人間風車

2007/11/28(水)
魚資源

魚に対して「資源」という言葉は、
ちょっと魚に対して悪いなー
という気がしないでもない。
っていうか、
魚を捕りすぎたため、
魚がヤバイくらいいなくなりそうらしい。
魚探や船の能力がアップ。
環境汚染や破壊。
海水温の上昇。
健康ブームや成金趣味で、
今まで魚を食べなかった人も食べ出した。
国の管理が安定してないところでは
密漁や乱獲。
そんなこんなで、
魚が壊滅的ににいなくなってきてるらしい。

驚いたのが、
日本の魚の消費量とアメリカのそれが
大差ないってことだ。
日本800万トン、アメリカ700万トン、
たしかそんな具合。
いつのまにー。
ちなみに中国は2400万トンくらいらしい。
で、ふと思った。
トンというくらいだから重さ換算だ。
匹数じゃない。
日本はたしかに、
中国の1/3の消費量(重さ)だけど、
ひょっとしたら匹数では、
中国に(悪い意味で)勝ってるんじゃないだろうか。
というのも、
日本人は大きくなった成魚も好きだが、
じゃこのような稚魚も好きだ。
子持ちも好きだし、魚卵自体も好きだ。
卵を産む前に採ってしまうわけだから、
成魚を採るよりうんとダメージが大きい。
稚魚の1万トンと成魚の1万トンでは、
全然匹数も違う。

漁獲量(重さ)の制限も大切だろうけど、
子持ちも稚魚も魚卵をあまり食べないようにする
といった努力も必要なんじゃないだろうか。
生活がかかっている人も多いし、
たらこも数の子もない食卓は寂しすぎるし、
ちりめんじゃこもねー、、、
ということで、
そう簡単いはいかないだろうけど、
せめて「子持ち」はなし。
産卵期間中は禁漁。
このくらいのことはできるんじゃないかなー。


2007/11/26(月)
リテイク

昨日ぼんやりテレビを見ていたら、
『プレミアA』という番組で、
セブンイレブンのおでん開発の開発秘話が
レポートされていた。
これ、おでんに限らず、
おでんだろうが、ファンド商品だろうが、
ゲームだろうが、映画だろうが、おもちゃだろうが、
企画開発に関わる仕事をしてる人には、
他人事じゃない思いになっただろうなー。

何度も何度もNGが出され、
トップのリテイク理由(たいがいの場合具体的でない)を
何度も何度も反芻して、
解釈して理解して対処する。
「そういう中で商品の質が上がっていくんですよ」
とキャスターは言う。
確かにその通りなんだけど、
言うはやすし、ですよ(笑)

もっとも、
筋力トレーニングで、
筋肉が破壊されるくらいの
ハードトレーニングをしないことには、
ハイパーリカバリーが起きず、
筋肉の量、質とも次のステージに行けない
というのと同じで、
企画も
「もー、どうにもならない。
考えるだけで吐きそう」
という状況の先じゃないと、
ブレイクスルーできないような気もする。
(自分のような凡人は!)

自分の場合には、1年に1,2度、
つい、会社と逆方向の電車に乗ってしまう、
そんな時期があるのでした。


2007/11/21(水)
電子書籍

電子書籍という言葉は、ずいぶんと昔からある。
「ペーパーレスの時代」なんて言葉と
カップリングで語られることも多かった。

このたびは、
amazonも電子書籍専用の端末が必要だけど、
インフラの整備(通信費まで)は
amazonもちであるようだ。
よく知らないけど、
同じような装置は他社からも
いっぱい出ているような記憶があるが、
通販の仕組みではいろいろとリスペクトしている
amazonの後発の挑戦だから、
ちょっと期待してしまう。

(1)
4万円するそれ専用の装置を使ってまで、
日本人は本を読みたいだろうか。
(2)
物質でないものに、日本人はお金を払えるだろうか。
本の6割という値段で。
(3)
モニターで文字を読むという行為は、
生理的にどうなのだろうか。
(4)
どのくらいの種類の書籍を棚に並べられるんだろうか。

あたりが気になるところだけど、
携帯小説が流行っているとか、
DSでそれ系のソフトが売れているとか
そういう市場の状況もあるので、
大丈夫なのかもしれない。
(てなあたりをamazonが
マーケッティングしてないわけがないし)
ただ、(1)(2)については、
日本人の抵抗はそう小さくない気がする。

どうも、本については古い世代なので、
紙をめくるという所作や本という物質感に
こだわってしまうところがあるので、
ここらあたりの商売的感覚が働かない。
(ここらあたりだけじゃないという話もあるけど)

ただ少なくとも
物質の本がこの世からなくなることはないだろう。
表現の出力が紙だけじゃなくなる、
本を手に入れるのが本屋だけじゃなくなる、
ということだろう。
個人的には復刻版が期待できない
古い本がこうしたメディアで復活することを
期待している。
また、電子メディアで本を読むという習慣が
一般化すれば、
携帯ゲーム機用の動く絵本を描く
なんてこともできるようになるかもしれないので、
そういう意味でも期待している。


2007/11/19(月)
偽装

名店の偽装があいついでいる。
昔ながらの名店ばかりというのが
特に興味深い。
彼らの商売に対する思想は、
あきらかに「昭和」のものだ。
あきらかに「高度成長時代」のものだ。

ぼくらが、
これらの「偽装」事件を知ると、
同時に中国の偽装事件も連動して思い出す。
これは単に「偽装」つながりというよりは、
中国の商売に対する思想が、
名店のそれとそっくりに感じるからだろう。
そしてそれは、今まさに、中国が、
日本の「高度成長時代」に相当する時代にある
ということとも連動しているんだろう。
「高度成長時代」の狂気というか盲目性というのは、
国を超えて共通なのかもしれない。

偽装した名店というのは、味とともに
そうした価値観も21世紀に持ち込んでしまった
ところなんだろう。

それとは全然関係なく、
ブランド肉の偽装が相次いでいるが、
これは消費者からのクレームではなく
全て内部告発で発覚している。
つまり、
食べている人は気づいていなかったわけだ。
そんなもんだろう。
自分だって全く自身がない。
ブタかウシか、あるいはどこの部位か、
せいぜいその程度しかわからない自信がある。
それと偽装すると言うことは次元の違う問題だけど、
盲目的なブランド志向というのも
ちょっと考え直した方がいいとも思う。

ちなみに、ウシでどのくらいブランドがあるのか
ちょっと気になったので調べてみたら、
こんなにあった!(笑)

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2007/11/14(水)
ローンが焦げ付いたら、マヨネーズが高くなる

風が吹けば桶屋が儲かる」という話があるけど、
「ローンがこげついたら、マヨネーズが高くなる」
なんてことが簡単に起こってしまう時代なんだと
あらためて、びっくりさせられる。

アメリカの住宅ローンがこげついた
→ヘッジファンドが損をした
→損を取り戻すために、短期的投機に走った
→ターゲットとなったのが石油、穀物(相場)
→石油、穀物の値段が上がった
→それらを使ったあらゆる商品の価格が上がる
(輸送まで含めば、それらを使わない商品ってない!)
さらにそこに、
石油に代わってエタノールを使うと決めた
→大豆から売値の大きいサトウキビ(エタノールの原料)に
 転作する農家が増えた
→大豆が不足する
→大豆が値上がりする
が加わり、
そうでなくても、インド、中国の消費が鰻登り。
(よりによってどちらも人口が多い!
 その次に「来る」と言われるブラジルも!)
さらに、
大規模の森林伐採、
二酸化炭素の排出で、
(よりによって、
アメリカ、中国という大排出国が対応に消極的)
気候が不安定になったり、水不足なったりで、
穀物の生産量が落ちる。

映画、小説の1つのスタイルで、
前半、全く関係ないような人物、エピソードが
後半、急速に関係性が見えてきて、
やがて1つの問題に収束していくという
展開があるけど、
なんだかそれに近い展開に見えたりしないでもない。
問題は、
物語の終わりが、
ハッピーエンドか、バッドエンドかだ。


2007/11/13(火)
宇宙と経済

宇宙は無から生まれた。
神様が無から有を作る方法は画期的だった。
0→ー1+1
としたわけだ。
1とは、我々の世界を作る(正の)物質。
ー1とは、反物質というわけだ。
無(真空)は、つねに
物質と反物質の対を生み出す。
物質と反物質は、電荷が逆なだけで、
お互い同じ性質をもつ実体のある存在なので、
無がつかの間の間、
2つの実体ある存在(有)になるわけだ。
ちなみに物質、反物質はすぐにぶつかりあい、
爆発とともに無に戻る。
この量子力学的ルールを使って、
金のなかった神様が、
金(我々の宇宙)を生み出したわけだ。
ちなみに、
ほとんどの物質、反物質が対消滅したのに、
どういうわけだか、
物質の方が少しだけ反物質より
数がほんの少しだけ多かったため、
対消滅しなかった物質が残った。
それが現在の宇宙(の物質)になっている。

信用取引では、
自分の持っているお金以上を運用することが出来る。
自分の持っているお金自身も、
どこかから借りてくることが出来るので、
無が有を生み出していることになる。
まわりまわって、
世の中の根拠のある額以上のお金が、
世界市場をぐるぐるまわっていることになる。

なんだか、
宇宙創生のからくりと似ているような気がする。
借金はいつかは返すものだから、
一時的に実態以上の額になったお金も
原理的には実体額にもどるはずである。
が、この宇宙が、
ひょんなことから(相転移して)、
もとの無に戻れなくなったようなことが、
経済でも起きるような気がするが、
気のせいであって欲しい。


2007/11/07(水)
もろもろ

あれ、あれ。あれ。あれ。
1日で党首復帰って、、、
「辞?めた」を辞めるのはかまわないと思うけど、
一党の党首が記者会見までして発表したことが、
こう簡単に撤回されて良いのか、、、
おれが子供なのか、小沢氏が子供なのか、
(そりゃー前者でしょうが)
もー、
素人には全然ついていけない「絵」になってます。
>民主党

政治の世界、ホントわかんないです。
そういう意味ではおもしろいです。
1つだけわかったのは、
民主党のスポークスマン的存在渡辺恒三は、
なかなかの役者だということだ。

野球界では契約更新の時期だ。
来年以降の契約条件を協議する。
ある人は条件がよくなり、ある人は悪くなり、
ある人は自由契約(解雇)となる。
自分たちの世界もこういう制度だったら
どーだっただろう。
おれはどこか契約してくれるんだろうか、
今年と来年、
条件は良くなるんだろうか、悪くなるんだろうか、
仮想でもいいから、
そういう査定があったらおもしろいかもと思うし、
そういう世界じゃなくって、
ホッとしているところもある。

ある『タシテン』を買ってくれた人の感想。
"計算苦手なの。算数キライなの。
計算なんか電卓でいいの?!
って思っている私。
でもはまった・・・"

うれしいコメントです。
数字を扱った遊びが
嫌いでもイイ、苦手でもイイ、
好きだったり、得意だったりしたら
なおありがたい。
怖いのは、
数字に興味がないってことです。


2007/11/06(火)
ノーとしか言えない日本人

「若者の##ばなれ」
と言う言葉をいたるところで聞く。
車ばなれ、酒ばなれ、タバコばなれ、
ゲームばなれも?
じゃー、彼らは何に向かってるんでしょ。
おもしろいことに、
上のどのジャンルも
「携帯電話の通信料」を原因としてあげる。
車離れと「携帯電話の通信料」は
あわない気がするけどなー(笑)

リーダーの方針にはノー。
でも、リーダーでいてほしい。
ホント、よくわからんです>民主党

何度も書いているような気がしますが、
日本の悲劇は野党がなさけないこと。
前回の参議院選も彼らが勝ったわけではなく、
自民党の自爆だったことを
よおく考えて欲しいと思う。
「与党に対決」という機械的反応しかできない。
(もっとも、与党に「迎合」するなら野党じゃないけど)
自分たちの政策を実現させるため
現実的な手だてなんてのは、
全く考えていないようにさえ思えてくるのは、
おれだけでしょうか。
(実際の小沢氏の連立提案がどういう内容なのか、
詳しく知らないまま書いておりますが)

よく会議で、
否定することしかできない人がいる。
その人はその人で一生懸命参加してるんだけど、
否定だけからは何も生まれない。
荒っぽい未完成なアイデアでも、
「提案」をしてくれる人の方が、
100倍ありがたかったりする。


2007/11/05(月)
プロの条件

勝ってこそプロなのか、
夢やロマンがあってこそプロなのか、
今年の中日の優勝を見ていると
プロとはどういうことなのか考えさせられる。

なんのことかわからない人もいると思うので。
優勝がかかる一戦。
8回裏まで終了した時点で、
日ハム対中日は0:1点
中日の投手は8回までノーヒットノーラン。
(っていうか、完全試合)
日本シリーズでノーヒットノーランでの優勝は
未だかつてない。
しかし、監督は、
9回押さえの切り札にピッチャーを交代。
見事9回を抑えきり優勝。

中日は53年ぶりの日本一となった。
代わりに、
100年に1度あるかないかの
ノーヒットノーランでの優勝の夢とロマンは消えた。

結果を出さなくても、
そこいたるまでの努力や誠意が評価される。
それは確かにアマチュアの特権であって、
結果が全てなのがプロなのかもしれない。
そう言う意味では勝利にこだわった
監督の決断はプロ中のプロのものだ。
一方、
どんな形であれ、勝てばいいというのも、
これまたアマチュアの特権のような気がする。
駆け引きがうまく勝敗はいつも判定、でも負けなし。
こういうボクサーの試合を
ぼくらはあまり見たいと思わない。
技術は評価するものの、
ワクワクドキドキしないからだ。
お金を出してまで見たいと思わせることは、
プロの必須の力なわけで、
もしあのとき、
ノーヒットノーランで優勝。
しかも、
その投手はここ2年ケガでイイとこなしで、
崖っぷちの1試合だった。
となれば、すっごく感動できただろう。

単純に言ってしまえば、
記録に残すべきがプロなのか、
記憶に残すべきがプロなのか、
そんなところなのか。
両方残せればそれに越したことがないし、
それをめざすべきなんだろうけど、
そうでない時、どちらが残るのがいいんだろう。
自分が何かしらのプロだと感じている人、
全員の課題のような気がしないでもない。


2007/11/01(木)
わたしのしごと

 1)ゲームの企画を考える。
 2)ホントに実現可能か、確認や実験をする
  ※特に人口知能的仕組みを加えるときなど
 3)企画に合うキャラや世界のデザインをする
 4)考えた企画を企画書にまとめる
 5)企画を見てもらうクライアントにアポイントをとる
 6)企画のプレゼンを行う
 7)クライアントからの宿題に対応すべく企画案を考える
 8)4)にもどる企画書にまとめる
   必要があれば、3)にもどる
 9)クライアントからOKが出るまで、
   4)~8)を繰り返す
10)クライアントと予算とスケジュールの折衝をする
11)開発スタッフを集める
  ※うちにはプログラマーも音楽屋さんもいない)
12)クライアントと契約が成立するまで
   10)11)を繰り返す
13)開発スタッフと条件を調整して契約する
14)プロトタイプの企画案を作る
15)クライアントのOKをもらう
   ダメなら14)をやり直す
16)プロトタイプ用の仕様を書く
  ※仕様とは、ゲームを組み立てるための設計書のようなもの
17)キャラなどのデザインと実際のデータを作る
18)スケジュールの管理とクオリティーのチェック
19)プロトタイプ完成まで16)~18)を繰り返す
20)プロトタイプの提出
   NGなら、16)~18)を繰り返す
21)本制作用の仕様を書く
22)17)~18)を繰り返す
23)中間チェックを受ける
   NGなら、16)~18)を繰り返す
24)マスターアップする
25)必要に応じてプロモーション活動の協力をする
26)売れるように祈る
だいたい、これが1つのゲームについての
わたしのしごと。
だいたい、1つのプロジェクトを進行しながら、
次のプロジェクトの準備もしているので、
この仕事が二重以上に重なっているのが常。
これにタコ社長業が加わる。
釣りに行けないわけだ!(笑)




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