびっくりしたり感心したりしたのだった。

やれやれとみんなに勧められているゲーム『逆転裁判』
ですが、まだ触ったくらいしか遊べていない。
しかし、その内容や作り方、それに売れ方には感心する。
オーソドックスというか古き良き時代の
「アドベンチャー」タイプのゲームなんだけど、
なんだかルールってこのくらい(の軽さ)がいいなと思った。
昨今のお気に入りの『神剣ドラゴンクエスト
という剣を振り回すだけのゲームや、
5秒で終わってしまう『メイド・イン・ワリオ
などを体験するだに、
ルールはシンプルであればあるほど良いという
当たり前のドグマにいきあたる。
『逆転裁判』は、
かなりの少人数で作っているらしいけど、
1~3まですごくイイテンポで発表している。
このテンポはすばらしい。
シリーズを作るとき、
作り手ってつい新しい遊びを付加することに注力しすぎて
(制作時間が延びて)、
お客の食べるスピードに合わせて料理を出すという
タイミングっちゅー大切な要素を忘れがちである。
そのあたりがすばらしい。
さらに、大々的に広告宣伝していないにもかかわらず、
口コミで広がっているのもすばらしい。
ただ、単発だったら、
この作戦?は成功していなかっただろうと思う。
絶妙のタイミングで2が出たために、
火がついた感がある(実際に、2が出てから1も売れ出したと聞く)。
内容はともかく、こうした作り方、発表のしかたができるなんて、
スタッフももちろんだけど、統括ディレクター、
プロデューサーの人が相当できる人なんだろうなぁとリスペクト。


2003/10/30(木)
すはみちれ

あるボロッグで見つけたんだけど、どうやら暗号メールらしい。
一瞬いけそうかと思ったけど、全然ダメ。

『すはみちれ』

くちらとは
しらてにい
すはみちれ
はのとりな
ずてたやす
みそさつみ
わやあすえ
くひれらと
みひそいな
てらはさる
そのくはや
すてよはれ
のくやおは
くるそみお
あてすかけ
まそそわう
かゆんきひ
れつさくそ
ひれとつい
はにりなさ

こういうちょっと考えるくらいのことって、
みんな楽しいんだろうか、苦痛なんだろうか。
最近というか相変わらず、少しだけパズル系がマイブームだ。
ただ、パズル雑誌にあるレベルとボリュームは辛い。
もっと何段階も軟弱な「好き」だ。
運動で言えば、ストレッチや軽いジョギングくらいの脳の運動量が、
今の自分にはちょうどいいみたいだ。
ハードな筋トレやマラソンのような脳の運動は欲していない。
そういう潜在的なムーブメントがみんなの中にあると
(あるプロジェクト的に)いいんだけどなぁ。

『トリビアの泉』で代表されるような
「うんちく」は好まれているみたいだけど、
あれは「点」の知識であり、推理や想像力を必要としないので
脳の刺激にこそなれ、脳の運動にはならない。
脳の運動というのは、
「点」を見つける力であり、
「点」と「点」を結びつける力のことであり、
ある「点」から想像して未知の「点」を発見する力のことである。
体の運動(へんな言い方!)だけじゃなくって、
そういう脳の運動もブームになると良いのになぁ。
そのへん、
「IQ」っていう番組の人気度である程度測れるのかな。


2003/10/29(水)
分業

某プロデューサーと道々話をしていたら
「おもしろい企画を出してくれる制作会社がない」と嘆いていた。
新ハードに伴い新しい遊びを求めているのに対して、
既存のゲームと同じ遊び(あえて、らしい)とか、
移植だけをしたいという提案ばかりだということらしい。
それがゲーム業界全体の風潮なのか、
たまたまTプロデューサーが会った制作会社が
そうだったのかわからないけど、
N社のMプロデューサーもそんなこと言っていた気がする。
ゲーム業界も他業界同様、
塾のようなものを作って人材育成をするとか、
コンテストをするなどの努力をしているのだけど、
なかなかいい結果を生み出せないでいる。

それに対して、
そもそも、こんな狭い業界だけの中で
アイデアを募集していることが間違い。
他の業界からの知恵をいただくべき。
しかし、ゲーム業界って、
おそらく外から見るとブラックボックスに見えると思う。
どこに、どういうスタイルの
企画を持ち込んで良いのかわかりずらい。
というようなことを話した。
さらに、
例えば映画なら原作、脚本、制作、編集は分業になっている。
このシステムを見習うべきだ。
ゲームの企画は、原作、脚本に相当する。
しかし、ゲーム業界の場合、原作、脚本家が制作、
編集まで手がけるのが常だ。
ゲームの制作は1年から1年半程度かかる。
よって、次の企画を手がけるまでに1年以上の「待ち」がでる。
企画を生み出すのが得意な人とゲームに仕上げるのが得意な人は、
本来的にちがうはずだ。
だったら、企画が得意な人はそれに専念し、
制作を他にゆだねるというシステムをとればいい。
そうすれば、いい企画が生み出されるチャンスは増えるはずだ。
(うちはそういう会社になりたい)
といつもの持論を話した。
が、あまりピンとはこない感じだった。
なんでこんな大きな産業なのに、
旧態依然とした問屋制家内工業的な作り方しか受け入れないのか、
不思議で仕方がない。

こうなったら、自分で資金を捻出して、
上のシステムがいかに合理的であり実用的であるか証明したい、、、
のだが、先立つものがなさすぎる(涙)。


2003/10/28(火)
仲間集め

今、朝の6時24分。
庭先に雀が来て、芝生の虫をついばんでいる。
なんだか、うれしい。
あしたからはリンゴでも置いておこうか。
 ●
基本的にメールに絵文字を使う友達はいないんだけど、
MLなんかで絵文字が使われているのがあって、
どうしても昔っから意味のわからない絵文字がある。
★☆彡
何の形なんだろう。
っていうか、お詫び?苦笑?爆笑?注意?怒り?
 ●
次のプロジェクトのための仲間集め作業中。
うちには、音楽家もプログラマーもいないので、
ゲームを作る際には、
一緒にやってくれる仲間を捜さないといけない。
これはけっこう大変な仕事なんだけど、楽しい。
いつもお願いしていることは、
「一緒に苦労してください。苦労を楽しんでください」
ということだ。
「お仕事」と割り切られてやられると、
必ずトラブルが起こるからだ。
いつも誰もやったことのないことをやってみようとするので、
必ず1回や2回は大きなトラブルにあい、大きな修正が発生する。
よくない話なんだけど、作るゲームの特質上、
事前に完全に仕様を詰めることができないのだ。
このことは、
「お仕事」と考えている人には「損害」に感じられてしまうので、
トラぶってしまうのだ。
(実際、そういうことが元で企画自体がぽしゃったことさえある)
だから、うちは、チャレンジャーとしか仕事ができないのだ。
そこで、最初にお願いに行くときまずその覚悟を聞くことにしている。
そういう時「きっと、おれは、求婚もこんな感じなんだろうな」
と思うのだった。

常々、どうせなら、
ゲーム業界の外の人たちと一緒に仕事がしたいと思っている。
ゲームのコアな部分のプログラムはゲーム制作経験者のほうが
いいってことが多いんだけど、
それ以外のパートは必ずしも業界内の人じゃなくてもイイ。
むしろ、今までにない、、、
なんていう視線だと外の人の方が都合がいい。
ゲーム内常識にとらわれていないだけので、
斬新なアイデアをもらえるからだ。
ただ、こうした選考方針は、
必ずしもパブリッシャーに歓迎されない。
なぜならば、
プログラム会社、
デザイナー、グラフィッカーなどがそれぞれ別の会社や
個人だったりすると管理や契約がめんどうだし、
データの受け渡しにロスが生じることも考えられる。
その点、プログラムからグラフィック、
音楽まで一貫してできる会社のほうが効率がいい。
ひょっとしたら
グロスの料金で安くなるなんてこともあるのかもしれない。
ということで、そういうゲーム会社が好まれる。
しかし、この考え方は間違っている。
視線が、作りやすい、
管理しやすいという製造管理面ばかりにいっていて、
肝心のクオリティー、
つまり買ってくれる人の方に向かってないからだ。
中小規模のゲーム会社がプログラムからグラフィック、
音楽まで、とびっきり優れているなんて言う話は聞いたことがない。
プログラムがすごくても、グラフィック部門はイマイチだとか、
音楽は凡庸だとかいうことになる。
(これはこれで仕方がないというか、当たり前なんだけど)
だから、質を高めるには、専門業者を集める方がいいんだけど、
ゲーム業界には、そういう専門店が少ないところを見ると、
パブリッシャーにそういう思想はないってことなんだろう。
(映画業界じゃあ、どんどん専門化しているというのに)


2003/10/27(月)
ゼロ発注

『くまうた』は、パブリッシャーにもプレスにも
(いち早く体験してくれた)ユーザーにもそこそこ評判がいい。
じゃあ売れるかというと、これがそうはいかない。
上の流通の要にはショップがある。
残念ながらというか案の定というか、ショップの反応がにぶい。
あるショップ店長が書いている日記の中で
久々に面白いのが出たので「ゼロ発注」にはしなかった。
とあった。
うれしい反面、今の市場というかショップの現状って
そんなんなんだとガッカリする。

残念ながら、
映画が上映映画館の数でヒットするかどうか決まってしまうのと同じで、
ゲームもショップの注文数でヒットするかどうか決まってしまう。
映画なら単館上映×ロングランなんていうヒットスタイルもあるが、
ゲーム市場ではそれもない。
今の世の中、遊ぶアイテムはいっぱいある。
店までいって、そこになければ注文してまで買いたい、
なんてことはそうはない。
店にしても、売れ切れ(逃げ切り)ゴメンとしたいので、
再注文はしない。
バックオーダーに対して1週間で反応できるとした、
PS1立ち上げ時のうたい文句は完全に形骸化している。
現実は、ショップが仕入れ分売ったら終わりなのだ。
ということでショップの反応の悪いソフトは、
届いて欲しいユーザーの手に届く前に、
終わってしまうのだ。
売れようが売れまいが、ボク的にはどうだっていいんだけど、
次のヘンなのが作りにくく(通りにくく)なるのがいやなのだ。
このまんまじゃあ『こぐまうた』も『さるうた』も
『うまうた』も作れなくなる。
ユーザーの手に渡り、ユーザーの評価でもって売れた、
売れないを判断されるなら納得できる。
しかし、それ以前の判断、
しかも到底ユーザーの嗜好を反映しているとは思えない判断でもって、
終わってしまうのは悔しい。
何度も何度も同じ悔しい思いをするっていうのもまた悔しい。

パブリッシャーもプレスも
ユーザーも今までのゲームに飽き飽きしている。
目新しい遊びをほしがっている。
(元来、遊びというものは飽きるものなのだ)
なのに、ショップでは、
今まさに売れているモノ、その亜流が歓迎される。
何度も書いているけど、
買い取り制、
衝動買いするには高すぎる遊び道具なのが主な原因だ。
将来の心配より明日の心配をしなくてはいけないくらい体力がないため、
市場の豊かさがなくすことは、自分の首をしめていることなのだ
とわかってはいても、対処できない。
そんな状態なんだろう。
乱獲を繰り返せば資源がなくなり、
将来的に生きる道がなくなるとわかっていて
獲りすぎてしまう漁師に似ている。
しかし、危惧される未来はそんな先じゃない。
来年かもしれない。
単調な品揃えに、ユーザーはどんどん離れていく。
こうしたショップの反応に対して、
パブリッシャーも別の流通のあり方を模索している。

ショップばかりの問題ではなく、
自分たちも考えないとダメなんだろう。
ホントは値段を3800円までさげてほしい。
お試しもしてほしい。
パッケージを見ただけで5800円出せ!はひどい商売だ。
ゴージャスなオープニング・ムービーとか作っていないで、
その分の予算をお試し版を作るのに回すべきだろう。
(※『くまうた』にはゴージャスなオープニング・ムービーはありません)
遊んだ分課金なんてのができるとなおいい。
本屋で買えるようにもしてほしい。
などなど、考えないといけない(ボクじゃない、もっと偉い人たちが)。


2003/10/24(金)
あざといネタ

第8回 ゲーム・プログラミングワークショップ2003
に参加します。
ゲームといってもTVゲームではなく、
将棋や囲碁やチェスのような思考ゲームのことです。
「がんばれ、、、」や「アストロノーカ」については、
さんざん語ってしまったので、
「くまうた」について話しますーと言ってしまったけど、
他のプログラムと見比べるとかなりヤバイ。
AIっぽいことしてないからなぁ、くまは。
AI使わなくても、ここまでできます、
なんて話だと元も子もなくなるだろうな。
どーしよ。
 ●
こぐまの本『がんばれ!しろくまピース
を読んでから、あざといネタが頭にこびりついている。
かわいく、せつない、こぐまの冒険物語。
"
あるとき、
プレイヤーの所に1匹のこぐま(しろくま)が現れる。
元売れない演歌歌手であるプレイヤーのところに
弟子入りを願ってきたのだ。
このこぐまは、母親も父親も知らず、
一人で動物園で暮らしていた。
ある日飼育人達が立ち話をしているのを聞いて、
母がまだ生きていてどこかにいることを聞きつける。
そこで、こぐまは動物園を脱走して
母親探しにでかけることを決意する。
といっても、手がかりが何もない。
そのとき、昔飼育人が、母親は演歌好きで、
実際に演歌歌手として活躍していたことも
あったのだと話していたことを思い出す。
そこで、こぐまは、演歌歌手になってテレビに出れば、
きっと母が見つけてくれるに違いないと思い、
プレイヤーの所をたずねたのだった。
こうして、プレイヤーのところで修行したこぐまは、
演歌歌手としてデビューする。
しかし、いかんせん、こぐまなので、
どうしても言葉の最期が「~でちゅ」になってしまうし、
くるりとまわると尻餅をついてしまうし、
大勢の人前では上がってしまう。
ミルクとハチミツがないとすぐにダダをこねるし、
練習の途中でもすぐ寝てしまう。
(この辺、イヤになってしまうくらいかわいくする)

演歌歌手としてスターとなったこぐまのところに、
映画プロデューサーから手紙が届く。
映画デビューしないかという誘いだ。
テレビ以上に認知力のある映画に、
こぐまはとびつき、さっそく会いに行く。
しかし、それは罠だった。
映画プロデューサーとは大嘘で、
実は動物に芸を仕込んで
サーカスや動物園に売り飛ばす悪徳商人だった。
こぐまは危機一髪のところで、逃げ出した。
その時、母を見つけたのだった。
なんと、母親は応接室の敷物になっていた。
こぐまの母親もまたこの
悪徳商人の罠にひっかかってしまっていたのだった。
しかも、この悪徳商人が
自分の父親がであることを知って愕然とする。
こぐまは絶望し、深い悲しみに沈む。

プレイヤーはそんなこぐまをミルクとハチミツでなぐさめて、
なんとか復活させる。
「何もかもなくしたけど、自分には演歌がある」
と自信をとりもどしたこぐまは、
前にもまして、演歌の道にはげむのであった。


2003/10/23(木)
もろもろ

ヤンキースの松井が活躍している。
大リーグなんて全然しらないけど、
なんだか元巨人の選手が活躍していると言うだけでうれしい。
なんだぁ、巨人が優勝しなくったって、寂しくないじゃないか。
ってことは、これからはどんどん巨人の選手は
FAで大リーグに行って欲しい。
上原も高橋も。
できればいろいろ違う球団、リーグにいってくれるとうれしい。
リスクヘッジのためだ。
いろんなところに散らばっていれば、
毎年、誰か一人くらいは優勝戦線に残るだろう。
そしたら、本家がダメダメでも楽しめるって寸法だ。
 ●
久しぶりに『トリビアの泉』でへ~~っ!
なんと、桃太郎の原作では、桃太郎は桃から生まれなかったのだ!
老夫婦が、川から流れてきた桃を食べたら、
若返ったので、久しぶりにがんばった結果、子供ができた。
それが桃太郎っていうのが原作らしい。
つまり、桃は回春剤ってわけか?
 ●
エドワードゴーリーのインタビュー集「どんどん変に」を読む。
ナイスじじいだ(った)。
ネコ好き、子供に興味がないのに絵本を描く。偏屈。
非社交的。孤独。シャイ。
過大な夢も深い絶望も持ち合わせていない。
って、なんだか、すごく親近感を感じた。
俺のことを知りたきゃ、これを読んでくれ!といいたいくらいだ。
 ●
石原大臣vs日本道路公団藤井総裁は、
最初、誰もが石原大臣の勝ち、しかも秒殺だと思っていた。
大人げないとさえ言えるマッチメークだった。
ところが思わぬ苦戦。
今では、最終ラウンドまで行った上に、
下手をすれば石原大臣が、
判定で負けるんじゃないかというところまで体勢が変わった。
藤井総裁の政治家イニシャルという「トラップ」がすばらしかった。
トラップと知らずに、これを拾い上げた石原大臣は、
思わぬ返し技をくらってしまったわけだ。
どう考えたって、藤井総裁が考えた技とは思えない。
きっと、とんでもなく頭のいいセコンドがいるんだろう。


2003/10/22(水)
寝おにぎり

今の生活は、だいたい5時くらいまで仕事をして、
風呂のお湯張りをはじめる。
その間に、近くのコンビニにいって
(ホント、今度の引っ越しで一番良かったのは、
20m先にコンビニがあることだ!)、
その日お風呂で読む雑誌とおにぎりを買ってくる。
お湯が溜まるのを待つ間に、おにぎりを食べる。
その後1時間風呂に入って、
ニュースを見て7時くらいに就寝。
で、おにぎり。
ホントは梅干しがいいんだけどタネがでるのがうっとうしいので、
ここのところはもっぱら焼きたらこだ。
仕事明けに、自分をほめてやりたい気持ちでおにぎりを食べていると、
ホント幸せな気持ちになれ、心のクールダウンには最適だ。
寝酒ならぬ寝おにぎりなのだ。
(ご飯じゃなくて、おにぎりじゃないとダメなのが不思議だ)

すっかり電源供給端末とかしたUSBであるが、
それにつなぐ新たなアイテムが出た。
出るべくして出て買うべくして買ったマイナスイオンプラグだ。
PCを起動中、ずっとマイナスイオンを発生していてくれるので、
頭がクリア、リラックスして仕事ができるというしろものだ。
ただし、(たぶん)高電圧で放電して電子
(マイナスイオン)を飛ばすという方式なので、
チリチリという高周波がでて気に障る。
マイナスイオンの御利益はすぐには体感できないが、
高周波のイライラはすぐに体感できる。
しか~し、
リラックスするには多少のストレスはやむを得ないのだと、
自分に訳のわからん説得をしている。

「週刊アスキー」からのネタ。
グーグルで一番ヒットする1文字のひらがなは「の」
(たぶん格助詞の「の」)らしい(9億件ヒット)。
ちなみにアルファベットでは「a」が
一番のヒットらしい(54億件ヒット)。
そういやあ、昔江戸川乱歩の小説か何かで、
暗号を解くネタがあって、
その解法のヒントとして、
英語では「e」が一番よく使われるとかいうのがあったけ。
実際は「a」なんだ。
それにしても、グーグルくらい大量名データ
(つまり精度の高いデータ)だと、
こうした言語学的な試算にもつかえるわけだ。
商用利用ばかりでなく、
こうした学術研究支援ツールとしての
グーグルの使い方ってのも考えたらおもしろいだろう。

そういやあ、引っ越しを機に新聞を取るのをやめてしまったが、
いっこうに不便してないなぁ。
インターネットとテレビで十分情報を得られる(どちらもタダ!)。
かなりやばいだろうなぁ、紙の新聞って。

20031022.jpg


2003/10/20(月)
もろもろ

「動物奇想天外」でTVゲーム
『インベーダー』の音にワニが反応するっていうのを
やっていた。
『インベーダー』の音(インベーダーが歩く音)がすると、
穴を掘り出すのだ。
この音が子ワニの鳴き声に似ているので(たしかに似てた!)、
錯覚して、穴を掘ってふ化したての子ワニを
砂の中から救い出してやろうとしているらしい。
こういうのはおもしろいなぁ。
『 バウリンガル』なんてオモチャがあったけど、
飼っているペットが反応する、
あるいはペットに反応するゲームっていうのは、
おもしろいかもしれない。
ちなみに、うちのバカねこは、
ゲームに反応したという記憶はないが、
ブラックホーク・ダウン
のヘリコプターがやってくるシーン
(サラウンドで音が移動した)には反応した。
 ●
こういう所に書くときの自分の呼び名には困っている。
一応、礼儀正しく「ぼく」という書き方をしているけど、
どっかこそばいい。
筆者?拙者?おれ?おいら?自分?モリカワ?
「自分」っていう体育系の言い方も好きだけど、
見た目とあわなすぎるし、
「おいら」っていう言い方も東京生まれっっぽくていいけど、
今更、これは使えないだろう。
ということで、なんかどれもしっくりこない。
実際の会話の中では、
「ぼく」と「おれ」を適当に使っているみたいだから、
そうすっか。
 ●
バクスター危機いっぱつ
という本を買った。
絵自体は好みじゃないけど、
なんだか創作のベクトルが近い作家だなぁと感じた。
っていうか、
自分もあちらに行くべき人間であったことを思い出させられた。
また、ちょっと創作意欲が沸いた。
それにしても、この絵本、
ビニール袋に入れられて(立ち読みできないように)売られてたけど、
それじゃあ絶対売れないでしょ。
たしかに、絵本はマンガ同様、あっという間に読めてしまうので、
「タダ読み」されてしまう可能性はあるだろうけど、
1500円もするし、日本ではマイナーな作家だし、
表紙だけで買えというのはコクである。
おもしろい本だったからよかったけど。
 ●
『井戸の中の犬』
次のネタ。
とりあえず、
タイトルとメイン・ビジュルアルだけ決まった(浮かんだ)。
これはいったい何なんだろう?どういう遊びなんだろう?
いつもながら、自分でもさっぱりわからない。


2003/10/17(金)
リンドウズOS

リンドウズOSってのが出る(出てる?)らしい。
ウインドウズの「快適さ」と「わかりやすさ」
を持つリナックスベースのOSらしい。
「快適さ」と「わかりやすさ」なら、
リマックだったでしょう!
といいたい(非常に残念だ)。
だいたい、世界中のマックユーザーは、
ウインドウズ・ユーザーをふびんに思っている。
(あの使い勝手の悪さ、見栄えの悪さ、頭の悪さったら、、、)
ウインドウズの「快適さ」と
「わかりやすさ」という宣伝文句は、
皮肉かギャグとしか思えない。
とわいえ、
ウインドウズの牙城を脅かすOSが現れたことはいいことだ。
なぜならば、
OSが多様化すればそれだけウイルス被害が拡散するからだ。
世界中が一つのOSに依存すると、
それだけウイルス被害も深刻になる。
生物の生存原理と同様、
できるだけ多様な方が
(ウインドウズを含む)みんなのためなのだ。
 ●
汲みすぎると泉は枯れると思っているのは間違い。
汲まない泉こそ枯れる。

I氏から「魚の出産のような創作」と呆れられたけど、
結局、自分はそうやって創作するしかないようだ。

いつかは枯れるんだろうか?
それとも、もう枯れているんだろうか?
 ●
「くまうた」についてのゲーム誌の取材が始まった。
が、あいかわらず、答えるのがつまらないような質問が多い。
今までにはまったゲームはなにか?
なんでシロクマなのか?
どこに一番苦労したか?
このゲームの売りはなにか?
最期に読者に一言、、、
このゲームについては、
(この先も聞いてもらえないだろうけど)
言いたいことがいっぱいあるので、
近いうちに、
一人インタビューページを作ろうかと思っている。


2003/10/16(木)
スケープゴート

もし、あの時、自分の考えるように作れたら、
もし、今、自分の考えるように作ることを許されたなら、
うまくいったのだろうか?
うまくいくのだろうか?
自分の考えるように作れなかったのが
原因だったのだろうか?
自分の考えるように作れなかったのは
何が原因だったのだろうか?
スケープゴートは作ってはいけない。
ちゃんと整理しなくては。
ちゃんと考えなくては。
でも、、、
忙しいし、眠いし、疲れているので、
とりあえず来週から考えることにしよう。w


2003/10/14(火)
通過儀礼

仕事の関係で、
はじめて「サタデー・ナイト・フィーバー」を見る。
「フットルース」や
「フラッシュダンス」系の映画かと思っていたら、
意外と暗い映画なのでビックリ。
っていうかジョントラボルタがすごくイイ。
「パルプ・フィクション」のトラボルタといい、
ちょっと足りないというか
危ない系の役はうまいなぁ(それとも地か)。
 ●
友達のY君が会社に来たので、
OS10.3はどうするの?と探りを入れてみた。
彼は発売を知らなかったらしく
「ああ、出るんだ。じゃ買います」と即答した。
「でも、きっと、最初のバージョンだからバグだらけだし、
すぐにバージョンアップするよ。」と言ってみたけど、
「いいんです、どうせ使うわけじゃないし」
と全く気にも止めない様子。
(いらないのに買うのか!)
ううん、負けた。
日頃、ワン・クリッカーを自負しているのに、
危険性とか有用性とか経済性や世間体を気にして
クリックを躊躇した自分がなさけない。
ワン・クリッカーは、
「欲しい即クリック」でなくてはならないのだった。
もちろん、その後、速攻でワン・クリックしました。
ついでに、ipod40Gもワン・クリックしてやろうと思った瞬間、
「もう、持ってるじゃん」というFの声が頭に響いたので、
躊躇してしまった。
へたれだ。
 ●
今作っているゲームにおいて、
非常にきっついミーティングを繰り返している。
そもそもぼくが「それじゃあ、ゲームになっちゃう」
と普通の制作会社ではあり得ない
発言をするのが原因なのだが、
こうしたことは、いきなり言い出すわけではなく、
最初からそう宣言しているのだが、
ゲームの仕様がいよいよ具体的になってくるこの段階になると、
ぼくが押す自律生成系の仕組みと従来のゲームの
遊び方との相性の悪さがくっきりしてくるのだ。
どちらか一方ではいけない。
楽しい遊びにしなくてはならないし、かといって、
既存の遊びを踏襲しても意味がない。
この一見、解のなさそうな連立方程式を解かなくてはいけないのだ。
それがムームーの特技であり、唯一の売りだからだ。
という共通の認識があるので、両者は中途なところで妥協しない。
故に、ミーティングは混迷を極める。
「がんばれ、、、」より今まで、全てのゲームでも繰り返してきた
毎度の「通過儀礼」であるが、全くもって疲れる。


2003/10/09(木)
もろもろ

オーナー・ナベツネに
全試合終了の挨拶に行ったときの原監督の談。
「オーナーからは『今後は読売の人間として、
社会的にも巨人においても、
努力してしっかり勉強していきなさい』
とねぎらいの言葉をいただきました」
って、それはオメーだろうと全国民が心の中で突っ込んだはず。
 ●
こういう話はいいなぁ。
っていうか、見てみたい、聞いてみたい。
「イヌカエル」

 ●
週刊文春に「買ってはいけないゲーム」という特集があったので、
どれが指名されているのかと期待して読んだが、
具体的なゲームが名指しで叱られているんじゃなくって、
単に、TVゲームが昨今の凶悪犯罪の原因の一つになっているという、
いつものゲーム批判だった。
脱力。
それにしても、週刊文春ってほとんど読んだことなかったけど、
お友達になれない雑誌だわぁと思った。
 ●
中日の監督は、結局、野村じゃなくって落合になった。
中日野村vs阪神星野っていう、わけのわからん対戦が消えて残念。
 ●
「くまうた」で、
音楽つながりでDTMマガジンから、
クマつながりでジャパンテディベアファンクラブから、
取材やら問い合わせがあった。
ゲーム誌だけじゃない広がりがあるのはうれしい。
そういえば、「アストロノーカ」の時は、
日本農業新聞(だっけ?)からの取材があっておもしろかった。
 ●
「ここ掘れ!プッカ」
のJフォン用のゲームが公開されている(ただし有料)。
倉庫番のようなゲームになっているんだけど、
かわいくて、よくできてる。
早く、ドコモ版がほしい。


2003/10/07(火)
ボードゲーム

しろくまつながりで買ったわけではなく、
あまりに普通にカワイイのでつい買ってしまった。
(表紙のくまは全部「実写」!)
こんなウソっぽいかわいさが実存するのかというのも衝撃だったが、
そういうかわいさにやれれてしまう自分を発見したのも衝撃だった。
がんばれ!しろくまピース
 ●
ドイツのボードゲームショー「エッセン'03」
が開かれた。
今年もおもしろいゲームがいっぱいだ。
例えば、
池に落ちたカバを助ける「ピシャッ」、
飛び跳ねる卵を捕まえる「卵のダンス」、
隠れた鹿を狼から助ける「鹿、隠れろ!」、
魔女に注意しながら料理を作る「魔女のコンポート」、
お城に隠れた小さなお化けを探す「ミニモンスター」、
お母さんとはぐれたカモの子供たちを探す「カモの行進」、
魔法使いの弟子たちが倉庫のチョコレートを狙う「魔法の帽子」、
嗅覚・聴覚・視覚などを試すゲーム集「感覚の星」、
袋に隠したものを手触りで当てるもう「一回触って」などなど、
たった1行の説明を読んでいるだけでワクワクしてくる。
(もっとも、やってみたらダメダメっていうことも少なくないんだけど)
昨今の日本のTVゲームは、
こうした直感的に楽しそうに思わせる「気配」を発しているだろうか?
自分で言っておきながら耳が痛い。

先日、研究と称して(称してじゃなくって、
まじめに先行投資的研究と思っているん
だけど)徹夜でボードゲームをやった。
そして、あらためて、
人と人がやる遊びでは、そのルールも世界観もデザインも、
ボードゲームのほうが一枚上手だと確信した。
上手という言い方には異論も出るだろうけど、
多様であるというのは、間違いないだろう。
そして、
2004年のフランス年間ゲーム大賞をとった「スカッド・セブン
なんかを見ていると、
TVゲームとボードゲームの融合
に一つのヒントを与えてくれているように感じる。
(以下はtableGame in the worldより抜粋)
「スカッド・セブン」概要
ゲームにはCDが付いており、
ジャングルの音を流しながらプレイします。
プレイヤーは付属のピストル(プラスチック製)を持って
7人のチームで宝を求めてさまよいます。
手番になったら山札からカードをめくり、
出てきたカードによってリアクションをしなければなりません。
宝カードなどの場合、ピストルで一番早く撃った人が手に入れます。
別のカードを撃ってしまうとメンバーが1人死んでしまうので
絵柄に注意しなければなりません。
CDには夜の音と昼の音があり、
それによってリアクションが異なる場合もあります。
そのほか、テーブルを一周したり、
カードを混ぜなおしたりといった指示もあります。
CDが終わるまでの17分間に生き残りながら
できるだけ宝を集めることを目指します。


2003/10/06(月)
逆輸入

「くまうた」のヒットサイトなどを巡っているうちに、
"
「モジブリボン」は面白いのだろうか・・・
「うまうた」も微妙に気になる。
"
という書き込みを発見。
「うまうた」、、、。
それはそれでなんか楽しそうかもw。
ということでついでにgoogleのヒット数を調べてみたら、
「まうた」は10件がヒットした(あるんだ!)
他に、「さるうた」は71件、「ねこうた」は40件、
「いぬうた」は4件ヒッとした
(もちろん、こちらの期待していないヒットも含む)。
さすがに「うなぎうた」は1件もなかった。

アイテムや情報、情勢の関心度は、
専門家の意見や店の売り上げなどより、
googleのヒット数の方が、正確であるような気がしてならない。
(もっとも、いろいろ間引いて考えないといけないが)
少なくとも安価で安易で手っ取り早いことは間違いない。



この間のゲームショーを見ていて、
ヨーロッパやアメリカで売れている
ゲームの逆輸入が多くなった気がした。
今や国内マーケットはしぼむ一方なので、
海外の売り上げも計算に入れないと
ビジネスとして成立しなくなりつつある。
日本で売れるかどうかもわからず、海外ではさらにわからない、
そんなソフトに比べたら、
海外ですでに売れているゲームというのは、
もう半分「合格」しているようなものなので、
こうした逆輸入は、今後も増えるのかもしれない。
しかし、個人的には、こうした海外のソフトはピンとこない。
今回も某社が一押ししていたヨーロッパで売れたというゲームも、
個人的には全く食指が動かなかった。
ボクの感性=世間の感性なわけはないので、
説得力がない話だが、
ゲームはようやく、各国が、国民性にマッチしたゲームを、
日本のそれと対等な質で
開発できるようになったのではないかと思う。
そのくらい成熟した文化になったのではないかと。
今までは、海外のゲームのクオリティーは、
日本のそれより劣っていたために、
他の国の人も日本のゲームを買っていた。
また、昔は、特にグラフィックの感性が各国で違おうとも、
ゲーム機のスペックがそれを区別するだけの
表現能力を持っていなかったために、
結果として、日本のキャラでも受け入れられていたが、
今では、自分たちの感性に合ったグラフィックを
表現できるようになってきた。
そのあたりが原因で、
自国で作られたゲームが自国で売れるという当たり前の事が
起こり出しているのではないか。
話を元に戻すと、
だから、今、海外で売れているからといって逆輸入しても、
日本で売れるなんてことはないのではないかと思う。
もっとも、ハリウッド映画のように、
ワールドワイドに受け入れられるゲームデザイン
なんていのもきっとあるに違いない。
(っていうかすでに「ポケモン」がそうだけど)
パブリッシャーは、こぞって、それこそ進む道みたいに言うけど、
それはどうなんだろう?と
少し抵抗を感じないわけでもない。


2003/10/02(木)
もろもろ

「くまうた」の映像が公開されたので、
興味のある人は見てみてください。
SCEJのサイトに行って、
「くまうた」の欄の"movie"をクリック。
 ●
秋に出すぞ!といっていた
展覧会の絵を中心とした絵本をあらかた描き上げた。
ので、年内には出せそうだ。
またまた、一つ「仕掛け」が入っているのだけど、
今回は「謎解き」はやめようかと思っている。
そういう仕掛けがないと創れないようじゃダメだなぁと思いつつ、
実は、もう1冊、そういうのを描こうと思っていたりもする。
 ●
高齢化が進んでいてる。
65才以上の人の割合が20%に達して、10年後には25%になる。
麻雀をやると1人は65歳以上という計算になる(計算じゃないか)。
老人ばっかりの社会は、金のかかる割には働きの悪い、
文句ばかり言い斬新なアイデアを出ない、
沈滞した(そして復興できない)社会になってしまう。
(もっともスローライフ提案者には良い社会となるかもしれないが)
人類史上、誰もこうした人口構成を経験していないのも問題だ。
どこかの国を見本にするということができない。
世界で初めて、
日本がこうした老人社会に突入して対処していかなくてはならない。
マネっこ日本にとって、人類史上初の国家的対策をするなんてのは、
とっても荷が重いことだ。
自分も少子化に荷担している一人なのでアレだが、
一般的にどうしてまぁこんなに子供を作らないんだろうか?
経済的に苦しいからか?
将来が不安だからか?
こうした傾向は今後も続くんだろうか?
選挙と人事しか興味がない政治家さん達が、
早急に福祉(子育て)問題を解決してくれるとは思えないので、
少子化を前提として、老人社会化を阻止しないといけない。
いろいろ方法はあるだろうけど、
一番手っ取り早いのは、帰化促進だ。
子供を産んで育てるのがむつかしいなら、
海外の青年の帰化を積極的にすすめて、
一気に成人を増やしてしまう作戦だが、どんなもんだろう。
(どんなもんだろうも、クソもないかw)


2003/10/01(水)
クレッチマーの性格分析

トウモロコシが原料のCD。
85粒で一枚作れるらしいから、トウモロコシは、
1粒あたり最大7.5MB記憶できることになるって計算か?
"分解や焼却で発生する二酸化炭素は元々植物の炭酸同化
(光合成)によって固定されていたもので、
大気中の二酸化炭素が増えるわけではない"
というのは、ちょっと虫のいい論法だけど
(そんなこと言ったら、
長い目で見れば石油だって燃やして良いことになる)、
生態分解できるのはよろしいことです。
釣りで使うルアーやライン(糸ね)も
早く全てそういう素材になってほしいものだ。
 ●
わけあって、性格分析から占いまでかたっぱしに調べている。
クレッチマーの性格分析は、
体型と性格の相関関係を見いだしたというか、
こじつけたアイデアであり、
世界中には6種類の性格しかないことになってしまうという、
血液型占いレベルのアバウトさであるので、
中学校の頃より全く信じてなかった。
例えば、ぼくの体型だとこういうことになる。
"
【分裂質タイプ(S型) 】
このタイプは第三者からは簡単に理解しがたい性格である。
一般的に、物静かで非社交的、真面目でユーモアがない。
デリケートな性格で通俗的な物事を軽蔑し、
自分だけの世界を作り上げ、それに熱中するタイプ。
文学、美術 等の芸術面に関することがらにおいて
才能を発揮することが多く、
貴族的なほど洗練された上品なセンスと
冷酷さを持ち合わせている。
粗野で下品なことに対して極端に嫌悪感を示すのも
その一端のあらわれである。
さらにこのタイプの人は観察力と分析力にすぐれ、
理路整然とした物事の考え方をすることが多い。
有能な才能を持ち合わせていれば、
ナンバー2、ブレーンとして力を発揮する。
対人関係においては、好き嫌いがはげしく
自分の世界観がわかりそうな人には興味を示すが、
第一印象で嫌なイメージを持った相手には
全く興味を示すことがない。
"
う~~~ん、当たっているところもあるなぁ。
っていうか、すごくその通りかもしれない、、、
(いやな性格だ!w)
30年ぶりにクレッチマーを再評価。




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