人間風車

2009/01/30(金)
思い出すと思いつく

あはっ!の茂木さんが
「思い出すと思いつくは脳的に近い機能」
だと言っていた。
なんかわかる気がするなー。

何かいいことを思いついたときって、
引き出しの中にイイものを発見した感覚がある。
大事に隠しておいてすっかり忘れたもの、
通りがかりにふと目がとまる感じ、
そういう感じが近い。
つまり、どっか外からやってくるというより、
すでに、家や身近なところにあったモノに
気がつく、思い出すという感覚。

創造だけじゃなくても、
心配事でもいろんな決断でも、
実はすでに心の奥底では決まっている。
それらを無意識に、
それに気がつかない。
それを見ようとしない。
それを却下している。
としていることっって、
すごく多い気がする。

もっとややこしい話をすれば、
量子力学的には
未来を思い出す、過去に忘れる
なんてことも物理的に矛盾しない。
意識や記憶も、
脳内の生化学的反応、
つまり
たくさんの物理現象の相互作用なわけだから、
そうした量子的効果が働いても不思議じゃない。

てなことを含めて、
「わかる気がしますよ!茂木さん」
と思ったのでした。


2009/01/28(水)
二院制

スポーツを代表としたゲームでは、
無駄な残り試合をしない。
たとえば、
7連戦でどっちかが4勝したら、
残りが3試合あったとしても、
そこでおしまい。
残り3試合勝ったとしても勝敗が変わらないからだ。
野球では、
9回の表が終わった時点で、
後攻のチームが勝っていたら、
その時点で、試合が終わる。
これまた、その時点で勝敗が決まるからだ。

例え、
4勝3敗まで追い込だり、
1点差まで追いついたり、
勝敗とは別の
いいドラマがうまれる可能性があったとしても、
勝敗が変わらないから、終わる。

合理的に考えれば、そうなるのは当然だ。

衆議院と参議院は、過半数を占める政党が違う。
与野党でわかれている。
結果、違う結論となる。
とくに選挙前で、
「違い」を鮮明にしないといけないときは。
憲法で、衆参で結論が違った場合は、
衆議院での結論が採用されると決まっている。

つまり、
衆議院で結論が出た時点で、
「勝敗」が決まっているわけだ。
なのに、参議院で話し合う。
「調停」システムもあるけど、
もちろん機能しない。
(だから、5分で終わる)

二院制というのは、
きっと、
短絡的な判断を避けるための
議論を深めるための
理性の仕組みってあたりがコンセプトなんだろうけど、
事実上、日本の今の二院は、
「賛成!」「反対!」と
多数決するだけの場になっちゃうわけだから、
もー、参議院、いらないんじゃないのかな。
と乱暴なことを言ってみる。
だって、
提案を揉んでいこうっていう感じじゃないし、
会議の費用、人件費って税金なんだもん。

あ、だったら、
自民党が提案した時点で試合終了となるのか!
そりゃ、ちょっとやばそうだ。


2009/01/26(月)
S社マニア

おれは軽いS社マニア、S社オタである。
できれば家電は、S社製にする。
どうしても、
S社製ではまかなえない場合の時だけ
他社の製品を探したり買ったりする。

おれたちの世代にS社マニアは多い。
デザインがいい。
機能が新しい。
存在自体が新しい。
細かいところまで配慮が行き届いている。
ちょっと壊れやすいけど。

いつも技術とデザインの未来をしょってきたブランド。
20年前あたりのそういう強烈なイメージが、
今も残っているからだ。

というわけで、今でも
テレビ、DVD、BLURAYプレイヤー、AVシステム
全てがS社製。
ところがここんところは、
ぶつぶつ文句を言うことが多い。

デザイン、さほどたいしたことない。
機能は、はっきりいって良くないというレベル。
足りない上に、使いづらいしわかりにくい。
細かい点でもイライラする。
UIもボタンの配置も機能もおかしい。
動作速度が遅いなどなど。
今ではHDMIで全て同期させているので、
機器の相性の問題から、
S社製以外の選択肢は考えにくいけど、
もし、そうでなかったら、
(そして、お金があったら)
DVD、BLURAYプレイヤー、AVシステムは
間違いなく他社製にしている。

どうしたんだろう。
企業も人間と同じように歳を取るのだろうか。
老害がでるのだろうか。
大きくなると、保守化するのだろうか。
彼らが変わっちゃったのではなく、
世の中の方が変わったのだろうか。


2009/01/22(木)
お隣のボス

オバマ大統領の演説、
全方面ケアの隙のない演説。
そこまでケアしてくれるんだったら、
自国だけじゃなく世界にも対しても
ケアしてほしかったな。
「この試練を乗り越えよう」って、
そもそもあんたらが作りだした災いでしょ、
つまり、試練じゃなく報いでしょ、
と思わなくもないから。

でもまー、「we」を連発しているあたり、
私とみんなは同じステージにいる、
みんな同胞。
みんなで乗り切ろう、
つまり、私もがんばるけど、キミもがんばるんだよ、
ってあたりのスタンスを明確にしているあたり
偉いなーというかうらやましい。

一方、どっかの国。
お小遣い(給付金)あげるから、
それ使って、景気刺激してね。
日々の生活の足しにしてね。
って、
完全に保護者の立場で国民を見ている。
しかも、お金くれるのはうれしいけど、
その財源、結局税金(所得税)あげてまかなう、
つまり自分たちのお金でしょ。
自分たちのお金を使ってお金くれる
って言われてもなー。
まっとうな大人なら喜べないでしょ。

それにしても、
何にも決まらないのには驚くよりほかない。
何かを決める話し合いってより、
何かを決めるかどうかって話し合いになっている。
何かを決めるかどうかの話し合いを
するべきかどうかの話し合いになっている。

定額給付金どころか、
その財源、つまり未来の消費税について、
あげる、あげないじゃなく
あげると明言するかしないかでもめてる。
しかも与野党でもめてるんじゃなく、
自民党内。
民主党放置(これが作戦の意図だとしたらスゴイ)
われわれも放置。

あげる、あげないでもめてるならともかく、
あげる時期を明言しなくても近々あげるんでしょ。
だったら、もー、
はっきりいつからと言われた方がいい。
だれだってそう思っている。
明言しなくても選挙は負けると思う。
明言しなくてもあげるころには
与党第一党じゃなくなってると思う。
(つまりあんたがたが心配する問題じゃない)

なんだかなー、老害ここにきわまれりって感じだ。
隣の芝生も青いが、
隣のボスも青い。


2009/01/20(火)
一発ネタ

iphone用のアプリ作りにみんなが乗り出している。
らしい。
実際、知人も何人か作りだしているので、
無茶苦茶大げさに言っているというわけでもないようだ。
1つの携帯端末っていうか電話!のアプリに
これほど注意が集まるというのは、
アップルのブランド力+本来の業績悪化
というダブル効果なのかな。

iphone用のアプリで目に付くのは、
やっぱり1発ネタ系かな。
ゲームやツールはそう食指が動かない。
曇ったガラスを指でキレイにするとか、
ウインドウ内のビールが傾くとか、
そういう1発ネタが楽しそうだ。

こういう企画をゲーム会社に出すとどうなるだろう。
「たしかに、5分、10分は楽しいかもしれないけど、
すぐに飽きちゃうんじゃない?」
と否定されそうだ。
たしかに飽きる。
5分と言わず5回であきるだろう。
ただ、それは
ゲームに向かうような姿勢で遊んだときの話だ。
前提が1発ネタなので、
そもそもゲーム的評価を下すのが間違っている。
1人でもくもく遊ぶたぐいの遊びではない。
ゲーム業界の困ったところの1つは、
既成のゲーム以外の遊びを求めるといいつつ、
そのおもしろさの評価は、
既成のゲームに対する遊び方でおもしろいのか
って評価がされることが多いことだ。
そもそも、既成のゲームではないので、
既成のゲームの遊び方基準で
おもしろい、おもしろくないと判断されても困る。
既存のゲーム以外のゲームなら、
aaこの査定方法でも問題ない。
ゲーム以外の何かだと、この方式は困る。

結局、ゲーム的要素をプラスして、、、
というエッジを甘くする方向でしかなくなる。
これは次善の策と言わざるを得ない。

脱線しました。

で、iphoneの一発ネタ。
一発ネタは自分でコツコツ遊ぶのが目的じゃなく、
コンパや宴会で人に見せてなんぼの遊びだ。
見せた人が驚いたり、喜んでくれたら、
それで成功。
いじって楽しい云々というゲーム的楽しさは必要ない。
初めての人に見せるわけだから、
まどろっこしい手続きはまずい。
何がおもしろいか説明しないといけないとか、
やっているうちにわかるじゃーまずい。
見た瞬間がすべて。
ここに一発ネタの難しさも楽しさも凝縮している。
アイデアを考えるのが仕事な者には、
いいトレーニングになるかもしれない。

宴会場に向かう途中、
小ネタ用のグッズを東急ハンズで仕込むように、
iphoneに1発ネタをダウンロードする。
「ちょっと画面触ってごらん」
といって画面が割れたり、かみついてきたり、
そんなことで1.5秒よろこんでもらう。
んで、次のネタを見せる。
そんなやりとりをとっかかりにして、、、、
そもそもiphone自体が小ネタみたいなものだから、
ここらあたりの相性が抜群にいい。

作り手サイドからしても、
思いついたら、すぐに作れる。
(特別な開発環境を必要としない)
作ったら(ほぼ)販売できる(らしい)
(審査と売買システムが簡易らしい)
そこらあたりの閾が低いのもいい。

ビジネスサイドからするとどうなんだろう。
1発ネタに出せるお金はせいぜい300円。
1000万台程度のハード。
だれでも容易に参入できる。
こうした市場は、
先行参加のご利益はあったとしても、
そのあと続くのだろうか、、、
そこらあたりは心配というか
苦しい気がしないでもない。


2009/01/19(月)
超小さいパック

スーパーに行ったら、
おどろくほど小さなお魚パックがあった。
1パックに1口大の切り身が2切れ。
ふつうの1切れにも満たない量。

これはおもしろいなーと思った。
その量で十分の人もいるからというより、
この量なら、
複数種買えるってあたりがおもしろい。
昨日は寒かったから
鍋にしようと思った人もおおいはずだ。
1人、2人暮らし程度だと、
通常のパック(大きな切り身2,3きれ)だと
タラならタラ、鯛なら鯛、ぶりならぶり
一種類の魚しか買えない。
しかし、
こういう量ならいくつかの魚が楽しめる。
売り側も特定の魚だけが売れ切れたり
売れ残ったりするリスクが分散できる。
よくできたリスク分散システムだ。
そのあたりちゃあんと計算に入っているようで、
背中を押すように、
4パック買うと値引きになっていた。

1)人は店に来たとき、すでに迷っている。
2)迷っている人にたくさんの候補を見せると
  いつものものを選んでしまう。
3)いつものものを選ぶと、
  自分で決断したにもかかわらず、
  品揃えに変化がないと感じてしまう。
4)商品側は、特別な1個になるために過剰な競争が起こる

ならばいっそ、
1個に決めることを求めない、
同時に複数種買えるような
システム、量にしてあげる。

1つの大きなボリュームのものをどっかん!と提供。
そのオンリーワンになることがビジネス。
なんか、そういう20世紀型のビジネスじゃない、
別のスタイルがここらあたりに見え隠れてしている
そんな感じがした。


2009/01/16(金)
風邪を引いた

風邪を引いた。
たいしたことがない風邪だが、うっとおしい。
ふだんは、この程度の風邪は放置しておく。
ただ、今はちょっと
ガンガン仕事をしないといけないタイミングだし、
それ以上に、
おれ去年病院1回しか行っていない。
花粉症の薬もらっただけ。
ってのを思い出して、
病院に行くことにした。

眠くなっては困るので、
ノドの炎症などの症状を抑える薬だけをもらう。
ちょっと効き目がよく
ちょっと安い市販薬を買った気分だ。
逆に言えば、
市販薬を飲むくらいでいいレベルの風邪。

ずっと病院に行ってないので
病院に行ったってのは、
なんかヘンな感じだが、
月々、そこそこの保険料を払っているので、
こんなときでも使わないと
損をした気分になってしまうのだ。
こうした損をした気分で、
国の医療負担を大きくしてしまうのは、
申し訳ない気もするが、
だいたいにおいてこの保険制度が不条理だ。

保険というなら、
使わないでいると
どんどん掛け金が下がるのが普通だ。
自動車保険だって生命保険だってそうだ。
いっそ「福祉税」と
名前を変えて税金扱いにして欲しい。
所得税に加算して同時にとってしまって欲しい。
それなら、少しは納得がいくかもしれないし、
健保未納なんてことも今よりは減るはず。

保険だから、入る、入らないは原則任意。
でも、
保険料は使う、
使わないではなく税と同じく所得基準。
これは矛盾したシステムだ。

現状のままで行くなら、
少し医者に行くのをがまんすることで
得なことがあるようにすべきだ。
ちょっとしたことでもすぐに医者に行く。
老人が井戸端会議的に医者を
チェーンするなんてことは、
大きな国家的負担だ。
個人負担分をあげるという抑止力はなんだか凶暴だ。
むしろ、
そうした「鞭」ではなく「飴」を与えるべきだ。
例えば、
1年間に利用する回数が
一定の回数以下の場合だったとき、
1年間に支払った保険料のうち、
回数に応じた額が還付されるというのはどうだろう。
例えば、
1回も使わなかったら50%還付される。
5回までなら20%還付されるといった具合。
あるいは、次の年度の掛け金が下がるでもいい。
これなら少しは医者に行くのを
抑えようと思うかもしれない。
免許証がゴールドカードのままだと、
うっとうしい講習会に出なくてもいいという
「ご褒美」があるように。


2009/01/14(水)
環境問題

環境問題関連の本はとっても多い。
しかも、
賛成本と反対本が同等に出ているのが珍しい。
例えば、
『環境問題』なるに本に対して、
『環境問題のウソ』なる本が出る。
それに対して、
『"環境問題のウソ"のウソ』なる本が出る。
個人的には、この「戦い」は無限に続けて欲しい。
『環境問題のウソのウソのホントのウソとは何か』
とかわけわからんところくらいまで
行ってほしい(笑)

ちょっと調べたいことがあって
このあたりの本を読んでいるんだけど、
賛成派、反対派、どちらも極論する人たちの
主張には???がつく。
都合のいいところだけ科学的証明、
都合のいいところだけ経済的理由、
都合のいいところだけ愛!w
ベースの立ち位置がよく見えてこない。
今のところ個人的には、
『正義で地球は救えない』あたりの
立場が一番冷静なような気がする。
でもよくわからない。
正しい判断をするには自分が
あまりに無知であることに気がつく。

結局、
環境問題関連の本を読んでいて
確信したことは2つだけだ。
1つは、自分が無知であること。
もう1つは、
環境問題は金になるのだなぁということ。
こうした出版だけでなく、
エコ関連のプロジェクトは多いだろうし、
ホテルがエコのため、
同じバスタオルをもう1日使って
なんていう方便に使えたりするのもそうだろう。
ともかく金になるようだ。

ただし、
現代の人間の生活が
地球環境にどのくらい負担を与えているのか
現在の温暖化とどのくらい関係があるのか
わからないとしても、
空気や水を汚さないとか
資源を大切にするとか、
無駄なエネルギーを使わないとか、
そういうことはしたほうがいいに決まっている。
たとえ、
それがビジネスだろうとファッションだろうと
一過性のブームだろうと。


2009/01/13(火)
成人式で感じたこと

ユニクロの人だったかなー、
よく覚えていないけど、
いいことを言ってます。
「今の時代、
ショップに来た時点では、
だれもが(何を買おうか)迷っているんです」
「迷っている人に対して
過去の戦略(何が売れたかの履歴)は通用しない」
「だから、(新しいアイデアで)攻めるしかないんです」

きっと、
どんな商品についても言えることだと思う。
これを言いたい。
こんど言ってみたい。
でも、今確かに売れている実績がある人の
言葉だから重みがあるんであって、
オレが言ってもダメだろうけど、、、

過去の売れる、売れない法則で
未来の商品を査定するってのは、
ずっと妙だなーという気がしている。
時代の変化が緩やかな時代ならともかく、
ドッグイヤー(すでに死語?)と言われる現在。
とくに、
企画から発売まで1年以上かかる商品について、
企画時からさらにさかのぼった「法則」で
1年以上先に売れる、売れないを測定するなんて、
意味がなさ過ぎる気がする。

ただ、
実際に会議をしてみるとわかるのだが、
過去の法則というのは、ちゃんと数字になっている。
それに対して未来の予測は、当然数字がない。
話の「もっともらしさ」という点では勝ち目がない。
また、どういうわけだから、
一般的に、
アイデアの将来性を肯定する意見より
否定したり、問題点を見つける意見の方が、
思慮深く、慎重に見えたりする。
それらの(あえてそう言うが)「イリュージョン」が
マーケッティング派の意見に説得力を持たせ、
たいがい、肯定派の意見は、
楽観的、考察が浅い、理想論、アーティスト的、
子供、商売がわかっていない、マスターベーション的、
などの評価とともに判定負けする。

ここを突破するのはむつかしい。
とくにこう売れない時代だととくにそうだ。
下手をすれば、
「なにも作らないことが失敗しない最善案」
みたいな極論に達してしまいそうなご時世だ。
若い人たちが、
いきなりこういう強い淘汰圧にかかると、
アイデアの幅が萎縮してしまうだろうなーと心配する。
よい企画より、(社内で)通る企画を
考えるようになってしまうかもと心配する。

成人式のインタビューを見てて、
ふとそんなことを考えてしまったのでした。

PS:
それはそうと、テレビの成人式インタビュー。
最初から「ダメでだらしない成人」という
予定調和的な人選び、質問には
どーよ、と思ってしまう。
そういう予定調和的な報道に
みんな飽き飽きしているというか、
疑問符付けてるのに気がつかないのかな。


2009/01/08(木)
1年の単位

正月、やたらに古代文明特集をやっていたので、
なんとなくそう思うんですけど、
昔の人はどうやって、
今日が去年の今日から1年経ったかと
わかったんでしょうか。
つまり365日周期で元に戻る
ってわかったんでしょ。
太陽や星の位置でわかったと説明されます。
例えば目印としている木のちょうどま上に
目印としている星やら太陽やらが来たら、
それが1周期だと。
でも、
それには同じ時間で見たとき、
という条件がつきそう。
日にちだけじゃなく、
時間によっても位置がずれちゃうからだ。
ということは、
今が何時であるか、
かなり正確にわかっていないといけない。
1年の周期がわかったのと同時に、
1日の周期がわかったのも不思議だ。

今何時かなんて、
時計やテレビ、インターネットがなかったら、
さっぱりわからない。
おそらく1日が24時間だってことなんて
生涯わからないだろう。
朝、昼、夜、真夜中、、、
せいぜい6~8段階くらいのわけかた
くらいしかできなかったんじゃないかなー。

どうして、昔の人はわかったんだろう。
不思議だ、不思議だ。
王様の墓はどこにあるのか?
って話もおもしろいけど、
そういう基本的な尺度を発見したいきさつ
(他にメートルの原点となった地球の大きさとか、
光の速さとか)
を紹介してくれる番組があったら
よかったのになー。


2009/01/05(月)
がしょう

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

なんだか久しぶりにゆっくり休んだ気がします。
体以上に心が。
脳内ワーキングスペースも
すっかり「きれい」になっています。
そして、今日からすでに
アクセル全開状態にしないといけないのですが、
ちゃんと走ってくれるかどうか
とても心配であります。

それはそうと、
福袋の意味がいまだにわからないのです。
おれは、
たとえmacの福袋でもいらないなー。
何が入っているかわからない。
欲しいモノが入っているわけではない。
「お得」ということですよね。
ただ、
売値より総額的に高いモノが入っているといわれても、
いらないモノもはいっているわけだから。
本来は、
袋の中のちょうど欲しかったモノの値段:売値
で損得を決めないと行けないんだと思うけど、
それだと本当に「お得」になるかどうか
はなはだ怪しいという気にもならないでもないのですが。

ある意味、結婚願望とかに似ているんですかね。
その人との関係で結婚というスタイルを望んでいると言うより、
結婚というイベント自体を望んでいる(相手不在)
みたいなのと同じようなこと、
つまり何を買いたいかではなく、買い物自体がしたい。
だから「損得」だけが成功の基準となる。
そういう意味なら理解できるかなー。

なにはともあれ、この不景気な余では、
景気を刺激することは良いことです。
「購買は美徳」です。
(自分への免罪符)
20090105.jpg
4色で塗りわけて、『4色定理』を証明してください。

『4色定理』
いかなる地図も
隣接する領域が異なる色になるように塗るには
4色あれば十分だという定理のこと。
1852年にフランシス・ガスリーにより提唱されて以来、
100年以上にわたって数学者を悩ましてきた難問。
1976年にケネス・アッペルとウルフガング・ハーケン
によって証明された。

今年の弊社の年賀状より




« 人間風車: 2008年12月 | | 人間風車: 2009年2月 »