人間風車

2008/04/30(水)
待つこと

週末親たちが上京してきた。
東京のいろいろな所に驚いていたが、
印象的だったのが、
行列がいたるところにできていることに
驚いていることだった。
有名なお菓子や、天ぷらや、観光スポット
そういえば、よく人が並んでいる。
人気がある=並んでいる
で何の不思議も感じていなかったが、
たしかに、
岐阜じゃー、あまり
「並んでいる」という光景を見た記憶がない。
(といっても、
自分の岐阜の記憶は20年以上も前の記憶だけど)

自分がなにかにつけ、
並ぶのが大嫌いなのは、
そういうことも関係しているのかもしれない。

昨日たまたま通りかかったところで、
CD、ゲームショップに長蛇の列ができてた。
しまった!今日が『ドラクエ』の発売日か!
と一瞬思ったが、
列が出来ていたのは
並列されているGSだった。
値上げ前最後のガソリンを給油するための列だった。
昨日はそこら中でこういう列ができたらしい。

ふだん、ほとんど車に乗らないのに、
こういう日に限って乗っている
(=ガソリンを消費している)自分と、
世間との感覚のずれを改めて認識。

それはそうとこうして待っている時間、
アイドリングによるガソリンの消費とかは
どのくらいのものなんだろう。
どのくらいの排気量の車を想定しているのか知らないけど、
国土交通省の資料によれば、
10分間のアイドリングで
140ccのガソリンを消費するそうだ。
30分の待ちで、だいたい0.5リットル。
値上げ前に給油することで
浮かせられるガソリン代金は、
30リットル給油しても900円程度。
もちろん、30分待っていても
「黒字」であることは間違いないけど、
さほど劇的な「黒字」とは言い難い気がする。
なんて、思うのも、
並ぶのが大嫌いな性分のせいか。

それにしても、
GWスタート時の再値上げは気の毒だ。
と、
どうせほとんどの仕事しているだろう自分は、
ここでもまた他人事。


2008/04/28(月)
休みたいなら辞めろ

どっかの会長が
「休みたいなら辞めろ」と言ったとかで
話題になっているらしい。

この意見については、
こと自分たちの商売については、
賛成の反対なのだという立場だ。

生活の安定のためとか、
お金のためとか、
そういう目的で
この仕事を選ぶのは間違いだと思うからだ。
もちろん、生活の安定のため
仕事をする、選ぶということ一般について
否定しているわけでは全然ない。
あくまで我々のような仕事に関しては、
あるいは、うちに関しては、だ。

この仕事に関わる以上、
休めるというか休まる時間はない。
物理的な時間拘束も厳しいが、
何より、何を見ても聞いても
「あ、このネタ使えるかも」
「あ、そういえばあそこヤバイかも」
といった具合に、
オフのときでも、
つい仕事のことを考えたりしてしまう。
何かにつけ、仕事と結びつけてしまう。
そういう意味で、
休まる時間も休める時間もない。
逆に言うと、
そのくらいでないと
迫力のある仕事はできないんじゃないかと思う。
そういう生活が性に合っていることが、
何よりの適性@この商売だと思っている。

ただし、
休まないことと、
物理的な仕事時間が長いことは
イコールじゃないと思う。
質の高い仕事をするためには、
肉体にも心にも、
十分な休養や栄養を与えてやらないといけない。
上の意見と(一見)逆のことを言うようだが、
脳のワーキングスペースをゼロ・クリアするためには、
思い切った気分転換も必要だ。
こと、我々の仕事に関して言えば、
机に向かっている時間と
ちゃんと仕事をしていることとは
あまり関係がない。
1週間かけて作ったきれいな企画書より、
1秒で思いついた走り書きのアイデアのほうが
うんと価値があることもある。

スポーツの天才が
イコール努力の天才であるように、
瞬間にいいアイデアを思いつくためには、
日頃からいつも考えていないといけない。
意識の上に登ってこなくても、
無意識の中で常にああだ、こうだと
試行錯誤していないといけない。
すっかり休んでいる脳からは、
そういう瞬発力は生まれない。
一瞬のひらめきとは、
十分に準備された無意識の層から
意識の層に浮上する瞬間のことを
意味するのだと思う。

という意味合いにおいて
「休みたいなら辞めろ」
は賛成の反対なのだ。
(もっとも、この発言主とは、
基本的な考え方が自分とは違うようだが)


2008/04/24(木)
締め切り

1つのプロジェクトが予定以上にかかってしまうと、
必然的に次のプロジェクトの完成が遅くなる。
とできれば、
平行に移動しているだけでいいんだけど、
弊社のような弱小企業では、
そんな大それたことをするにもいかず、
必然的に次のプロジェクトの作業時間が短くなる。
となる。
つまり、
必然的に次のプロジェクトの作業が大変になる。

「月末までにはなんとか」
「GW明けにはなんとか」
まるで借金の返済でもしてるかのような
苦し紛れの答弁で、
なんとかその場をしのいできたけど、
よく考えたら、
月末とGW明けって1週間しか間がない!
っていうか月末はGWだ!

しかし、じゃー、
たっぷりの時間があればいいのか
「できたときに連絡すればいい」
という仕事が完成したためしがない。
締め切りに終われて初めて仕事に熱が入る。
悲しい性だ。


2008/04/23(水)
裁判員制度

遺族として
当然の償いを求めることと
人の死を求めることが
セットにならざるを得ないことは、
例えそれがどんなに正当性のあることだと
理解していたとしても、
彼にとってとても辛いことだろう。
何の非もないのに、
彼は生涯、この重荷をしょっていかなくてはならない。
それだけでも加害者の罪はとてつもなく大きい。
そうした重荷は、
今まで被害者加害者だけの事情だったけど、
裁判員制度が始まれば、
事情が変わる。
多かれ少なかれ、裁判員はそうした重荷を背負うことになる。
アメリカの陪審員が有罪、無罪だけを判定する役目に対して、
裁判員は、裁判官と対等な権限を持っている
つまり、量刑も決めないといけない。
その量刑の中には、当然死刑もある。
当然の量刑と思われる死刑判決であった場合でも、
やはり、
人に死を与えることの意味は大きいし重いだろうから、
多かれ少なかれ、その重荷を生涯背負っていくことになる。
正直、そういう判断をするに対しての
法に対する知識や良識、
それに人間力のない自分が、
正しい判断をくだせるのか全く自信がない。

例え相応の知識や良識があったとしても、
できれば、そういう役目はゴメン被りたいと思ってしまう。
そんな気の重い制度はもう来年!からはじまるわけだ。

怖いし、気が重い。

PS:
「裁判員制度」HPでの
「体験しよう裁判員制度」のクイズ?に答えていると、
なんだか『逆転裁判』を
プレイしている気になってくるのはおれだけ?


2008/04/22(火)
また壊れた!

昨日書いたように
1つプロジェクトが無事完了したし、
ちょうど、予約してあったソフトも届いたし、
久しぶりにX36●を解禁しようとしたら、
また壊れた。
っていうか、いつの間にか壊れてた。
前回はトレーが閉まらないだったが、
今度はトレーが出てこない。
つまりROMからでは遊べない。
ダウンロードしたソフトなら遊べる。
さすがネットに重きを置いたハードだ、、、
ROMで遊ぶなってか。
勘弁してくれーーーー。

ホントにうちだけだろうか、
こんなに壊れるのは。
手荒なことは1つもしてないんだけどなー、
不思議。

とうとうというか、
やっぱりというか、
残念ながらというか、
BluRayプレイヤーを買ってしまった。

ソフトを買う前に、
(ソフトがないのにプレイヤーを買ってしまった!)
以下の約束事を決めた(with自分)

1)DVDで持っているソフトは原則BluRayで買い換えない
2)古い映画がBluRay化されても原則買わない
 (高下質で見る意義のあるソフトだけにする)
3)すぐにBluRay化されそうなソフトはDVDで買うのを控える
4)ともかく、原則、短絡的に1クリックしないようにする
5)買う前に持っているかもう一度確認する
  3枚同じソフトがあるとかは、言語道断

「原則」という条件を付けた時点で、
もう守る気なしというのは政治の世界の常識だが、
私目としましては、
前向きに善処していく所存であります。


2008/04/21(月)
切り売り

あと1日、いや5時間くらい?
(現在21日12:05分)
で、
1つの仕事が無事終わる。
もーほぼ大丈夫なはずだけど、
無事終わる前にこういうことを書くのは
なんだか縁起が悪い気もしないでもないが、
いやー、
「大変」と「興味深い」が同居する
初めての体験だった。
初めての体験は、総じて言うと「楽しい」。
この商売、ほとんどの場合
「楽しい」と「大変」が
ペアになっているのが玉に瑕。

HEROES』というアメリカテレビ・ドラマを
1話だけ買った。
幸運!にも自分的にはイマイチだったので、
ボックスは買わなくてもすみそうだ。
1話だけなら980円。
ボックスだと7382円(ともにamazon価格)。
もし、ボックスだけの販売だったら、
きっと買わなかっただろうな。
ちょっと興味がある、でも微妙。
その程度の興味で7000円は払えない。
それでも、ひょっとしたらはまるかもと思うと、
少し後ろ髪が引かれる。
そんな状態で、
980円投資してみるってのはどう?
1話だけ見てみて、その先を決めるのはどう?
と提案されちゃうと、やっぱり1クリックしちゃう。
うまい、というか正しい方法だと思う。

ボックスを買うことの心理的障壁は
そのまま、ゲームパッケージを買う心理的障壁と
似ているような気がする。
他の遊びと比べたら4800円は高いし、
そうでなくても
前情報も少なく、
(なんせ、パッケージの裏側の説明だけで
決断せいと言われることとがほとんどのわけだから)
お試しもできないまま買うというのは、
なかなか度胸と金のいることだ。

そう思うと、
ゲームもお試し版という
売り方が理想ではあると思う。
テレビゲームという遊び自体が、
そういう切り分けがとても難しい遊びであるけど、
(同じ映像でも劇場映画だとお試し版が作れないのと同じ)
それは作り手の事情や都合であって、
買う側にしてみれば、
ちょっと遊んでみて、
おもしろいと感じたら続きを買う。
という売られ方の方がうんと買いやすいはずだ。
(よく、おれはマンガの単行本を引き合いに出す)

そうだとすれば
ゲームを企画する段階で、
切り分けが可能なような仕組みも組み込んでおく。
そういうアプローチが必要になるだろう。

ゲーム自体が「切り分け」も「切り取り」も難しい上に、
パッケージ販売だと製造、流通の面で
さらに障害がプラスされる。

可能性があるとしたらダウンロード販売のほうだろうけど、
さてさて、
日本でのゲームのダウンロード販売は
うまくビジネスになるんだろうか。
少々、心配ではある。


2008/04/18(金)
小さいというアドバンテージ

ゲームの世界から足を洗おうとしている。
もちろん、
作ることじゃなくて遊ぶこと。
ちょうど、
どーしてもやりたいというゲームが切れているし。
それにしても、なんだろ、
この辞めることが
「正しい」ことのように感じてしまう感覚は。

日本人は小さくすることが得意だ。
得意であり、間違いなく好きだ。
必要があるからそうする、というより
すきだからそうするという感じだ。

「かわいい」という言葉は
現在では、
美しい、魅力的という意味で使われているが、
本来は「小さい」という意味だ。
それくらい「小さい」ということは
日本人にとって魅力のある要素なのだろう。

戦後日本が経済発展をなしえた
大きな原動力の1つがトランジスタなどの小型化だ。
小さくて大容量。
そういうポイントで、
世界に大きなアドバンテージをもてる分野なんて
ないんだろうなー、残念、と思ってたら、
あったじゃないですか!
電池。
この分野は日本の独占状態らしい。
ちっとも新しくもない装置なのに、
使われる用途が増えようとしている。
電気自動車用の電池、家庭用発電装置などなど。
さらに家庭用発電の蓄電用装置。
どれも現在の環境問題とバッチリフィットしている。
世界中で必要な装置だ。
今すぐにでも必要な装置だ。
すごいなー、ニッポン。
負けるな、ニッポン。


2008/04/17(木)
ラストイベント

もし、
『地球ゲーム』
(いろいろな自然や人的災難をクリアして、
地球を長く安定的に存続させることを
目的とするゲーム)
みたいなものを作るとしたら、
ラスボス、つまり最後の元凶は、
やっぱり大きな国に設定するだろう。

日本や中東の国は、
やっかいなイベント(問題)を発生させられても、
量的なインパクトが小さすぎる。
やはり、
最後のボスは、強く、でかく、
そして凶悪であってほしい。
そうなると
(最後の要素は、あてはならないけど)
中国とかインドくらいが候補か。

ラストイベントは、
地球全体に影響を与えるような危機であってほしい。
彼らくらい「大食い」であると、
消費も汚染の影響は、地球レベルの規模になる。
核爆弾のように局所的では、
ラストイベントとしては弱い。
(各国が同時にたくさんの核爆弾を使うという
シナリオはリアリティーがないし)
テロも同じ理由で弱い。

そうなるとラストイベントになりうる候補は、
地球規模の気候変動か
未知の伝染病の流行、
人口爆発か、
地球外知的生命体の侵略くらいか。
人口爆発は「悪」としてとらえるのは
ちょっと不自然だし、
地球外知的生命体の侵略は、
リアリティーがないし、
あったとしてもクリア(=撃退する)ことが
むつかしそうだ。

地球規模の気候変動は、
大気の汚染による健康被害から
水不足、食糧不足、
(海水面があがる、砂漠化するなどで)土地不足
生態系の崩壊、

かなり幅のあるイベントにできそうだ。
同様に
未知の伝染病
(鳥インフルエンザ変異型など)
の流行イベントも
かなり強烈なイベントになりそうだ。
(ゾンビゲームと同じルールになる!)

もし、
この世界が神様が作ったゲームだとしたら、
(私の持論)
ざっと
こんなラスボスを設定するんじゃないだろうか。
そして、
現実はまさにそうなっているというのは、
かなりこじつけというか後付であるけど、
対処に失敗するとゲームオーバーになる
という意味では、
現在の状況が、
ラストイベントである可能性はないではない。
それくらい「やりごたえ」のある
ラスボスイベントになりそうだ。


2008/04/15(火)
分業化

相変わらず、
全然、数式とかついていけないくせに、
量子力学関係の本(ばかり)を読んでいる。
数ヶ月かけて、やっとこさ
ワープする宇宙』を読み終わったけど、
エレガントな宇宙』のときと同様、
わかったようでわからないような感じ@now

20世紀になると
実験物理と理論物理が分業化してしまう。
理論で使う数理も、
実験の仕組みもとても複雑になっていき、
1人の人間がその両方の知識、技術を身につけるのが
むつかしくなってしまったからだそうだ。
それでいて、
現在でもなお、科学の世界は
理論だけでは「真実」と認められない。
あくまで、
実験で検証されてはじめて「真実」となる。
という哲学?がある。

しかし、この哲学?すらも今後はむつかしくなる。
超ひも理論などを実験的に検証することは
もはや不可能となっている。
ひもがその活躍を見せる世界は、
とても小さく、とてもエネルギーが高い環境
(宇宙が始まった直後のような世界)なので、
実験装置では再現不能なためだ。
(これはおそらく未来永劫、無理)
間接的に存在をたしかめる方法は、
いろいろと考えられているようだけど、
どのみち、
実験での検証がますます難しくなり、
理論と実験の距離、進歩が乖離していってしまうのは、
さけようがないだろう。

実験で検証されてはじめて「真実」となる
という哲学?を捨てないといけない
時代がくるんだろうか。

ゲームを作ることが
さらに大変になっていくと、
ゲーム業界も分業化していくのだろうか。
世の中のめまぐるしい趣向の変化と
次々に出されるハードの使いこなし、
その両方を1社が請け負うには、
相当なエネルギーを必要としているし、
今後ますます多くのエネルギーを必要とする。

企画会社と制作会社。
企画会社が構想を練り、
制作会社がそれを実体化していく。
あるいはさらに、
基礎構想会社などもあるといいかもしれない。
ハードの特性から発生する
新しい遊びの原型を発案する会社。
ゲームの形にまるめこむところ以降は企画会社にまかす。
それ以前の原型的遊びだけを
開発、提供する会社。
そういう分業化もあるかもしれない。
すでに大きなゲーム会社内では、
それらの分業がなされていると思うけど、
世間にいっぱいある小さなソフトメーカー
(まさに、うち!)
なんかは、
分業化されたうちの1つに
特化していかないと
辛くなっていくんじゃないだろうか。

うちはなるとしたら何になるんだろう。
個人的には原型屋になりたいな。


2008/04/14(月)
諸々

せっかくゲーム制作会社の日記なので、
リアルタイムで、
ゲーム制作日記を書きたいところだけど、
例によって全く現状を書けない。
現在、かなりの立て込み中。
(騒動?といっていいくらいだ)
今回の騒動?は、むちゃくちゃ大変だけど、
一般的に言ってもとても興味深い騒動?だと思うので、
いつか内容を書けるといいんだけどなー。
きっと、
いろんな(仕事の)人の役に立つ騒動?だと思う。
それよりも、
ああ、神様、
なんとかなりますように!(笑)

3800円の買い物をして
38ptサービス!と言われるのと
38円サービス!と言われるのと
どちらが得した気分かと言えば、
リアリティーのない分、
ポイントのほうだろう。
(ポイントの使い道が
はっきりわかっている場合に限る)

家庭での水道水の利用は、
28%がトイレ、24%が風呂、23%が炊事、17%が洗濯
という割合になっているらしい。(2002)
よく日本人は
「飲み水でウンチを流す」と言われるが、
たしかに、この中で飲める水である必要があるのは、
「炊事」(23%)くらいなもので、
あとは中水で十分な気がする。
(風呂水は意見の分かれるところか)
77%も不必要に飲み水を使っていることになる。

家庭でも上下水道プラス中水道が完備されると、
(あるいは中水を作ったり出来たら)
ずいぶんと水の節約になるんじゃないだろうか。


2008/04/11(金)
見えないパレード

見せないパレード(お披露目)の意味は果たして何か(笑)
は、ともかく
イラクなんかにあれだけ容赦なかったアメリカが、
今回のチベット問題では随分と大人しい。
イイ悪いを言うつもりは全然ないんですけど、
国の正義というのはイコール国益である。
そういう事情がよく見える。
そして、アメリカは、アジアのリーダー
(今後、仲良くおつきあいしていきたい相手)を
誰と見ているか、という事情もよく見える。

アメリカはまー、
そうでしょうと思うんですけど、
日本はどうなんでしょう。
静観?無視?それとも抗議している?
よその国以上にわからなかったりします。
別にチベット問題を
(オリンピックということで)
他での紛争とのバランス以上に
大きくとらえる、態度を大きくアピールすることが
正しいとは思わないけど、
もしももしも、
アメリカに気を遣っての静観だとしたら、
それはばかげている。
アメリカは日本を見きって中国を買っている。
そういう事情に気を遣うのは馬鹿げているからだ。

国内の政治にも外国とのつきあいにも、
明確な指針を出さない(出せない?)、
リーダーがいない、
そういう国でありながら
少なくとも今のところは、
なんとかやってこれている、
ってあたりは、
考えようによってはスゴイことではあります。
ある意味、
人間社会の理想型(の原型)といえるかもしれない。


2008/04/10(木)
花はなぜきれい

東京の桜はもう終わりだけど、
桜に限らず、花はきれいだ。

どうして人間は花をきれいだと思うんだろうか。
水がきれいとか山が美しいとか森が気持ちよいとか
自然の造形物のなかでも、
美しいモノはいっぱいあるけど、
それらはだいたい、
生活圏として役立つことが
ベースになっていると思う。
花はとくに生活に役立っているわけでない。
食べられるわけじゃないし(普通の花は)、
花で家を造るとか、薬になるとか、
我々が花園で誕生したというわけでもないし。
それなのに、どうして花が、
飛び抜けてキレイだと思うんだろうか。
不思議だ。

だいたい、どの国の人も花が好きだ。
(たぶん)
ネアンデルタール人くらい昔の人でも
お墓に花を添えていたらしいから、
昔から好きなんだ。
(ネアンデルタール人は別種だけど)
っていうか、おそらく
DNAに焼き込まれた生理的感覚なんだろう。

サルはどうなんだろう。
花を美しいと思うんだろうか。
一度聞いてみたい。

「花とはあなたにとって
なんなんですか?」
この問いに答えるのはむつかしそうだ。


2008/04/09(水)
ニュースの危なっかしさ

チベットでのデモ行動や
聖火リレーの中継などのニュースは、
中国での報道と
その他の国での報道の違いを
比較して観られるので面白い。
報道という仕組みの危なっかしさがよくわかる。
中国では国家的にproxyが管理されているので、
インターネットを通した情報も
ある程度フィルタリングされているようだ。

もし、
自分が中国国内にいたとしたら、
チベットでの出来事などを
正確に把握できただろうか。
かなりむつかしいんじゃないだろうか。
ギリシャでの点火式なんて、
あたかも生中継のように、
1分遅れの中継をしてた。
これなんかは、
絶対に見破れなかったに違いない。

日本では、
国家的な意志がテレビなどの報道に
影響を与えるとは考えにくいけど、
テレビ局やスポンサーの意向が、
あるいは記者自身の価値観が
反映されることは大いに考えられるので、
人ごとではない。

ただし、それは
報道をする側が悪いと考えているわけではなく、
そもそも、
間接的な情報を受け取るということには、
常にそうした危なっかしさを持っている。
それは企業や国家レベルの話だけではなく、
友達からの話、ご近所の話なんてレベルでも
同じあぶなっかしさ(影響力は違うけど)を
持っていると言うことであり、
おそらく、それは不可避な危なっかしさなんだと思う。

つまり、大事なのは、
間接的な情報を受け取るときというのは、
そういう危なっかしさを含んでいるぞ、と
常に自分に言い聞かせておくことだと思う。

オリンピックつながりでもう1つ。
今回のオリンピックでは
開会式の各国・地域代表団の入場順が、
中国語での画数で決められるそうだ。
不動の1位であるギリシャの次は、
ギニア(几内亜)になるんだとか。
そーなると、
モンゴル(蒙古)、レバノン(黎巴嫩)、
シエラレオネ(獅子山)どこだ、それ?
ルワンダ(盧旺達)あたりが出番が遅そうだ。
ミクロネシア連邦(密克羅尼西亜連邦)なんて、絶望的だ!
逆に、デンマーク(丁抹)なんてのも早そうだ。
ちなみに日本は、
10番台後半となりそうだそうだ。

※上の漢字表記は日本語漢字なので、
 中国語表記とは違います。あくまでイメージとして。


2008/04/08(火)
上原お前もか

ああ、来年は上原も大リーグに行ってしまうのか、、、
寂しくなる一方の日本野球。
いっそのこと、
大リーグ内に「日本人チーム」を新設してもらう
くらいのことをすればいいんじゃないかな。
これは盛り上がるよ、きっと。

締め切り時点で4割しか完成していなくて
「3月までにマスターアップできるかのような
誤解を与えたとしたら
その点については、お詫びします」
と答えたら、
あたしらなんか、1秒で首だろうな(笑)
うらやましいぞ>政府

俳優のチャールトン・ヘストンが死んだ。
その瞬間、
『ベン・ハー』のDVDが
amazonのDVD売り上げでランクイン。
検索エンジンのキーワードランキングで、
『ベンハー』がランクインするならわかるけど、
DVDの売り上げなのが驚く。

いつからそんな時代になったんだろうか。
そのくらい、
DVDを買うことがお手軽になったということか。
たしかに安い。
1500円といったら、
映画1回観るより安いし、
音楽CDより安かったりするわけだ。
これなら
ちょっと気になったくらいでも
買っちゃうよなー。
(買う以外観ようがないけど)

値段ってのは最大の武器だなー。
(当たり前の話だけど、深刻な問題)

ちなみに『ベン・ハー』は1959年の作品。
(おれと同い年)
そんな古い映画がランキング・トップになる、
なれるというのがまた象徴的だったりする。

20080408.jpg


2008/04/07(月)
生理的に気持ちのいい数字

数字の中でも3という数字は、
不思議な数字だなーと思う。
パズルゲームなんかで、
「3つ揃えると###」
というルールがなんと多いことか。
これが4つ以上だったりすると、
心理的にちょっと大変かなーという気持ちになるし、
2つだと簡単って言うか単調すぎると感じる。
(実際、そうなるだろうし)

ゲームに限らず、
信号の色、レベルの設定(L,M,Sなど)
3分間のプレイ、料理時間、
3度目のなんとか、かけごえ、
などなど。

心理学では「マジカルナンバー7
という用語もある。
同時に覚えられることの限界が、
だいたい7つということらしい。
これもまたおかしい。

人間には生理的に
得意な数字があるというのはおもしろい。
4つ揃えるとブロックが消える。
ステージは7-5まである。
こういう設定だと
なんかすごく中途半端な気持ちになる。
不思議っちゃー、不思議だ。

「生理的に気持ちいい数字」
もう一度ちゃんと勉強した方がよさそうだ。


2008/04/03(木)
ガソリン損益分岐点

あなたが、
必至になって高価な武器防具を与えた戦士が、
からぶりばかりして、
バトルに5連敗したらどういう気持ちになるだろう。
正解は、「今のあたしと同じ気持ち」。
オープン戦からイヤな予感はしてたけど、
なんか、
今年はこういう気持ちを秋まで引きずっていそう
な予感がして、なんだか憂鬱(笑)

「ねじれ国会」程度で、
政治がこんな機能不全を起こすなら、
二大政党なんて、夢の又夢だ。
っていうか、ガソリンより
日銀総裁いなくて大丈夫なんでしょうか、、、

現在、全国で、ガソリン価格が、
1リットル10円程度の格差があるらしい。
いつもより、ちょっと遠いガソリンスタンドに
行かなくてはならないにしても、
少しでも安いところで給油したくなるのが
われわれ一般庶民の心情だ。
いつもより10km先に10円安いGSがあったとする。
いつものGS=145円
遠くのGS=135円とする。
乗っている車の燃費が10km/lだったとすると、
そこに行くまでに必要なガソリンは、1リットル。
なので、そこへの往復で
135円×2=270円かかることになる。
この車が、満タンで50lとすると、
安いGSで給油することで、
50×10=500円安くなることになるので、
差し引き500-270=230円の得となる。
500Kmの走行に対して(燃費10km/lなので)
230円の得というのは、本当に得なのか。
相当微妙な話だ。
運転中に缶コーヒーの1本も飲み、
タバコを数本も吸えば
さらに微妙な話になる。
ましてや、安い方の店が混んでいて、
給油待ち状態だったりしたら、
アイドリング中で使うガソリン代などで、
アウトだ。
そんなわけで、
安いGSで給油待ちをしている車の列
というテレビのニュースを見ていて、
不思議な光景だなーと思ったりした。

ちなみに、上の例では、
10km先のGSが4円だけ安いとなると、
遠征すると赤字になる。
損益分岐点は、おおよそ5円の格差だ。
各地のガソリン代を表示するサイトがあるらしいけど、
自分の車の燃費、自分の住所給油したい量を
入力すると、
損益分岐距離が計算されて、
どこのGSまで給油に行っても大丈夫とか、
そういう判断をしてくれるといいなー。


2008/04/01(火)
ソロモンの指輪

うちのバカネコが、
いつもの本棚のところでおしっこをした。
ぼくは怒った。
すると、「ニャ、ミー、ンニャ」と鳴いた(謝った)。
まったく困ったモンである。
しばらくシュンとしてたのち、
今度は、エサの催促を始めた。
よく聞くと、ニャーと長い鳴き声ではなく、
「ニャ、ミャ、ンニャ」と
小さく文節に切っているのがわかる。
ネコを飼っている人だとわかると思うんですが、
ネコの鳴き声は、
ニャーだけでなくいろいろな鳴き声がある。
ミャーと長く鳴くこともあれば、
ミャッと短く鳴くこともある。
後者は、
人と暮らすネコ特有の鳴き方だといわれている。
デスモンドモリスが指摘するところの、
「親の鳴き方のマネ」の結果なのである。
(デスモンドモリス「親の行動模倣学習」)
どの動物でも親(だと思っている者)の鳴き声をマネする。
鳴き声は、本能的に持ち合わせているのではなく、
親との生活の中で学習しながら獲得していくとのこと。
こうした鳴き声の学習行動は、
オウムなど声帯が発達していて、
人間にもそれとわかる動物以外にも、
動物界に広くあることがわかっている。
だから、ネコも自分の声帯の発声のできる限りで、
ぼくのマネをしているのだ。
さて、そんなつもりでネコの鳴き声を思い出してみると、
おしっこをしたときとご飯を催促しているときの鳴き方が、
妙に似ているのに気がついた。
わかりやすいように、
おしっこのときの鳴き方を
「A、B、C」という文節だったとすると、
エサの催促の時は「A、D、C」であるようだ。
そこで、はっと思いついた。
エサをやるとき、
ぼくはいつも「ごはん、ごはん」といってやる。
だから、プーは、
「ごはん」といっている(つもり)なのだ。
「A、D、C」が「ご、は、ん」なら、
「A、B、C」は「ご、B、ん」ということになる。
(A=ご、B=?、C=ん、D=は)
Bは何か?
そうだ。「め」だ。
ぼくがいつも叱るとき「ごめんは!」と叱るので、
おしっこをしてしまったとき「ごめん」といっているのだ。
ハッキリと意味はわかっていなくても、
その状況、
状況でいうぼくの言葉を「オウム返し」しているのだ。
そうこうしているうちに、パンを食べているボクをみて、
「E、C」と鳴いた。
Cは「ん」なので、Eは「ぱ」と鳴いているのだ。
いつも「これはパンだから(食べられないの)」
と言っているからだろう。
すると、ちょくちょく耳にする「E、E」
という鳴き声もわかる。
「ぱ、ぱ」つまりぼくのことを呼んでいるのだ。
こうして、
次々と五十音を表す鳴き声が順番にわかってきた。
(この鳴き声のバリエーションは、非常に微妙なので、
ネコを飼ったことのない人だと、
どの鳴き声も同じに聞こえることだろう)
まだまだ、五十音全てがわかったわけではないが、
例えば、帰ってきたときは「お、か、え、り」、
寒いときは「す、と、ふ」といっている。
さすがに小さい「っ」や
濁音はヒアリングできないらしい。
また、要求や感情を示す言葉(の利用)は
わからないらしく、
(ぼくがしゃべる)名詞だけが使える。
(寒い=すとぶ など)
もうしばらくすると、普段の生活で彼が望んでいること、
考えていること、思っていることは、
だいたい理解できるようになると思う。
ぼくとプーだけの「ソロモンの指輪」だ。

以上、エイプリールフールネタでした。
以上、2002年4月1日のネタでした。
出まかせの話だったんですが、
実は、
この古いネタで今度ゲームを作ることになりました。
はい、
これまたエイプリールフールネタでした。
失礼しました!




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