人間風車

2005/05/31(火)
モニター会

デバッガーよりもっと普通のユーザーに近い(感覚の)人たちによるモニター会があった。
その結果レポートが送られてきたけど、実はまだ見ていない。
メールに
"批判っぽいことを書いている人もいますが、それはある部分流してください。"
とか、
"この手のレポートに慣れていないと、へこむことがありますが前向きに読んでください"
とか丁寧な「心遣い」が書かれていたので、
すっかり読む(勇)気がなくなってしまったわけだw
いくら間引いて考えたところで、やっぱり気分がいい訳じゃないので、
せめて起きてから読むことにしよう。

それはそうと、今回はツールを作ったつもりでいたし、
たぶんツール的にはおもしろいと思うんだけど、
どうしても従来のゲームと同じ姿勢で向かわれてしまって、
無用なギャップを生んでしまう。
難しい問題だ。
こんなとき、最初にポカリスエットをモニター会に出したときは
どうだったんだろうかと想像してしまう。
たしかNHKのドキュメンタリーでやっていたのだと記憶しているが、
ポカリスエットは当初まったくいい評価を得なかったらしい。
当時はまだニア・ウォーターなんて概念がなかった。
甘く、あるいは炭酸の効いたジュースしかなかった。
体にいいとか、栄養があるとか、吸収がいいとか、
そういうよいこと、役に立つことなんて、
飲料水に求められていなかった時代だ。

求められていなかったと言うよりは、
そういう体にいいものというつもり(概念)で清涼飲料水を見ていなかった時代だ。
ので、きっとジュースを予測して飲むから、
薄いとか変な味がするとか、甘くないとか、炭酸がないとか感じただろう。
そんな中での評価は、
「ジュースとしてのマイナス点」ばかりがあがってきただろう。
ポカリスエットが社長の発想でなかったとき、
果たして商品化されたのだろうか、、、
とふとそんな思いを自分にかぶせてしまう。

でも、今の清涼飲料水の売れ筋をみれば、
いかにポカリスエットが正しかったかは一目瞭然だ。
体になにかしらいいことのない清涼飲料水なんて売れないだろう。
炭酸が入っている。甘い。果汁0。
そういう「お菓子」的な要素は今ではマイナスでしかない。
これはおそらく、ポカリスエットがでるかでないかくらいの時から、
清涼飲料水を飲む側に
「こういうの飲んでると健康にヤバイんじゃない」という
後ろめたさが溜まりだしていたからに違いない。

体にいい清涼飲料水ばかりがうれることが、
果たしていいことなのか、悪いことなのか、
あるいは楽しいことなのか、幸せなことなのかどうか、
自分でも結構微妙とはおもっているけど、
少なくともそういう健康嗜好は、
一度は通過しなくてはいけないポイントなんだろうとは思う。

そして、同じことが今ゲームにもきているような気がしてならない。
ちょうど、ポカリスエットが出るべきタイミングなんだと思う。
問題はどうやって、
ジュースじゃないんですよ、と伝えるかだ。
ジュースだと思って飲んだときのマイナス点だけで、
売る側が商品を査定してしまうと、
そのあたりの伝える力(平たく言えば宣伝費)が弱くなり、
結局のところは、誤解されるだけに終わってしまう。
(と、ちょっとだけ、伝える努力をしてみた)


2005/05/25(水)
第一印象

ゲーム制作の最後はほんとつらいだけの仕事だ。
まずは追い込みで肉体がつらい。
で、だいたい格好がつくと
今度は第三者のテストプレーの感想がかえってきて、
たいがいの場合、精神的につらい。
(つらい、ってほどじゃないけど、おもしろくない)
まー、万人がほめるゲームなんてありえないさ、
あのIさんだってMさんだってへこむというんだから仕方ないさ、
と思いつつも、やっぱりへこむことはへこむ。
「だいたいこういう(スタイルの)ゲームは好きじゃないです」
なんてレポートは、
仕事のレポートとしてはどうよと思わないでもないし、
こういうスタイルが嫌いな人もそりゃ、いるでしょう。
そういう人に勘違いして買ってもらわないように注意しないと
と思うくらいなのだが、
どのみち、おもしろくないことはおもしろくない。

ただ、こうした第一印象のレポートはとても貴重なので、
謙虚に、前向きにとらえないといけない。
1年以上も作り続けていると、当の本人たちは、
ほんと、どこがおもしろいのか、
どこがわかりにくいのか、どこがつまらないのか、
そこらへんに鈍感になっているからだ。
と同時にそれらに振り回されないような毅然とした態度も必要だ。
また、特にこうしたユーザーからの意見に、
必要以上に敏感に反応する部署ってのがあるので、
そこらへんとの対応というか
調整というか交渉というか防御というか、
そこらへんも大変な仕事だ。

で、今回の反省。
根っこの遊びの部分は総じて印象がよかった。
それに対して、それに加えたゲーム的要素が評判が悪い。
まさに蛇足だってことだ。
どうしてそぎ落とせなかったか、、、
まー、そこらあたりが今後も個人的な課題になりそうだ。


2005/05/23(月)
馬力

"おれの話をきけ~"
とはずいぶん説教臭い出足だなぁ、
こんな曲が流行るんだと思っていた。
末広亭の前が最近混んでいるのはなんでだろうと思っていたら、
最近、落語がブームだからだと知って道理で!と思ったが、
どうしてまた急に落語がブームに?と思っていたら、
すべて『タイガー&ドラゴン』の影響だったんだ。
もちろん、落語をネタとした
そういうドラマがやってたことは知ってるけど、
1番組でヒット曲と1ブームが一緒に来たんだ。
スゴいなー。

単位にはいろいろなものがある。
長さを表すメートル、インチ、ヤード、フィート、
重さを表すグラム、ポンド、トン、
面積を表す平方メートル、ヘクタール、エーカー、
体積を表す立方メートル、リットル、ガロン、パイント、オンス、
エネルギー表すエルグ、ワット時、カロリー、ジュール、
圧力を表すパール、気圧、水銀柱メートル、パスカル、
どれも当たり前だけど科学的な感じがするというか、
すごく厳密で機械的なイメージのする単位だ。
そんな中でどーして未だ仕事率を表す単位に
「馬力」があるのか不思議だ。
21世紀になって仕事量を馬の力で表すのって、
どーも妙におかしい。
馬の力と比較して「こいつぁ、馬並みかぁ!」とかって、
機械の性能を査定するなんてないでしょ、一般に。
ちなみに、
馬力の英訳はそのまんまhorsepowerで、
1馬力は745.69987ワットらしいので、
鉄腕アトムは745,699.87kワットということになり、
日本の1家庭の年間の消費電力はおおよそ300kワットなので、
のべ馬402頭分の働きとなる。


2005/05/20(金)
セキュリティー

会社からの情報漏洩が問題になっているので、
大きな会社のそのあたりのセキュリティーが
非常に厳しくなっている。らしい。
知っているところでは、
プリントアウトもコピーも許可がないとできない。
(LANでつながっているのに!)
会社で使っているノートパソコンは社外に持ち出せない。
(モバイルなのに!)
会社で使っているメールを社外で受け取れない。
(インターネットなのに!)

セキュリティーを高めるための最も安直な方法は、
外部との接点を少なくすることだ。
ずいぶんと前、
日本の公官庁、市町村のHPが一斉にアタックを受けたことがある。
このとき、政府は各市町村に被害レポートを提出させた。
そのときT市は全く被害がなかったので、
政府はその対策法を広く提案したいのでレポートを出せと命じた。
T市はひっくりかえってしまった。
T市がハッキングの被害がなかったのは、
そういう問題が出るやいなや、
サーバーを落としてしまったからだった。
だから対策法なんてレポートできるわけがない。
たまたまT市のIT関連の部署と仕事をしたときにそんな話を聞いた。
(市のサイトがダウンしていることに誰も気が付かなかったとは、
さすがマイナーなT市!と思った)

ということで、
安全のためなら仕事に支障が出てもいいという発想は、
どーも本末が転倒している気がしないでもないけど、
まー、よそ様のことだからどっちだっていいや。
と普段は思うのだが、今はE3時期である。
偉い人たちはみんなロスに行ってしまっている。
マスター直前の大事な時期なのに、
判断機能が海外に行ってしまっている上に、
上のような事情で連絡が非常につきにくい。
ということで他人事じゃなくなっている。困った。
(一部の人は個人アドレスを使って日本と連絡をとっているようだが、
それこそセキュリティー上、問題だろう)

ps:
去年「もう二度と行かない」と決めたE3だけど、
今年は『スターウォーズ』の公開と重なっていたんだ!しまった!


2005/05/18(水)
宇宙はコンピュータだった

宇宙はコンピュータだった。
それもただのコンピューターではなく、
宇宙は量子コンピューターらしい。
計算する時空』@日経サイエンス
"最新の量子情報理論によれば,半導体のチップだけでなく,
あらゆる物体が計算している。
石ころも,人間も,水爆も,宇宙も──。 "
ということらしい。
宇宙が誕生してから
今までに実行し得た演算回数は10の123乗らしい。
この数字がどのくらいデカイのか想像しにくいが、
宇宙が出来てから(137億年前)、
毎秒1回の演算をしたとしても、
総演算回数は、10の30乗回に満たない。
つまり、宇宙は1秒毎に10の93乗分回以上の
計算をしていることになる。
現在最高速のスーパーコンピュータの演算速度が、
毎秒10の13乗回くらいだろうから、
かなりスゴイ(んだろう、きっと)。

最新の量子力学的解釈が、
モノにはなんにでも魂(計算能力)があるんだという
アミニズムと共通点があるあたりがおもしろい。

宇宙がコンピュータなら、
そこにコンピュータゲームが
インストールされていても不思議ではない。
となると、ますます、
我々は神様がプレイしているゲームキャラだという持論が、
ますます説得力を持ってくる(こないか)。
最新のひも理論では、宇宙はいくつも存在していて、
重力が宇宙間をいききしているということらしい。
となると、
この「ゲーム」はネットワークゲームってことで、
1サーバー=1宇宙ってことなのかもしれない。
宇宙の膨張は、サーバーの容量の拡大なのかもしれない。
宇宙の終わりは、ゲームサービスの終了なのかもしれない。
我々が、魔が差したり、ひらめいたり、我を忘れたり、
気が違ったり、自分としたことがと思ったりするのは、
普段は自立的に行動させている自キャラを、
たまあに、プレイヤー(神様)が
コントロールしているときなのかもしれない。

先に書いた格言
「それを聞く者がいなかったとしても、
森の中で倒れた木は、音を立てるだろうか?」は、
もしそれがゲーム内世界なら、
(メモリと処理負荷を小さくするため)
「それを聞く者がいなかったら、
森の中で倒れた木は、音を立てない」
「ただし、木が音を立てるか立てないかの判定式(確率的な関数)は、
ちゃんと用意されている」
そして、
「それを聞くモノが現れた瞬間に、上の判定式を用いて
音を立てるか立てないかが決まる」
ということになる。(=という作り方になる)
この方法は、量子力学的解釈とぴったり一致する。

2005/05/17(火)
水は汲むから湧くんです

どこだったか忘れたけど、
京都の茶道の家元の庭にある井戸の水は名水らしい。
いつもその名水を使ってお茶をたてるのだそうだ。
インタビュアーが
「毎日汲んで枯れてしまうのが心配じゃないですか?」
と質問すると家元は
「水は汲みから湧くんです」
と言った。
「そうだ!そうそう」と思った。
アイデアもまたしかりだと思ったのだった。
(京都の名水と自分のアイデアを同じと
思うあたりがとんでもなく不遜だが)
使わないと次がでてこないものだ。
アイデアが枯れるってのは、
たいがいアイデアを使う(消費)してないときだ。

今日たまたまテレビでアイデアの出し方みたいな小特集をやっていた。
ヒットアイテムを生んだ人のアイデアの出し方の秘訣みたいなのだ。
たくさんの人の意見を聞く(アンケートをとる)、
一生懸命血のにじむ思いで熟考する、
1つの言葉からの連想やキーワードを決めて世の中を見直す、
などなどの方法が紹介されていた。

う~ん、
「売れる」アイデアってのはそうやって「作る」のか!
と感心したり、違和感を感じたり、
どーりで俺のアイデアは売れないはずだと妙な納得をしたり。
そういやあ、
そうやってひねり出すとか作り出すとかしたことがないや。
感覚としては、
湧いてくる、出てくる、拾う、見つけるって感じだ。
(「ひらめく」ってのはホントよく言い表した言葉だ)
こういう漁師や猟師みたいな狩猟的方法なので、
締め切りが来ても
「出ないものは出ない」なんてことになってしまうわけだ。


2005/05/13(金)
心の摩擦係数

家に帰ってみると、
ふたが開けっ放しの『アジアンヌードル』が置いてある。
「あ、そうか、今日出かける前に
食べようと思ってやめたんだった。」
と思い出す。 
会社でもよく注意されるが、
どうも、こういう状態で「止まっている」事が多いようだ。
何かしようと思っても急にそれをやめることは誰にでもある。
「やっぱ、やめよう」という気持ちは、
走行中の急ブレーキみたいなものだから
ブレーキをかけたとしてもすぐには止まらない。
慣性が働いてある程度ずりずり進んでしまう。
この場合、おそらくビニール袋をやぶった当たりで
「やっぱ、やめよう」と急ブレーキをかけたが、
そのまま行動が遷移してふたを開けたところで止まったと考えられる。
ネット通販で1クリック前に急ブレーキをかけたが間に合わず、
封を開けないで放置されている状態で止まっているのも、
同様の現象と考えられる。
おそらく俺の場合は心の摩擦係数が、人より少しだけ小さいため、
止まりにくいんだろう。
早めのブレーキに心がけよう。

薄毛は子孫に迷惑by資生堂

お前は不細工だ、気持ち悪い、気に入らない、かっこわるい
とか言われたら「はいはい、すみませんでした」
と気にせずにいれるけど、
(そりゃ、実際面前で言われたら落ち込むけど)
お前は子孫に迷惑だ
という言われ方はさすがにイヤな感じがする。

不規則な生活をしているから迷惑だ。
大きな音を出すから迷惑だ。
仕事もしなくて遊んでばかりで迷惑だ。
と生活態度や価値観に対しての意見なら、
まだちょっとはアリかとも思うけど、
あなたの遺伝子が(社会の)迷惑だと言うわけだから、
これはひどい。
背が低いから社会の迷惑だ。
色が黒いから社会の迷惑だ。
体に不自由があるから社会の迷惑だ。
色盲だから社会の迷惑だ。
と言っているのと同じだ。

さらに、
これが薬を売るための広告記事であることを考えると、
あなたの先祖が苦しんでいるから壺を買え。
という商売と同じ手法と同じになってしまう。
(ま、ホントに100%改善されるなら買うけどねw)

薬や化粧品を売る会社である資生堂自体が、
こうした優生学的偏見を持っていたとは思えない。
会社の広報が、こうした広告を許すとも思えない。
おそらく、HPの製作を外に頼んでいて、
きちんとチェックしていなかったんだろう。

しかし、それでも資生堂に責任はある。
今後は資生堂の製品を買うのはよそう!
と思ったが、
よく考えたら資生堂の製品って全然買ったことがなかった。


2005/05/12(木)
それを聞く者がいなかったとして

靖国神社参拝をやめたら、一番困るのは、
中国っていうか共産党であり、
韓国っていうかノムヒョン大統領
じゃないだろうかと思うわけです。
何ゆえ、あれほどまでにかたくなに
靖国参拝をするのかわかりませんが、
(戦没者の慰霊なら、他にもいっぱい手段があるはず)
いくら円借款をしようが、謝罪しようが、
靖国参拝一発で「行動で示せ」と言われてしまうわけだから、
これほど国に損を与える、つまり国民の血税を無駄にする
パフォーマンスもそうない。
つまり野党にとっては、
「歴史認識の違い」なんてわかりにくい理由からじゃなく、
銀行再生のときと同じく
「あなたの税金を使われているんですよ」
とつっこめるわけなので、
本来なら一番おいしいネタはなずであるが、
郵政民営化問題なんかを見てても、
完全に日本の国政は野党いらずになってしまっているので、
なんというか、あいたたな感じだ。

「それを聞く者がいなかったとしても、
森の中で倒れた木は、音を立てるだろうか? 」
誰の格言だったか忘れたけど、いい「問題」だと思う。
量子力学的に解釈すれば、きっと、
音を立てる状態と
たてない状態が確率的に重ね合わさって存在している。
誰かが聞くまではそのどちらでもなく、
誰かが耳をすませた瞬間、音を立てるか立てないか決まる。
っていうことになるんだろう。
アリストテレスなら聞く者の存在にかかわらず、
木は音を立てるか立てないか、
いずれかに決まっていると言うところだろう。

俺がその木だとしたらどっちだろう。
きっと聞く者がいなかったら音は立てない(出ない)気がする。

一連の中国のデモ騒動によって、
中国ではなくベトナムに拠点を
置こうという動きが活発になってきているらしい。
経済力、地理的な問題、技術レベルなどを考えると、
今のところ断然、中国のほうが「合理的」なのだが、
人と人の相性や人のやる気、それに賃金などを考えると、
微妙ってことになるらしい。
アジア全般で日本人が好かれている理由はないけど、
ベトナムは中国や両朝鮮ほど反日感情が強いわけではないらしい。
また、アメリカ人並みにドライな感覚で仕事をする、
つまり「今日隣で仕事をしている人が明日もいると思うな」的な
中国のビジネス感覚に対して、
ベトナムでは、
「いい仕事がしたい、いい仕事が出来るようになりたい」
的な感覚が強いらしい。
(このあたりホントなのかどうか、よくわからんですが)
ともかく中国では「(人的な)先行投資」がむつかしいとは、
前からよく言われていることだ。
投資は、育てる意味のある対象、
つまり育った後ちゃんと残って働いてくれる相手でないと、
なかなかやりづらいだろう。
そういう面ではベトナム人にアドバンテージがあるらしい。
(裏をかえせば、まだそのくらい育っていないということだけど)

ホリエモンのときもそう思ったけど、
ビジネスの合理性だけでは事はうまく運ばない気がする。
最終的には全て生身の人間がやることだからだ。
現場の人間のモチベーションとか感情とか価値観とか、
そういうことを無視しては、計算がなりたたないと思う。
となると、ベトナムっていいかもと
(ついフォーとか頭に思い浮かべつつ)そう思ってしまう。

ただ、両国とも社会主義国っていうところは問題だ。
とくにベトナムは「脱皮前」の社会主義国である点はやっかいだ。


2005/05/09(月)
次いってみよー!

巨人もプロなら楽天に勝っちゃダメだろう。
プロだから勝つべきかというとそうでもない。
勝つことが至上目標であるのはむしろアマだ。
プロは客が喜べば勝っても負けてもイイ。
一昔前の阪神とかロッテみたいに!(笑)

いけないのは中途半端なことだ。
つまり今の巨人だ。
たまに勝つ。でも負けのほうが断然多い。
敗因は数年来続く「投壊」。
停滞とマンネリ。
これじゃあ、プロとしてダメでしょ。
むしろ「オーナーが金をケチったので勝てない」
というわかりやすい敗因のある楽天の方が、
感情移入しやすくユーザーフレンドリーでプロらしい。
(それが真実であるかどうかなんて関係ない)
ということで、
巨人は楽天に負けるべきだった。
そうして日本一お金を使ったのに日本一弱い、
というプロらしい目立ち方をしてほしかった。
巨人よ、野球界のハルウララになれ!
(やけくそ)

「作ってみましたけど、今ひとつですかね」
「いける気がしたけど、意外とおもしろくないね」
「工夫くらいじゃ、突破できそうにないね」
「じゃ、やめましょーか」
「うん、次いってみよー!」
ゲーム製作現場、特に本製作で
こうした会話がされることはまずないと思う。
大事故だ。想定の範囲外だ。夜逃げ対象だ。
実際作ってみるまで
おもしろいかどうかわからないことってのは、
意外に多いのだが(多いはずだが)、
ゲームのように制作費がかさむ仕事では、
「次いってみよー!」などと言ったら殺される。
だから「おもしろい?」
と人に聞くのはとても勇気が要ったりする。
仮におもしろくなかったと認める勇気があった場合でも、
なんとか「てこ入れ」をしようとする。
決して「次いってみよー!」にはならない。

ところがどっこい今やっているプロジェクトでは、
上のような会話がほいほい出てくる。
(ま、企画を考えている自分としては、
才能のなさを露呈しているようなもので、情けない限りだが)
開発のフェーズがまだお気楽段階だからというのもあるけど、
それ以上に、
そういう「軽さ」を持ったプロジェクトだからだ。
「軽さ」の具体的な内容については話すことは出来ないが、
この「軽さ」故にトライ&エラーのチャンスが多くなっている。
(そういうことをイヤがらないスタッフに恵まれたことも大きいが)
これは創作作業においてはかなりプラスだと思う。
事実、ただ「転ぶ」だけじゃなく、
転んだおかげで得たものもずいぶんと多い。
転ばないと得られなかったものも多い。

トライ&エラーのチャンスに限らず、
こうした「軽さ」が今一番大切っていうか、
欲しいと思っていた。
そのあたりの考えが、
パブリッシャー(ナイショ!)
と共有できているのもありがたい。




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