人間風車

2005/08/31(水)
アメリカの台風で思ったこと

アメリカ南部を大型台風が襲ってますが、
最近、世界的にすぐ「大」災害になってしまうのが気になります。
温暖化がすすみ海水温があがれば、
それだけ台風の数、エネルギーとも増すわけですし、
それに反比例するように森林の伐採や地面の舗装などで、
地上の保水、管水能力が減るわけだから、
これは今後ますますひどくなるってことでしょうね。
その一方で世界的に地下水の枯渇が問題化してきているわけで、
全く皮肉な話です。

それはそうと、
そのアメリカの台風災害のニュースを見てて思ったのですが、
災害時に非難した後、
アメリカでは(やっぱり)人のいなくなった
スーパーが荒らされたりするんですね。
日本でも台風などで非難するけど、
そういやあそういう災害泥棒的ニュースって、
あまり聞かないなぁと思ったりしました。
国際的感覚、価値観を手に入れつつも、
災害泥棒に限らず、財布を交番に届けるとかね、
なんとかそういう日本固有の良識は保持できないものかなー
と思ったりもしました。


2005/08/29(月)
適正なサイズ

楽天のお客さんは70%以上が
ブログからの紹介(リンク)で来るらしい。
ブログの参加人数はそう遠くない将来
1000万人になるといわれている。
ショップとブログでの紹介(口コミ)の関係は、
ブログ自体の数の増大との相乗効果で、
「口コミ」の意味は以前のそれと全然違う意味になるだろう。

チームか会社か、
うちくらいの小さなところはそこのところが微妙であぶなっかしい。
立ち上げからいるようなメンバーとは、
やりたいことのベクトルが近いから、
お互い、少々の不満やつらさや不自由さは我慢できるし、してくれる。
ある意味、そういうところにあまえてしまって、
組織としてのルールが曖昧になっている。
(もちろん、いい点も多いのだけど)
が、そういうベースがない人が入ってくると、
その人とは条件が合う、合わないだけの関係になるから、
(「だけ」ってことでもないけど)
だんだんとルールを作っていかないといけなくなる。
それは当たり前のことなんだろうけど、めんどくさい(笑)
めんどくさいだけじゃなくって、
そこまでして組織であるべきであるかどうか、
少し疑問に思っているのだろう。>おれ
そもそも、組織はやりたいことができる
最小のサイズであるべきだとは思っているけど、
メンバーを増やすにしても、
技術の視点からメンバーを増やすのではなく、
志の視点からメンバーを増やすべきなのかもしれない。

そもそもどのくらいのサイズが適正なのか、
まだ自分でもわかっていないのだろう。>おれ


2005/08/26(金)
台風一過

この秋発売のプロジェクトもほとんど残作業がなくなり、
なんだかすっかりグダグダな一週間でした。今週。
ま、こんなときくらい、グダグダにさせてもらわないとね。

今日も軽い取材があったけど、うまく内容を説明できないで
シドロモドロだった。
「一言で言うとどういうゲームでしょう?」とかいう質問には、
「農作業するゲームっす」とか「くまに歌を教えるゲームっす」とか
わりと簡単に答えれれてきたのに、
今回はなかなか一言にまとめられないので苦労している。
ということは、
買う側にしてみても、今ひとつどんなゲームなのかわからん、
ということになるかもしれない。
ある程度、意図して平面的にネタをばらまいたわけだけど、
ま、そこら辺はちょっと反省材料かなとも思った。

さっきまでの嵐がうそのように静かな朝を迎えております。
(ただいまAM5:30)
普段はほこりっぽい東京の空気も、
台風一過のあとはとってもきれいになります。
台風のこのリセット感はいつもいいもんです。
(ま、そんなことを言っていられるのも、
何の被害もなかったからだろうけど)

が、しかし、
この後、再び厳しい残暑がくるらしいです。
ここ数日涼しかったので、
すっかり体がそれになれてしまっているので、
ちょっとやばいかも。
たかが暑い寒いだけで、危機的な予感をおぼえるなんて、
20代の頃には考えられなかったけど、
今では、最期は、大病をわづらわなくっても、
気温の落差だけで死んじまうんじゃないかと
リアルにおもうわけです。


2005/08/23(火)
もし自分が100人の村だったら

タイトーがスクエニの子会社になった。
それにしても、
ここのところ、ゲーム会社の合併が多いなー。
いったい、今、
パブリッシャーっていったい何社残っているんだろう。
これからもまだまだありそうだ。
いいことか悪いことか、楽しいことかつまらないことか、
先のあることなのか、ないことなのか、
よくわからないけど、
ゲーム業界に限らず、
今っていう時代がM&Aの流れなんでしょうね。

パブリッシャーじゃない、
いわゆるゲーム制作会社ってのはどうしていくんだろう。
(って、人ごとじゃないんだけど)
よく知らんけど、合併とかしているんだろうか。

「もし、自分が100人の村だったら」
ってふと思ってやってみた。

97人は怠け者でしょう。
35人は常に膝と腰を患い、
全員が飛蚊症に悩んでいます。
85人は今の仕事を間違えと考え、
23人は今の仕事は好きだと思いながら、
68人は転職を模索しています。
3人は自分の才能にうぬぼれ、
95人は自分の無能さにがっかりしています。
72人は常にお腹を空かしており、
58人は常に睡魔に襲われて、
15人ははぁはぁいってます。
10人は芸術に興味を持ち、
98人は格闘技好きです。
83人は金より夢と考えるものの、
そのうち76人はお金は大好きと思っています。

こういうのは簡単に自動生成できるから、
誰か作ってくれないかな。


2005/08/18(木)
もろもろ

すっかりMIXIで書いていることとだぶりだしてます。

韓国の反日運動はますます加熱しているみたいだ。
一方、日本の韓流ブームも衰えを知らない。
大好きな人が自分のことを大嫌いなのと、
大嫌いな人からラブコールをもらうのと、
どっちが困るんだろう。

人の物を盗むのは罪である。
人を殺すのは罪である。
では、
人の物を盗むために人を殺すのと、
人の物を盗んだあとにその人を殺すのと、
量刑は違うだろうか。
答えは「違う」ってことらしい。
「窃盗後に殺害」したほうが、
窃盗と同時に殺人するより刑が軽いらしい。
強盗殺人 =無期懲役
窃盗→殺人=懲役20年

そーいやー、強盗と窃盗とどうちがうんだぁ。

森さんが首相官邸で出されて怒っていたチーズは、
ジツは、ミモレットという高級なチーズで、
カラスミに似た深い味わいが特徴で、
熟成して硬くなるほどうまみが増すのだそうだ。
って話は知ってました?
いやー、
森さんを怒らすために、
小泉さんがあえてそういうチーズを出したのか、
森さん自身も知っててのパフォーマンスだったのか、
いろいろな憶測がとんでいるけど、
わかりやすい演出であったことは間違いない。
郵政民営化の意義も、
こういうわかりやすさで説明すればよかったのに。


2005/08/17(水)
『the world of GOLDEN EGGS』

ここのところ、
ふと思い出しては気分を害していることがある。
ムームーのサイトに直接
「お前みたいなヤツはゲームを出すんじゃねー」
といった意味の匿名メールをもらったことだ。
某巨大掲示板でたびたび悪い評判がたつことは
伝えて聞いてよく知っているけど、
直接そういうメールをもらったことはない。

そんなことは気にすることはない。
そういうヤツはどこにでもいる。
ってのは、よく承知しているけど、
それでも気分は悪いもんだ。

最近お気に入りのムービーがある。
the world of GOLDEN EGGS
とても間がおもしろい。
単純な形態だけど動きもカメラもデザインも非常にうまい。
この間というか空気をゲームに反映できないものか、
と考えるとこれがなかなかむつかしい。
あらかじめアニメーションを作っておいて、
それをストリーミングで流すだけなら簡単だけど、
リアルタイムの3Dアニメーションとなったとき、
かなりやっかいなことになる。

リアルタイムで3D(2Dでも同じだけど)で動かすとき、
データ量を抑えるためにい、
アニメーターは、1ループ分のモーションだけを作る。
たとえば、歩き1歩分ってぐあいだ。
同様に「手に持つ」とか「立ち上がる」とか「ジャンプする」
なども個別のパーツとして作る。
で、必要に合わせて、
それをプログラムでつなぎ合わせるわけだ。

動きの「意味」を表現するにはこれで十分だ。
各パーツのアニメーションに注力すれば、
それなりに味のある動きにもなる。
しかし、あとちょっとだけ(多くの場合1秒未満)、
止まっているとか、尺をつまむとかずらすとか、
そういう「個人芸」を表現するとなると、
できるにはできるが、膨大な作業となる。
なによりもデザイナーが自分でいじれないのがいたい。
指示できるということは、
ある程度予想がついていることを意味するが、
デザインの場合は最初にそういう予測が立つことは、
そんなに多くない。
試行錯誤の連続になる。
なので、他人に指示してってのは、そう簡単なことではない。

つまりスゴイアニメってのは、
ゲーム機では再現できないってことだ。
これはなんとかしてなにゃーいかん課題だろう。
つまりアニメーションのクリエイター自身がいじれて、
それでいてプログラムが容易に受け取れ、
データ量も小さい。
そういう仕組み。っていうかツール。


2005/08/16(火)
キスで行け!

そういえば、ぼくらが子供の頃の戦争映画は、
ドイツ兵が必ず悪者だった。
ドイツ兵=悪いヤツ=敵。
となんの疑問もなくそう思っていた。
でありながら、じゃー、
ドイツ人=悪いヤツ=敵。
って思っているかっていうと全然そんなことはなくって、
ドイツ兵≠ドイツ兵と自然に感じられている。
これは戦後のドイツ人の努力のたまものなんだろう。
一方、日本はというと
当時の日本兵だけでなく今の日本人も嫌われている。
中国なんかは、
情報操作でうまく日本をスケープゴートにしている
という点もあるきもするが、
そういう意図を引き算したとしても、
今の自分たちの
なにかしらが足りなかったり間違ってたりするんだろう。

こういう本は普段絶対に読まないんだけど、
人工知能学者の松原仁先生から
「HUB名人の思考法は、他のプロ将棋士と全然違う」
とよく聞いているので、『決断力』買ってみました。
で、その中に出てくる「キス(アプローチ)で行け!」
メロン大学(こう書くとすごい楽しい大学に見えるな)の
金出教授の言葉で"Keep it simple, stupid"の頭文字だそうです。
つまり「もっと簡単にバカにやれ!」ってことっすね。
HUB名人は常々「ごちゃごちゃ考えない」ことを
もっとーにしているみたいです。
「1時間以上考えてるなんてのは、
考えてるんじゃなくって悩んでいるだけだ」とはかっこいいです。
なのでそれにあやかって、
これからは1時間以上仕事しないことにします。
さすが名人、それ以外にもいいことをいっぱい言ってまして、
中でも
「直感の7割は正しい」
という言葉が好きです。
HUB名人の直感と自分の直感を同じに考えるのは、
おこがましいこと甚だしいわけですが、
でも、なんとなくわかる気がします>7割方正しい。
たいがいの「考え中」は、その直感の正しさの確認やら
その直感を採用することの決断に使われているってことが
多い気がします。
が、しかし、そうは思ってても、
自信をなくしているときには、
なかなか直感の声に従えないものなのだ。


2005/08/12(金)
お試し

ちょっと気になるマンガの単行本があった。
気になると言っても表紙の絵を見てだけだから、
ハズレである可能性も大だ。
なんとか絵のタッチがみたいもんだと、
ビニール袋をギリギリまで開いて中を見ようとするが、
これがなかなかうまくいかない。
500円くらい、失敗しろよ>おれ
と思う自分もいるんだけど、
そこは根が小市民なんで、いじましい努力を続けた。
(結局中身を確かめられないまま買っちゃったんだけど)

大の大人がたかが500円の本に対してもこの真剣さなわけだ。
パッケージや簡単な広告だけで
4000円、5000円払ってというゲームは、
けっこう無茶な話だと思う。

そう思うと、
雑誌で連載→単行本化っていうのは、
なんと良心的なシステムなんだろう。
売り手としても雑誌連載中にマーケット(人気度)が
わかるわけだから刷数のめどがつくし。
と思うと同時に、
なんで雑誌で1回読んでいるのにもう一度買うんだ>おれ
不思議だ。とも思ったりする。
もちろん、雑誌で読んでておもしろいと思っても、
単行本まで買うってマンガはうんと少ないが。

と思うと、ゲームでも、
どっかで発表したのちに、パッケージで売るっていうのは、
やはりありなのかもしれないと思う。
そういうと、一度無料でやると買わないから。
と反論されるが、
その理屈だと、
マンガの単行本に限らず、
映画やテレビドラマのDVDとか連載小説なんてのも
売れるはずがないということになってしまうから、
きっとそれなりに工夫すれば、
売れる余地はあるんだろうと思う。
少なくとも買う側にしてみれば、
買う前に遊べるってのはすぐにでもほしいシステムだろう。

「お試し版」っていう仕組みがすでにある。
っていう話もある。
これはこれでいい仕組みだと思う。
しかし、
どこが違うのか自分でもうまく説明できないけど、
連載中から愛読してたマンガが単行本になったときに、
待ってました!と買う喜びと、
例えば「見本紙」みたいなものが店頭に置いてある。
っていうのでは少し温度が違う気がする。
物語が進行しているのを同時体験している快感なのか、、、
いや、連載中のころは読んでいなかったってマンガもあるなー。
う~ん、よくわかりませぬ。


2005/08/11(木)
脱出ゲーム


">二大政党っていう構造はよく聞くけど、
ここのところの日本を見ていると、
唯一政党政治ってのが成立するんだなーと思う。
自民党内の自作自演?自暴自得?自業自得?
ともかく民主党ら野党には「役」が回ってこない。
同盟である公明党だってそうだ。
全く不思議な現象だ。
さてさて、
起きる頃には衆議院が解散されているんだろうか。

ネットの世界の端っこでは、
「脱出ゲーム」というのが流行っているようだ。
アドベンチャーゲーム(謎解き型ゲーム)のうちで、
閉じこめられた部屋からの脱出が目的となるゲームと
さらにジャンル?を狭くしたゲームの総称だ。
ゲームのシステムも目的もずいぶんと古い。
画面のどこかをクリックすると鍵やらメモやらが出てくる。
それをどっかに使うと謎が1つ解け、さらに1つヒントが生まれ、、、
それを繰り返して部屋から脱出するゲーム。
あまりに古いんで新しく感じるくらいだ。

こういうゲームが今流行っている理由を考えると
いろいろ考えさせられたりもする。
1つの理由は、FLASHで作れるということだ。
今のバージョンならこの程度のゲームなら簡単に作れる。
つまり、誰もがゲーム作家にまわれるわけだ。
さらにインターネットとの相性もいいので、
ブラウザ上で容易に公開できるし、
プレイする側も特別なソフトを必要としないってのも、
作り手としては張り合いがあるだろう。
もう1つの理由は、
いちいち説明書を読まなくても、
操作性も目的もはっきりしているという点だ。
すでに普通の人にとっては、
マニュアルを読まなくてはいけないようなややこしいルールや、
いくつものボタンを使うような複雑な操作性は、
耐え難いうざさになっている。
さらに、1つの脱出は20分もあれば解決してしまう。
そうしたゲームが何種類もある。
この短い時間×いろんな種類ってのが、
とても遊びやすいんだろう。
さらにさらに、
単に反射神経を使うとか、
ひたすらルーチンワークを繰り返すような遊びではなく、
ヒントを読解したりアイテムを使う場所を考えたりと、
ちょっとだけ頭を使わないといけないってあたりも、
ただの時間の浪費に感じなくていいのかもしれない。

どの要素も今のコンシューマゲームでは、
あまり見られない気がする。
こうしたゲームがタダで遊べてしまう。
ってあたりは、
業界の人はもう少し危機感を持って見る必要がある気がする。

いくつか有名どころをあげておくとこんなところ↓
※以下は、MIXIコミュ『脱出ゲーム大好き
からの抜粋
『TAKAGISM』
『Droom』
『ミストチックハウス』
『My Diamond Baby』
『Welcome to the secret house! 』
『密室船』
『motas』
『ABCO』
『Twelve Doors』
『ダークルーム』
『Linsnail's Room』
『The Dark Room』
『Invitation』
『Invitation2』
『Gimmick』
『hotel』


2005/08/04(木)
精神的飢え

精神的飢餓感という「亡霊」は、生涯消えないのかもしれない。
愛川欽也が言っていたけど、
戦時中の飢えを経験していると、そのあと、
いっくらおいしいものをたらふく食べても
「飢え」が消えないのだそうだ。
もちろん、胃袋は満足しているはずなのに、
子供の頃焼き付けられた脳の中の「亡霊」が消えないのだ。

ムームーの事務所の会議室は和室だ。
和室なので押し入れがついている。
押し入れの中にはボードゲームがいっぱいはいっている。
ぼくがボードゲーム好きなのが第一の理由であるのは
間違いないけど、
小さい頃、
おもちゃを買ってやるからとデパートに連れて行かれ、
結局買ってもらえなかった恨み、
何度も見た、
押し入れいっぱいにプラモデルが詰まっている夢、
そういう「飢え」が、
もう押し入れに入らないというのに、
遊びきれないくらいあるのに、
ついつい買ってしまう原因なんだろうなー、
もし押し入れがなかったらこうは買わなかったかも、
とか思ったりした。

今みたいになんでも手に入るっていう時代は、
子供たちは何に対して「飢え」を感じているのだろうか。
「飢え」を感じないことはいいことなんだろうか。
とか思ったりもした。


2005/08/01(月)
ほめられたいから

モノは再利用した方がコストを抑えられる。
は、常識的な考え方だ。
スペースシャトルが登場したときに、
使い捨てのロケットに比べて1/3のコストですむ。
が売りだった。
が、実際のところ
使い捨てロケットの3倍以上のコストがかかっているそうだ。

ちょっと前の『ほぼ日』で、
「おれ、おもしろいでしょ」と話している落語家

「これ、おもしろいでしょ」と話している落語家
がいて、
まず前者はおもしろくないという話が書かれていた。
たしかにその通りだ。
前者には、
何かしら鼻につく感じ、さめた目線を感じてしまう、
そういうことは多いような気がする。
ほめられたい、自慢したい、そういう気持ちってのは、
何をしているときだって、誰にだってあるはずだけど、
自分が伝えようとしているネタがおもしろいのか、
それとも、
自分がほめられたいだけなのか、
そこのところの区別は意外に難しいぞと思った。
ゲームを作っているとき、
あるいは本を書いているとき、
いったい自分はどっちの気持ちが勝っているんだ?
ほめられたいがために作ってるんじゃないのか?
と聞かれると、
思い当たる点がないわけでもない気もする。
気をつけねば。




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