人間風車

2007/12/26(水)
本年はどうもありがとうございました

さて、ちょっと早いのですが、
ムームーの今年の活動は今日が最後となります。
(実は明日、会社の引っ越し!)
今年も大変お世話になりました。
ありがとうございました。

来年もまた、
作品を見てもらえる機会があると思いますので、
来年もよろしくお願いいたします。
ということで、
来年の始動は1月7日(月)からとなります。

みなさま、良いお年を。


2007/12/21(金)
さび落とし

絵本作家の荒井良二さんがテレビに出てて、
「技術があがると常識もあがってしまう」
みたいなこと(も)言っていた。
たしかに、
ある程度「技術」がついてしまうと、
絵がうまく描けて「しまう」。
「しまう」って言うあたりが、
プロの厳しいところで、
中途半端に「うまい」というのは、
プロにとって致命的な欠陥になってしまう。
プロであるためには、
いつまでも、「へた」でいられるか、
(「へた」を「子供」と言い換えても
「常識を越えた」と言い換えてもイイ)
圧倒的に「うまい」になるか、
そのいずれかじゃないといけないんだろう。

昨日もここに書いたけど、
技術にしろ知識にしろ価値観にしろ、
クリエイティブにおいては
「常識」がこびりついていいことは、
おそらく何一つない。
でも「常識」は、経験を重ねるにつれ
知らず知らずにくっついてくる「さび」みたいなものなので、
かなり意識的にならないと、
くっつかないようにするのも、はがすのも大変だ。
(周りの人はさびがつくほど、喜んでくれたりするから
なお、要注意だ)

荒井さんは、ちびた鉛筆や下書きをしないなどで、
そういうさびがつかないように、
絶えず努力しているみたいだ。
このさび落としの方法は
彼の画風、技術、性格と密接にからみついた
彼オリジナルの方法なので、それをそのまま真似ても、
これまた別の「さび」になるだけだ。
だれもが自分オリジナルの
「さび落とし」の技法を見つけないといけない。

と、とりあえず、
自分への課題だけを書いているのでした。


2007/12/20(木)
土俵を降りる

この間のミーティングで、
「そこはゲーム的に、、、」
という言葉を連発していた自分に気がついた。
そして唖然としたり。憤然としたり。
いつから、
こういう安直な言葉を使うようになっちゃったのかなー
まずいぞ!と反省。
そもそも、
遊びに「定石」や「常識」はないはず。
「ゲーム的に」とは、
従来のゲームの価値観やルールやブームと照らし合わせて
アイデアを述べたり、評価しているわけだから、
すっぽりと、
従来のゲームの土俵の上にのっかって、
語ってたり考えてたりしていることになる。
これはヤバイ姿勢だ。
その土俵の上で生み出されることは、
その土俵内のアイデアだけであるから、
遊びの可能性をうんと狭めてしまう。
きっと、(どの業種でもそうだろうけど)
ブレイクスルーとなるのは、
自分の慣れ親しんだ土俵を降りる覚悟がついた時だろう。
それははっと気がついてかもしれないし、
渋々かもしれないし、破れかぶれかもしれないし、
偶然かもしれないし、
間違ってそうしてしまったかもしれない。
きっと、そのときに「次の展開」が見えるんだろうと思う。
ただ、
土俵を降りることは精神的に難しい。
いつもの土俵の上で考えるのは、とても楽だし、
なんだか正しいアイデアばかり出てくるような錯覚がある。
まわりの評価もいい。
安心、安全、安定、どれもあるような気がしてくる。
ただ、それは単に既存の価値である、
そのことに対する気持ちに過ぎず、
そのアイデア自体の評価でない。
ほんと、気をつけないといけない。
いつでもさっと、
土俵を降りられるようにしないといけない。

と、こないだの自分を叱ってみたりした。


2007/12/18(火)
スポーツとイイ子

報道記事でちょっと気になるのが、
犯罪を犯した人について、
「以前は、スポーツ少年だった」
的な言い回しをすることだ。
この表現がされる場合には、
以前はスポーツなどをたしなむ健全な人だったのに、、、
という意味合いが含まれている。

で、
誤解を恐れず言ってしまえば、
スポーツ少年=イイ子なのか?ってとこが
ひっかかったわけです。
もちろん、
スポーツ少年でイイ子はたくさんいるけど、
スポーツをしてない子でもイイ子はたくさにいる。
逆に、
スポーツをしててもしてなくても悪い子もいる。
中高と柔道をやっていた
スポーツ少年だった自分を振り返ってみても、
スポーツしてたこととイイ子は、
あんまり関係ないんじゃないかなーと。

こういうステレオタイプというか、
言葉のムードに流された表現というのは、
バラエティーなんかじゃ全然OKだと思うけど、
報道で使うのはどうなんだろーなーと
ちょっと怖いところもあるなーとか、
そう思った次第です。


2007/12/17(月)
体型別

NBAを見ててふと思った。
バスケットボールって、断然背の高い選手が有利だ。
有利すぎるくらいで、
小さい人の技量がなかなか発揮しにくい。
これはもったいない。
きっとスポーツ毎に、
有利不利な体型というのがあるんだろう。
もっともわかりやすいのが、
柔道をはじめとする格闘技での「体重」だ。
このため、格闘技では体重別にクラス分けしている。
じゃないと、軽いけどうまい、
そういう選手の出番がなくなってしまうからだ。
同様に、
バスケットボール、バレーボールなんかも、
175cm以下級、無差別級なんてのがあったら、
小さいけどスゴイ選手の技が見られるのでいいかも。

ふとそんなことを思った。


2007/12/13(木)
「偽」

今年の漢字は「偽」だそうで。
こういう良くない漢字が選ばれるのは、
なんとも寂しい。と書かれた方は言ってましたが、
95年の神戸の大地震から始まる
この「今年の漢字」、
「震」「食」「倒」「毒」「末」「金」
「戦」「帰」「虎」「災」「愛」「命」「偽」

あんまり縁起の良い漢字は選ばれてない感じ。
(ちょっと意外ではあった)
日本の道徳や秩序の質がどんどん下がってきたためなのか、
悲惨な出来事の方が人の印象に残りやすいためなのか、
どーなんでしょうね。

灯油急騰なので暖房費を節約するということは、
いいというか大切だと思うんですが、
どっかの役所で、
寒くてガタガタふるえながら、
みんなホカロンとかひざかけをして
仕事をしている様を見ると
なんかちょっと違うんじゃないかなー
という気もしないでもない。

仕事の効率が落ちるのは、
灯油の節約以上にお金の無駄遣いになる。
どう考えたって、
灯油代/仕事人の数と
仕事人の数×作業遅延による給与の無駄額
を比べたら、後者の方が大きいに決まっているからだ。
率先して経費節減、灯油節約に努めてますよーという
行政のパフォーマンスならいいんだけど、
仕事の効率より直下の問題(灯油の値段)のほうが大切
なんて思っているんだったら、
そんな組織の平常時の仕事っぷりも
だいたい想像出来てしまうというものだ。


2007/12/12(水)
映画館での落胆とDVD鑑賞での落胆

期待してた映画がイマイチだったので落胆する。
という場合、
映画館での落胆とDVD鑑賞での落胆。
どっちが大きいかというと、
個人的には落胆@映画館のほうが大きい気がする。
金銭的に言えば、
DVDのダメージのほうが大きいはずなのに
不思議な感覚だ。
金銭より(っていうか、
まー映画館とDVDの金額差だからだろうけど)
わざわざ、
こちらから出かけていったことと
向こうがこちらに来てくれた
(DVDじゃなくっては99%amazonで買ってるので)
ってあたりの
手に入れるための労力的ダメージの差だろうか。

データのダウンロードという形で
「遊び」を手に入れるような時代が本格化してくると、
値段の面でも手に入れる労力の面でも
ダウンロードのほうがダメージが少なくなる。
そうなると、
購入のスタイルは逆転するんだろうか。
映画『大日本人』を見終わって、
ふとそんなことを思ったりした。


2007/12/10(月)
ピンとこない

(その提案(アイデア)は、ピンとこない)
会議中にそう思うことがある。
でも、
どこがピンとこないか、同時にわかることはそうない。
でもでも、
うまく説明できないけど、
この直感というか印象というか、
確信をもってそう感じることがある。
(でしょ>みなさん)

こういうときは困る。
さすがに、
「なんか、ピンとこないんだよねー」
「どこかですか」
「わかんないけど、なんとなく」
じゃー、とても議論にならない。
仕方なく一生懸命「理由」を探す。
後付でけたこの「理由」が中途半端であるがために、
「ここがまずいと思うんだよね」
「そこはそういう解釈が間違っているのであって」
と反論を喰らってしまい、
「ぴんと来ない」
という根本まで却下されてしまう結果になる。
しかし、感性のするどい人の直感は、
感性の伴わない理論より遙かに良質な判断素材のはずだ。
なんとか、
ピュアな「ピンとこない」という気持ちを
うまく会議場のテーブルにすくい上げられないものか、
そして、
全員の課題として「理由」を探すようになれないものか、
そこらあたりをちゃんと考えないといけないなー。

自分自身も提案のない否定をとてもいやがる。
それは、
新しいアイデアなんて、どんな良いアイデアでも
いくらでも「あら」がある。
いくらでも見つけられる。
そこをチクチクあげて減点法で採点していては
アイデアなんて出なくなる。
(余談だけど、おもしろいことに、
その企業が守りにはいると、
企画の決定会議が減点法化する。
これ、かなりの確率で正しいと思う)
ということで、
「それはダメだと思います」
だけの発言は許さず
「でも、こうするとよくなるかも」
など
新たな提案を付け加えることを求める。

そうすると、
上のようなピュアな「ピンとこない」は
ますます言いにくくなってしまうだろう。
ちょっと研究しないとなー。


2007/12/06(木)
余裕の負の財産

断食中は、全くイライラしない。
このぼくでさえ、快活明朗な人間になる!(笑)
軽い鬱なら断食で症状が軽くなると言う話も聞いた。
これはどうしたことか、不思議でならない。
イライラする心の「余裕」すらないからだろうか。
断食中には、アトピーや花粉症の症状も軽くなるらしい。
まったく栄養が入ってこないという緊急事態においては、
そんな些細なことにはかまっていられない、
そんな状況なんだろう。
そして、それは体(免疫)だけのことじゃなくて、
心においても同じなのかもしれない。
イライラする、不安になるという気持ちは、
食べ物がない!なんて状況では
そんな気持ちが生まれる余裕すらないのかもしれない。

そう思うと、
ひょっとしたらイライラや不安の果ての戦争なんて、
農業が発達して、
安定的に食べられるようになってから
起こるようになったんじゃないかなとすら思う。
そういえばジャングルで暮らす人たちって、
深刻な表情をしているのを見た記憶がない。

清潔な環境が過剰な免疫反応を呼び起こし、
十分な食料が過剰な感情を呼び起こす。
そういう、皮肉な構成になっているのかもしれない。


2007/12/05(水)
届いて!私の声

多くの人がそうするように、
ここで社名や人名を出すときは、
検索エンジンにひっかけられないように、
たいがいは伏せ字にしたりする。
で思った。
逆に、相手に声を届けたいときは、
名前をハッキリだしてしまったほうが
いいんじゃないかと。
見つからないようにというより、
見つけて!と願いを込めて。

と思っていたところに、
うってつけの軽いトラブル(涙)

こう頻繁にネットショッピングをしていると
当然トラブルも発生する。
まー、これは仕方がないことだ。
ネットショッピングの場合、
相手の店も店員の顔も見えない。
単純なミスから詐欺まで、
ネットショップの方がリアルショップより、
断然トラブルが発生しやすい。
そこで、
多くのネットショップの場では、
店の評価が見られるようになっている。
過去の客の貴い犠牲がそこで役立つ。
同時にその評価が正当なモノかどうかの指針のため、
評価した人(客)の評価が見られるところもある。
こうした装置でもって、
ネットショッピングのリスクを軽減させている。
ところが、
どういうわけだか、あの楽天にはそれがない。
店の評価はできるのだが、
それを客が見ることが出来ない。
それでいていざトラブルになると、
「我々は場を提供しているだけだから、
トラブルは客と店との間で解決せい」
と、とりあってくれない。
未然にトラブルを避ける方法がなく、
あきらかに、ショップに有利なルールだ。
この仕組みに限らず、
楽天は、
客じゃなくショップ側に視線を向けてるなぁ
と感じることが多い。

トラブルがあると、
ダメ元で楽天にも連絡を入れるのだが、
上のルールに従ってとりあってくれない。
そういうルールを承諾した上で買い物をしているので、
文句はいえないんだけど、
やはりこの仕組みは改善してほしい。
(amaz0nのシステムを見習って欲しい)
ともかく、
お問い合わせフォームを使っての
「密室の申し立て」はどうも効力がないようだ。
ここでぼやいても同じようなものかもしれないけど、
少しでも公の場で発言した方が、
まだ期待が持てそうだ。
なんとか楽天に声が届いてくれるといいんだけど。

とまー、
メッセージボトル並みの効力かもしれないけど、
こういう使い方はどうだろうか。


2007/12/03(月)
日韓戦

しっかし、
昨日の野球アジア予選vs韓国はしびれた。
成瀬→川上→岩瀬、(藤川)、上原というリレーなんて
始まる前は、(最強過ぎて)大人げない!
(例をあげれば、RPGでレベル99まであげたパーティーで
ラスボスと戦うようなもんだ)
とすら思ったんだけど、
いやいや、韓国は強かった。
この黄金の投手リレー(藤川は出なかったけど)で、
ギリギリ勝てたんだもの、スゴイ。

これで、アメリカに行っている
松井(2人)とかイチローが加わっていたら、
昨今の野球人気の低迷なんて
一発でなくなるのになーとさえ思う。
今回のメンバーでも相当スゴイんだけど、
きっとそう思う人は、
それなりに野球が好きな人、
野球に詳しい人だけだろう。
野球が「国家的人気」を取り戻すためには、
いまの野球のファン以外の人、
つまり、
野球に興味のない人、
あるいは昔ファンだったけど今はもう見てない人、
そういう人を取り込まないといけない。
そういうためには、
少々下世話な作戦と言われようと、
松井、イチローみたいな人が入ってくれた方が良い。
また、
昨日の解説の古田みたいに
わかりやすくおもしろく伝えられる伝道者も必須だろう。

という議論って、
どっかで聞いたことがある
ってあたりがおもしろい。




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