人間風車

2004/10/29(金)
窓を開けて新鮮な空気をいれる

ムームーは、
登っているんだろうか?
広がっているんだろうか?
深くなっているんだろうか?
おもしろくなっているんだろうか?
それとも下がっているんだろうか?
弱くなっているんだろうか?
つまらくなっているんだろうか?
貯金通帳だけで考えれば一目瞭然なんだけど(笑)、
それだけがすべてじゃないと思う、、、思いたい。
自分たちの今ってのは、
意外と自分たちではわからないもんだなぁと
つくずく思う。
なのに、そこを見誤ると大変だ。
冷静に客観的に自分たちの力を評価せねば。

来年四月でムームーは10年目を迎える。
おもしろいもので、
人間でも組織でも10年っていうのは、
一区切りになる。
1つのことを10年もやってくると、
慣れてくる、うまくなる半面、
だれてくる、あきてくるという面も現れる。
10年目ってのは、
窓を開けて新鮮な空気をいれるタイミングなのだと思う。
変わらなければならないポイントになると思う。
変わらなければ、そのまま静かに落ちていく気がする。
問題は、どう変わるかだ。
いや、どう変わりたいからだ。
こういうことはあまり理屈で考えない方がよさそうだ。
まだ全然おもいつきレベルだけど、
きっと仲間を増やすような気がする。
ただそれはグラフィッカーや
プログラマーじゃない気がする。
特別な技術はなくてもいい、
おもしろい頭さえもっていればいい、
そんな仲間を募集するような気がする。
ェネレーションギャップがあるほうが
おもしろそうな気もする。
ひょっとしたら、
もう一つ組織が必要な気もしている。
ムームーとは別に強力なというか、
おもしろいグラフィック集団を作ってみたい気がする。
誰かを育てながら一緒に育っていきたいという気持ちもある。
自分がチャンスを得るためにとても回り道をしてしまったので、
次の人たちが少しでも効率的にチャンスが得られるように
手助けもしてあげたい。
そのために、
なるべく拘束の緩いエージェント的組織がほしい、
というか必要な気もしている。
もう一つ、
パブリッシャーや既存の物流に頼らないで、
自分たちの作品を売っていくシステムも考えないといけない。
いや、ひょっとしたら、
パブリッシャーとの新しい緩やかな関係というものかもしれない。
大事のような気もするし、意外と近くにあるような気もしている。

どれもこれも自分の中ではつながっている気もするけど、
まだ全然ちゃんとはなせる段階ではない。
(のに、書いちゃってるおれ)


2004/10/28(木)
PSP発売

PSPの値段と発売日が発表になった。
安い!(発売日が思ったより)早い!
なのに、
ちまたでは、
今ひとつ盛り上がってないってことで盛り上がっていた。
さすがにね、
大切なのは箱じゃなくって中身(ソフト)だってことが、
みんなわかってるから、受け取り方もクールなわけですな。
たしかに、
同時発売されるソフトを見ていると代わり映えがしない。
(DSも同じだけど)
昔はハードと同時に出すとたくさん売れるという
先駆者メリットがあったけど、
今ではそれはあまり期待できない。
一方、ハードの機能があがったりして、
ハードと同発の開発はしんどくなる一方。
(下手をすれば、そうでない場合より
5割り増しの苦労があるんじゃないのかな)
となると、
どこもハードや他社さんのソフトの売れ行きの
様子見をしてからってスタンスになる。
安全策として作れるもの、出せるものといったら、
既出のソフトってことになる。
それがまた消費者をしらけさせて、同発が売れないという、
ここでも負のスパイラルがはじまっている。
今ひとつ盛り上がらないのはそんな理由からだろう。

ま、うちは関係ないですけどね。
いつだって既出もんはないし、開発はいつも大変だから。

さすがにおおかたの人は、
同じ気持ちをいだいているんじゃないだろうか。
『イラクに自分探しの旅』
自分探しが自分失いになってどうする。
ただ、死に値するほどの「間違い」ではないので、
生きて帰ってきてほしい。
んで、機会があったら小一時間しかってやりたい。

ずっと打ち合わせをしていたので、
人質救出劇を見ていなかった。
いっつもそうだけど、
加害者の人権(個人情報)は守られるのに、
被害者の人権は全く守られないというのは不思議で仕方がない。
他人さんまでには知られたくないという
被害者の方だっているはずだ。

それはそれとして、
死なない人がいるもんだとつくずく思う。
後付でいくらでも科学的理由はつけられるかもしれないけど、
もっと違う何かがあるとしか思えないくらいだ。
この間のマンションから鯉のぼりダイブをした人もそうだし、
日航機墜落の時もそうだし、
単純に確率や偶然の問題なのかもしれないけど、
「我々は生かされている」
という言葉が妙にリアルに感じられる時だ。

資源といえば鉄鉱石や石炭、石油ってつい思いがちだけど、
「日本には水という資源があります。」
とあるアナリストが言っていたのに、なるほどと思った。
中国もアメリカも地下資源はいっぱいあるけど、
すでに深刻な水不足に陥っている。
その傾向は年々高くなる。
日本は(注意深く開発をしていけば)
地形的に水不足になりにくい。
この水を資源として(付加価値をつけて)売り込む。
っていう方向の商売はアリなような気がする。
ミネラルウォーターを売るくらいの安易なアイデアじゃ、
ダメだと思うけど。


2004/10/26(火)
タイトル

タイトルをつけるのが苦手だ。
が、今仕掛かっているゲームはめずらしく、
完成まで60%状態の段階(当社比)で、
いい感じのタイトル案が出た。
これでなんとかいけそうな感じだ。
こういうことはホントめずらしい。
『アストロノーカ』だって『ここ掘れ、、、』だって、
『コスモぐ』だって『くまうた』だって、
ホントぎりぎりのタイミングでタイトルが決まった。
『がんばれ、、、』に至っては、
ゲームショーでパンフレットを見て初めて知ったくらいだ。
(ちなみに開発段階でのプロジェクト名は、
『ハーベスト』、『PINX2』、『アストロN』、
『演歌2001』、『PINX』だったりした)
本もそうだ。
今回の本も入校2日前に決まった。
いっつもそんな感じなので、
今回の場合はとてもレアだ。
ってことはまだどんでん返しがあるかもしれない。
(商標登録されてたりとか)
完成はまだ先だ。

現状は個々のイベントがどんどん組あがっている状態だ。
まだバグだらけだし、チューニングもされていない。
全体のつながりもバランスも取れていない。
でも、紙の上の仕様がどんどんプレイできる段階なので、
とても楽しい。
最初の企画を考えるときが第一弾、
この段階が第二弾目のゲーム作りの醍醐味だ。
そして、後は地獄が待つばかり(笑)。


2004/10/25(月)
見えなくなってしまった変数

アインシュタインが、
どうもミクロの世界の振る舞いが、
量子力学的な解釈、
つまり世界は確率的(曖昧)に成り立っている
と考えた方の方がうまく説明がつくとわかってきたとき、
そう見えるのは、
まだ我々がすべての法則(変数)を
見つけだしていないからだと言って
がんと受け入れなかった話は有名だ。
(この話は知らなくても「神はサイコロを振らない」という
彼の言葉を知っている人は多いだろう)
彼の主張はその後、ベル(の不等式)によって、
そんな変数は存在し得ないと証明されてしまうわけですが、
先端物理の問題でなくても、
我々はこのときのアインシュタインのように、
既存の、あるいは自分の価値観に執着してしまって、
根本から考え直すということがうまくできない
ということは多いような気がする。
成功体験で失敗するというのも
同じような話なんだろう。

「ゲームが売れなくなったのは、
過去のヒット作のような
壮大で質の高いソフトを作れなくなったからだ。
もし、そういうソフトが作れれば、
今でもミリオン、ダブルミリオンは可能だ」
という熱弁を聞いて、ふとそのことを思った。
たしかに、今でもミリオンを越えるヒット作はある。
しかし、2003年度で新作で100どころか20万本を越えたのは、
たった4本だったらしい。
それは従来のヒット作の持っていた「見えない変数」を
制作者がつかんでいないからだというわけだ。

時代が変われば価値観も変わる。
ゲームのジャンルだけでなく、
遊びというもの自体に対する考えから変わる。
「ゲームはこう作るべき」とか
「こういうゲームが売れる」なんていう
不動のセントラル・ドグマなんてのは存在しない。
そんなことは、誰でも気が付いている問題だけど、
そう言ってしまうと急激に問題がややこしくなる、
不透明になり、不可解になり、不確実になる。
売れていた頃だけを参照して
「見えなくなってしまった変数」を探し出そうという方が
統計と解析を駆使すれば見つけられそうで、
なんとなく、うまくいきそう気がしてしまう。
自分で探し出す必要のない立場なら、
「見えなくなってしまった変数をさがせ」と
いうほうが断然楽だ。

けど、結局、そうではないんだろうな。
そんな変数なんて、きっと存在しないんだろう。
アインシュタインも、
薄々はそう気が付いてたんじゃないだろうか。


2004/10/22(金)
超機能ボールペン(byDIME)

携帯電話の多機能化に目を奪われているうちに、
あらら、ボールペンも多機能化してるじゃないですか。
(以下、DIMEネタ)
・静電気除去機能付き
・USBフラッシュメモリー付き
・カードリーダー付き
・デジカメ付き
・マイナスイオン発生機能付き
・身体のイオン電位バランスを整える機能付き
 (わけわからん)
・ポストイット付き
・3色ボールペン+修正テープ付き
 (上2つが唯一文房具らしい機能)
・歩数計とカロリーメータ付き
・MP3プレイヤー機能付き
・ボイスレコーダー機能付き
盗聴器発見機能付き
 (いかすぞ!笑)
どれもこれも携帯電話にもほしい機能だ。
意外に、
・細字太字、油性水性切り替え機能付き
みたいなのがないというのは不思議だ。
っていうか、うかうかしていると、
・携帯電話機能付き
ボールペンも出そうな勢いだ。

MIXIですらもてあましているというのに、
今度はrecommuniだ。
まださっぱり意味がわからないんだけど、
主催者によれば、
recommuniは、ソーシャル・ネットワーキング・サービスと、
音楽ファイルのアップロードやダウンロードを楽しめる
音楽配信サービスを合わせ持った
「参加型音楽配信コミュニティ」で、
コピー・コントロールのない音源ファイルをやりとりし、
会員それぞれが音源ファイルをアップロードし、
他の会員がそれを自由にダウンロードできる
というサービスらしい。

これだけだと瞬間的に、
P2P系の違法コピーを連想してしまうけど、
アップロードされた楽曲は、
権利者の許諾を受けるまでは
配信可能(ダウンロードできる状態)にならず、
(許諾が得られないで配信できないこともある)
その権利処理はrecommuniが行ってくれる。
という方法で、
著作権問題をクリアーしようとしている
野心的なサービスだ。

音楽もゲームも売れない理由の一つに、
流通の問題と違法コピーの問題がある。
これらをうまく解決できるかもしれない、
1つのおもしろいアイデアだと思う。

ゲーム業界もこういうこと考えてほしいよ。


2004/10/21(木)
もろもろ

それにしても今年の台風の数には呆れる。
どーでもいいけど、
台風一過という言葉を忘れないでほしいです。

どういうわけだか、天気のことになると、
どんなにひどい天候でもノホホンとした気持ちでいるけど、
ここんところの異常を見れば、
ほんとマジで、
地球レベルで環境がヤバイことになっている
ってことなんだろう。
環境破壊の問題、
地球温暖化の問題、
食料と水の不足の問題、
テロや貧困や戦争の問題、
人口密度やその構成の問題、
エネルギーや資源消費の問題、
いろいろな問題がまとめてドッカーンと来そうな感じだ。
いろんな経済学者や生物学者が個別に、
2040年あたりがヤバイ(限界)っていっているので、
そのあたりが地球の限界か。
なんか自分の生きているだろう時間
と同じくらいの尺なので、
なんだか妙な気持ちだ。

微妙だなぁ。いかんことはいかんけど。
「やくざが勝手に桜を植樹事件」
そういえば、小学生の頃、
川をせき止めるのに飽きたらず、
堤防に穴をあけて町に水を引こうと堤防を掘っていたら、
河川監視員にこっぴどく怒られたのを思い出した。
ちゃんとパトロールしてるんですよねぇ。
(今考えると、
小学生の力で堤防に穴があけられるわけないので、
あんなに怒るこたぁなかったのにと思わないでもない)


2004/10/19(火)
足すことで何がなくなってしまったのか

ソフトバンクがダイエー買収に乗り出す。
前になんで孫さんが新球団設立競争に出てこないのか
不思議だと書いたけど、
そういうわけだったのか。
後出しジャンケンも老舗が一枚上手ということか。
全くどこも「すずめが見つけてハトが食べる」だなぁ。

いつの間にか家の近所に
ブックオフのバッタもんみたいな古本屋が出来てたので、
ふらっと入ってみたらなんと自分の本が置いてあった。
初めての平置き。
と喜びも微妙なり。
そんなことがあって、
そういえば『マッチ箱の脳』の一節が、
岩手県立大学のH16年度の入試に使われてたのを思い出
した。
意外と自分でも解けなかったりすんですよね。
試したい人は問題がダウンロードできるのでどうぞ。
ソフトウェア情報学部推薦入学/社会人特別選抜/
総合思考力試験/8-14ページ


昔話の原話を現代風に
わかりやすく小説風に仕立てたって本ってのが、
今の風呂本なわけですが、
これがいまいちなんですねぇ。
(おそらく?話では語られていないだろう、
主人公の心理や背景描写とか、
起こっている出来事の詳しい描写なんかが、
かえって何かをなくしてしまっている感じだ。
たとえば、
「山姥が男をパクッと人のみにしてしまった」

「山姥が男をがぶりと噛んで、肉を引きちぎり、頭を割り、、、」
といった感じで書かれているのだけど、
たしかにそのほうがスプラッタな描写にはなっているし、
状況はよくわかるのだけど、
怖くないんだよねぇ。驚きもない。
足すことで何がなくなってしまったのか。
わかりやすく伝わりやすくしたことで、
なにが伝わらなくなってしまったのか。

細かく語ってしまうことで、読者の想像力を奪ってしまうためだ。
たしかにそれもあるだろう。
細かく語る、つまり作者の想像の範囲に縮小されてしまっている。
それもあるだろう。
が、まだありそうな気もする。
ここらあたりは、ゲームなんかも犯しやすい過ちなので、
もう少し考えていこう。


2004/10/15(金)
どこも同じ苦労

K社の方がわざわざ来社してくださって、
ご飯までごちそうになりながら、
昨今のゲーム業界事情についていろいろ話した。
どこも同じとこで苦労してるんだなぁというのが第一印象。
1)新機軸のゲームを出さないまずいぞという危機感
2)新機軸のゲームの企画を通すことのむつかしさ
が年々増大している。
という、もう100万回くらい話した内容。
さらに最近では
3)新機軸のゲームでも(だからこそ)売れない
という事実が加わって、
さらにやっかいなことになっている。

TVゲームもまたボウリングやビリヤードみたいに、
一時的なブームだったのだろうか。
そして、現状のユーザー数も、
現在のボウリングやビリヤード同様の
「生き残った」ユーザー数っていうことなんだろうか。
それならそれで仕方がないが、
それだったら
今のような巨額の投資と巨額の回収作戦が
通用しにくくなる。

「熱中すればするだけ飽きる」は心理学の定説だ。
ユーザーの嗜好は変化し続ける。
昔のセオリーが今正しいとは限らない。
今、質のいい金平糖を作っていたって、売れないのと同じだ。
景気のよかった時代のセオリーを使えばいい
という簡単な話ではない気もする。

ファミコン時代のゲームが売れてるというのがあるけど、
これは、
1)ノスタルジックな動機
2)説明書を必要としない簡単で軽い遊び
3)値段が安い
が受けているという要因を無視できない。
2)は映画の上映時間が年々短くなる、本が薄くなっている
3)はDVDが2000円台、CDが1000円台になっている
という動向と同期しているのかもしれない。

おいしい韓国料理をいただきながら、そんなことを考えてた。
あいかわらず、
じゃあどうすればいいかはわからないまま。


2004/10/14(木)
ラマルジャン

そういやあ、この間の台風。
神奈川あたりはかなりひどかったけど、
誰もたまちゃんの心配をしてなかったなぁ。
元気だろうか。

クマかわいそうだけど、
1万個も食べちゃダメくまー(笑)。

無限の天才
数論好きの人なら、
ハーディの名前は知っていると思うけど、
そのパートナー?であったラマルジャンについては
あまり知られていない。
なので彼に関する本も少ない
(たぶん一般書では2冊)、
なので高い。5500円!

ラマルジャンは32才の生涯で、
3000~4000の公式、定理を発見したらしい
(すごいと言われる数学者でも
生涯3桁の定理を見つけ出すのは難しいらしい)。
らしい、というのは、
彼はそれらを論文の形で発表しているわけではなく、
ノートに結果だけがメモられているだけであり、
しかも独自の表記法なので、
判別や整理が難しいらしい。
どうしてかというと、
彼は数学の高等教育を受けていないからだ。
そのため、なんと、
彼は自分の見つけた定理を数学的に証明できなかった。
(直感的に「最終形」だけを見つけたらしい)
そこで、ハーディーが彼の見つけた定理を数学的に証明した。

彼の天才性(直感性)の逸話としてこんなのがある。
14の時、意地悪な先輩からこんな問題を出された。
1)√x+y=7
2)√y+x=11
一見簡単そうに見えるけど、実は4次方程式。
このフォーマットに対応している
特殊な定理を使ってしか解けない(らしい)。
それを彼は30秒で解いてしまったらしい。
彼の考察はこうだった。
方程式の形からして、
どうもx,yとも平方根(なんかの2乗)のような気がする。
そこで、適当にx,yにいろんな平方根の値をはめてみた。
30秒後、x=9,y=4がぴったり当てはまることを発見した。

だいたいイイ難問というのはそうなんだけど、
後で聞くとなんだそんな簡単な方法かと思うことが多い。
上の問題でも、
数字Aと数字Bを足したら、整数(7,11)になっている。
しかも√に入った数字と整数を足したら整数になっている。
そうなると√に入っている数字も整数である可能性が高い。
√に入っていて整数になるということは、
いずれかの数字の2乗数でなければならない。
さらに、足すと7か11なので、
どちらもそれより小さな数でなくてはならない。
となると、そういう整数の組み合わせは意外に少ない。
と考えると、意外と簡単な問題に見えてくる。
(といっても、凡人の暗算速度じゃ間に合わないけど)

なまじっか受験数学ができる人は、
上の4次元方程式を解こうとしてドツボにはまるだろう。

ただし、
この方法、学校の数学のテストでは点数もらえない。
答えにいたるまでの道筋が説明されていないからだ。
学校で習った通りの道筋を暗記し、
それを利用する以外には点数がもらえない。
別の道筋を考える習慣を奪う。
そうした数学教育は、
数学の本質から大きくはずれている気がする。


2004/10/13(水)
リアル・ショップ

年を取ると他人のイイ言葉に感心することがホント多くなる。
20代のころなんて、
年上の人の言葉なんて、何の役にも立たないと豪語してたのに。
歳に比例していろんな「場」を経験するので、
そういう言葉に共感する場合も増えるんだろう。
そんなネタを1つ。

よく
「あなたの仕事は実力何割:運何割ですか?」
という質問を受ける。
「そうですねぇ」と考えてみるものの、
そんなん測れるわけがない。
それに対して漫画家の故福地泡正
(この字でいいんだっけかな)は、
「(麻雀は)実力100%、運100%」と言い放っていた。
足すと200%になってしまうんだけど、
確かにそういうものかもしれないと思った。
トップ・プロっていう人たちは、
常に足して170%くらいの数字を出している気がする。
仮に実力70%:運30%だったら、
計100%(の仕事)になる。
なんてことはほとんどなく、
その場合は(低い方の)30%の仕事にしかならない、
あるいはよくて(平均の)50%くらいにしかならない。
という感じがするんだけど、どうだろう。

最近、買い物が激しいとよく言われるけど、
そういやあ、数年前まではホント買い物しない人間だった。
何かあったのかなぁと他人事のように思っていたけど、
よく考えたら、今でも、
リアル・ショップではあまり買い物をしない。
最近、バンバン買っているのはネット・ショップばかりだ。
つまり、何か買いたいアイテムが増えた訳じゃなく、
ネット・ショップという遊びが増えたということらしい。

最近では、おもろいアイテムを教えてくれる人が、
楽天やアマゾンのURLを書いといてくれるもんだから、
ホント始末がわるい。
とくにアマゾンやアップルストアーは「1-click」があるから怖い。
1回クリックするだけで、G5 DUAL 2.5Ghz
だって買えてしまうのだから怖いったらありゃしない。
昔は、ネット・ショッピングのネックには、
1)カードナンバーの盗用などの不安
2)住所などの記入のめんどうさ
3)買いたいアイテムを売っている店を見つけるめんどうさ
があったが、
暗号化技術の進歩、ネットショップのシステムの向上、
検索エンジンの強化であっという間にクリアされてしまった。
その上、値段の比較もできる、
ある程度まとめて買うと輸送代もかからないところが多い。
買ったものを持ち歩く苦労もない。
だいたい、すぐその瞬間に必要なんてものはそうはないし、
ということで、
手触りとか身につけたときの感覚が大事なアイテム以外は、
みいんな通販にしてしまいそうな気配だ。


2004/10/12(火)
自分の物語

台風のニュース、ちょっと脅かしすぎだよ。
あわてて雨の中、買い出しに行ったのに、
結局夕ご飯時にはやんでるじゃない。
『ピーターとおおかみ』じゃないけど、
そんなことしていると、
きっと今回も大丈夫だろうと、
みんな(とくにおれ)油断してしまう気がする。

ここんところ、クマ出没のニュースが続く。
気の毒に。
この時期、
冬眠のためにたくさん食べないといけないのだろうけど、
きっとエサがないんだろうなぁ。
今年は猛暑、台風、
ブナ(の実)のサイクル的な不作が重なったらしい。
クマの里に上空からエサをあげるとか、
ついやってあげたくなるけど、
自然のバランスに安易に手を出すのはよくないだろう。

どういうわけだか、ここのところマジック・ブームみたいで、
連日、いろいろなマジックが見られてうれしい。
気のせいか、ここ近年、
急激にマジックの技術があがったような気がする。

マジックというのは、人間だからこそだまされるんだろうな。
先入観、注視点、動体視力、
そういうのによって、だまされていることが多いんだろう。
きっと、
サルやネコならだまされない、そんなマジックも多いはずだ。
それはそうと、
ボクが超能力者なら、
そのことをカミングアウトなんてしないで、
きっとマジシャンとして生計をたてるな。
不思議なマジックの振りをして、超能力を使う。

こころのところ、
人物の背景に大きな木を描くことが多い。
昔話探しに興味がある。
この一見関係なさそうな2つのマイブーム?が、
あるときふっと、
実は同じ要求から発せられているのでは、
とふと思い当たった。
自分の頭の中でプラプラ浮かんでいる点たちが、
ある瞬間、ピシッと線でつながる。
この瞬間は感動もんだ。
具体的なことは書けないけど、
要は新たな
「自分の物語」が必要になっているんだと思う。
(ここでいう「自分の物語」の定義は長くなるので割愛)
昔話集め=自分の物語探し
っていうのはいかにも安直な気がするし、
昔話の中に「自分の物語」となりうるサンプルが
必ずしもあるとは信じ切れないけど、
(今伝わっている)昔話がなぜ淘汰されず
生き残っているのかを考えると、
昔話(とくに原典)はバカにできないはず。
とは思っている。

この「線」はホントに正しいのかどうか、
あるいは、
これもまた「無意識」が与えた幻想なのか。
サイコセラピストに聞いてみたい。


2004/10/08(金)
診療室に来た赤ずきん

ここのところの風呂本は『診療室に来た赤ずきん
昔話の中に人類共通の精神的な原理を見いだす試みは、
河合隼雄のお得意分野だけど、
上の本の作家大平健さんもまた精神科医だ。
(偶然だけど、昔、インタビューしたことがある)
カウンセリングに来た人の悩みの本質と
同じ問題をはらんでいるおとぎ話を見つけて、
それを聞かせることによって、
クライアントにその共通点、
つまり「本当の問題」を
気がつかせるという手法が書かれている。
(といっても、ノウハウ本じゃないけど)

たしかに、
なんでオオカミは赤ずきんちゃんを食べなかったんだろう。
もちろん、食べたんですけど、
食べるつもりだったのなら、
なんでおばあさん家に行く前に、パクッといかなかったのか。
おばあさん家に先回りしているくらいだから、
おばあさんの家の場所は知っていたわけだし。
赤ずきんちゃんを食べた後、
おばあさんを食べに行ってもよかったはずだ。
考えてみれば不思議だ。

この不思議に対する大平さんの解釈はこんな感じだ。
オオカミはおそらく最初、
赤ずきんちゃんもおばあさんも食べるつもりはなかった。
しかし、
赤ずきんちゃんが病気のおばあさんにクッキーを持っていくとか、
そういう幸せな話を聞かされたとき、
(そうした幸せにめぐまれなかった)オオカミは強い嫉妬をいだき、
二人に殺意を覚えた。
嫉妬の対象は愛を受ける側だから、先におばあさんを食った。

なるほど、それだとなんとなく釈然とする。
(日本語、変?)

ずっと「昔話」なんてつまらないと思っていたけど、
つまらなかったのは、小学校の時体験する「昔話」が、
明治以降、あるいはグリム童話以降に編纂された
毒も徳もない、当たり障りのない話だったからだ。
『ホントは怖い』シリーズでおなじみのように、
原作は残酷で無慈悲で神秘的なものが多い。
小学校のとき、こっちを読んでたらはまっただろうにと思う。
ということで、
昆虫ネタも一段落ついたので、
ちょっとまじめに古い「昔話」(とくに北欧とか中東の)を
集めてみようかなどと思っている。


2004/10/06(水)
転がる石は苔を得ず

個人的に67へぇ。
「転がる石は苔を得ず」は、
いつでもとどまることを知らず転がっていれば、
ピカピカでいられるじゃん。
という意味だと思っていたけど、
いつまでも転がっていると(落ち着かないと)、
苔(価値)が身に付かない。
という意味にとる向きもあるそうだ。
前者はアメリカ的解釈、
後者は日本、イギリス的解釈なんだそうだ。
苔をいけないものとみるか、大切なものと見るかって違いだ。

韓国や台湾や中国では、
PCバンに行ってゲームをやるのが普通らしい。
個人でPCを持っている人が少ないからだ。
なんて話をしていたら、
「へぇ、そんなところまで行ってゲームをやるんだ」
と聞いてた人が感心した。
でも、よく考えたら、ボクらだってほんの少し前まで、
ゲームはゲーセンに行ってやるものって、
普通に考えてたわけだ。
すごく遠い昔に感じるけど。

ともかく、
今そしてこれからのゲーム産業の流れはよくわからないので、
疑問を列挙。

もし、
中国なども個人宅にPCが入るようになると、
みんな家でやるようになるんだろうか?
あるいは、
もし、
日本のような家庭用ゲーム機が出たら、
日本のようなゲームが流行るんだろうか?

もし、
日本の家庭用ゲーム機が
(ホントの意味で)ネット対応になったら、
みんな(いわゆる)ネットゲーにハマルんだろうか?

今、中国、台湾、韓国で流行っているネットゲは、
対戦アクションものが主流だけど、
日本の家庭用ゲームがそうであったように、
それもいずれすたれて、
その他のジャンルのゲームも流行るんだろうか?

日本の家庭用ゲーム機が
(ホントの意味で)ネット対応になったら、
対戦アクションゲームが再興するんだろうか?

アメリカはいったい、どっちが主流なんだ?
アメリカはなんで対戦アクションゲームばかりやるんだ?

好まれるゲームジャンルは、
ゲームになじんだ歴史(累積時間)に応じて変わると
一般的に(負け惜しみ的に)言われ、
「彼らはまだゲームの歴史が浅いから
(文化が成熟していないから)、
アクションゲームばかりやるんだ」
と言われるが、そういうことなんだろうか?

携帯電話は、
PCとゲーム機とどういう関係になっていくんだろうか?
流通や課金の問題からすれば、携帯とPCが○、
容量やスペックの問題からすれば、ゲーム機とPCが○、
新たにそれ用のハードを
必要としないという点では携帯とPCが○、
携帯性でいえば、携帯とゲーム機が○、
誰でも持っているハードとしては携帯が○。
ソフトの質的管理ではゲーム機が○。
(許認可の問題では携帯は×!)
大人が楽しめる表現の可能性ではPCが○。
そう考えると、ゲーム機は辛い立場といえ、
携帯電話が一番いいように見えるけど、ほんとうか?


2004/10/04(月)
中国は間に合うのか

次に経済大国になるのは中国である。
なんてことは、
偉そうに経済評論家に言われなくったって、
誰だってわかっていることだけど、
間に合うんだろうかと心配になったりもする。
中国は、
2050年までにはGDPでアメリカを追い抜くらしい。
(つまり世界一になる)
そうしたシミュレーションも、
今と環境があまり変わらない未来を前提としている。
一方、炭の輸出をやめたように、
中国の森林破壊は深刻らしく、
国土の16%程度しか森林が残っていないらしい。
さらに公害ももっともっとひどくなるだろう。
(今は黄砂だけだけど、
すぐに亜硫酸ガスや窒素酸化物やダイオキシンを
含む季節風が日本にもやってくるだろう)
さらに、
中国の需要をまかなうだけの石油が掘れるか、
あるいは残っているかも問題だ
(鉄鉱石もしかり)

今+中国分の諸々の環境破壊に地球は耐えられるのだろうか。
人口爆発はとめられるだろうか?
(表立っての人口増加は緩やかだけど、
戸籍に載らない子供の数はバカにならないらしい)
温暖化は大丈夫なんだろうか?
水と食料は足りるのだろうか?
砂漠化は大丈夫だろうか?
戦争やテロは大丈夫だろうか?

そうした環境不安は政治不安も生むだろう。
そうでなくても、
すでに中国国内での貧富の差は大きな問題になりつつある。
無秩序な「自由」風の勢いの危なっかしさは、
この間のサッカーの様子を見ているだけでもよくわかる。
そうした圧力に対する中国政府の統制能力も。

そうした未来の中で、
中国は健やかに発展できるのだろうか。
完全に人ごとだけど気になる。


2004/10/01(金)
もう描かなくていいんだ

絵本の絵、描き終わった。
正確に言うと、ページ数が決まる程度には描き終わった。
まだ描き足したりなおしたりしないといけないところは
あるけど、ひとまずあげた。
いや~~、たかが79ページなんだけど、
この1ヶ月はきつかったなぁ。
この仕事だけだったらそうでもなかっただろうけど、
ゲームの佳境状態も加わっているので、きつかった。
今の心境。
「ああ、もう描かなくていいんだ」
(ホントはまだ少し描かないといけないけど)

不思議なんだけど、
今でも球場によってフェンスまでの距離、
フェンスの高さが違う。
つまり同じ打球でも球場によって
ホームランになったりならなかったりする。
ホームでの試合が多いから、ホームグラウンドが狭いほど、
そこに所属する選手のホームラン数が増える。
どー考えてもフェアじゃないんだけど、
いっこうに、条件を統一させようと言う動きがない。
なのに、記録競争にはご熱心。
不思議だ。

どっかのタクシー会社が
ドライブレコーダー(運転記録装置)をつけたら、
事故が半分近くになったそうだ。
衝突時のような激しいGを感じたとき、
直前、直後の映像、エンジン回転数などが記録される。
(だから、事故だけじゃなく、無謀な運転も記録される)
よほど重大な事故でない限り、
実況検分はお互いの言い分を聞いて
判断するくらいの簡単なものらしい。
つまり言い分の客観的な査定はされず、
現場の警察官の判断(主観)にまかされる。
(幸いやったことがないので、ホントの所は知らないけど)
後々もめても、警察が取る状況写真は、
鑑定に必要な条件を揃えていないことが多いので、
役立たないことが多いらしい。
それでもまだ両方の意見が聞ける場合はいいが、
一方が死んでしまうと、
一方(たいてい加害者)のみの意見だけが
採用されることになる。
(もちろん加害者の言い分が、
そのまま受け入れられるはずはないけど)
これが事故処理の現状と聞いてぞっとした。

そう思うと、どの車にもドライブレコーダーがほしところだ。
ぼくもほしい。
ETCなんかよりそっちが急務じゃないかという気さえする。




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