人間風車

2007/01/29(月)
百間は1プレイにしかず

『89329(ヤクザ23区)』という映画が、
「YouTube」で異例のヒットになっているとか。
「とにかく見てほしい」という理由で
無料公開に踏み切ったのだそうだ。
無断にアップされてしまって
売り上げが落ちることを心配するより、
積極的に宣伝媒体として利用する
というほうがいいのかもしれないと思った。
(もっともこれはYouTubeの映像が荒いため、
そのこと自体が著作権プロテクトになっている可能性があるけど)
とくにインターネットってのは、
そういうことに適したメディアなんだろう。
(それはそうと、こうした使い方って、
Web1.5くらいっていうんだろうか)

連載されている漫画の単行本が売れたり、
連続ドラマのDVDが売れたりすることを考えると、
先に見られてしまうことが、
必ずしも売り上げを落とすことになるとは
限らないということなんだろうな。
むしろ、
雑誌の連載、テレビでの放映が「広告」になっている。

ゲームなんかでも
FLASHで作ったサンプルで公開するというのがあるけど、
Wiiのバーチャルコンソールのように、
本番ゲーム(の一部)をサンプルとして、
そのままゲーム機にダウンローできたるシステムが
「普通」になると、
おもしろいことになるんだろうな。
ゲームこそ百聞は1プレイにしかずだから。


2007/01/24(水)
後ろに人が見える情報

よくは知らないけど、
村上春樹が翻訳している本が売れているそうだ。
翻訳した本、つまり、
彼が書いた本じゃなくって、
別の(複数の)作家の本が売れているということらしい。

本に限らず、映画でもテレビ番組でも服でも
ゲームでも車でも温泉でもラーメンでも、
今は自分で情報をかき集め、
自分の基準でチョイスしていける時代じゃない。
そうするには、
空いている時間は余りに少なく、
情報は絶望的に多い。

以前だったらそういうとき役に立ったのは、
情報誌だったり、
雑誌やテレビでの紹介情報だったりした。
でも、
誰もが一度は、
そういう情報で手痛い目にあっているので、
利益の絡んだ「紹介」は怪しい
ってことにすっかり気がついてしまっているので、
そうそう、
今まで通りには情報誌に手は伸びない。
以前でも評論家やレポーターみたいな人はいたが、
いかにもスポンサー「おかかえ」風であって、
今ひとつ信用できなかった。
そこに、
インターネットが登場し、発達し、普及し、
誰もがウエッブサイトを作れるような時代になり、
グーグルに代表される検索技術が進歩したことで、
情報を得ること、
情報を吟味することの手段が格段に広がった。
(っていうか、質がかわった)

ネットの世界はある意味で
非常にパーソナルな情報空間といえる。
プライベートな空間ともいえる。
情報誌や雑誌、テレビがマスであり、
没人格的であるのとはそのあたりが大きく違う。
(テレビには人がいっぱい映っているが、
自分たちと地続きの人格とあまり感じられない)

ネット技術の云々より、
その情報の後ろにちゃんと人が見えること、
そのことがインターネットの大きな力であると思う。
ネット上での情報はある意味、
(場合によってはそれが匿名でも)
リアルな人(たち)の提供したものと見えるから、
ぼくらはつい、
そちらの情報を信じて、
当てにしてしまうんだろう。

で、村上春樹。
彼の翻訳する本というのは、
彼のアンテナにひっかっかった本ということだから、
(翻訳が本職じゃないから、
食うために好きでもない本を
翻訳しているということはないだろうから)
人とそれを紹介する気持ちが、
くっきり見えている本と見える。
そのことが、
買う際の大きな安心になっているんだろう。

情報誌に載っている、
雑誌やテレビで紹介された、
という「宣伝」はこれからもっともっと
「価値」を失っていく気がする。

以上、
さっき風呂で読んだ「グルメ本」が
あんまりだったんで、
そんなふうなことを考えましたとさ。


2007/01/23(火)
ポイントと円

某ショップでは、
100円分買うと1ポイントがつく。
1ポイントは次回の買い物の1円割引となる。
1000円買うと10ポイント。
つまり10円(次回)割引。
10円割引といわれると
ちっともうれしくないけど
10ポイントといわれると、
ちょっと価値があるように感じてしまうのがミソだ。
100ポイントゲット!なんていわれると
すっげーもうかったと思うけど、
(1万円買って)100円割引ってことだから、
経済的にいえばそー得したってことでもない(笑)
しかも、100円割引といったって、
次回買い物をしたときに!だから、
さらに得した!ってことではない。

イメージというのはホント不思議だ。
きっとこういう錯覚というかマジックというか、
そーゆーことがいっぱいあるんだろうな。
みのもんたがお昼の番組の商品で、
視聴者へのお礼に、
もったいぶってテレカを配ってたのも、
(今は何を配っているんだろう)
「タモリ倶楽部」でタモリが
手ぬぐいの「価値」を高くしているのも、
同じ仕組みなんだろーなー。

ゲームを作っていると、
パラメーターの桁やアイテム数が
ついついインフレを起こしてしまう。
ついつい、
たくさんの量、たくさんの回数
パワーやアイテムをあげることが
サービスと勘違いしてしまうからだ。

イメージをかえる。
けちる。
そこらあたりでインフレを回避する方法を見つけないとなー。


2007/01/19(金)
貧乏性

デバッグ期間も後半になると、
意外と実作業の時間は短い。
よっぽどのことがない限り、
もう仕様自体をいじることはできないし、
フリーズするなどの深刻なバグは、
ほとんどクリアしているからだ。
見つけられるバグは、
「私」と「わたし」が漢字不統一です、
一瞬処理が重くなります、
このイベントが終わった後に、
このメッセージでは違和感があります、
などなど、
仕様以上バグ未満の不具合が多くなる。
直すのは簡単だから、直してもいいし、
直すことで二次災害が起こるようなら直さない方が良い、
そんなレベルの不具合だ。

なので、
直すにしても、実作業時間も数時間程度になる。
じゃー、楽でしょう?と言われるかもしれないけど、
たしかに体はラクだ。
でも、
精神的にちっとも楽じゃない。
いつ深刻なバグが発生するかもしれないし、
発生したらすみやかに直さないといけない。
だから、ず~~と軽く緊張しているし、
息抜きに遠出というわけにもいかない。

性格的に、
毎日少しずつとか、
毎日コツコツというのが苦手でしようがない。
1日5時間×7日働くより、
3日寝ないで働いて残り4日は完全オフというほうがいい。
なので、
今のような状態は実は苦手だ。
じゃーどうしてるかってーと、
なんと次のための仕事をしている!
どうせ完全オフにできないんだから、
それなら1日仕事でみっちり埋めてしまう方がいい。
我ながら貧乏性というかせっかちというか、
ワーカーホリック的な性格だなーと思う。

この仕事のやり方は端には誤解されやすい。
特に、
今しかかっているプロジェクトの関係者にしてみれば、
この人、飽きてるんじゃないだろうか、
この人、気がゆるんでいるんじゃないだろうか、
などなど、気が気でならないだろう。
しかし世の中、
中途半端な仕事量より、
目一杯の仕事量の方がかえって仕事が早く片づく。
1つの仕事を集中的にやるより、
いくつかの仕事を平行してやるほうが
かえって1つのプロジェクトに集中できる。
世の中には、そんなスタイルのヤツもいる。
ということで、一つよろしくです。


2007/01/17(水)
ビタミンC

ミカンは大好きだけど、
すっぱいミカンは苦手。
注意深くミカンを選ぶけど、
(経験上、
皮と実の間に隙間があるミカンは酸っぱい確率が低い)
それでも酸っぱいミカンにあたってしまうことがある。
この時の不幸な気持ちったらない。
ということで、
安全!にミカンを食べるために、
ここのところは
「高糖度ミカン」というのを買うようにしている。
これだと100%失敗がない。
ミカンの平均的な糖度は10度くらいと言われるけど、
高糖度ミカンの糖度は17%にもなる。
これなら、どれを選んでも
絶対安全ミカン!

それはそうと、
ビタミンCは必須のビタミンであるにもかかわらず、
どういうわけだか体内で合成されない。
ビタミンCが作れないのは、
ほ乳類では、
人間とサルの一部、モルモットだけであることを考えると、
これは不思議だ。
想像するに、
木の上に棲んでいた頃、
まわりにはいっぱい木の実があったので、
ビタミンCはとっても取りやすかったに違いない。
そのため、
わざわざ体の中で作る必要もないと
いつの間にか、
作らなくなってしまったのではないだろうか。

ちなみに、
ビタミンCは大切なビタミンであるものの、
風邪の予防、治療に強力な効果があるかどうかは、
ちょっと怪しいということらしいですね。


2007/01/16(火)
20代後半

天才物理学者や数学者が、
その偉業を達成するのは、
多くの場合20代後半だったりする。
アインシュタインも26才で、
ほぼ彼の人生の
「全仕事」を完成させてしまっている。
物理学に限らず、
囲碁将棋の世界でもそうな気がする。

それは、
脳みそをフル回転させられるのは、
20代後半(まで)という
生理的理由からだろうか。
それとも、
20代までのイイ意味での世間知らず、
つまり常識にとらわれない自由な発想が
功を奏しているのだろうか。
10代の方がもっと世間知らずなはずだが、
きっと10代では、
基礎的な知識が足らないんだろう。
基礎的な知識+常識にとらわれない自由な発想
プラス生理的な意味での脳のコンディション、
そのバランスがちょうど良いのが、
20代後半ということなのかもしれない。

ということで、
20代後半の人はがんばってください。
今がピークです。
遊んだり休んだりするのは、その後でもできます。
今は一生懸命、がんばりましょう。
働いたり、勉強したりしましょう。

以上、
20代の後半をとっても無駄使いしてきた人間からの
忠告だったりお願いだったひがみだったりします。


2007/01/15(月)
ちょいノロ

正月過ぎからずっと胃が重い。
そんなに暴飲暴食をしたつもりはないんだけど、
なんだかずっしり動きが鈍い。
下痢や吐き気というはっきりした症状はないけど、
胸焼け飽満感がある。
これって今流行のノロのせい?
でも劇的な症状がないので、
ちょいノロくらい?
それとも単なる老化?

ちょっと買い物があって
超久しぶりに家電量販店の
ゲームコーナーに行く。
改めて、
わざわざ、ココまでこないと
商品を手にすることができないっていのは、
問題多すぎと思った。
ふらっと入れる町の本屋さんレベルに置かれないと
普通の人には
関係の薄い商品になっちゃうんじゃないかなー
なのに、
そんな状況の中でミリオンを出す
「脳トレ」系ってなんなんだー!
とかいろいろな思いがよぎる。
と同時に、
今度出す予定の作品は
いったいどこらへんに並ぶんだろうかなーと
見回してハッとした。
な、並ぶべきところがない!
しいて言えば、
この棚とこの棚の間(の空間)あたり?
って感じだ。
うううむ、毎度のことながら、
ちゃんとしたジャンルに収まるモノを
作れないんだろうと自分をうらむ。
きっとまたゲーム誌でのジャンル定義は
ETC(その他)だろう(笑)


2007/01/12(金)
人材

今はゲームらしいゲームがあまり売れない。
ゲームらしいゲームを作りたい人たちってのは、
今、どうしているんだろう。
今、どんな気持ちでいるんだろう。
じっと辛抱!って思ってくれていたらありがたいけど、
どっか別の世界に行ってしまおうとしているなら、
ゲーム業界全体では、とても大きな痛手だ。

なんて心配が
どんどんリアリティーを持ち始めている気がする。
当たり前だけど、
モノを創るのは人である。
いくら環境が整備されようとマシンが高機能になろうと、
すぐれた人材がいなくてはモノは生まれない。

振り子は両端に揺れるという言葉がある。
今、いわゆる非ゲーム系ソフトが勢いがいいが、
逆の端、つまり、
ゲームらしいゲームへの揺り返しが来るんだろうか。
そのとき、
そういうゲームを作れる人材やノウハウが
ソフト会社に残っているだろうか。

おれのようなものが心配するのもあれだけど、
ちょっとそんな気持ちになった。


2007/01/11(木)
宇宙の数

量子力学とか超ひも理論などの本を読んでいると、
いったい宇宙は幾つあるんだ!
と呆然とさせられる。

宇宙、英語で言えばuniverseなのに、
全然uniではないらしい。
最近では、
そうしたたくさんの宇宙の総称として
multi-verseなんて造語まであるくらいだ。

まず、量子力学の解釈の一つとしてある
多世界解釈。
シュレディンガーが猫の装置で否定したように、
量子力学では、
例えば原子も、
だれも見ていないと、
じわりといろんな状態に「ぼやけてしまう」
いろんな状態が重なり合うという。
それが、
だれかが見た(観察した)瞬間、
急激にフォーカスがあって1つの状態に落ち着いてしまう。
しかも、どの状態に落ち着くかは確率で決まる
というから、
アインシュタインじゃなくても、
「ちょっとまってよー」と言いたくもなる。
そんな奇妙な現象を別の解釈ですっきりさせようとしたのが、
多世界解釈だ。
多世界解釈によれば、
1つの世界でいろんな状態が重なりあっているんじゃなく、
状態の種類だけ、世界つまり宇宙が分裂するという解釈だ。
どの世界も状態は1つだけだ。
ということになる。
おれのような素人には、
さらに「事実」より遠ざかった気がしないでもない解釈だけど、
同じ「場所」に世界が重なり合うというのは、
部屋の中でいろいろな周波数の電波が飛び交っているけど、
ラジオチューナーでは
同時に1つの放送局の電波だけを受信する。
そういうイメージだと言われると、
なんとなく納得してしまう。

1つの原子でさえ、いろいろな状態がある、
つまりいくつかの世界に分裂するとなれば、
いったい世界、つまり宇宙はいくつあるんだという気持ちになる。

一方、
そういうたくさんの宇宙とは全く関係なく、
重力が他の3つの力よりうんと小さいことなどから、
どうやら、
重力がおれたちの宇宙から漏れているとする説がある。
こうしたアイデアが、
インフレーション理論から導かれる
ベビーユニバースなんかの概念とくっついてか、
宇宙はたくさんあって、宇宙と宇宙の間で
重量が影響しあっているんじゃないかという説がある。
つまり、
われわれの宇宙は石けんの泡の1つのようなもので、
その周りにはたくさん別の泡(宇宙)がある。
という説だ。
ここでも、
いったい、宇宙はいくつあるんだという気持ちになる。

この宇宙だけでもたくさんの宇宙が重なり合い、
そういう宇宙がたくさん隣接しているのが
宇宙全体ということになると、
果たして宇宙の総数って何個だ。
どれだけメモリーがあればいいのか。
IDは何桁まで用意すればいいのか。
CPUは処理落ちしないのか。
なんて感じで、
心配もどんどんずれた方向にいってしまう。
強い人間性原理というよりは、
強いゲーム性原理といったところか。


2007/01/10(水)
2

続編を作りたいと思うことがほとんどない。
とくに、
続けて作るなんて気持ちには全くなれなかった。
事実、
ムームーの作品で続編が出ているのは
『ジャンピング・フラッシュ』シリーズだけだ。
(これはおれがあまり関わっていないゲームだった)
むろん、続編が出ないのは
セールス的に成功していないのも大きな要因だ。
(っていうか、最大の要因か)
もし大ヒットしていれば、
おれがイヤだイヤだと言っても、
出さざるを得なかったに違いない。
それでも、
今までにそういう話がなかったわけではなかった。
でも、
「続編を作るくらいなら、次を作らせてくださいよ」
ということで、
新作を作らせてもらっていた。
1つの作品がマスターアップになるころには、
頭の中では、
新しいアイデアが順番待ちしている状態なので、
終わったばかりのものに、
もう1度チャンスを与えてやっているヒマ?はないのだ。

とは言うものの、
タコ社長的立場のオレにしてみれば、
諸々の「減価償却」をするために、
「是非、続編を!」とお願いしたくてしようがないし、
だいたい、完成間近ってのは、
「ああすればよかった、こうすべきだった」
ということばかり思いつくものなので、
そういう意味では、
続編を作ってそのアタリの怨念を
成仏させてやりたいという気持ちもないではない。

でも、まーそれ以上に、
順番待ちのアイデアを外に出したいという
気持ちの方が勝っているわけである。

ところが、どういうわけだか、
今回ばかりはすぐに続編を作りたくてしようがない。
別に順番待ちのアイデアがいなくなったわけではないし、
経済的に緊迫しているというわけでもない。
疲れているわけでもないし、
テンションがさがっているわけでもない。
たまに絵でもバリエーションを描きたくなることがあるけど、
それに近い気持ちといったところか。
これは自分でもとても珍しい心境だ。

さて、どうしたものか(笑)
とりあえず、
自主的に作ってみようかなと思っているところだ。


2007/01/09(火)
人間は何を食べてきたか

正月休みはずっと
『人間は何を食べてきたか』(全8巻)を見てた。
86年~94年くらいの放映、
つまり20~10年前のコンテンツだけど、
今見ても実におもしろい。

アフリカでスイカを「主食」とする人たちがいる。
栽培しているスイカを「ごはん」とよび、
野生のスイカを「水」とよぶ。
どちらも甘くないスイカ。
(スイカはアフリカが原産地だったのだー)
ドイツ人がアンコウの吊しぎりそのままに、
豚をさばくのもすごかった。
できたての魚醤をかけただけのご飯が、
すげーおいしそうだった。
乾燥したラクダの糞のおき火で焼くパンは臭そうだった。
17世紀までインドのカレーは
辛くなかったって話は75へぇーくらいだった。
(唐辛子が南米から伝わっていなかったので)
トマト、ジャガイモ、トウモロコシだけじゃなく
カボチャも南米原産だと知って、
おそるべし南米と思った。
(なんて、食の神に愛された国だったのだ)
どっかの遊牧民が
ヤギの大きくしたヤツの乳を直に飲んでいる、
つまり、
棒状の乳頭をつかんでチューっと吸っている姿が、
大人としてはドキッとしたりした。

人間は何を食べてきたか


2007/01/05(金)
謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
年内、おそらく早い時期に
次の作品をお見せできると思いますので、
よろしくお願いします。

ということで、
今度の年末年始は、
久しぶりにず~~っとテレビを見てたのでした。
いつも見てるくせに~っ
て言われるかもしれないですけど、
たしかに、年末年始じゃなくても、
いつもテレビはついてます。
ただ、
見るというほどテンション高く接してはいないので、
特に好きな番組とかあるわけではなく、
いつもは、
どっちかというと映像装置というよりは、
照明+音響装置として存在しているって感じです。
(DVDで映画を見るときくらいかなー、
真剣に接するのは)

それにしても、年末年始の番組は緩いなー。
むかしはその緩さが、
なんかちょっとイヤというか
つまらないと思ってたんだけど、
自分も同じくらいグズグズだったんで、
バランスが取れてたのか、とても楽しかったです。
あるいは、
放屁のようにオヤジギャグを飛ばす
そういうお年頃になったためなんでしょうか。
それにしても、
小学生以来かなー、
番組表片手に、次はこれをそれを見たらこれ。
これは録画するから、その間はこれ。
と、
あみだくじをやるように番組表とにらめっこしたなんて。

そんな中、いい話も拾いましたよー。
「子供は読んだことのない本は買わない」
某絵本ショップの店主の言葉です。

この店は子供たちに積極的に立ち読みの場を与えるそう。
大人はつい立ち読みでもされたら
買ってもらえないと思ってしまうので、
ビニール袋に入れたり、帯をしたり、
「周りの人に迷惑です」
と周りの人のためと方便したりして、
買うまで読ますまいとしてしまう方向で考えてしまうけど、
そーじゃないんだなー、子供って。
あー、目から鱗だ!
そういえば「テレタビーズ」という子供番組では、
同じドラマを2回繰り返すもんね。
何度も繰り返しても楽しめる。
これは子供の特権なんだろうか。
大人はないんだろうか。
ゲームも(タダで)遊ばせてしまったら、
買ってくれないんだろうか。
そのあたりは考える余地ありだなーと思いました。




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