人間風車

2007/10/31(水)
タダソフト

ホント、インターネットの世界には、
タダでおもしろいものがいっぱい転がっている。
各種データベースや情報、音や絵素材、
それにゲームも。
ネットや携帯電話のコンテンツで
お金をいただくというのは、相当大変だろうなー。
ネットのタダゲーの余波というのは、
コンシューマゲームにも及んでいるんだろうか。
意外にその判断はむつかしい。
『脳トレ』系のコンテンツもネットに転がっている。
もちろん、タダ。
それでもDS版のそれたちは、
その影響を受けているとは思えないくらい売れている。

タダソフトを売り物にしたらどうだろう。
きっと、
・値段相応のボリュームが必要
・単調にならないような仕掛けが必要
・継続して遊べる仕掛けが必要
・その遊びを受け入れる客層を広げる仕掛けが必要
などのリクエストがでてくるだろう。
それらのリクエストを加えることで、
立派な「商品」になるソフトもあるだろうけど、
かえってフォーカスやテンポを失うソフトもあるだろう。

従来の意味での「商品」にはなれない、
秀逸なアイデアがいっぱいある気がする。
これらをどう「商品」として取り込んでいくか、
つまり「商品」の定義をいかに拡張していくか、
それも大切な課題だと思う。
(もちろん、うちらがやる課題じゃないけど)


2007/10/26(金)
総括してみる

まだ総括するにはまだ早いタイミングかもしれないけど、
『タシテン』をちょっと振り返ってみる。
※以下は、森川個人の感想や意見であって、
オフィシャルな見解ではありません。

ネット上で拾った評判や
ネット・ショップのレビューを拾い読みしてみる限りでは、
プレイしてもらった結果の評判は悪くない。
ショップの消化率も悪くはないという。
しかし、売上総数となると、
今ひとつな感じがしている。

となっている現状の原因などを考えてみると、
(1)
そもそも、『タシテン』が提案している数字遊びに
興味がある人の総数が少ない。
自分たちと同じように、
こうした遊びが好きな人たちには、
満足してもらえているのは、うれしい話だけど、
その数に問題があるのかもしれない。
(2)
プロモーション的には、
主にパズルゲーム集という見せ方をしている。
営業的(価格)には、
アドベンチャーゲーム的値段設定になっている。
どちらもこのゲームのメインの要素なので、
どちらの方針も正しいと思う。
ただ、買う側にしてみれば、
パズルゲームなのに、アドベンチャーゲーム並の値段。
と感じられたかもしれない。
つまり、価格が高いと感じられたかもしれない。
(3)
未知の理由。

(2)については、影響はあったかもしえないけど、
その影響の大きさはそんなに大きくない気がしている。
また、ゲームという商品については、
内容量:値段という意味での
「割安感」「お得感」というセールスは
あまり相性が良くない気もしている。
瞬間的には劇薬的効果を発揮するけど、
長期的な副作用が案じられるからだ。
(もちろん、
適正な値段というのは大切だと思ってますけどね)
となると、
メインの原因は(1)ということかなー。
これはゆゆしき問題であるし、
平ったく言えば、商品を作る才能がないってことだから、
困ったことである。
(と言うわりには、
そー深刻に考えていなかったりするんですがw)

マーケッティングから逆算して発想できないし、
自分の好きなことが、
自然とマスの興味といつもぶつかる。
というラッキーというか才能もない以上、
自分たちの提案が、
偶発的にマスの興味とぶつかることでしか、
ヒットする道がない。
となると、何が大切かとゆーと、
「ヘタな鉄砲も数打ちゃ当たる」的に
打席数をかせぐしかない。
いかにたくさん打席にたてるようになれるか、
それが一番大きな課題になるわけだ>当社。
それ以上に、
気力を充実させて打席にたてるよう、
心のメンテナンスをすることが大切だ。
それ以上に(くどい!)、
打席分だけのアイデアも必要だ。


2007/10/25(木)
濁ったスープ

麻雀をする人なら共感してくれると思うけど、
前の人が長考してるとかで、
自分の手を長い時間考える時間があると
ろくなことがない、ことが多い。
一見、考える時間が長いほど、
さらに良い策が見つかったり、
やろうとしていた策の欠点に気がついたり、
よいことだらけのように見えるけど、
考える時間が増える毎に、
次々と別の策が浮かんでくると、
いったいどの策が一番良いのか、
だんだんとわからなくなっていってしまう。

一番最後に浮かんだ策が一番良質と言えるなら、
ありがたい話だけど、
経験上、
たいがいの場合は最初の策が一番イイことが多い。
策の質は全然違うけど、
将棋の羽生名人も同じことを言っていた。
(長考しているときは、
ホントに最初のアイデアでイイか
検証していることが多いのだそうだ)
こーなると、困る。
とくに、ついてないときには、
最初の策を自分自身で否定したがる。
ついていないことが、
それまでの自分のスタイルが
間違っているからだと反省してしまうからだ。
最初の策に自信が持てない。
かといって捨てきれない。
本来的には根拠がないのに、
新しく思いついた策のほうが良い策に思えてきてしまう。
さらに、新旧策の折衷案なんてのも考えてしまう。
ようは、
考えているようで、
実は迷っているに過ぎないことになる。
これは時間の無駄だ。

最初に出たアイデアがホントに一番いいのか、
その科学的根拠はない。
単に経験則から言っているに過ぎない。
ただ、
なんども味を変更しながらスープを仕立てていくと、
おいしいのかまずいのかわからなくなっていく。
いったい自分がなんのスープを作ろうとしていたのか、
コンセプトもわからなくなっていってしまう。
おいしい!とかこうしたい!と言った思いが、
もっともピュアに表現されているのは、
最初のアイデアに違いない。
最初のアイデアの優位性の根拠といったら、
そのあたりなのかもしれない。
もちろん、推考を繰り返すことで良くなることも
たくさんあるだろう。
命を預かるようなアイデアについては、
是非そう願う。
でも、多くの場合は、
そうして修正されていくアイデアは、
「濁ったスープ」になっていくことが多い気がする


2007/10/24(水)
電車探し

今は、作業するより考えるフェーズである。
こういうときは、あまり会社にいない。
たいがい、歩いているか、どっかでお茶をしている。
前にも書いたように、
たいがい、
まともなアイデア(当社比)は机の前では出ない。
喫茶店でうんうん唸った後の散歩中に出ることが多い。
これはきっと僕オリジナルの儀式だろう。
アイデアを出すとき、
仕事に始めようとするとき、
いっぱつ気合いを入れるとき、
自分をその世界にワープさせるための、
自分オリジナルの儀式を見つけることは、
どの仕事でも大切なことだろう。

最近では、
散歩意外に電車に乗るという儀式が加わった。
ホントは新幹線がとてもいいんだけど、
ある程度までアイデアがまとまったら
すぐにパソコンに向かわないといけないので、
そう会社から遠くに行くわけに行かず、
なかなかそうはいかない。
かといって、
山手線のような通勤タイプの電車は、
全然集中できないしで、
今のところ、この電車なら絶対!
という電車はまだ見つかっていない。
しばらくは、
そういう電車探しを楽しみにしようと思っている。


2007/10/19(金)

トップと2位の戦術というのは、
ある程度セオリーがあるんだろうなーと思うことがある。
特に順位が入れ替わったときの
トップ(旧2位)と2位(旧トップ)の
おおわくの戦術というのは定石があるのかもしれない。
(どちらにもなったことがないので、あくまでも想像)

トップから2位に落ちたときには、
それまでのコンセプトを一旦放棄する必要がある。
そして、
それまでの自分とも、
抜かれたトップのとも全く違うコンセプトを
立ち上げる必要がある。
あるいは新参者が参加する場合も
「今までにないものだから試してみる」という
いわば捨て身の戦略をとる必要がある。
一方、
新たにトップになった者は、
2位だったときのコンセプトが
支持された結果1位になったわけだから、
2位の時のコンセプトをそのまま継続すればよい。
という単純なものではないようだ。
「今までにないもの全てを試してみる」
という捨て身の戦略は必要なくなるからであり、
トップになってからは、
「今までになかったもの」の中から、
トップになるときに支持されたコンセプトのみを継続すればよく、
新たな「今までにないもの」を提案していく
リスクを負う必要がない。
金持ちケンカせず、だ。

ゲーム業界のトップ、2位も入れ替わることがある。
替わる直前の各々の提案(ゲーム)を見ていると、
上のようなことが起こってるんじゃないかなーと
邪推するわけである。

どういうわけか、というか必然なんだけど、
うちのテイストは
「今までにないものだから試してみる」
という方針の中で拾われることが多い。
戦国の世でのみ活きる道があるという因果な作風なのだ。
(もちろん、それをよしとしているわけではなく、
大きな反省点として認識してるんですけどね)

参加させてもらうプラットフォームが代わったり、
パートナーが代わったりするのは、
主にそれが理由だ。
トップにも2位にもなったことがないので、
うちのコンセプトは、ぶれようがない。
自分たち的な「今までにないもの」の定義を
修正することはあるけど。

誰かがトップになれば、誰かが2位に落ちる。
なので、
上の推論が正しいとすれば
「今までにないものだから試してみる」
という需要は必ずあることになる。
もちろん、
その需要の先にうちがあるとは限らないんだけど(笑)


2007/10/18(木)
トップと2位の戦術

トップと2位の戦術というのは、
ある程度セオリーがあるんだろうなーと思うことがある。
特に順位が入れ替わったときの
トップ(旧2位)と2位(旧トップ)の
おおわくの戦術というのは定石があるのかもしれない。
(どちらにもなったことがないので、あくまでも想像)

トップから2位に落ちたときには、
それまでのコンセプトを一旦放棄する必要がある。
そして、
それまでの自分とも、
抜かれたトップのとも全く違うコンセプトを
立ち上げる必要がある。
あるいは新参者が参加する場合も
「今までにないものだから試してみる」という
いわば捨て身の戦略をとる必要がある。
一方、
新たにトップになった者は、
2位だったときのコンセプトが
支持された結果1位になったわけだから、
2位の時のコンセプトをそのまま継続すればよい。
という単純なものではないようだ。
「今までにないもの全てを試してみる」
という捨て身の戦略は必要なくなるからであり、
トップになってからは、
「今までになかったもの」の中から、
トップになるときに支持されたコンセプトのみを継続すればよく、
新たな「今までにないもの」を提案していく
リスクを負う必要がない。
金持ちケンカせず、だ。

ゲーム業界のトップ、2位も入れ替わることがある。
替わる直前の各々の提案(ゲーム)を見ていると、
上のようなことが起こってるんじゃないかなーと
邪推するわけである。

どういうわけか、というか必然なんだけど、
うちのテイストは
「今までにないものだから試してみる」
という方針の中で拾われることが多い。
戦国の世でのみ活きる道があるという因果な作風なのだ。
(もちろん、それをよしとしているわけではなく、
大きな反省点として認識してるんですけどね)

参加させてもらうプラットフォームが代わったり、
パートナーが代わったりするのは、
主にそれが理由だ。
トップにも2位にもなったことがないので、
うちのコンセプトは、ぶれようがない。
自分たち的な「今までにないもの」の定義を
修正することはあるけど。

誰かがトップになれば、誰かが2位に落ちる。
なので、
上の推論が正しいとすれば
「今までにないものだから試してみる」
という需要は必ずあることになる。
もちろん、
その需要の先にうちがあるとは限らないんだけど(笑)


2007/10/15(月)
ヨコへの普及

DSの成功によって(というか任天堂の成功によって)、
数百万本売れるソフトが続出してて、
なんか完全に感覚がマヒしてますが、
他の業種を見てみれば、
数百万個売れるなんて商品が続出しているなんて
ありえないでしょう。
(あやかりたい、あやかりたい)

なのに、不思議なのは、
それらの関連商品(グッズや書籍、映画など)への波及が、
売れた数にしては少ないことだ。
数百万個売れたようなアイテムなりキャラが、
こうも他のメディアへの波及が少なかったり、
遅かったりするのは珍しいんじゃないだろうか。

何本売れようと、
ゲームがまだクローズドな世界、
某有名ゲームデザイナーの言葉を借りれば、
「文化の仲間入りできない」コンテンツである
ということの証なんだろうか。

あらかじめ、
他のメディアへの展開を想定した
ソフトの企画というのもアリなような気がする。
売れたら、、、というのでは、
企画自体が他の展開を想定していないと、
他のメディアでの企画にムリが出てきたり、
(せいぜい、キャラを乗っけるくらいになってしまう)
スピードも落ちてしまってシナジー効果も少ない。


2007/10/12(金)
糖度

最近、やたら果物に「糖度」表示があるのは、
近くの丸正だけでしょうか。
もちろん、
果物は甘いに越したことがないのですが、
甘いだけが果物の持ち味ではない。
酸っぱさや渋さも大事な旨み。
そういう旨みをなくしてしまって、
糖度だけを追うのは、
肉やマグロの旨みを
霜降りかどうかだけかのように
勘違いしているのと同じで、
あまりよろしくないですなー。

話題の亀田家ですけど、
よくがんばったですよね。
彼ら兄弟がかわいそうなのは、
あまりに周りの大人が困った人であること。
商売のことしか考えてなかったり、
社会人としての礼儀がなかったり、
それが気の毒だ。
格闘技なので、
試合前の「あおり」は演出としてOKだと思う。
しかし、
試合が終わったら、
相手コーナーに挨拶をしにいくくらいか
ちゃんとしてほしかった。
本人は頭に血が上っててあれだろうけど、
少なくともセコンドくらいは、
ちゃんと挨拶するのが礼儀だろうし、
本人が挨拶しないで帰ろうとしたら、
注意するくらいであってほしかった。
また、
18才の才能ある少年が、
勝ったり負けたりしながら成長していく。
っていうのは全然悪いシナリオじゃないはずなのに、
最短、無敗という安いシナリオを描こうとしている
テレビの人たちの罪も大きいと思う。
そういうダメダメな大人たちの思惑に、
一生懸命応えようと
無意識に反応するやさしい三兄弟が痛々しい。


2007/10/09(火)
ハリウッド式ゲーム

ホント、自分でも驚いているんだけど、
ストラングル・ホールド』という
XBOX360ソフトの日本語版発売が待てなくて、
わざわざ輸入盤をゲットした。
それでなくても普段ゲームをやらない、
ましてやアクションゲームなんて、
スーファミの『Sマリオ』が最後だったのに。

このゲーム、
制作が映画監督のジョン・ウーであり、
主人公キャラがチョー・ユンファだったりする。
ちょっとホンコン映画に詳しい人なら、
「あ、男たちの挽歌の世界!」
と思うかもしれないけど、
まさにその通りの世界。

映画の世界がモチーフになったゲームというのは
さほど珍しくもないけど、
映画監督+映画俳優+映画的予算
(30数億かかっているらしい)
で作られるゲームというのは珍しいんじゃないだろうか。
こうしたハリウッド方式で作られたゲームが
世の主流になったりしたら、
これは日本式ゲームには驚異だろうなー
とまたしても完全に他人のことのように思う、
今日この頃でした。


2007/10/05(金)
続編

続編を作りたいと思ったことはそうない。
どちらかというと、
続編を作るお金をくれるなら、
新作を作らせて欲しいと思う方である。
でも、
『タシテン』に限って言えば、
続編を作りたい。
理由はカンタンで、
『タシテン』の中にあるタシテンゲーム
(個々のパズルゲーム)
をもっと作りたいからだ。
っていうか、
『タシテン』では30数個入っているんだけど、
実際にアイデアとしてはその倍近くあるので、
(もろもろの制約でこの30数個になっている)
それを作りたいのでR。

パズルゲームは考えるのはもちろん、
プレイする方としても好きなので、
自分の考えたパズルゲームをプレイできるなんて、
制作者冥利につきるってものだ。
こんなチャンスはそーない。
とまー、
そういう私利私欲的な意味で
続編を作りたいと思っている次第であります。

そういう意味でも、
売れるといいんだけどなー。


2007/10/02(火)
体験風景

東京は、
8月の気温から急に11月下旬の気温に。
秋のすがすがしい季節はいずこに。

『タシテン』の公式HPで体験ムービーが載りましたね。
ほほえましい光景です。
あー、ここで悩むのかー、
意外とこれはスルッと解かれるのかー、
とか今更どーしようもないんだけど、
いろいろ見えてきて、
ハラハラしたりしてます。

このムービーをみてもらえれば、
各々の「タシテンゲーム」がどんな遊びであるかは、
よおくわかってもらえると思うので、
興味のある方は是非。

それから。
単にパズルゲーム集じゃなくって、
「タシテン」はアドベンチャー風味になってます。
そこらへんも楽しんでもらえればなーと思ってます。




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