人間風車

2007/08/30(木)
叱れないパパ

叱れない、叱り方がわからないパパ。
朝青龍問題を見ていると、
相撲協会がそんなパパに見えてくる。
問題は最初、
仮病(腰の骨折)を使って仕事(巡業)を
さぼって遊びに行っちゃった。
という
軽くはないかもしれないし、
横綱という立場を考えると
どーよとかいう問題はあるにせよ、
軽率だったりわんぱくな事件であったにせよ、
悪質な感じはしない、
とっても単純な問題だったはずだ。
そしてバレた時点で、
すぐに謝らせ、すぐに仕事に復帰させ、
すぐに「相応」のペナルティーを与えれば良かった。
そして単純かつけしからん問題として
さっさと処理すべきだった。
そこを協会のメンツからか、
いろいろ加工や演出をして、
こじらせてしまった感がある。

普段からちゃんと叱れないから、
こーゆー横着なことをさせてしまう。
そういう後ろめたさがあるから、
叱る段になるとその加減がわからなくなってしまう。
(世間体があるので、力が入りすぎてしまう)

「地震、雷、火事、親父」に代表される
父親の権威というか古い家族形態の崩壊と
スポーツでもない、
プロレスのような芸能でもないという、
現代っ子(力士)には理解しにくい
古い相撲社会の崩壊は、
ダブって見えてきたりする。

スポーツでも芸能でもない
相撲の独自のスタイルは、大好きなんですけどね。


2007/08/29(水)
転倒中

仕事も掃除と同じように、
毎日コツコツと
整理し、調整し、片付けるのがいいに決まっている。
なのに、未だにそれができない。

人にはきっと、
短距離走体質と長距離走体質の2タイプが
あるんだと思う。
最終的に走らないといけない距離は同じでも、
ばばばっと猛スピードで走る、
でもすぐに休憩しちゃう短距離型の人と
スピードこそゆっくりだけど、
休みなく着実に走る長距離走型の人。

もちろんどっちがイイ、悪いの問題ではないだろう。
どっちが性に合うかという問題だと思う。
ボクは間違いなく短距離走型だと思う。
走っているときは超集中しているので、
足下の小石に気がつかず、簡単に転んでしまう。
急に目の前に飛び出してきた障害物もよけられない。

ということで、
もっか転倒中(笑)
(例によって1ミリも内容は書けないのでした)


2007/08/27(月)
どん引き

クジラウオッチングの目の前で捕鯨
「正規」の調査捕鯨だったようだし、
捕獲エリアも問題なし。
クジラを追っているうちに、
クジラウオッチングしている船のいるところまで
行ってしまったようで、、、なんとも。
しっかし、クジラウオッチングの人たちは、
どん引きだったろーなー。

かわいいけど食べちゃうという
「都合の悪い真実」を
ちゃあんと正面から見ることも大切だと思うけど、
こと、クジラに関して言えば、
こーまでやっきになって
捕鯨する必要(=栄養的、文化的需要)が
あるんだろうかと疑問に思わないでもない。

久しぶりにでかい「宿題」が出てきて、
頭を悩ます日々。
「でかい」のがボリュームなら問題ないんだけど、
質的問題、コンセプトの問題なので、
頭が痛い。
頭が痛くなると、つい、
質的問題を量的問題に置き換えて、
考えたくなってしまう。
イイ言葉で言えば、量で勝負、
悪い言葉で言えば、量でごまかす
のはある意味とても楽だ。
が、
それはやめようと思っているので、
頭が痛い。
でも頭が痛いの先にしか、
頭が良くなるとか、気持ちいいが来ない。
それは、
スポーツをしたときの筋肉痛と同じだ。

2007/08/26(日)
今の気分

今、どーゆー気分というか、
どういうのが作りたいか、
何を作っているつもりなのか、
と聞かれたら、
「最近のジュース」と答えようと思っている。
(まだ、誰からも聞かれていないw)

僕らが子供の頃には、
ジュースと言ったら、
合成着色料、合成甘味料、強い炭酸
1っつも体に良くない、
っていうか、むしろ有害な、
親が目の敵にする飲料、
子供にはやめられない、とまらない飲料。
子供だけのものであって、
大人になったら飲まない(飲めない)飲料。
そういうものだった。

それが今では、
天然果汁が入り、
各種ビタミンやアミノ酸が入りーので、
すっかり
「健康アイテム」の仲間入りを果たしている。
それでいて、
栄養ドリンクとは一線を画して、
カジュアルな立場を保っている。

ジュースに栄養は必要か?
そもそもジュースに含まれている栄養分って、
どのくらいのもの?(少ないでしょ!)
という疑問はありつつも、
じゃー、今、あえて、
無果汁のジュースを飲もうとしますか?
高カロリーのジュースを飲もうとしますか?
栄養なしのジュースを飲もうとしますか?
と言われるとそうでもない。
たかがしれたものと思っていても、
やっぱり、
何にもならないものより、
少しは役に立つものと思ってしまうのが、
人情というものだろう。

じゃー、いっそのこと
青汁や栄養ドリンクにしようとか、
逆に水だけにしようとか、
そういう遊び心のないのも、
(そればかりだと)
ちょっと窮屈だ。
たまには、
甘いとかおいしいとかすかっとするとか、
そういう俗なテイストがほしかったりする。

以前からあるスタイルのゲームがどれに当てはまるか、
「脳トレ」系のゲームがどれに当てはまるか、
明言は避けさせてもらいますが、
うち、というかボクの今の気持ちは、
今のジュースくらいのところが、
一番作りたいとおもっているし、作りやすい。
ってところです。
あくまでジュース(お菓子)を作りたいと。
でも、
ちょっと栄養があった方がありがたいし、
だいいち、おいしいでしょ、と。


2007/08/23(木)
ウィニー問題

また<ウィニーによる内部資料の漏洩事件
今ではまったく新鮮みのない事件だけど、
"下請けの<中略>の個人パソコンから流出"
という話をきくとぞっとしないでもない。

ムームーではそういうことが起こらない。
でも、
一緒に仕事をしているところのどこも大丈夫か、
と言われると自信がない。
もちろん、そうはお願いしてるんだけど、
管理できているかというとそうでもない。
仕事をするに際しては、
メーリングリスト(ML)を多用している。
(別にうちに限らないと思うけど)
一緒に仕事をしている全員にMLは流れる。
その中の一人がウィニー問題を起こしたら、
MLの内容が公に出てしまう。
MLの内容は素の情報なので、
これはとってもとってもヤバイ。

MLに参加する人を限定するとか、
Wikkiのような閉じた世界だけでやりとりする
という手もあるんだろうけど、
即応性、手間暇の問題からあまり有効ではない。
今のところ、
ML以上に簡単便利な仕組みが見あたらない。
となると、
やっぱりヒューマン・プロテクト、
プロジェクトに関わっている人の
モラルに頼らざるを得ない。

と思うと、上の話は他人事ではない。


2007/08/22(水)
ITS的

久しぶりにiTunes Storeをのぞいてみたら、
品揃えがとってもよくなっていたのでビックリ。
ちょっと前までは、
日本の曲を中心としたプアーな店だったのに、
古い言い方をすれば、
輸入盤ぽいのがいっぱい並んでいるようになった。

これはやばい!
ITSが
今までは、興味のないインフラ&コンテンツだったのに、
今では、もっとも手軽なお店になってしまった。

よく考えたら、
いろんな国の、いろんな音楽ってのは、
リアルショップでこそ、並びにくい。
知名度もなく、売れるかどうかわからないからだ。
そもそも、
そういう音楽が商品化されるかどうかだって
怪しいし、厳しいだろう。

プレス代、運送代、ストックのリスク、
空いている棚スペースなどなどの問題から、
新しかったり、マイナーだったりする
コンテンツは、
世に生まれ、人の目に触れるってのは、
とってもむつかしい。

しかし、電子ショップだと、
少なくとも上のような問題は一気にクリアされる。
試聴もできる。
ほしいと思った瞬間、手に入る。
しかも、自宅で。
今更ながら、
インターネットは貧者の道具と言われるのが
よく理解できる。

しかし、まだ未決の問題もある。
世に出たことをどう人に伝えるか、
という問題は依然として残るし、
日本人は、
CDという物質には金を払えても、
音楽という情報にはお金を払えない
とよく言われる。
(同じことをネットゲーの人も嘆いていた)
値段があまり変わらないなら、
データのダウンロードより、
CDを買う方を選ぶってのは、
自分もそうだから、その気持ちはよくわかる。

iTunesStoreで買って、itunesに保存する。
そのままitunesで聴くか、ipodに移して聴く。
ホントによくできたシステムだ。

そしてこのシステムは、
そんなに遠くない次期にゲーム世界にも及ぶだろう。
iTunesStore ...... Wii,PS,Xboxのバーチャルショップ
itunes ...... Wii,PS3,Xbox
ipod ...... DS,PSP
といったところか。


2007/08/20(月)
地球温暖化後

考えるべきことは、
地球温暖化防止ではなく
地球温暖化後の快適生活
なんじゃないだろうかとかふと思った。
かといって、
化石燃料の無駄使いはやめよう、
省エネでいこう、
空気を汚さないようにしよう、
水の無駄遣いもやめよう、
といった努力をやめようといことでない。
これらは、地球温暖化問題と切り離しても、
とっても大切なことだからだ。

地球温暖化はおそらく、
どんなに努力しても止まらない。
よくて、その速度を緩やかにするくらいだ。
この「辛い」事実をまず受け入れないといけない。
じゃないと、
温暖化した世界で生き抜く方策を考える時間、
つまりチャンスを失ってしまうことになる。
クーラーをガンガン使う、
水をじゃんじゃんまく、
家でじっとしている
なんて対策ではこの先やり過ごせそうにない。
屋根や壁を植物で覆う。
雨水を有効に利用する。
アスファルトの色を変えてみる。
クーラーの代わりに氷柱を使うようにする。
(実際、中越沖地震での避難場所では、
電気がいらない、つけた後の冷水が使える、
などでとても有効だったらしい)
などなど、
地球と自分の財布に厳しくない
温暖化した世界での生き方をちゃあんと
探らないといけない。


2007/08/17(金)
猛暑

こう暑いと、
どうして甲子園球児は倒れないのか、
いやいや、
どうして甲子園球児は死なないのか、
とさえ思えてきたりする。
球場の中は、市街よりうんと暑いはずだ。
そんな中で、
長袖長ズボンで動き回っているんだからスゴイ。
せめて守ってるときは、
腰に水筒くらいは許してあげたい気分だ。

それにしても、彼らは、
どんな対策やら訓練をしてるんだろう。
そのアタリの秘訣を是非、
「さおだけ屋はなぜつぶれないのか」
よろしく、
「甲子園球児はなぜ倒れないのか」
という本にまとめてほしい。

熱中症は、水分が足らなくなり
体温調整ができなくなった状態のことだけど、
熱中症になると、
4人に1人は死んでしまうという話だから怖い。
きっと、
ぼくらがじじばばになった頃には、
死因の一位は、
ガンではなく
猛暑、猛寒による体調不全になってるんじゃないだろうか。


2007/08/15(水)
もったいない

それにしても、この猛暑、もったいない。
なんとか、この熱を利用できないものか。
アスファルトなんて、
60度くらいになるそうだから、
そのくらいの熱さだったらなんかに使えそうだ。
アスファルトに触媒を混ぜ込んでおいて、
太陽熱を利用して酸素を発生させたり、
窒素酸化物を分解したりとか、
空気の流れを産むとか、
なんかないものか。

相撲はスポーツなのか、格闘技なのか、興業なのか。
そのあたりをハッキリさせないままだったのが、
今回の朝青龍問題の原因じゃないでしょうかね。
たしかに、その曖昧さが
相撲の魅力ではあったんだけど、
今の時代と微妙なずれを産んじゃってるんでしょうね。
例えば、
張り手は反則じゃないけど、
美学として張り手の乱用は抑されている。
取り組みは、勝敗の推移で適宜決まる。
「同体(同時)」という概念があり、
行司差し違え(審判の判定を覆す)がある
などなど。

力士はスポーツ選手ではなく、
もっと心事に関わる神聖な存在であり、
横綱なんてのはその頂点なわけなので、
今回のような行動は許されないという決定は、
それはそれでアリだと思うけど、
相撲とはそういうものなのだ!
スポーツでも格闘技でもない、
特殊なルールと美学によって成り立っているのだ
ってことを力士と海外に
ちゃあんとアピールしないとダメなんだろーなー。


2007/08/13(月)
トレーラー

ほんの数ヶ月前まで、
「トレーラー」という言葉が
存在することすら知らなかったのに、
いまではすっかりお世話になりっぱなしである。
正確な意味かどうかは怪しいけど、
「トレーラー」とは
どうやら宣言広告用の
ムービーだったり、デモゲームだったり、
そういうコンテンツのことらしい。

で、例によってX36○だけど、
このハードのトレーラーはとても充実している。
インターネットを介してサーバー上のデータを
ダウンロードする形でゲットする。
わざわざ、ゲームショップに行ったり、
ゲーム雑誌を買う必要はない。
たしかに、このトレーラーを体験すると、
とてもゲームの内容がよくわかる。
当たり前と言えば当たり前だけど、
ゲームは体感性命な遊びなので、
写真と文字、場合によってはムービーで
見せられても、本当の良さは伝わらない。
(逆にアラも目立たないという話もあるけど)
実際にデモゲームをプレイするに限る。

実際、X36○のデモゲームを遊んでみると、
ここまで遊べてイイの?と
こちらが驚いたり、心配してしまうほど
いっぱいの内容がプレイできる。
しかも、
単に本ゲームの一部を切り取った
デモゲームもあるにはあるけど、
多くはデモゲーム用にわざわざアレンジされている。

感謝する一方、
デモゲームで遊びきってしまって、
飽きられてしまわない?
本ゲームでのサプライズがなくなっちゃわない?
そもそも、そんなに長い時間、
デモゲームをみんなやりたがってる?
などなど、
人ごとながら心配してしまうしだいだ。
実際のところ、どうなんだろうか、
気になるところだ。

2007/08/10(金)
公開

ゲームを作っている最中は、
守秘義務のため、
そのゲームについて一切のことを口に出来ない。
(自分ではその掟はちゃんと守っているつもりだけど、
関係者によれば、
ここで書いているでも冷や冷やするらしいけど)
べつにこれはうちだけに限ったことじゃないので、
ゲーム関係者と飲んだり食べたりしても、
「今、何やってるの?」的な話がいっさいできない。
「あっち?こっち?」
「いつもの感じ?」
「ええ、まー、そのあたりかなー」
なんて、禅問答のような曖昧な話しかできないので、
場が盛り上がらない、盛り上がらない(笑)

ということで、
まずはうちの新作『タシテン』が、
情報公開になりましたようなので、
ここでご報告申し上げさせてもらったりします。
(今週号のファミ通にちょっとだけ載っているようです)
PSP、、、ではなくDSのゲームです。
そのあたりのいきさつや動機や狙いについては、
また後日。
(今回は、そこらあたりちゃんと説明しないとなー
と思っているので)


2007/08/06(月)
映画館

最近全然映画館に行っていない。
理由は、
・自宅のテレビが大きく、きれいになった
・市販のDVD映画が安くなった
・映画館での客のマナーが悪くなった
・上映スケジュールに合わせて行動するのが
 うっとうしくなった
あたりかなー。
2回見たい映画なら、あるいは誰かと見に行く映画なら、
DVDを買って見た方が安い時代になった。
DVD販売ががんばっているのか、
世界一高いと言われる日本の映画館が怠けているのか。
狭い家では42インチでも
そこそこ映画のムードが楽しめる。
一方、シネマコンプレックス化が進んで、
都内の映画館のスクリーンは小さくなる一方。
生活が不規則な上に、時間がないので、
映画の上映時間に合わせて行動するのが
なかなかうまくいかない。
っていうか、
映画に限らず、
相手(商品)の都合に自分の生活を合わせるということが、
だんだんと辛抱的になくなってきているのかも。
その点、
DVDなら見る時間は自由に選べる。
選択肢も多い。

ということよりも、なによりも、
最近、
映画館でしゃべる人が多くなってきたのが
どーもダメだ。
映画館では映画にすっぽり浸かりたい。
でも誰かがしゃべった瞬間に、
「映画館」の世界に戻されてしまう。
それがとてもイヤなのだ。
ルールやしつけの問題というより、
きっと、今の若い人たちは、
映画館で映画を見るより、
お茶の間で映画を見る体験の方が先だ。
見るのが先だというより、
お茶の間での映画の見方を身につける方が先だ。
家族としゃべりながら、何かを食べながら見る。
リラックスして、お茶の間の空間のままで鑑賞する。
映画の世界にすっぽり入ることはない。
そんな見方を先に身につける。
その見方を映画館に持ち込んできているような気がする。
それが一概に悪いかってーと
そうは言えないなーと思うし、
そうは思っても、それに慣れるのはちと難しそうだ。
そんなことでつい、
自分の方が身を引いてしまう。

だから、ボクを映画館に戻すには、
静かに見られる環境。
大きなスクリーン。
見る時間を自由に選べる。
せめてDVDの半額以下の入場料。
という条件を提供してくれないといけない(笑)
むつかしいだろーなー(笑)


2007/08/03(金)
年齢×1万円

なんか、ちらっとテレビを見てたら、
年齢×1万円を何に使うか、
みたいな番組をやっていた。
んで、ふと思った。

もし、
人生に1回だけ、年齢×1万円をくれる
という制度があったとしたら、
いつ受け取るだろう。
受け取りを後にすればするほど、
つまり歳を取れば取るほど
受け取れる金額は多くなる。
でも死んでしまっては元も子もない。
きっと悩むだろうなー。
年齢×50万円なんてなれば、
もっと悩むだろうなー。
20代で、起業や勉学のために使おうと思うかもしれない。
40代で、住宅ローンの頭金に使おうと思うかもしれない。
60代で、老後の生活のために使おうと思うかもしれない。
年齢×年齢×1万円なんてなれば、
もっともっと悩むだろう。
おそらく、3割くらいの人は、
引っ張りすぎて寿命が来てしまうだろう。

年金の掛け金をN万円とすると、
受け取れる年金額は年齢×年齢×N×0.01 万円、
生涯で1回だけ受け取れるなんていう風にすれば、
(100万円年金を収めると、
受け取る額は、20才で400万円
40才で1600万円となる)
年金の支払いにも受け取りにも真剣になるかもしれない。


2007/08/01(水)
字幕のコスト

昨日、某ゲームの文字表示にブーブー言ったけど
(まだ言ってるけど)
作り手の立場から見ると
ゲームのローカライズは大変だろうなーと同情する。

同じ意味の言葉でも、
言語によって使うキャラ(文字)数が全然違う。
日本語は漢字のおかげで文字数はとても少なくすむ。
ドイツ語はとっても文字数が多い。
しかし、欧米の言語で使う記号の数は
50種程度で済むけど、
日本は50音では絶対に済まない。
漢字を使うとすれば、
意味を伝えるために、
最低でも数百種の文字種が必要だ。
RPGのように、
メッセージも雰囲気が命ということになれば、
使う漢字種はもっとふえるだろう。

前者の文字数の問題は、表示領域にどう収めるかが悩ましい。
後者の文字種の問題は、どうメモリーに収めるかが悩ましい。
ともに、変更するとすれば大がかりな
プログラム的な変更となる。
完成したゲームなんて、
メモリーや処理力はどこもいっぱいいっぱいだろうから、
ローカライズの時点で、
そうしたプログラムの大幅な変更をするというのは、
事実上不可能だ。

そうなると、もー、
どう文字数を減らし、
どう漢字を使わないか、
それでいてどう意味を忠実に再現するか、
翻訳の技術の問題になりそうだ。
(どういう書体、色を使うかという
ビジュアルの改良の余地も少しはあるだろうけど)
っていうか、
翻訳力に頼るしかない。
映画の字幕と同じくらい、
意訳というか異訳が必要だろう。

映画を見るとき、選ぶとき、
この人が翻訳しているんだと安心したり、
不安になることがしばしばある。
映画の翻訳は翻訳家の技量が大きく出る。
翻訳家の力が最終的に映画のデキを左右してしまう、
そのくらい翻訳の影響が映画に出る。

つまり、ゲームのローカライズも、
映画の翻訳並みに、
技術とお金を注ぎ込む必要があるってあたりが、
(そういう覚悟をするということが)
文字量、文字種という問題とともに、
もう1つのローカライズの「むつかしさ」だろう。




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