人間風車

2004/06/30(水)
もろもろ

そういやあ、
遠くの星の質量ってどう測るんだろう。
その星を構成する物質と大きさから?

友達がいい仕事をしているので紹介。
ジョン・シンメトリー
『動物番長』のがびんちゃんらの本。
写真の半分を反転してくっつっけただけの作品集だけなんだけど、
とってもおもしろい。
ベストセラー本ゲーム化会議
『巨人のどしん』の飯田さんらの本。
ちょっと古い本なんだけど、
このベストセラー本ゲーム化計画は今でもやってるみたい。
こういうノリのアイデアが
「ホントも出ちゃうかも」という気配がないところが、
現在のゲーム業界の痛いところだ。

週末の昼間、すっぽり時間が空いたので、
ちょうどタイミングがよかった(というだけで選んだ)
映画『ブラザー・フッド』を見たら、
ツボにはいったみたいで泣いてしまった。
映画でないたのは
『スゥイート・スゥイート・ヴィレッジ』以来だ。
『忠臣蔵』なんかでもそうだけど、
どうもこういう男達の無償の友情
(この映画では兄弟だけど)ってネタに弱いらしい。
それはいいんだけど、映画を見終わったあと、
おやじがひとり目を真っ赤にして
新宿の町中を歩いているって姿が、かっこ悪かった。
目が合う人、合う人に言い訳したい気持ちだった。

テレ東をボンヤリ見ていたら、
『青春フォーク大全集』という70年代
フォークソング特番をやっていた。
いやあ、いい!と思うのはその世代の人間だからだろうけど、
今の20代の人とかは、
こういう曲を聴いてどう感じるんだろう。
気になる。
なんで気になるかといえば、
超フライング的にこぼしてしまえば(ああ、また叱られそう)、
そこらあたりを使った遊びをやろうとしているからだ。
きっとそこらへんを使おうと思っているプロジェクトも多いはず。
(実際、かぶりかけているところもあるし)
なので、先制攻撃?(笑)
ps:
当時、全然興味のなかったオフコースをこの番組で再評価した。

ひさびさに面白い本に出会った『アダムの呪い
前作『イヴの七人の娘たち』もおもしろかったけど、
こちらはさらに最新の遺伝子関係のネタがいっぱいあっておもしろい。
ドーキンス以降、
生き物の主体をDNAにするという視点での考察は流行だけど、
核外遺伝子であるミトコンドリアに注視し、
彼らが生き物の性の決定に対して強く干渉してらしい
(ミトコンドリアにはオスはいらないから)などの仮説はおもしろい。
(具体的に説明しだすと1冊の本分になってしまうので割愛)

そういえば、
プラズマクラスターイオン方式空気清浄機
を買ったのだった。
届いたその日から稼働しっぱなしだ。
なぜなら、
「気になる電気代も1時間0.07円(1ヶ月50円くらい)」だからだ。
(どーも、こういう売り文句に弱いらしい)
1ヶ月50円ならつけっぱなしにしときますとも。
(未だにその効果はよくわからないけど)
で、なんで梅雨時に空気清浄器かだけど、
これは単に除湿器と勘違いしたという説が有力だ。


2004/06/28(月)
伊勢丹に行けば

「伊勢丹に行けば買いたいものがある」
伊勢丹ファンの女性の言葉だけど
(伊勢丹ファンは、
イセタニーゼとかイセタニアンとかいう名はないのかな)、
この女性、伊勢丹に行くまでは、
買いたいという気持ちとお金しか持っていないことがわかる。
これを買いたいという具体的なイメージはまだない。
伊勢丹にはいっていろいろなアイテムをみるうちに、
「あ、わたしの買いたかったものはこれだ」と発見する。
かように、
自分の中では欲しいモノが
明確なイメージを持っていることは少ない。
かなり漠然としている。
(故に、「あなたのほしいもの」マーケッティング
というものに対して懐疑的なのだ、おれは)
自分の中の曖昧なイメージにマッチした
アイテムを見つけてはじめて、
「あ、それだ」ということになることは多い。
そういう発見が楽しいし、そういう発見をくれる場を重宝がる。
「伊勢丹に行けば買いたいものがある」
という言葉には、
そういう「場」に対する期待や感謝みたいなものを感じる。

これをゲーム業界にあてはまると、、、
そういう場が見あたらない。
(知らないだけかもしれないけど)
ここにいけば、おもしろい遊びに出会えるので、
つい行ってしまうという場がない。
普通の百貨店同様、
「いっぱいある(だけ)」という場はあるだけだ。


2004/06/25(金)
火を噴くトラック

連日のように火を噴く三菱のトラック、バス。
以前の事故ならいざ知らず、
最近急に火を噴き出した気がする。
きっと車自体が
「おれ、欠陥車なんだ」と気がついたに違いない。
なかにはリコール対象外の車も
(自分も欠陥車だと)勘違いして火を噴く始末だ。
っていうか、
三菱首脳陣の隠蔽体質も問題だけど、
こんなにたくさん不具合を作った技術陣ってどーなのか。

「親子で無免許」
お父さん50年、長男20年、次男15年の無免許。
ばれなかったということは、
無事故無違反だったってことだから、
すっごく優秀な悪質ドライバーだったってことだ。

「占いツクレール」ってのがあって、
簡単に占いサイトが作れる。
そこで適当に「ムームー占い」ってのを作ってみた。
みんなが制作者側にまわれる遊びってのは、
やっぱり楽しいとあらためて実感。
そして、作ったらみんなに配りたくなる、
配れるようにしないとダメと実感。
もう少しバリエーションがほしかったところだが、
~ツクール系のアプリなどを見ていると、
そのバリエーションを多くするために、
手数が多くなってしまって、
めんどくさいという気持ちのほうが先に立ってしまっている。
こういうアプリを作るには、
どのくらい軽量で且つバリエーションが生まれるか、
そこらあたりに注力が必要なようだ。

2004/06/24(木)
念じるだけで

『念じるだけでゲームができる』
いっそのこと、ゲームをやりたいと念じた瞬間、
脳内の快楽中枢を満足させるような
電気刺激を与える装置を作って欲しい。
そしたら、やりたいと念じた瞬間に、
ゲームをやったぁという充足感が味わえるのでお徳?
つまり、
実際に得たという満足感より、
それを得たいと思う気持ちが生まれた瞬間のほうが
うんと気持ちいい(大切である)のではってことです。

ある写真家の人と話したとき、
写真を撮る上で何が一番大切かと聞いたら、
対象を発見する力だと言っていた。
もちろん、それをうまくキャプチャーし、
プリントする技術も大切な能力だけど、
それ以上に、
撮るべき対象を見つけられるアンテナ(感性)が
大切というわけだ。
つまり、対象の前に立って「撮りたい」と思えることが、
一番大切な能力であり、一番大切な作業であるわけだから、
人にそれを見せたいとか
与えたいという二次的な欲求がない限り、
その場に立ち止まり、「撮りたい」と思った時点で、
写真を撮るという行為は目標を達したことになる。
ひょっとしたら、すごく「達した」人は、
きれいな風景を見て、
口で「パチリ」とか言うだけでその場を立ち去る。
なんてことがあるのかもしれない、
とその話を聞いたとき、
変な妄想をしてたのをふと思い出した。

人気サイト「百式」で紹介されているアイテムや技術には、
おもろいものがいっぱいある。
例えば、
おならのニオイと音を吸収するクッション『gasbgon』とか。
これなら人が一杯いる事務所で思い切り放屁ができるわけだ。
どうせなら、この技術を使ってパンツを作ってくれれば、
いつなんどきでも、誰も気にせず放屁ができる。
こんなアイテムを考える人も、見つけてくる人もスゴイ。

そうそう『MIXI』について、
「それはなに?」とお問い合わせをいただくんですけど、
ソーシャル・コミュニティー・エンターテインメント
とかに分類されるそうで、
どっかのパーティー会場、ふれあい広場、
そんなものです(違うか)。
もし、すでに参加している人で、
森川を同士と思っている人がいたら、
適当にmy mixiに登録してください。
喜んで「承諾」いたします。
キーワード"muumuu"で見つかるはずです。


2004/06/22(火)
時事ネタ

さっぱりわからんけど、わくわくする。
「漁師テレポーテーション」←じゃないだろ、ATOK


大学にもなって、
こういう連帯責任とならなくってもいいだろう。
何かというとすぐ「連帯責任」にしてしまう
体育系の考え方は危険思想ですらある。
「連帯責任」


「いいところ取りは許さない」って、
あんたが言っちゃダメ>ナベツネ
「近鉄、オリックスの合併」


「ほぼ日」の「おもしろ魂
の内容は、ホント身につまされるのよ。
みんな同じところで、闘ってるんだなぁ、、、と毎回しみじみ。
ほんと「畑がやせる」ってのが一番怖い。


2004/06/21(月)
アラン、ケイ、するどい

さすが、アラン・ケイ、するどい。
今から500年前の中世ヨーロッパにでかけていって、
グーテンベルグが発明した
印刷術を評価することを依頼されたとしよう。
たぶん、われわれは自信を持って、
印刷術は普及しないと断定するにちがいない。
その理由は次のようになる。
第1に、印刷はきわめて高価であるから
写学生の筆写に価格面で太刀打ちできない。
第2に、ほとんどの人が読み書きを知らないのだから、
複製を大量に必要とする市場がない。
第3に、15世紀当時は、
本当に重要な問題は宗教に限られており、
個人のプライベートな内面の思想の問題であったため、
これは印刷物によって伝達できる内容ではない。
それ故に、印刷術は絶対に普及しない。
普通の観察力と判断力を持つ人ならば、
かならずやそう断言したであろう。
「アラン・ケイ」(アスキー、1992年)より

かように、
現在と未来が同じであるという
前提にたったマーケッティングなんて、
未来予測に役に立たない。
そんな例はいっぱいある。
しかし、今の市場にないもの=ダメみたいな論調で
語られる会議は多い。


2004/06/18(金)
悩み所

ここのところ、コンシューマーゲームの企画を頼まれて、
PCのソフトにしませんか?と逆提案することが多くなった。

昔は、PCだと2万本で大ヒット、
コンシューマーゲームは売れなくても5万本、
50万本売れてもスマッシュ・ヒットと言われていたから、
PCでソフトを作る理由
(少なくても経済的な理由)はなかった。
しかし、今では、
コンシューマーゲームの売り上げも
1万本を切ることもざらだから、
売り上げ数の差はほとんどなくなってきた。
それよりも、
コンシューマーゲームでは、
おなじみのタイトル、
おなじみのスタイルのゲームしか売れない。
ファミ通.com売り上げランキング
そうでなくても数も出ない、目新しいモノも売れない。
また、マシンスペックがあがるのにあわせて、
制作コストは高くなる一方で、
PCソフト制作の数倍のコストがかかる。
売り上げ数は変わらないけど、コストはだんち。
おまけに、目新しい企画が求められていない。
そうなると、よほど根性を決めたクライアントとでないと、
とてもコンシューマーゲームにはつっこんでいけない。

ただ、PCではゲームが売れるかというとそうでもない。
コンピュータ・ゲーム自体が飽きられている感がある。
あるいは、
インドアーでモニターに向かってゲームに興じる姿が、
かっこわるく不健康に見えてきたということもある。
だから、
PCのゲームにしませんか?ではなく、
PCのソフトにしませんか?
と言うことになる。

ソフトとゲームの違いを説明するのは難しい
(というか自分でもわかっていない)が、
軽量、手軽、コミュニケーションツール、健康的、役に立つ、
そんなあたりが違いのキーワードかなぁと思う。

こうして背理法的にPCを選ぶという考え方は、
あまり健康的じゃない。
実際に、PCがベストなチョイスだと思えないでいる。
携帯電話か?という思いもあるが、それもちょっと違う気がする。
違うのはわかるけど、これだというのがわからない。

やれやれ、むつかしい問題だ。


2004/06/15(火)
ツメとれた

置物のカドに足の小指をひっかけた。
誰もが経験しているあの痛さ。
(人は一生で平均7回足の小指を骨折しているらしい)
ひっ~~と思って見てみると、なんとツメまではがれてる。
これは!
とすぐに携帯電話を持ってきて写真をとって、mixiにアップ。
(しかしつくずく電話じゃない>携帯電話)
で、ほっと一息。って間違ってるな。
それにしても、人間って不思議だ。
ダメだとわかっていても、
取れたツメとかもう一度つけようとしてしまう。
(たしかに血糊とかでくっつくんだけどね)
再生への望みっていうより、
淋しい、怖い、手持ちぶさた、混乱、そういう理由っぽい。

オリックスと近鉄の合体。
ノーコメントのナベツネの口元が緩んでいる。
それにしても、
なんでシーズン中にこういう発表やるんだろうなぁ。
一生懸命、舞台やっているのに、その脇で
「うちの劇団、合併することにしました」
とかやるみたいなもので、
試合をしている選手がかわいそうだ。
それにしても、「近鉄やなくて金欠やろ」と
こんなときでもギャグを飛ばす大阪(近鉄)ファンもすごい。

心の不調が体の不調を呼ぶことは、
最近よく語られるので誰もが気にしている。
が、体の不調が心の不調を呼ぶことについては、忘れがちだ。
せいぜい病気になったとき、
気弱になるくらいのことしか自覚がない。
しかし、実際は、
疲れ、病気、怪我、運動不足などが、
判断力、想像力、記憶力、集中力、
感情などに大きな影響を与える。
脳が体に影響を与えることがあっても、
体が脳に影響を与えることがない。
そう考えるやすいのは、
(考えるの主体である)脳の傲慢だ。
健全な体に健全な精神が宿り、
健全な精神が健全な体を維持する。


2004/06/11(金)
もろもろ

最近、mixiに書き込むことが多くなってしまって、
ここがだいぶおろそかになっている。
それにしても、普段の生活では、
あの人は顔が広いとか漠然とした友達量というのはあっても、
それが数値で表れることはない。
mixiやorkutなんかでは、
友達の数(もちろん現実の友達数と同じではないけど)
が数字で表される。
数字がないうちは誰とか平均値とかいうものと
比較することがなかったので、
あまり気にもしてなかったんだけど、
数字で見比べられるようになると、
いかに自分に友達が少ないかわかる。
友達とまでいかなくても、
なんでみんなあんなにたくさんの知り合いがいるんだろう。
(みんな50~100人くらいいる)
不思議だ。

なんでもかんでも、
こうして「平均値」が数字で見えるようになるのは、
決して幸せな事じゃない。
こういう数値があふれているために、
ぼくらはずいぶんと穏やかでない気持ちにさせられる。
結婚適齢期、平均年収、貯蓄高、身長、
体脂肪率、×××経験数、ソフト所有数、、、
その数値自身が正確でもないし、平均値の意味もないし、
他人との相対的な数の大小にも意味がない。
小学校の算数では、
こうした数字との向き合い方みたいなものについても
ちゃんと教えないとダメだろう。

で、ちょっと計算。
自分の普通度をこうした計算で出すと、
誰もがすごくレアな人間であることがわかる。
日本の人口を1億2767万人で計算すると、
メガネをかけている人 6500万人(51%)
働いている男 3934万人(31%)
血液型O型 3720万人(31%)
薄毛 1257万人(21%)※男性のみで計算
非飲酒 6000万人(47%)
岐阜県人 211万5336人(17%)
macユーザー 400万人(20%)※インターネット人口で計算
それでも、
0.51*0.31*0.31*0.21*0.47*0.17*0.2=0.000164471
1億2767万人*0.000164471=20998人
自分と同じような境遇の人が、20998人いることになる。
へぇ~。
もっとも、だいたい、
15,16個のパラメータを用意すると
誰でも「自分だけ」になる感じだ。
つまり、
パラメータ1*...*パラメータn<=0.000000007
になったときの、nの値がその人のレア度となるわけか。


2004/06/09(水)
代理出産

ムームーを解散する夢を見た。
最期に見た夢だったのか、
それで起きてしまったのかわからないけど、
かなり鮮明に覚えている。
ムームーを解散するつもりは全くないつもりなんだけど、
「そうかあ、そういうことで、ムームーを解散するのか」
とその意外に理由に、ショックだったり納得したり。
意識の上ではまったく解散を意識していなくても、
無意識下では、いろいろ「心の準備」をしていたのだなぁ。
さすがにその理由はうちのメンバーにも語れないなぁ(笑)。

日本の法律では、産んだ人が母なんだ。
生物的にはもちろん遺伝子的なつながりが
母(と父)なんだけど。
技術的な話で言えば、そんなに遠くない将来、
人工子宮が開発されるだろうから、
人間が産むということは減るのかもしれない。
そうなると、産んだ人工子宮が母ということになってしまう。
そうでなくても、もう少し代理出産の技術が進歩すると、
遺伝子的な母、産む母は分業化される可能性がある。
今もって妊娠、出産の苦痛と危険はとても大きいからだ。

逆に、仮に受精卵の「提供者」が母だとなっっとしても、
やっかいな問題はまたまた起こる。
「空の卵子」が作れるからだ。
卵子の核(遺伝子)をとりのぞき、
そこに別の1対分の遺伝子を組み込み、
電気的なショックを与えてやれば受精卵となりうる。
ゲイ同士の夫婦が互いの精子の遺伝子を使って、
受精卵を作りたいと願うかも知れない。
そうなると、空の受精卵の「提供者」が母となるのも、
これまた問題がでそうだ。

では遺伝子の「提供者」が母(と父)とすると
問題は解決するかというとそうでもない。
現在(そしておそらく将来も)
人間のクローンを作ることは禁止されていが、
核を取り除いた卵子に体細胞の核を組み込んで、
受精卵を作り上げる技術は、グレーゾーンだ。
つまり
空の受精卵を使って、
自分だけの遺伝子でできた子供を作ることができる。
そうなると、
1人の人間が父であり母であるということも起こりうる。

例の宮内庁の発言とか見ていても、今だ
女は子供を「産む」のが仕事。
みたいな風潮がある。
上の法律の「鈍さ」も、
そういう価値観が根底あるがためと言えなくもない。
女は子供を「産む」のが仕事だという価値観と、
自分だけの遺伝子だけを使った子供がほしい
(=女の遺伝子は不要)という価値観には、
そんなに距離がないところが危険だ。


2004/06/08(火)
いちば

相変わらず、朝起き。
時差ぼけっていうより、
ただの早寝早起きになってきているあたりが怖い。
(1)
別にというか全然鈴木あみのファンじゃないけど、
ある意味、芸能界村*0.8にされた鈴木あみの戦略は、
レコードが売れない時代の突破口になったりするのかもね。
金、コネ、人なしなら頭を使うしかないし、
金、コネ、人がないなら失うモノもないので、
その分、発想力と機動力が増すというものだ。
生物の進化の大きな変革は、
いつもそうやって行われてきたような気がする。
(2)
知り合いがみんなmixiで日記を書くようになって、
ご本家サイトの更新がすくなくなった。
なんだよおと思うけど、たしかに自分のHPで書いているより、
mixiで日記を公開している方が人に読んでもらえる機会が増える
(一部の有名人をのぞいて)。
それに、更新やメンテナンスなんてのはmixiがやってくれるし、
「足あと」(見に来てくれた人の履歴)や友達の日記更新レポート、
それに日記にコメントをつけられる機能など、
個人のHPよりはうんとラクチンでリッチだ。

こういう機能をもつブログ系のサイトなら山とあるが、
やはり集まる人の数というのが問題になる。
某人気サイト主宰のI氏が言っていたけど、
「人さえ集まれば、たこ焼きだって(大きな)商売になる」
ってことだ。

ある意味、残念ではあるけど、
短期間にたくさんの人が集まる場を作るのは、
個人レベルの力ではなかなかむつかしい。
mixiくらいの人と金と知恵が必要だ。
つまり、ちゃんとしたそれ専用の企業が必要ってことだ。
(3)
商品が売れない時代になると営業と販売の声がでかくなる。
営業も販売も「今日の数」が実績となるから、
今現在売れているモノが一番と考える。
当たるか当たらないかわからない新規より、
二番煎じのほうが、仮に本家の6割くらいしか売れないとしても
確実な数字が見込めるので、ありがたがられる。
結果、シリーズモノばかりが棚をしめ、にぎわいがなくなる。
しかし、にぎわいのないところに人は集まらない。
買う人も集まらないし、作る人も集まらない。
パブリッシャーは買う人の減少ばかり気にしているけど、
もっと怖いのは、作り手の人材不足のはずだ。
にぎわいのないところから、新しいモノは生まれない。
(4)
売れない原因はよく開発者の能力のせいにされる。
もちろんそれもあると思うが、
開発者と消費者の好みや望みは近い気がする。
問題は開発者と消費者の関係が「断線」していることだ。
開発→営業→販売→購入という伝言ゲーム構造の中で、
開発者と消費者の間のコミュニケーションが「変質」する、
あるいはコミュニケーションが「断線」している気がする。
開発→購入という産地直産系の仕組みが必要だ。
(5)
(1)~(4)の方程式を解いたポイントに、
市場(「しじょう」じゃなくって「いちば」)
を作らないといけない。
別に新しい考えでも何でもない。
楽市楽座からコミケ、フリマまで、
にぎわいの場はいつでもそうなっている。
この仕組みの弱点は、
同じアイテムを大量に売りさばく仕組みに
成長しにくい点だけ思うけど、
同じアイテムが大量に売れる時代なのか、
同じアイテムが大量に売れることがおもしろいのか、
同じアイテムが大量に売れなきゃ、
やってけない仕組みにこそ問題があるのではないか、
ってことだと思う。


2004/06/04(金)
食事的晩婚

ある本を読んでいたら、
自信を喪失している時に失敗が多いのは、
「弱気」「心配性」なんて言葉があるくらいだから、
抑制する働き(ばかり)が強くなるからだと思っていたら、
そういうものでもないらしい。
例えば、
スランプ中の運動選手は、絶好調中の時に比べて、
各筋肉、感覚器の運動を抑制する働きが
取り立てて強くなるわけではなく、
むしろ絶好調の時期のほうが抑制する働きが強まるそうだ。
それに対して各筋肉、
感覚器を興奮させる働きは、スランプ中に弱くなり、
絶好調中にはつよい。
つまり、絶好調中は、興奮と抑制、どちらもつよく、
スランプ中は、そのどちらも弱いと言うことらしい。

心の動きにメリハリがない、感動も感激もない、
そういう心が平らになっちゃってる時が
スランプということらしい。
なるほど、
どーして自分がスランプなのかよくわかった気がする。

外での打ち合わせまでに、
1.5時間くらい空き時間が出てしまったので、
昼飯を食べよう、
どーせなら行ったことのないイイ店を見つけようと、
1駅前で下車して歩きながら探そうと思った。
10分もしないうちにイイ感じの店を発見。
でも、まだ10分しか経っていない。
時間に余裕がある。
もっとイイ店があるかも知れないと入るのをやめる。
買い物ならいくらでもできるが、ゴハンはそーはいかない。
よほどのことがない限り、昼は1回のみだ。
さらにしばらく行くとまたイイカフェ飯屋があった。
ここでも十分OKと思いつつ、まだまだあるかもと先に進む。
(ちなみに、恵比寿から目黒に向かって路地裏を歩いていた)
さすがに駅と駅の間くらいになると、イイ店がない。
っていうか店自体が少なく、候補となるモノがない。
でも、このまま歩いていけば、
目的の駅の近くに出るわけだから、
そー焦る必要もない。
と思いつつ、ゆっくりしたテンポで歩いていたので、
目的の駅に着いたときには、残り時間は1時間を切っていた。
そろそろ店を決めないと、
食べたあと慌ただしいことになりそうだ。
と店を物色。
それなりにイイ店もあるんだけど、
前の駅のあの店をやめておいて、これってーのはいかがなものか
と思うと踏ん切れない。
そうして、だいたいお察しの通り、
結局そのあとこれはという店はなくって、
焦って入った店は大ハズレだった。
あとで考えてみれば、
目黒にとイイ店がなかったわけではない、たぶん(笑)。
もっと先には良い店があるかもしれないという期待と、
ここまで来たら、
中途半端なところで妥協するのはイヤだという強情と、
さらにいっそ昼を抜いて
ダイエットするのもいいのかもという開き直おりで、
目の前のイイ店を選びきれなかった。
あるいは見逃していたんだろう。

食事的晩婚の結末だぁ。
まずい冷やし麺を食べながら、そう思った。


2004/06/03(木)
もろもろ

おとといのニュースから。
Q1:
昨日、女子トイレにいたものはつぎのうちどれでしょう?
1)ちかん
2)シマウマ

答え

Q2:
セカチューとは何のこと?

答え
※『ポケモン』の新キャラじゃないです。>

ふらりとN音社に遊びに行ってきた。
周りの人には意外がられていたけど、
Mさんとお会いするのはこれが初めて。
なんかすっごくカッコイイ事務所で
いかにも「夢の工房」って感じがした。
(そういうのを見ると引っ越ししたくなるんだよなぁ)
帰りにMさんのアイボに写真をとってもらった。
20040603.jpg

アニメ業界では、人材不足が深刻なんだそうだ。
金銭的、労働環境的に劣悪なのも大きな原因らしいが、
それ以上に、業界が不況で、
質の高いアニメを作る環境がないため、
(そこに夢が感じられなくて)、
いい人材が集まらないと言うことらしい。
金銭的、労働環境的が劣悪な業種なんていっぱいあるから、
やっぱり後者の方が問題なんだろう。
ゲーム業界はどーなんだろう。
今みたいな状況で夢を感じてもらえるんだろうか。
同じようなゲームしか出ないのは、
そういう発想しかできないというよりは、
そういうゲームしか企画が通らないことが原因だ。
そういう中で、みんな夢を感じていられるんだろうか?
もしいい人材が入りにくくなってきているのなら、
仮に世間の景気が回復して、
オリジナリティーあるゲームが
出せるような環境になったとしても、
その時には、
それを作れる人がいないなんていうことになりかねない。
不況下では、人が最大の資産であることが忘れられがちだ。

それとも、
既存のスタイルのゲームを作っているだけで
十分幸せなんだろうか?
そういやあ、かれこれ10年近くもゲーム作りをしているのに、
ゲーム製作の現場みたいなものを全然知らないや。>おれ

「インターネット上で、
容姿を傷つけられるような書き込みが複数回あった」
のが斬りつけた原因らしいが、
今の小学生ってネットやるんだと驚いている以上に、
「生身のコミュニケーションができるようになる前に、
コンピューター上でコミュニケーションを
取ることを覚えさせるのは危険だ」
みたいなことを真顔で語っている識者がいるほうが驚きだ。
おそらくこういう時大切な判断は、
この事件が何かしらの一般性を持った事例なのか、
完全に特殊な事例なのかという判断だと思う。


2004/06/01(火)
6時から男

結局の所、巨人が優勝してしまうのだろうけど(笑)、
こういう野球(以下)が優勝するとなると、
優勝までの過程が楽しめなくなるのでやめてほしい。
あと「育成感」がなくなるのがね、ヤダね。
巨人には、清原、高橋、小久保、ペタジーニ、ローズ、江藤と
6人の4番打者がいる
(守備の問題から全員が同時に出ることはあり得ないけど)。
仮に全員出場となると、
他にピッチャー、キャッチャーをのぞくと、
4番打者以外は1人となる。

朝6時起きが続く。
6時まで男が6時から男になってしまっている。
もう20年以上も午前中を持たないまま生きてきたので、
午前中にやることが見つからない。
(仕事はあるけど、午前中からモニター見るのもねぇ)
午前中からムームーに行くのも、
やる気満々な感じがしてイヤだしと、
mixiでウダウダしたり、課題の『ケロロ軍曹』見たり、
掃除したり洗濯したり、ネコのブラッシングしたりして、
(今日は雨でこれもできない)
まるでリタイア後の無趣味なお父さんみたいに、
あるいは、
余命を持てあます老人みたいに時間を潰して過ごしている。
どっかのNPOにでも入りたい気分だ。

もし、日本人全員がmixiに加入したらどーなるんだろうか。
友達リストが増えるとも思えないので、
いっそう「友達少なっ!」感が強まるだろうか。
知っている人と知らない人の比率のバランスが変わるから。
あるいは、マイナーな趣味(コミュニティー)を共有できて、
孤独感から救われる機会が増えるのだろうか。

潜在的な可能性と実際の自分の成果。
この比率で自分の能力、幸不幸を査定すると
あまり楽しい結果は生まれない。
とくに情報化社会が進むと潜在的な可能性は肥大するが、
(もっともこれは幻想なんだけど)
自分の成果はそれによって拡大することはほとんどないから、
余計だ。
何かで読んだけど、
あるOLが家に帰って、
メーラーを開いたら新着メールが一件もなくて
すごく孤独だったそうだ。
インターネット(電子メール)が普及すると、
潜在的な可能性としては、
100万通のメールが来てもおかしくない。
そうイメージすると、
情報化社会が人と人をつなぎやすくするたびに、
どんどん人を孤独にしていく。




« 人間風車: 2004年5月 | | 人間風車: 2004年7月 »