人間風車

2008/07/31(木)
家庭でのネットの普及

今、一般家庭にどのくらい
インターネットが普及しているんだろう。
普及しているというか、
ネット接続用のetherポートがある家は
どのくらいなんだろう。
そのうちどのくらいがHUBとかルーターとか
持っているんだろう。
つまり、複数台のネット接続機があるだろう。

HUBもルーターも
電源タップみたいなものだ。
今では、
電気で動く道具は家の中にゴロゴロしている。
だから、どの家でも、
差し込み口は部屋毎にあるし、
どの家でも1つくらいは電源タップがあるだろう。
でも、その昔、
電気で動く道具が1つくらいしかなかったころは、
コンセントも一カ所だっただろうし、
ひょっとしたら、
複数の家電があったとしても、
差し替えて使ってたかもしれない。

家庭におけるインターネット事情は
今まさにそんな時代なのかもしれない。
電気は来ている。
でも電気が必要な道具は限られている。
複数の家電を動かすポートは必要ないので持っていない。
そんな時代。

電気を引かせる苦労に比べれば、
電源タップを買わせる苦労は
そんなに大きくないかもしれない。
たしかに、電源タップより高価だが、
問題は、
「接続はむつかしいんじゃない?」という
心理的障壁の方だろう。
簡単ですよーと啓蒙するか、
その障壁を越えるほどの魅力的コンテンツを
壁の向こうにぶらさげるか、
どちらが簡単か。
あるいは、その共同作戦が必要か。

きっと、
そんなあたりを次世代ゲーム機周辺では
大いに検討されていることだろうけど、
俺なんかが思うに、
インターネット接続は、
家庭のポートを頼りにしないといけないのだろうか。
携帯電話の機能がこんなに充実しているのだから、
2つ目からのネット接続は、
携帯電話からでいいのではと思う。
携帯電話で着メロを落とすように、
ゲームを携帯電話で落とす。
SDカードか何かに保存して、
それをゲーム機につっこむ。
ゲームを楽しむ世代のことを考えても、
そのくらい現実的になってもいいんじゃないかな。


2008/07/30(水)
youtubeでテレビ

表題の件。
すげー、今更だけど。
おれはIT最先端人間ではないので、
自分にとって必要となった時点で、
はじめて触るということがおおいので、
今更、便利だなーと感心している次第。

さんまの27時間テレビで
BEGINが即興の曲を披露したというニュースを見た。
その曲が聞きたいなーと思って、
youtubeを見てみたらすぐに見つかった。
おかげで聞けた。
(きっと今頃は消されているだろうけど)
もちろん違法なので、
あまりおおっぴらにほめられない。
でも、たしかに便利だなー。

以前、
北欧に勤めていた知り合いが帰国した際、
「youtubeで日本のテレビを見てるから
全然ついていける」
と言っていたが、
なるほど、こんなになんでもあれば、
困ることはないだろうなー。

テレビ番組くらいの内容だと
画質とか画面サイズとかちっとも気にならないので、
まさにyoutubeはうってつけのメディアだ。

何を今更、という感想でした。
しかし、おれのような
どっちかというとIT遅延者がその便利さを知った
感心するようになった、
ということは大きな意味がある。
世に浸透したということだから。

テレビ局は対応がむつかしいだろうなー。
いちいち消去依頼していてもイタチごっこだろうし。
認める方向で、
自分たちも得をする方法ってのも、
なかなか簡単には見つけられそうにない。
でも、きっと後者しか望みがない。
ってあたりが。


2008/07/29(火)
『結』は必要か

煮詰まっているので、
シャマランの新作『ハプニング』を観に行った。
予想通りの展開で、
予想通りの結末で、
予想通りのテンションで帰宅。

起承転結の「結」は
本当に必要なのだろうか。
「物語は起承転結!」という構成は
常識のように語られるが、
果たしてそうなのか。
必ず下げたり落としたりしないと
人は不満に感じるのだろうか。
結なし。起承転フェードアウト、
このスタイルでいいのなら、
奇抜な起承を考えることは
そうむつかしくない。

犯罪計画は、
捕まらないこと、死なないことを
前提にするからむつかしいのであり、
結末がどうであってもいいのなら
簡単であるのと同じだ。

よく考えたら、
2時間の上映時間で
「結」に使う時間は、せいぜい10分。
大どんでん返しだともっと短い。
つじつまの合う残り10分のために、
起承のスケールを小さくしてしまうよりは、
残り10分を無視して、
とんでもない起承で
1時間30分を楽しんでもらう方がよい。
極端な話、
残りの10分なんて、
「時間が来ましたので終わりです」でいい。
そういう考え方も
確かに成立するかもしれない。

『MIST』とか『クローバーフィールド』
を見ててもそう思った。

そういえば、
アメリカのゲームのエンディングは
ものすごく淡泊だったりする。
これもまた、何かしら関係あるのかな。


2008/07/28(月)
時間的後悔

故阿佐田哲也というペンネームは
「朝だ!徹夜だ!」というところから
つけたらしい。

朝までやって後悔したことランキング
なんてのがあった。

1位は案の定、ゲーム。
以下、
ネットサーフィン、深夜番組を観る
飲み会、とりあえず起きている
麻雀、漫画・小説読破
長電話、DVD観賞、カラオケ
仕事、ケンカ、部屋の模様替え...
と続く。

朝まで
ケンカや部屋の模様替えする人
の気持ちはわからないけど(笑)、
ほかはだいたい同じ気持ち。
自分を高めないものに時間を使うことに
後悔するのは、
まー、何についても同じだろう。
早く寝ちゃった、ですら後悔しそうだ。
今もっとも徹夜しやすいアイテムってのが、
ゲームというだけ。

時間を使いすぎたことに
後悔する人が多いことが現代の特徴なんだろう。
それくらい、
時間というのが貴重になっているということだ。
時を忘れて、、、なんてのは
昔はイイだけのことだったけど、
今はそうでもない。
時がたつのを忘れるようなサービスは、
快感と後悔、両方を与えてしまうことになる。
むつかしい。

映画はだいたい2時間で終わる。
2時間に対して1800円という対価は、
高いと思うのだろうか、
妥当と思うのだろうか。
2時間で終わってしまうゲームを作ったとして、
それを1800円で売ったら、
高いと思うのだろうか、
妥当と思うのだろうか。
いくらなら妥当と思うのだろうか。

1ゲーム2時間、
こうした「尺」を元に企画を詰めていく
そういうアプローチも
必要になってきているのかもしれない。


2008/07/23(水)
昨日の続き

昨日の続き。
きっとWiiWareもPlaystationストアも
『the outsider』にならないといけないんだろう。
いわゆるプロ作品とは違うが作る違う作品。
そういう作品が並ぶ場。
そういう場になるといいのかもしれない。

格闘技同様、
ゲームもプロ的作品の悪い側面がある。
マスに売れることが大前提になっているので、
最大公約数的なシステム、テーマ、テイストになる
失敗できないので、シリーズ物が増える
従来のゲーム仕様を規則であるかのように当たり前に使う
値段にあうように巨大なボリュームになる

こうしたことは、
濃いユーザー、あるいは大多数のユーザーには
ウレルカムなことかもしれないけど、
あまりゲームに馴染みのない
ゲームのお客さん未満の人にはちとスペックオーバーだ。

『the outsider』の観客を見ていると、
いつもの格闘技会場で見る客層とは全然違う。
不良が多いってのもあるけど、
格闘技って何やっているかわからない。
プロレスなら見るんだど。
という感じのお客さんもたくさん見受けられた。
バチバチなぐりあって、
たいがいは3分でどっちかが倒れてしまうわけだから、
相撲並みにわかりやすい。
そして選手のハートがダイレクトに伝わってくる
そういう試合が多いので、
見る側に格闘技観戦スキルを必要としない。
見る側の敷居を低くしている。
一方、プロ格闘技の方は
選手全体の技術力がアップしたため、
そこで何がおこなわれているのか、
何がスゴイのか、
そのあたりが見えにくくなってきている。
グラウンドでの攻防などは特にそうだ。
ただ、大きな男2人が
抱き合っているだけにしか見えない。

そうした問題がそのままゲーム業界にもあるような気がする。
DSはそのあたりの問題をかなり突破した。
その延長にあるのが、
WiiWareだったりPlaystationストア
だったりするんじゃないかなー。


2008/07/22(火)
プロって?

『the outsider』という不良格闘技イベントがある。
これを観に行くと、
プロってなんだろう
プロに必要なモノはなんだろうというあたりが
いつもわかんなくなってしまう。

素人の試合だから、
技術もないし、体力もない。
試合の組み立てもない。
あるのはスピリットだけ。
こざかしい勝利より壮絶な「戦死」を選ぶ。
ともなく、
ペース配分もなしで、力が尽きるまで前に出る。
ディフェンスや回復というターンはない。
アタックのみ。

こうした試合は「格闘技」という視線から見ると、
かなりしょぼく、つまらない。
プロとは超人。
彼らの卓越した技、体力を見るために金を払っている。
そう考えるとお金を取れるイベントとは考えられない。
しかし、
今回はかなりおもしろかった。
これならお金を払ってみてもよかったなと思った。
つまり、プロのイベントとして成り立っているということだ。

逆に、
最近のプロの格闘技大会は、
観に行って辛いなーと思うことがしばしばある。
プロの技術が、
こざかしい試合、計算した試合、
負けない試合、
テクニックに偏った試合
を作ってしまっているのが災いしている感じだ。

格闘技の原点。
それは、
バチバチ戦いあうスピリット
なのかもしれない。
そういう意味では、
プロの方が原点からずれてしまっている。
格闘技もずいぶんと市民権を得て、
見る人の「経験値」も増えたところで、
そうした原点回帰の要望が
ぼくら見る側にも生まれている気はしないでもない。
そこにフィットしていたのが、
『the outsider』のような気がする。

ただし、
後先ない素人だからよかった、
というのとも少し違う気がした。
この大会には、不良以外に、
格闘技習いたての非不良も参加している。
彼らの試合は申し訳ないけど、つまらない。
(不良と戦おうとするスピリットは買うけど)
技術の面だとやはり圧倒的にプロの試合の方がおもしろい。
(実際1回目の大会はそうした試合が多くて、
個人的にはイマイチだなーと思っていた)

不良なりにトップに立つ人の
人間力みたいなものが大きいと思う。
主催者が「華」と言っていたが、
まさにそういうもの。
出てくるだけでも絵になる。
さらにケンカが強い人というのは
元来、身体能力は高い。
ただの素人とはそのあたりが違う。

ということで、
プロとはなんだろう。
プロとして必要なモノはなんだろう。
またまた悩んでしまう。


2008/07/18(金)
スランプ

<みんなはどう思うんだろう?
ということが気になりだしたら、要注意。
みんなは面白いと思うだろうか?
地味じゃないだろうか?
新鮮なアイデアだろうか?
売れるネタだろうか?
この企画は通るだろうか?
こういう心配が頭を支配しているときは、
絶不調といっていい。
いま、まさにそんな感じ。

そもそも、
そんな悩みに対する(事前の)答えはない。
製品が完成した後に出てくる答えのはず。
自分でこれはいい!
おれ、天才かも!
と思えるときは、
そうした不安や悩みは、全く感じない。
仮にそれが、
根拠のない自惚れや妄想であったとしても。
つまり、本質的には、
他人の目を気にしているのではなく、
自分の力に自信を無くしているだけなのだ。
他人がおもしろくないと思うかもという心配は、
実は、自分の中に、
イマイチだなという気持ちがあるということだ。
そこには他人は全く関係ない。

何が原因で自信がなくなっているのか。
どこが、いけないとか、つまらないとか、
物足りないと感じているのか。
自分としてはいつものように、
いつものテンションで考えているつもりなのに。。。
混沌としている。
きっとスポーツ選手のスランプなんかも、
同じなんだろう。
いつもと同じフォームで、
いつもと同じ気持ちで向かっているつもりなのに、
どうもうまくいかない。
いつもとずれている。
原因がわからないだけに、なかなか解決しない。

本来、
ゲームの企画を考えているときというのが、
ゲーム作り全体の作業の中で、
一番楽しいフェーズである。
それがこう不調だと、
もっとも辛い、苦しい、不安なフェーズとなる。

こんなときの自分なりの方針。

不安や悩みが一杯の時は、
立ち止まって考えない方が良い。
ろくな考えにたどり着かない。
立ち止まっていると
足下のことがお留守になり、
つい遙か彼方ばかりが気になり出す。
こんな時は、歩きながら考える。
足下に注意しながら、
目の前の問題を1つ1つ解決していく。
あまり、道の先のことは考えないようにする。
ともかく歩く。
歩きながら調整していく。
それがいいような気がする。


2008/07/17(木)
猛暑と体温

今年も猛暑。
っていうか、
これからはずっと猛暑。
つまり、これが
スタンダードな日本の夏。。。緊張の夏。
となるわけだ。

不思議なのは、
気温が体温に近いほど、
体温を作るエネルギーが少なくて済むはずなので、
(真冬に室温を36度にするのと、
真夏にそうするのでは、
エアコンのがんばりが全然違うのと同じ)
体にとっては楽なはずなのに、
どうして体温くらいの気温になると
こー、辛いんだろうか。

そもそも、36度あたりに体温を維持するのは、
生命が誕生したときの海水温が
そうだったからだと言われている。
生命誕生時代に
当時の海の温度で
もっとも効率よく働く
酵素や化学反応ばかりを使うと決めたからだ。
なので、
ピッタシ36度の気温が一番体に優しい、
そうあっても不思議ではないのに、
36度の中歩いていたら、
下手をしたら病院行きだ。
(筋肉を動かすことで、
体温が上昇してしまうことも要因だが)
不思議だ。


2008/07/16(水)
ネットでゲームを買う

まだ、
PS3のアクション・パズル?ゲームにはまっている。
はまっているといっても、
1日1時間もやらないんだけど、
なぜだか、コツコツやっている。
夕飯後のかったるい時間、
テレビ番組が面白くないとき、
お風呂にお湯が貼られるまで、
宅急便を待っている間など、
他に使いようがないような
細切れの時間帯にやっている。

本来的にパズルゲームが好きなこともあるけど、
こういう短い時間にプレイするには、
パズルゲームやシューティングゲームは
うってつけだ。
逆に、
アドベンチャーやRPGなんかだと
ストーリーやミッションが
わかんなくなっちゃうんで、無理。

現代人は仕事に遊びに忙しい。
各々のイベントで、時間の奪い合いだ。
仕事や勉強、生活に不可欠なこと、
自分を高めることに
優先的に時間が割り振られるだろうから、
ゲームのような余暇イベントは、
残った時間の断片を使うよりほかない。
(きっと、ぼくだけじゃないと思う)

カジュアルゲームというのは、
内容云々以前に、
そういう細かい時間にマッチしていることが
不可欠な要素だろう。

話は変わって。
上のゲームは、ダウンロード販売専門のゲームだった。
値段は900円。
その追加ステージデータが600円で売られていた。
ついつい買ってしまった。
といっても、合わせて1500円なわけだから、
一般のゲームに比べたら安い。
ネットを通じて、バージョンアップしたり、
追加アイテムやステージを買うというのは、
以前から、
PCアプリやPCゲームでは当たり前にやってたけど、
ゲームでするのははじめて。
なんか新鮮な感じだ。
900円でお試しができて、
気に入ったら追加で買い足していく、
というのは健全な商売だなーとつくづく思う。
(きっと、作り手のそろばん勘定は大変だと思うけど)
一方、
600円の追加ステージを買うのに随分と悩んでしまった。
一応やってくかーというつもりで7000円も出して
『MGS4』をほいと買ってしまう自分との、
自分内金銭感覚の違いに驚く。
ネットで買う→ネット世界はタダのモノが多い
というイメージが、
ネットでゲームをかうことに
割高感を持たせてしまうのだろうか。
不思議であり、かつ困った心理現象だ。


2008/07/15(火)
エコ話2

昨日の続き。

エコに関する賛成意見、反対意見は
どっちが正しいのかわからなくなる
というのは、
ダイエット、水、健康なんかでも同じかもしれない。
ミネラル水より安全な水道水
みたいな話もよくきく。
これらは、
すぐに理想論と結びつきやすい、
イメージが先行しやすい、
感情論的に語られやすい、
ちょっと乱暴に言葉を使えば、
宗教化しやすい、
そんなジャンルと言えるかもしれない。
そうしたジャンルは、
あっという間に、
悪く言ってはいけない。
茶化してはいけない。
という雰囲気をまといだして、
やがて、
否定してはいけない。
触れてはいけない。
と聖域化されていってしまいがち。
そう思うと、
エコ→エコのウソ→エコのウソのウソ→......
といろいろな意見が出てくる現状は、
例え、商売上の理由からだとしても、
まだマシなのかもしれない。

少なくとも、
節約する、長持ちさせる、汚さない
そのために、
自分たち自身も
ガマンする、努力する、がんばる、
というのは、
エコと切り離しても大切だという
当たり前のことを再確認する。
ってことかな。


2008/07/14(月)
どっちが正しい

養老孟司さんのことば
「人々は、努力、辛抱、根性を石油に換えていた」
便利とか気持ちいいとか楽とか
おいしいとか安いとか簡単とか、
そういうことのほとんどが、
石油を使って成り立っている。
昔は、それを「がまん」することで、
石油の消費を抑えていた
(というか、石油で代替する技術がなかった)。

たしかにねー。
1人1人が出来る省エネみたいなことを読んでいると、
たいがいは、
辛抱する、節約するってことだもんね。
つまり省エネって言うのは、
人間鍛え直すってことか。
こりゃ、大変だ。

ちょっと訳があって、
ここのところ、
エコ関係の本を読みあさっているんだけど、
不思議なことに、
エコ関係は読めば読むほど、
何が正しいのか、どっっちが正しいのか
わからなくなってくる。
これは、
現状のシステムや地球科学に対して、
ちゃんとした知識を持っていないことによるんだけど、
エコしなさい!
エコなんて、ウソ!
その両論に説得力があるのはめずらいい。

例えば、ペットボトルの回収。
ペットボトルは石油から作られている。
1回使って燃やすのではもったいないので、
回収して精製し直して再び使おう。
これがエコ派の意見。
回収されたペットボトルからは、
きれいな(透明度の高い)チップが得られない。
つまり、ペットボトルへの再利用は不可能。
むしろ、
麦茶を冷やしたり、水やりに使ったり、
家庭内で使って燃えるゴミとして捨てるべき。
ゴミ焼却場では、
燃えにくい生ゴミを燃やすために、
石油を加えて燃やしている。
ペットボトルは、
生ゴミに積極的に混ぜることで、
その焼却用の石油の代わりになる。
これが、
今のエコ間違っている派の意見。

いたるところで、
こうした、
どっちが正しいのやらと悩んでしまう
相反する提案に会うことになる。
いまのところ、
読む人が個別に1つ1つの案件に対して、
どちらの意見が正しい、間違っていると
判断していくより手だてがない。
これは相当むつかしい。
が、
ここのところ読みあさった結果の結論。


2008/07/11(金)
ランナウェイ的進化

ネットでの「チケット購入」が、
店頭販売を上回ったそうだ。
個人的はもう随分と前からそうだけど、
半分を超えた当たりから加速がつくのは、
どんな社会現象でも同じだろうから、
これから急激に加速するってことでしょうかね。
今回はチケットだけの結果みたいだけど、
チケットだけ通販、
他はリアルショップって形態は考えにくいから、
他の買い物もネットが主流になっていくんだろう。

それはそうと、
ネットには何からアクセスしているんだろう。
欧米だったら間違いなくPCだろうけど、
日本もそうなんだろうか。
日本の場合は、携帯電話ってこともあり得る。

進化しすぎてしまった日本の携帯電話は、
もう海外では売れないほど
(外国人がついてこれないので)
過剰進化(=多機能化)してしまったようだ。
もう、
カメラなのか、音楽再生機なのか、テレビなのか
メーラーなのか、スケジューラーなのか、
つまりPCと区別が付かない。
i phoneは日本で売れないという人もいるけど、
日本でこそ、
こういう「電話機」が売れるんじゃないだろうか。

昔のラジカセ同様、日本人の
小さいモノにたくさんの機能を詰め込む
エネルギーは止まらない。
どっちかというと暴走にちかい。
必要、必然以上に進むので
好きだからとしか言いようがない現象だ。

こうした現象を「ガラパゴス的進化」と言うらしいが、
生物学期に言えば、
ランナウェイ的進化」というほうが正しい気がする。
個人的には、こういう暴走はすきだ。
どこまで行くか楽しみだ。
ビジネスレベルの発展で止まらないで欲しい。
「そして、誰も使えなくなった」
というところまで行ってほしいものである。


2008/07/10(木)
電力の自産自消

さて、
巨人の自力優勝の可能性も消滅したことだし、
仕事に専念しますか(涙)。
(早すぎでしょ!)

何かで読んだんだけれど、
電気飛行機というのは
瞬間の出力エネルギーの問題から
不可能だということらしい。
ということはたぶん、
電気ロケット、電気スペースシャトルも無理。
もし本当なら、
石油が枯渇したら、
空の便はどうなるんだろう。
っていうか、じゃー、
空飛ぶ乗り物のために
残しておかないといけないんじゃないかなー。

そういえば、今回のサミットで
二酸化炭素を出さないクリーンな発電
というようなイメージで
原子力発電が再アピールされたみたいだ。
エコがこういう方便に使われると怖い。
どー考えたって、
二酸化炭素よりプルトニウムの方がヤバイでしょ。

太陽と風、それを使って各家庭で発電する。
エネルギーの地産地消っていうか、自産自消。
100人で1万キロワットのエネルギーを使うにしても、
1万キロの出力の発電所を1つ作るより、
1000キロワットの発電所を10個作る方が、
地球の負荷が小さい。
各家庭で400キロワットの発電所×25個
(総計1万キロワット)
の方がさらに負荷が小さい。
というあたりがミソだ。


2008/07/08(火)
地域限定、数限定ゲーム

ある有名な牧場のオーナーの方針。
この牧場で作られるキャラメルは、
発売と同時に売り切れるそう。
1)少なく作って高く売れ
2)足し算をして売値を決めろ
3)売る場所を考えろ

1)の理由:
消費者は大企業製でない、手作りの安心感を求めている。
2)の理由:
最初に確保したい利益を決めて、それにコストを足していく。
最初から赤字にならないように価格設定する。
3)の理由:
プレミア感をだすために、スーパーなどの量販店には置かない。
お金を落としてくれる場所を選んで売る。

のだそうだ。
うちでもやろうか!地域限定、数限定ゲーム!
と単純に習うわけにはいかないけど、
少なくとも
「たくさん売れないとビジネスにならない」
というビジネス哲学は
必ずしも常識として考えなくてもよい、
そんな時代にはなってきているような気がする。

ここのところ、ずっとゲームをネットで売る
というビジネスモデルについて考えているのも、
同じ理由からだ。
今、関係者に話すと100%
「おやめなさい」と言われる。
・日本のゲーム機のネット接続率
・日本人のモノ信仰(情報には金を出さない)
・ネット上でのクレジット決済への不安
などなどから、
とても普及しないにという理由からだ。
現状の市場規模を考えると
ゲームのネット販売はまさにその通り。

しかし、将来もそうなんだろうか。
楽天も最初銀行に融資を持ちかけたとき
そう言われて断られたと聞いた。
AmazonやITunesShopも立ち上げのときは
きっとそう言われただろう。
ゲームが一般のアイテムや音楽とは違うのかもしれない。
しかし、試みてみる意義はある。

というか、正直なところ、
そうしたビジネスの将来性云々というより、
うちが生き残っていくためには、
そっちしかないのでは、
と考えていることのほうが大きい。
パッケージビジネスで生き残れるのは、
メジャーな作品のシリーズものだけになる、
それらはどんどんリッチな内容になっていき、
お値段もリッチになっていく。
どんどんそうなっていく。
そういう気がしてならない。
そういう競争には、
うちのような独立系チビ会社は参入できない。
(できても、したくない)
どうしたものかと、当たりを見渡してたら、
ネットで売るという方法が始まりだした。
そんな感じだ。

もっとも、
小さいから1アイデアだからネットで売る。
従来のゲームをコンパクトにしたものを作る。
という発想はかなり間違っている気がする。
ネットでゲームを買う人の価値観、
ライフスタイルにはどんなソフトがフィットするのか、
そのあたりから考え直さないといけないと思う。


2008/07/07(月)
初めての時間

今日は七夕。
東京はあいにくの天気。
こんな天気の日は、
彦星と織り姫は人目を気にせず会えるのだそうだ。
あれ?
おれたちが小さい頃は、
こういう天気の時は会えないだったんだけどなー。
いつから解釈がかわったんだろう。

いっちゃー悪いが、
「PLAYSTATI●N Network」にクソゲーがあった。
つい、買ってしまった。
あきらかにハズレ。
なんなんだよー、ちょっと品質管理しろよー
と思う反面、
こういうハズレ感というか、
こういう「一発ネタ」が出るのって
久しぶりだなー感じた。
個人的には、
PS1の立ち上げ当たりの感じに似てるなーと
少し感じだ。
そうだ、
フジテレビの深夜放送が始まったときの感じにも似てるなー。

偶然にも、
PS1にもフジテレビの深夜放送の立ち上げにも
参加しているので、
そういう「初めての時期」の
作り手のとまどいとか勢いとかいうのが
なんとなくわかる気がする。
オンラインでゲームを買う人なんてのは、
まだまだとても少数。
商売の場としてのイメージが
作り手、売り手のうちでもできあがっていない状態。
こんなときは、
何が市場にフィットしているかわからないので、
こういうゆるいソフトが出がちである。
ゆるいソフトのうちたいがいはクソゲーだけど、
いくつかはとびきり新鮮なソフトになる。

こうした奇跡?のデビューは、
成熟したパッケージビジネスでは出にくい。
市場の空気がはっきりして、
商売の仕組みがはっきりしてくると、
そこからはみ出しそうな
ソフトの企画は通らなくなるからだ。

クソゲーをつかまされるのは、
たまったもんじゃないけど、
(それが1500円だとしても)
軽量、安価、ワンアイデアの山椒のような
ゲームが出てくるかもしれないを願い、
その「お布施」と考えることにしよう。


2008/07/04(金)
印紙税

そういえば、昔から不思議だった印紙税。
契約書を交わしたり、領収書をもらったりすると
貼られるあの印紙。
調べてみると、
印紙税とは、契約書や領収書といった、
経済的な目的で交わされた
一定の「文書」にかけられる税金。
と印紙税法に定められているものらしい。
「文書」にかけられる税金。
収入に対しては、ちゃんと消費税を支払っているのに、
なして、契約を結んだ、ということに対して
税金がかかるの?
っていうか、
なんで、文章に税金が?
そう。
契約自体にかけられる税金ではなく、
文章にかかる税金なので、
契約書を結ばない、つまり文章化しない契約については、
印紙税を支払わなくてもイイ。
契約の内容、金額には関係がない。
お店でも、領収書をもらわなければ、
店側は印紙税を支払わなくてもいい。
これはどーなんでしょ。
ヘンな感じがするなー。
2重に税金を取られている感じがしてならない。
印紙税法は商法なので、一般の税金とは管轄が違う。
こんなところの「縦割り」行政は
ゴメン被りたい。

電子技術、コンピュータ技術が進化すると、
この「文章」という定義がむつかしくなる。
pdfは文章か?
メールは文章か?
もし文章だというなら、pdfやメールにどう印紙をはる?
上のような電子データが、
証拠として成立するデータであれば、
なにも紙に書いた契約書でなくてもよくなる。

なんか、
どんどんバランスが悪くなっていきそうだ。


2008/07/03(木)
気持ちのリセット

任天堂の今期の有価証券報告書より。
今後の目標。
・ゲーム人口の拡大
・所有者の生活を豊かにする
・従来のゲームジャンルに留まらない
 アイデアを優先したバラエティ豊なゲーム
・(ハードの)新たな用途の開拓

今作っているゲームが佳境の中、
タコ社長としては「次」の準備もしないといけない。
最近、
ちょっとゲーム作りになれてしまったせいか、
1つのアイデアを
いわゆるゲームのスタイルへ落とし込むことが
わりと簡単にできるようになってしまった。
できるというか、
してしまうというか。
どちらかといえば、
後者的危機感の方が強い。

一方、
プレゼン等の難易度は毎年あがる一方で、
PS1が出始めた頃に比べると、
1000倍は難しくなっている(当社比)。
ちゃんと(ゲームとして)まとまったアイデアでないと
なかなか旨く話が進まない。
アイデアの問題だけでなく、
どう売るのか、
どれだけ売れるのか、
そうした戦略や予測まで用意しないといけない。
商品のプレゼントしては、
当たり前といえば当たり前だけどね。

ともかくプレゼンの難易度はあがる一方。
そうなると、
プレゼンを通すためのアイデアなんていう
本末転倒なアイデアまで頭に浮かぶようになる。
これはうざい。ちょーうざい。
中途半端にゲーム作りになれてしまったので、
「妥当」なアイデアが
頭に浮かぶようになったのも
ちょーうざいというか、ちょーヤバイ。

そんなおり、上の方針。
気持ちをリセットするきっかけの1つになりますです。
勝手に感謝。


2008/07/02(水)
自販機の省エネ

夜中の散歩が趣味です。
昨日もふらふらと
1時間ばかり歩いていたんですけど、
やたら警察が多い!
サミットの警戒のためだということ。
サミットをやるのって北海道のはずだけど、
一応、主要都市は全て警戒するのだそうだ。
(以上、タクシーの運ちゃん情報)
で、
こういう時期に夜フラフラと歩いていると
よく職務質問に合う。
職質に合った人なら知っていると思うけど、
職質を受けると、
身元確認やら何やらでけっこう時間を取られる。
かなり、めんどくさい。
で、以前、
警察(その時は機動隊だったけど)が見えた瞬間に
職質うぜーと思い、近くの建物に隠れたら、
さすが向こうもプロ。
すぐに見つかり、追いかけられて、
たっぷりと職質されました。
みなさん、気をつけましょう。
逃げられません、彼らからは。

それはそうと、夜中に散歩していると
街灯以上に明るいのが自販機。
どれも明るい。
しかも、やたら数が多い。
こんなところの自販機誰が使うんだ、
というような場所にもある。
100歩譲ってジュースはともかく、
真夜中、電池はかわないだろう。

この無防備な「貯金箱」がこんなにあっても
狙われなんて、
日本はなんてイイ国なんだろう。
と思うとともに、
これって、最近流行のエコから言うと、
かなりエネルギー無駄使い装置じゃないかな。
日本全国の自販機を夜12時から消す
あるいは、
人が前に立った時だけ明るくなる
とするだけで
かなり電気の節約になるんじゃないかな。
コンビニの24時間営業云々より、
自販機を止める方が効果が大きいんじゃないかな。
とふと思ったりした。




« 人間風車: 2008年6月 | | 人間風車: 2008年8月 »