人間風車

2008/03/31(月)
一人あたりショック

何か1つ終焉の予感がしたら、
それは
終わり(一巻の終わり)の始まり
ではなく
始まり(一章の終わり)の終わり
と考えるのがイイ。
(誰の言葉だっけ、思い出せない)
どうせ、どっちが正しいのかは
死ぬときにしかわからないわけだし、
なにかにつけ、
(迷っていることの)
どちらであるのも五分と五分の確率なら、
どうせだったら、
お気楽な方を選ぶのが得策だ。

XB●X360熱というかゲーム熱が
ちょっと収まりそうな気配。
ここのところ発売されているゲームを
立て続けに買ってやってみたんだけど、
どーも、今ひとつ夢中になれない。
なんでだろう、そうは悪くない出来なのに、
とは思うんだけど、
一年くらい前、ふとした弾みでXB●X360を買い、
過去の名作(だけ)をやってきたわけなので、
そりゃー、密度の高い(=失敗作に当たらない)
時間をすごしてきたわけだけど、
そんな時期に比べれば、今は、発売に合わせて
リアルタイムに買っているので、
イイモノもあれば、ダメなモノもある、
そういう当たり前の状態にある。
なのに、つい、
それまでの幸せな時期と比べてしまうので、
つまんなく感じてしまう。

ダメなモノにあたればがっかりする。
このがっかり感は、本来は、そのゲームのみに
向けられるべきがっかり感なはずなのに、
箱自体に対するガッカリ感、
さらに延長して、
テレビゲームという遊びに対するガッカリ感
につながっていってしまっている。
1つのゲームの出来、不出来が、
ゲームという遊び全体にまで波及する。
自分だけの感覚かもしれないけど、
一般的な感覚だとすると、
これは怖いことだなー。
一人「アタリショック」状態だ。
こういう感覚だったんだ!
「アタリショック」は!(笑)
そんなわけで、
XB●X360にあまり火をいれなくなっている。
仕事の邪魔がなくなってよかった気もするけど、
ちょっと寂しい気もしないでもない。


2008/03/28(金)
プロと素人の境

週末、素人の格闘技大会を観に行く。
素人ばかりなので、
技術的に「おおっ」という感動はないだろう。
最初は全然興味がなかったんだけど、
そこに登場するある人のヒストリーが
とてもおもしろいので、
その人の試合が観たい、
その人の試合の後の人生を知りたい、
そのためには、肌で試合を感じておくのがいい。
そー思った次第で、
つまり、ほぼ1人のために行くわけです。
(何かにつけ、
心の深いところで感じたいと思うことは、
なるべく現物を、なるべく近くで体験するほうが
いいですね。
本やネットやテレビの二次的情報では
得られないモノがありますからね)

この人は格闘技は素人。
しかし、
この人の試合を観るのにお金を払ってもよい、
と思わせるあたりは、
技術的には素人だけど、
興行的には完全にプロだ。
実際、
中途半端に技術を持った人の試合が
一番面白くないし、
行きたいと思わない。
そういう人たちは、
やはり素人なのかもしれない。

今の時代、なにかにつけ、
プロと素人の線引きはむつかしい。
っていうか、
あえて線引きする必要がない。
そこをあえて線引きするとしたら、
それでお金をいただけるかどうか、
そこも1つの「境」とはいえるだろう。

そう思うと、
自分はゲーム作りのプロなんだろうかと
言い切れるだろうか。
自信がない。
っていうか、
かなりの部分で素人だなーと思う。
プロになりたいか!
と言われると、
それまたちょっと微妙なので、
なんともシャキッとしないのだが、
自分のパーソナリティー、キャラクターで
プロになれるかというと
それは無理なので、
せめて技術的(=企画、デザイン力など)という「境」では、
プロ側になりたいとは思う。


2008/03/27(木)
昨日の続き

昨日の続きで恐縮です。
例の荒川沖の無差別殺人事件の犯人について、
"約40インチの大型テレビを自室に置き、
1人でテレビ画面に向かって
ゲームに熱中する時間が長かったという。"
この「事実」が、
・ふだんから家族との会話がなかった
・内向的な性格であった
・就職しないことを父親にとがめられていた
などの「原因」と同列に並べられていた。
これ、週刊誌ではなく、毎●新聞の記事です。

別に新聞が週刊誌より偉いとか正しいとか
言うつもりは全然ないんですけどね、
「約40インチの大型テレビ」などの表現と
他の原因の詳細とのバランスが
とても示唆的というか色眼鏡で見ているというか、
初めからある結論を想定しているというか、
「常識」にとらわれているというか、
何も考えていないというか、
超メジャーな新聞の記事がこれだというのが、
ちょっと怖かったり情けなかったりするわけです。

ちなみに、わたくし、
撃ちモノを迫力を持ってやりたいがために、
52インチのテレビにしました。
X360をHDMI対応のバージョンに買い換えました。
1年で20本以上のゲームを買いました。
ゲームで負けるとよく怒ります。
SF、戦争、マフィア系のDVDも多く持っております。
家族もおりません。
社交的でありません。
社会にも自分にも不満だらけです。
毎●新聞の視線で言えば、
もー、死刑レベルの危なさです(笑)


2008/03/26(水)
ゲームと事件

もういい加減、定番となりつつあるが、
「誰でもよかった」系の不条理な事件が起こり、
その犯人が少しでもゲームをやっていたら、
ゲームと事件の不条理性あるいは犯人の病的心理が
直線的に結ばれるような記事となる。
断言まではしないものの、
ゲームが1つの大きな原因と
暗に言っている記事が目立つ。
(もしそうなら、ここ1年、
急激に撃ちモノにはまっているオレなんて、
要注意人物だ!(笑))

「アクションゲームで
立て続けに負けると機嫌が悪くなった」
なんて、
そうならないヤツのほうが怖いくらいだ!(笑)

週刊誌ネタならともかく、
新聞、テレビニュースでも
そうなのがおどろく。
真剣にそう思っているとしたら怖い。
きっと、
全く別件、別種の事件、他の要因についても、
そういうステレオタイプな考え方を
しているということだろうから、
これは怖い。

こういうときこそ、
精神科医なんかはもっと大きな声で
馬鹿なことをいっているんじゃない!
と発言して欲しい。
ゲーム作りに携わる人間が叫んでも
全然説得力がない(笑)


2008/03/25(火)
ダウンロード>パッケージ

今年あたり、ついに、
ダウンロード販売がCD販売の売り上げを抜くそうだ。
遅かれ早かれ、
映像、ゲームの販売システムも
こうした流れになると考えるのが自然だろう。

ダウンロード販売は、
・製造コスト
(カートリッジを作ったりCDを焼いたり、
マニュアルを印刷したり)
・運送コスト
・小売店問題
(一般の人の買う、買わないの判断の前に、
小売店の買う、買わないの判断が生死を決める)
・発売時期の問題
(ゲームの売れる時期は決まっている。
棚数の問題から、
売れる時期に平積みにされることなどが
勝敗を決する)
などのリスクをなくすことができることが、
最大のメリットだ。
さらに、
作り手の「常識」から、
・どんなゲームでもだいたい同じ販売価格である
・どんなゲームもそれに見合うボリュームである必要がある
・完全に完結していないといけない
 (続く~~なんてありえない)
・最大公約数を狙うべきである
などの要素を取り除いてくれる可能性がある。

たとえば、
・1ゲーム(=1話)というマンガの単行本のような作り方
・それとそうした値段設定(1ゲームあたりは安価にする)
・最初の1話分はタダあるいは低価格で販促的に使う
・いっそ、ゲーム本体はタダでアイテム課金する
などなど、
従来のパッケージビジネスでは考えられない
売り方ができる可能性がある。

もっとも、
サーバー上にたくさんのゲームが溜まれば、
欲しいゲームを探すに必要なコストが増す。
インターフェース次第では、
探す気にならない可能性さえある。
しかし、これらの問題は、
現在の通販システム全般の問題であって、
先人たちが日々試行錯誤してくれているので、
ゲームの販売が、
モノ販売からダウンロード販売に変わる頃には、
いくつかのモデルが確立されているだろう。

ゲームの販売が、
モノ販売からダウンロード販売に変わるには
まだ時間がかかるかもしれない。
ハード自体がそうした仕組みに対応していないし、
音楽などに比べてデータ量も大きい。
また、
いくらダウンロード販売になったところで、
1曲150円みたいな価格にはできないだろう。
もっと高くなる。
それらの(心理的)障壁をクリアするには、
まだまだ、
通販に対する「慣れ」の時間が必要だろう。

ただ、
うちのような小さな、
そして(不本意ながらも)変わったゲームを
作るといわれる会社には、
願ってもないというか、
最後の頼みの仕組みとなるだろう。
ということで、
まだまだ大手が本格的に乗り出すには、
時期尚早な市場だけど、
うちは、
さっさとそっちへシフトしていこうと
思っていたりする次第であります。


2008/03/24(月)
集中力保存の法則

エネルギー保存の法則というのがある。
どんな形のエネルギーに変わろうとも
エネルギーの総量はかわらないという法則だ。
集中力にも保存の法則があるのかもしれない。
人の集中力は決まった量しかない。
それをどの位の時間で消費するかは、
メディアによって異なる。
例えば、
テレビ=低い集中力×長い時間
インターネット(動画閲覧)=高い集中力×短い時間
テレビの集中力=インターネット(動画閲覧)の集中力
この法則が成り立つとすると、
その遊びのプレイ適正時間というのは、
1)その遊びに必要な集中力を測定する。
2)1)を人の平均的集中力量で割る。
3)2)がその遊びのプレイ適正時間となることになる。

人間の諸々の情動や精神作用を数量化するのは
むつかしいけど、
1つの目安としてはよいかもしれない。
制作者の主観だけで決めるよりはよさそうだ。
(制作者は作っている遊びに対して、
一般的な人より集中力が高いし、多いから)

プレイ時間に限らず、
ゲーム難易度、ボリューム、キャラや世界観の設定、
基本動作(文字表示とか)の速度、
基本的な色調、明度、音量などなどは、
ゲーム制作の現場では主観的に判断される。
それこそ、
「センス」と言ってしまえばそれまでで、
たしかに、すばらしい「センス」にかなう
数理的測定、判断なんてないと思うが、
一般的な、あるいは初期の指針として、
人間の生理的な快感値みたいなことを
数理的な測定、判断をしてみるのは、
よい方法かもしれない。
少なくとも、
過去の売れ筋実績の解析という
後ろ(過去)向きマーケッティングよりよい気がする。


2008/03/21(金)
リサイクル

今年はまだ『鼻セレブ』のやっかいになっていない。
それだけ鼻をかむ機会が少ない
=花粉症が軽い
ということだ。ありがたい。
(花粉症がひどい
=鼻をかむ機会が多い
→鼻の下が荒れる
→保湿ティッシュを使うようになる

昨日昼間テレビをぼんやり観ていたら、
リサイクル問題を取り扱っていた。
例えば、かみおむつと布おむつ。
利便性で言えばかみおむつだが
大量に使い捨てしてしまうことを考えると、
なんどでも使える布おむつのほうが、
地球に優しい。
とはいっても、大量に出る(らしい)おむつを
毎回洗濯するとなると主婦は大変。
そこで、布おむつのレンタルの需要が伸びている。
という話。
「使い捨て」はたしかに問題だ。
リサイクルできるものはそうすべきだ。
それはホントその通りだと思う。
しかし、
地球への負担
例えば、
エネルギーや淡水の消費、
熱、有害物質、CO2の排出は、
そのアイテム単体だけの計算では不十分だ。
それを製造する過程、それを輸送する過程、
それをリサイクルする過程、
それらの過程での負担も加算しないと
最終的に地球にやさしいかどうかは
判断が出来ない。
そう考えると、
「布おむつのレンタル」が地球に優しいと
単純に言えなくなってしまうアタリが、
相当にむつかしい。
布おむつを洗濯する際に使う水、電気、
それを運ぶガソリンと排出するCO2、、、
そうしたことと
使用済みの紙おむつの再利用を考えること、
どちらが「正しい」のか、
なかなかむつかしい問題だ。
(もっとも、直感で言えば、
なにかにつけて、
使い捨てよりリサイクルのほうが
よさそうな気がするけど)


2008/03/19(水)
季節労働者のように

今年は花粉症が始まる前から薬を飲んでいるので、
症状が軽い。
ありがたい。
久しぶりに、香りのある春となった。
そうそう、春ってこういう香りだったなー、
草のニオイ、花のニオイ、風のニオイ、、、
それにもまして、
食べ物のニオイがわかるのがうれしい。
鼻がダメになると食べ物もちっとも旨くない。
そういうときは、
普段、「味、味」といっていることも
舌の感覚だけじゃなく鼻の感覚も
随分と関係しているのがわかる。
きっと目(見た目)もそうなんだろう。
青い光の下で食べるご飯はおいしくない。
というわけで、
ことしは春らしい春を迎えている。

でも、
仕掛かっているプロジェクトが
けっこう大変なことになっているので、
歩いて10分の新宿御苑に散歩にでかけるのも
ままにならない状態。
もったいない。
来年からは春には仕事を入れないようにしようか。
冬や夏は寒かったり暑かったり、
どうせあまり外に出る気にはならないので、
仕事をうんと詰め込む。
休みも取らない。
春は(できれば秋も)オフ。
そういう季節労働者的な働き方が良いなー。

そうするためには、
10ヶ月で1つのゲームを作る必要がある。
梅雨入りと同時にスタート、3月末マスターアップ。
これはできないこともなさそうだが、
できたためしがない数字だ。
パッケージで売るゲームだと
ボリュームの面でこぼれそうだ。
となると、
ネットからダウンロードするタイプのゲームか。
ネット上に置かれるゲームは、
いろいろな理由から、
小さいサイズであることが望ましいからだ。

小さいサイズでOKとなると、
逆にアイデアはその分秀逸なものでないといけない。
ボリュームや見た目で「押す」ことが
できないからだ。
となると、
いつも以上に
アイデア練りやプロトタイプ制作を
がんばらねばならない。
その期間は、2ヶ月くらいか、、、
じゃー、結局、
1年中働くことになるんじゃん。

う~ん、うまいこといかないなー。


2008/03/17(月)
報酬とご褒美

パズルゲームは作るのもやるのも好きだ。
金曜日に書いた『パズループ』も
大好きなゲームの1つだ。
このゲームとほとんど同じルールのゲーム『Luxor2』が
XBOXのおまけディスクに入っていたのでプレイしてみた。
ほぼ同じゲームなので、同様に好きだ。
ただ、
どっちが好きかと聞かれたら、
『Luxor2』と答える気がした。
同じルールなのにどこが違うんだろうと考えてみた。
理由は、
同じ色の玉を全部消してしまう、
雷が落ちてきてランダムに玉を消す、
同じ色に玉を塗り替えてしまう、
逆戻しさせる、
というイベント(アイテム)があることかと思った。
パズルゲームの場合、
ステージの進行に合わせて、
だんだんとむつかしくなり、プレイはどんどん辛くなる。
どこまで耐えられるかが、
勝負でありゲームの醍醐味である。
ただ、
そんな呼吸することすらもどかしい状況の中で、
上のような派手なイベントがあると
ふと一息付ける瞬間が生まれる。
この瞬間があることが、ありがたい。
うまくパズルをクリアしたことの報酬と
それに対する神様のご褒美、
実力と運、給料とボーナス、
そんな組み合わせのありがたさ、気持ちよさが、
『Luxor2』と答えた理由のような気がする。
この緩急のバランスがうまいんだなーと思った。
(つまり、発生の頻度やイベントの影響力など
バランスがむつかしい)
これは参考になる。
(今まで気がつかなかったのか!
というくらいのレベルの話だが)
『タシテン』では、
その辺のイベントはあまり想定していなかった。
実力に対する報酬だけだった。
次はちゃんと神様からのご褒美も入れよう。
そう気がついたので、
貴重な時間をゲームに使ってしまっている自分を
少し許してあげようと思ったりして。
というのは詭弁?


2008/03/14(金)
便利とわかりやすい

さっき、一週間は短い!と書いた感覚だったのに
もう週末である。
ホントいやになるくらい早い。
毎週のノルマ(締め切り)をこなすだけで
あっという間に1週間が終わってしまう。
パズループ』の後半とかこんな感じだったなー。
あるいは、
毎日借金の返済日がある多重債務者って、
きっとこんな心境なんだろうなー。

ゲームの設計の上での「親切」とは
どういうことだろうと悩んでいる。
大きく分ければ、
・便利
・わかりやすい
の2つがある。
両方を兼ね備えられれば、
それに越したことはないが、
往々にして、
便利にするとメニュー構成が複雑になり、
わかりにくくなる。
わかりやすくすれば、
呼び出すコマンドは方々に散らばり、
わざわざそこまで行かないと実行できなくなる。
携帯ゲーム機のように小さい画面だと
そういう問題が頻発する。
あちらを立てればこちらが立たず、
ちょうど、
2つの物理性(位置と運動量とか)を
同時にフィックスできない
「不確定性原理」が働いているような感じだ。

・便利 ...... やりこなした人に親切
・わかりやすい ...... 初心者に親切
という分類もできるかもしれない。
そうなると、
そのアタリの判断は、
どちらの人たちに向いてゲームを作るか、
その姿勢、そのものと言えるかもしれない。
もちろん、両方だ!が正しいけど、
最優先するとしたらどっちだ、という話だ。

手にとってもらわなければ、
やり込みまで進まないという視点からは、
・わかりやすさ
が優先されるだろうし、
いつまでも遊んでもらうためには、
・便利
が必須と考えることも出来る。

ということで、たいへん悩ましい問題だ。
でも、たぶん、
自分たちは、
・わかりやすい
を選ぶような気がする。
「便利」派をうまく説得できる自信はないけど、
なんとなく、
「うちはそっち」という感じがする。


2008/03/13(木)
反対のための反対

日銀総裁不在がどのくらいヤバイことなのか知らない。
けど、
特別な理由もなく、別の候補の提案もなく、
「自民に反対」という理由だけで
日銀人事を否決してしまう野党というのは
どうなのだろうか。
前にも書いた気がするけど、
希に打ち合わせなどでこういう人と出くわす。
反対意見をのべるが提案はできない人。
誰かの意見に反対することで、
その人より自分の方が思慮が深いと思ったり、
その場での自分の存在意義を誇示しようとしたり、
そういう「勘違い」で会議に参加する人。
こういう人が会議で役立ったためしがないし、
本人が想定(希望)しているような、
高評価をだれも与えていないどころか、
やっかいな人というレッテルが与えられるだけだ。

経済が失速し始め、
サブプライム問題も解決しないまま、
日本の低金利政策が、
世界の金余りを助長させ、投機熱を高め、
回り回って
日本の経済に打撃を与え、物価高を呼んでいる。
そういう状況の中で、
「反対のための反対」しかできない野党は、
ホントなさけない。
逆に、
「政策に関しては意見の違いが大きいが、
世界経済のために、
この案件(総裁人事)に関しては、
自民党に賛成する。」
なんてやってくれたら、
かっこよかっただろうに。


2008/03/12(水)
買収されたい

買収されたい。というと語弊があるけど、
どこかのグループに入ってもイイかも、
という気持ちはずっとある。
過去にそんな話をもらったこともある。
ただ、
ややこしい性格(自分)なので、
どういう関係がいいのか、
自分でもうまくまとめられないでいる。

会社毎に上手なことと下手なことがある。
下手なことは、
普通レベルにステップアップするのさえ大変だ。
それよりは、
どこか、そういうことが上手な会社
(個人でもいいんだけど)
に手伝ってもらう方が合理的な気がする
という思いがいつもある。

あ、これは
買収されたい、じゃなくて買収したいか!

でも、
自分の場合、「経営」というのが下手だ。
好きじゃない上に下手だ。
(下手だという自覚がある分、まだ助かっているけど)
他にもいっぱい下手なことはあるけど、
会社レベルで考えると、これが一番のネックだろう。
(なんせ、そんなヤツが社長なんだから)
そこらへんを相談したり、
お願いできる人や会社探してまーす!
と言ったら、
やっぱり「買収されたい」ということになるか。
もっとも、
そういう経営の上手な人に手伝ってもらったら
真っ先に「手直し」されそうなのは、
自分のような気がするけど(笑)


2008/03/11(火)
ゲームの罪悪感

XB●Xの値下げが発表された!
買ったばかりなんだけど、、、、
新しいシリーズを出した直後に値下げかぁ。
やるなぁというか、ひどいなぁ。
なんていうか、
XB●X運悪すぎ>おれ(涙)
ま、どうせ修理中だし、、、
いいんだけど(どこが)。

ゲームを純粋に集中的に遊ぶことなんて、
ファミコンのドラクエ以来であって、
「ああ、やりすぎてしまった」という
罪悪感を感じるのもそれ以来である。
この罪悪感の源はなんだろう。
ざっと考えられるのは
1)時間の浪費
2)お金の浪費
3)健康の浪費
4)ノーリターン
あたりか。

スポーツ三昧、読書三昧、釣り三昧、映画鑑賞三昧etc
どんな遊びだって集中してやれば、
時間の浪費となる。
これは納得のいくことであり、
問題と言われようがある意味仕方がない。
(たっぷり時間がないと遊べませんよ、
はマズイけど、
はまっちゃって、たっぷり時間を使ってしまった
は仕方がないという意味)
ただし、例えば、
自転車が趣味という場合の
累積の使った時間なんてのはとても曖昧になる。
それに対して、ゲームの場合、
「ゴール」が設定されていることが多いので、
そこにたどりつかないと決着が付かない。
あるいは決着が付く。
どのみち、その遊びに要した時間が
かなりはっきりと自覚できる。
自覚できてしまう。

お金の浪費もまたいろいろな遊びでもそうだろう。
ただの遊びもあるけど、
プレイ自身にお金がかかったり、
ツールを揃えたり所場代を払ったりするのに
お金がかかったりする遊びは多い。
ただし、ゲームソフトは
他の遊びに比べたらかなり割高であることは
否定できないだろう。

健康の浪費、
ここらあたりが1つの問題だろう。
きっと、インドアでずっと、というのが印象が悪すぎる。
同じ利益のないことでも、
野外でずっと、だとうんと健康なイメージとなる。
それにプラスしてノーリターン、
つまりそれをやったことで自分が高まらない、
と感じることも大きな要因だろう。
同じ読書でもマンガと教養書では、
自分を高める感は全然違う。
(実際にリターンがあるかどうかは???だけど)
ゲームも又、自分を高めてくれる感が少ない遊びだ。
(故に、最近のツール系が売れているのだろう)

とまあ、
どの要素が問題と言うよりも、
ゲームの場合、
見事に全ての要素が入っているがために、
はまってしまうと
罪悪感が生まれるような気がする。
(こう全ての要素が入った遊びというのも
珍しいかもしれないほど)
ということは逆に、
上の要素のどれかを除いてやれば、
罪悪感も薄まるのかもしれない。
そういう考えは、
ゲームを作る一つのヒントになるかもしれない。


2008/03/10(月)
XB●X2代目

さすがに新しく出たシリーズだ。
ROM読み込みの音が静かだ!(当者比)
安心できる読み込み音がする。
これならキズがつかないだろう、
ただ1つ困ったことがある。
横置きのするとトレーが閉まらないのだ。
一旦閉まってもすぐに開いてしまう。
なので、
横置きではゲームが出来ない!(笑)
まだセットアップが終わったばかりなのに。
さすがに今回は、
「当社ではそんなことが起こらないことを確認してます」
というつれない返答ではなく、
直してくれるということなので、
早々にドッグ入り。

XB●X運が悪すぎるのか、
そういう不具合率の高いハードなのか、
ともかく初代ファミコンからピピンを除く
全てのゲームハードを買ってきたけど、
こんな経験はなかったな(笑)

あっという間に月曜日。
ここのところ一週間がとても短い。
3日間くらいの感覚だ。
月曜なんて、深呼吸を1回したら終わっている、
そんな感覚だ。

時間の流れの体感は、
体感時間=実際の時間/年齢 
で表せそうだ。
これは年齢とともに、
情報処理能力が落ちていくために
1単位アタリの時間で処理できる情報が小さくなり、
ある量の情報をこなすのに時間がかかる
結果、
あっという間に時間が過ぎたような感覚になる
ということらしい。
(この場合、情報とは仕事という狭義ではなく、
感覚器からの情報の処理なども含む)
要は、
鈍くなっている自分に気がつかなくて、
自分が遅くなっているのではなく
世間(時間)が早くなっていると
錯覚していることと言うことだ。


2008/03/06(木)
花粉症スタート

うちの近所の五差路は、
どうも交通ルール的トラップがあるようで、
いつも警察がたっていて、
しょっちゅう車やバイクが止められている。
全然危険そうな場所じゃないんで、
もっと、
取り締まるべき場所があるんじゃないかなー。
ヒマだねー。
という感じで見ている。

本日、いよいよ花粉症本格スタート。
目がかゆい、鼻が詰まる。
でも今のところ軽症。
医者大嫌いでほとんど病院に行かない自分だけど、
今年は花粉症が発症する前に医者に行ったからだ。
そのくらい花粉症は嫌いなのだ。
わけがわからんからだ。
自分が不養生をしたのなら、
その罰として受けてもいい。
感染病なら、自分の不運を嘆くのもいい。
でも、ただ空気吸ってるだけですから。
しかも、
体内に入れてもなあんも害がないんですから。
そのくせ、
免疫系の細胞(白血球とか)を大量動員して
予算(栄養や体力)の無駄使いしているわけですから。
釈然としないわけです。
(せめて花粉が栄養になれば、許すのに)
上の取り締まりと同じなわけです。
そんなことしているヒマがあったら、
もっと大事な箇所を守れ!
(きっとゆるゆるな警備の箇所があるはずだ!@おれの体)
といいたいー>自分の免疫系。


2008/03/05(水)
お互いハッピー策

昨日のMIXI騒動は、MIXI側が
条文を追加した理由を説明したことと
「無断で書籍化することはない」と
宣言したことで一件落着。
(さしがに火の消し方はうまい!)
ただし、例の条文が
「ユーザーの無償かつ非独占的に使用する権利」
を有していることを否定したわけではなく、
あくまで、
その権利の行使を否定しただけだってあたりは、
ちゃんと覚えておく必要がありそうだ。

ゲームを作る際には必ず契約書が存在する。
場合によっては、開発に入る前に、
守秘義務契約を結ぶこともある。
だいたいその手の書類といのは、
小難しい文章が並んでいて、
正直、今でも理解できない内容があったりする。
そのためか、
どの条件もおどろおどろしく感じられて、
全ての権利が奪われるんじゃないか、
全て相手側だけに有利になるんじゃないかと、
なにかと被害妄想的に構えてしまう。
この手の書面には、そういう威圧感がある。

だから、
そんなにナーバスにならなくてもいい
という気持ちもあるが、
あちらの権利は明文化、
こちらの権利は「紳士協定」(口約束のようなもの)
というのはちとアンバランスな気がする。

仮に口約束が返上され、
上の権利が行使されたとしても、
ユーザーが被害を被るような事態が
発生することは考えにくいが、
その場合でも
一方だけが利益を得て、
一方は(本来受けるべき権利があるのに)利益を得られない、
そういう不公平が生じる可能性はある。

もっとも、株を公開している会社は
外から大きな「常識の力」がかかるので、
そういう事態が実際に発生する可能性は
とても小さい気がする。
実現の可能性が小さいのに、
不信感だけは確実に残してしまった戦略は
失敗だったんじゃないだろうか。

インターネットの世界に限らず、
どのビジネスの場(遊びの場でも同じかな)でも、
ベストな戦略は、
「お互いが同じくらいハッピーになる」
そういう仕組みを考え、
そうなるようにがんばるということだと思う。
出し抜くとか、ねじ伏せるとか、
有利な立場になるとか、ごまかすとか、値切るとか、
そういう戦略は、
一時的に利益をあげるかもしれないが、
長い目で見れば失うモノのほうが大きい気がする。

そんな脳天気な戦略では、
世界を相手にしたビジネスでは
生き残っていけないとか怒られそうだけど、
結局、
人と人が一生懸命にすることの「間」ってのは、
こうしたプリミティブな価値観が有効なのだと思う。
っていうか、信じたい。

楽天にしてもMIXIにしても
おいらがブーブー言っていることの多くは、
「お互いがハッピーになる」という視点がない、
いつもこの点なのだな!
とふと気がついた。


2008/03/04(火)
MIXI18条

きっと、
そこら中で問題になってるんだろうなー。
MIXIの利用規約第18条
「本サービスを利用して
ユーザーが投稿した日記等の情報に関する責任は、
ユーザー自身にあります。
弊社は(中略)一切責任を負いません。」
はまあ、その通りだろうけど、
その上で、4月1日より、
「ユーザーは弊社に対して、
当該日記等の情報を(中略)
無償かつ非独占的に使用する権利(中略)を
許諾するものとします」
しかもこの権利は
「本利用規約の施行前に
ユーザーによって行われた行為
についても本利用規約が適用されます。」
だって。
つまり4月1日以前に書かれた日記も
その利用権は無償でMIXIが持てるというわけだ。
責任はすべてユーザー。
権利はすべてMIXI!(笑)
有料で場を借りている人も!(笑)

好意的に考えれば、
「ニュースなどに書いたユーザーのコメントは、
著作権がどーのこーの言わないで、
そのまま掲載させてね」
という、
お願いのためとも考えられなくもない。
が、仮にそうだとしても
ちょっと気が変われば、
大きな商用権を行使できるわけだから
この宣言は重大な意味をもつ。

実は今年からMIXIへの参加を休止してしまっている。
その理由の1つが、
MIXIの金儲けの方向が間違っている気がして、
なんだか居心地が悪かったことだ。
そして、休止しているにもかかわらず、
脱会できないのは、
過去に書いた日記を無くすのがもったいないし、
移動するのは超面倒だからだ。

今回のMIXIの主張する「権利」は、
その過去の日記も含むわけだから困ったもんだ。
だからといって、
大半の人は過去の日記を消せないだろう。
めんどくさすぎる。
そのあたりも計算に入れているアタリの
悪い意味ので計算高さが、
自分をMIXIから離している理由なのだ。

「ブタは太らせてから食え」
ということわざがあるが、
まさに虎視眈々とその時期を待っていた、
と悪意に考えざるを得ないひどい規約だと思う。

こうしたことがまかり通ると、
無料ですよ、じゃんじゃんこの場を利用してくださいね。
と客寄せをしておいて、
まとまった生産物が手に入ったところで、
その商用化権はおれにある!
と言える「ビジネス・モデル」が
確立してしまうことになる。
(もう、とっくに確立しているのかもしれないけど)
ブログサイトなんかがこれをやり出すと
かなりやりにくいだろうなー。

そういう社会的な問題は別にして、
オレの日記なんてどうせ商用にはならない、
という安心感?もあるんで、
ほっておいても大丈夫だろうというあたりが、
正直な気持ちだ。


2008/03/03(月)
素人層

素人層。
格闘技をはじめスポーツ界では、
この層を大事にしているらしい。
アマとプロの厳密な区分けは難しいけど、
それでお金をもらっている、もらっていない、
それで暮らしている、暮らしていない
あたりだろうか。
ともかく、
素人層が厚くならないとプロ層が厚くならない。
ということがスポーツ界の常識のようだ。
素人→プロ→トッププロの人口構成は、
プラミッド型をしているだろうから、
それも当然だろう。
別にスポーツ界だけじゃなくって
どの世界でも言えることかもしれない。

問題は2つ。
1)素人の人にとってやってみたいと思う
  魅力あるジャンルであるかどうか。
2)素人でもやることができるものか、
  あるいは、その環境が整っているか。
1)はもーそのジャンルの持っている根本的な性質であり
どうにもならないだろうけど、
2)については、その業界の努力が問われるところだ。

自分はひょんなことから、
いきなりゲームを作ることになってしまったけど、
ゲーム業界に就職しないで
ゲームを作ると言うことは
どのくらいの難易度なんだろう。
プログラムが書ける人は問題ないだろう。
フラッシュでスクリプトを書ける人もいけるだろう。
それ以外の、
アイデアしかない人、絵しか描けない人、
シナリオや世界観の設定しか出来ない人、
そういう人が「ゲームを作る」ということは
できるのだろうか。
かなり難しいような気がする。
マンガや音楽、小説、今ではCGその他の映像も
あるいは陶芸、版画でも
いくらでもアマでが作品作りを体験できる。
そういうジャンルに比べて、
ゲーム業界はかなり難易度が高い。

ゲームを作る世界に就職することは簡単だけど、
それとこれとは意味がかなり違う。
プロ予備軍という意味においても、
新しい発想の提案という意味においても、
素人立場というのはとても大切であり貴重な気がする。
2)について
ゲーム業界はどのくらい真剣に取り組んでいるんだろう。
(と、他人目線で書いているけど
実際、私はこの業界のことをホントっ知らない)




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