人間風車

2009/02/26(木)
盛者必衰

>最近、テレビで
みかけない(言っちゃー悪いがマイナーな)会社
のCMを見ることが多くなった気がする。
大手会社のCMが減ったのか、
CM放映料が下がったのか、
たまたまなのか、
それは知らないけど、
大物タレントがそのギャラのために
リストラされているなんて話を聞くと、
あまりいい意味での変化ではなさそうだ。

まさかテレビが不況になるなんて、
まさか野球人気が下火になるなんて、
まさかプロレス中継がなくなるなんて、
10年前には思いもつかなかった。

「成層圏にはいつも風が吹いている」
ある人が言った言葉をずっと信じていた。
ずっと上空を見ながら信じていた。
人気が成層圏にまで達すれば、
もう落ちることはないという意味だ。
多少の上下動はあるにしても、
もう人気がなくなってしまうとか
誰にも必要にされなくなるとか
そういう心配はない。
スタンダードってのは
そういうものだし、そういうことだ。
だから、
そこまで売れるものを作らなくてはいけない。
そういう意味だ。
もちろん未経験。
だから、いつも、
「あの雲の上は安泰の世界なんだぁ」
「あそこに行けたら楽なんだろうなぁ」
と、
うらやましく上空を見つめていた。

そういう成層圏にまで達したものとして
テレビや野球を考えていた。
もちろん、
ときどきに人気のあるジャンル、選手がかわる。
ただ、メディアとしては安泰。
成層圏に住むメデイアだと思っていた。
でも100年に1回くらい、
成層圏の風も止まることがあるんだなぁ。
なんてことを
しみじみ考えてみたりした。


2009/02/25(水)
時事ゲーム

居眠り大臣
例の中川元大臣の失態をゲームにしたモノらしい。
はやい!
即興ゲームというか、
時事ゲームとでもいえばいいのか、
ともかく、
社会で起こったネタをすぐにゲーム化してしまう。
そういうのはアリだと思うなー。
(前に自分も提案してた気がする、、、)

社会@今との連動は、どの遊びにも不可欠だ。
ゲームはなかなかいろいろ複雑で大変で、
社会との即時的対応がとくにむつかしい。
ただ、
やはりそれは作り手側の
都合というか、言い訳に過ぎない気もする。

もちろん、短期間で作られたゲームに
そう多くは期待は出来ない。
グラフィックにしてもゲームシステムにしても
調整にしてもしかり。
例えば、1週間でリリースなんてことを考えれば、
前もって用意された基本ゲームキットに
起こった事件のネタを貼り付ける。
そんなイメージの作業になるだろう。
そうしたゲームの質をマイナス評価することは
いくらでもできてしまいそうだけど、
ゲームをプレイすることが、
あるいは、ゲーム自体の内容が、
日常にリンクするという観点からすれば、
新しいハードや新しいインフラの提供くらいの
意義というか影響力を持つとも言えなくもない。


2009/02/20(金)
遺伝子に「もしもメモ」

先の日記がらみで、
「もしもメモ」(自分の情報)を置いておく、
いい場所をおもいついた。
自分の細胞内、つまりDNA内だ。

DANを構成する塩基は4種類なので、2ビット。
自分の情報が512ビットだったとすると、
256個?の塩基配列があればいい。
この配列を「DNAシンセサイザー」で合成する。
あとで場所が特定できるように、
あるいは、
RNAがここを読まないような
ヘッダーと終端コードをつけて、
『個人情報DNA』を作っておく。

この『個人情報DNA』を
どっかの細胞のDNAに入れてやればいい。
というわけにもいかない。
細胞は死んでしまうので、意味がない。
じゃー、受精卵のときに!
というわけにもいかない。
倫理的な問題、命のリスクの問題もあるし、
だいたい、受精卵のときの「自分情報」なんて
性別、あって名前くらいしかない。
(誕生日すらわからない!)
これでは意味がない。
せめて成人式くらいまではまちたいところだ。

では、どうするか。
そこででてくるのが、iPS細胞だ。
科学に強くない人でも、
いったん、
肝臓になったり、目になったり、
皮膚になったりした細胞は、
もう二度と他の細胞になれない
ことはご存じだろう。
成人式をむかえるころには、
ほとんどの細胞が、
就職先を決めていて、
転職ムリ状態になっている。
iPS細胞技術というのは、簡単に言うと、
このもう転職ムリになっている細胞に
遺伝子(4つ)を組み込んでやって、
生まれたばかりの、
まだ何にだってなれる状態の
細胞に変身させることだ。

この遺伝子(4つ)を組み込む際に、
ついでに
『個人情報DNA』も組み込んでしまう。
悪さをしないように、
ジャンク配列中に組み込む。
あとで場所が特定できるように、
「印」も付けておく。
このiPS細胞を体に戻す。
iPS細胞はじゃんじゃん増えられるので、
生涯、
組み込んだ『個人情報DNA』が
消えてしまうことはない。

なんてことをふと思いついた。


2009/02/19(木)
ゲームするとき以外のゲーム機

アメリカの3大車メーカー。
ある意味、すごいというかうらやましい。
影響力が大きすぎて、つぶすにつぶせない。
負のエネルギーもここまで来るとスゴイ。
危なっかしくて金を貸せない、
仕事を依頼できない、
貸した金を回収したい、
援助は出来ない、
半端なレベルの負のエネルギーではこうなってしまう。
つぶすにつぶせない存在感。
大切なのは、エネルギーの絶対値量なのだな。

止まっているときの車を考える。
何かの番組をぼんやり見ていたら、
そんなことを言っていた。
車を企画制作するとき、従来は、
デザイン、燃費、(走っているときの)居住性、値段
というところにフォーカスをあてて設計していた。
つまり、
車として正しい使い方をされるという
前提でもってデザインされていた。
しごくまっとうな話だけど、
それでは売れないとなってきたので、
止まっているときの車、というのを考えたそうだ。
ふだん、車に乗らない、車を持っていない、
かくだん車に興味がない、
そんな人のほしい車というのが、
もう1つの自分部屋、という感覚だったようだ。
筋トレしたりお茶したりするスペース。
ともに、走っているときには無理な遊び。
住居環境がわるい日本では、
どこにでも移動できるマイスペースというのは、
たしかに魅力的かもしれない。
そういえば『家族ゲーム』では、
お父さんとお母さんは、
子供たちに聞かせたくないこみ入った話をするときは、
駐車場までいって、車の中でしてたっけ。

ゲームに例えたら、どういう話になるだろう。
ゲームをしていないときの
ゲーム機について考えるということだろうか。
ツール系、学習系のソフトを、
ということではないだろう。
それもまた従来の遊び方の延長でしかない。

ネットにつながっていない時代なら、
せいぜい、
照明や映画の再生くらいにしか使えなかったけど、
今ではいろいろ考えられるかもしれない。
ネット・ブラウザになるのもいいだろうし、
手鏡になるのも、
デジカメになるのもいいかもしれない。
ムード照明になったり、ラジオになったり、
文鎮になったり、鉄アレイになったり、
携帯アイロン台になったり、
湯たんぽになったり、
いろいろ考えられそうだ。
そのアタリまでさかのぼって考えるのも、
悪くない気がする。


2009/02/18(水)
鼻の穴

花粉症の季節だ。
なんか、今年はとってもイヤな気がする。
(花粉症が重くなる気がする)
朝起きると、すでに
一方の鼻の穴は通行禁止状態になっている。
もうすぐ、
全面通行禁止、そして、
春の淡い香りもわからなくなってしまう。

で、ふと思ったんだけど、
どうして鼻の穴は2個あるんでしょうか?
目が2個あると、
対象までの距離がつかめます(遠近感)。
耳が2個あると、
どっちで音が鳴っているかわかります(位相)。
鼻の穴が2個あると、
いったいどんな利益があるんでしょうか?
実際、今一方しか機能していないんですけど、
うっとうしい以外、
あまり不便に感じないわけです。
ニオイの感度が1/2になってるんでしょうか。

ぐぐってみたけど、
(やっぱり、みんな気になるんだなw)
発生学的に2つになった。
生き物の体はざっくり言うと、
体の半分ずつ別に作って最後に合体させるので、
たいがい左右対称、1対(つい)2個になる。
つまり、
成り行き上2個であるけど、必然性はないということか。

まー、道路だって
1車線より2車線あったほう渋滞が少なくていいので、
1個より2個のほうがいいけど。
(だったら3個以上になぜしなかったという
疑問がわいてくるけど)


2009/02/13(金)
もしもデータ

唐突に考えてみた。

もしも、
我が身になにかあったとき、
そして、
そのとき知り合いが近くにいなかったら、
また、
自分では返事ができない状況だったら、
生年月日、血液型は?
連絡先は?
家族構成は?
現住所は?
かかりつけの医者は?
過去の病歴は?
犯罪歴は?
宗派は?
保険は払ってる?
運転免許、特殊技能はある?
などなどの情報があるかないかで、
その後の生存率っていうか対処とか
ずいぶん違うんだろうなー。
どうせなら、
お財布にもなるといい。
定額給付金も
そこに自動的に払い込まれるといい。

これからの日本社会は、
老人社会化するだけでなく1人家族化も進むようだ。
つまり、
1人暮らしの老人世帯が増えるわけだ。
そうなると、ますます重要な話になる。

そういう「もしもデータ」は常に持っていたい。
ついでに身分証明証にもなるといい。
だれか作って欲しい。
思いっきり超個人情報てんこ盛りになるので、
民間のデータバンクじゃちょっと心配だ。
となると、国か。
(って年金の管理だってあーな国か!)

どう持ち歩けばいいんだろう。
財布に入るようなモノじゃ、落としたりして危険だ。
割れちゃったり壊れちゃったりするのも困る。
生体にカプセルとして埋め込むのがいいのかな。
私が私であることは私自身(の体)が証明する。
正しい気がする。

緊急の場合、
だれにでも情報を取り出せる仕組み
じゃないと役に立たないが、
そう簡単に他人に取り出される仕組みでも困る。
暗号化して、
解読用のパスワードに
本人の指紋とか静脈紋を使えば解決するのかな。


2009/02/10(火)
政治問題

100年に1度の不況らしい。
ずっと不況なうちとしては、
あまり実感がない(笑)

不況でも不幸でも、
天災でも天体ショーでも
100年に一度レベルのイベントに
遭遇できたことを感謝しよう!
そういうやせ我慢は
意外と楽しいものなのだ。

アメリカでは、着々と景気対策が現実化している。
あるいは、そのことを最優先に話し合われている。
そのころ、日本は、
「私は、あのとき、賛成してませんでしたっ!」
「いや、してたじゃない」
とかやっている。
ボスもボスだけど、野党も野党だ。
っていうか、どっちかというと
野党さん、今そこがポイントでしょうか?
とつっこみたい気分。

選挙をちらりちらり意識して、
相手を引きずり落とすことばかりするより
「そんなことより、さっさ、景気対策しましょう。
今回に限り協力しますよ」
とかやってくれたほうが
よっぽど好感度があがると思うんだけどなー。

それはそうと、定額給付金どーなるんでしょう。
「わたしはもらいません」が
正義であるとか良識であるかのように
宣言している人もいるけど
「もらわない」より「すぐ、使っちゃいます」
「おまけに1万円余分に使っちゃいます」
が正しいんじゃないのかな。
今のお金持ちの使命は、
たくさん使う!でしょ。

そもそも、この給付金、
生活を援助するためなのか、
経済を刺激するためなのか、
そこらあたりちゃんと定義しないからこーなる。
両方の好感度をゲットできたらいいなと思って
あいまいにしているからこーなるんだな。
それにしても、
具体的にどう給付するつもりなんだろう。
全員に振込先を聞いて振り込む。
どうやって口座を書かせる。
間違った口座名が申告されたときはどうなる。
本人確認どうする。
聞いているだけでクラクラしそうな仕事だ。

全ての人にこれだけ政治に注目させたことは、
ある意味、ボスのお手柄かもしれない。


2009/02/06(金)
お上の介在

ブログ炎上で書類送検
きっと書かれる側の気持ちって
書かれてみないとわからないと思うけど、
そりゃー、腹が立つもんですよ(笑)
(経験者)
事実無根のことや、ひどい解釈や言い方に
腹が立つこともさることながら、
相手が見えないもんだから、
立った腹のやり場がないのがとっても腹が立つ。
関係ないヤツのために自分の臓器が痛むのも腹が立つ。
(腹を立てると胃や免疫系を痛める)

ケンカをしたことがないと、
殴られたときの痛みがわからないのと同じように、
言葉の暴力がいかに痛いか、
見えないところからの口撃がいかに腹が立つか、
小学校のとき、1回くらい
お互い悪口を書きあって痛みを体験する、
仮想炎上訓練をしたほうがいいと思うくらいだ。

こうやって、
ネットの自由な発言の場に、
お上の介在を許す口実を
与えていってしまうのにも腹が立つ。
お上はいつでも、
おれたちの口も行動も統制したがっている。
隙あらば、統制しようと思っている。
(と思うくらい警戒していたほうがいい)
ただ、
さすがに21世紀に強引なことはできない。
こういう口実があれば、
善良な市民を守るため、という口実の元、
誹謗中傷を書いたら書類送検。
という足がかりをつくれてしまう。
これは危険だ。

事実無根とか、
誹謗中傷とか、
繰り返したとか、
回数とか内容をちゃんと定義しないといけない。
ここをあいまいのままにしておくと、
どうとでも解釈できてしまうことになる。
お上が介在することはなんでも
ちゃんとした定義を作らないと危険だ。
国家の利益を損なうとか
治安を乱すとか
わいせつだとか
高所得だとか
もちろん、
言論の自由とかもね。
こうした主観的なことは
どうとでも取れることにしておくと、
たいがい権力があるものに有利に働く。

もちろん、
告発した芸人さんは第一の被害者であり、
彼のしたことはまっとうなことだ。
いけないのは、
電信棒の影から
石を投げるようなことをするヤツである。
ということだけは、明言しておきたい。


2009/02/04(水)
マイ ショップ

自分たちで作ったモノを自分たちで売る。
もう、普通の商売では、全く珍しいことではないが、
ゲームも、
大手の開発メーカーモノじゃなく、
仲間たちとつくったもの、
自分1人で作ったモノ
そういうレベルのコンテンツで、
そういうことが可能なんだろうか。

ネットショップの発展によって、
リアルショップを持つことに比べれば、
はるかに簡単に実現できるようになった。
店の賃貸、リフォーム、在庫管理、店員の人件費
などを考えただけでも、全然経費が違う。
もちろん、
実現できるイコール商売として成立する
ってわけではない。
膨大の数のネットショップの中から、
どう自分の所に来てもらうかなどなど課題も多い。

で、ゲームだ。
ゲームはPCゲーム以外では、
リアルショップはまず考えられない。
もっとも昨今のご時世では、
PCゲームでもリアルショップは難しいだろう。
PSPやDSi、i phoneのショップに
自由に店(商品)を出せるのかどうか、
実はよく知らないが、
あるとすればそっちしかないだろう。
自分とこのHPで売る必然性はあまりない感じだ。

ただ、
単体でコンテンツを売ると言うよりは、
ブランドとして売っていくほうが楽しそうだ。
他社さんのゲームのヨコに自分の作品が並ぶというより、
自分たちの店がショップ空間内にある、
そういうほうが断然楽しそうだ。
それはまるで、ネットゲーの世界だ。
今のように、
ネットショップに入ると、
いきなりメニューが出てきて、
カテゴリー、値段、ランキングなどから
必要なゲームを探すというインターフェースは、
ありえないくらい、つまらない。
あらかじめほしいゲームが決まっている場合は、
それでいいかもしれない。
でも、
ぶらぶらウインドウ・ショッピングするには向かない。
おもわず、おもしろいものに出くわした。
つい、買っちゃった。
買わないつもりだったのに、また買ってしまった。
なにかあると、ついあそこに行っちゃう。
という、
伊勢丹現象が起こるくらいじゃないとつまらない。
そのための演出の1つとして、
「店がある」というのはおもしろいと思う。
ちょうど、夜店やバザーみたいに
ずらっと「店」が並んでいるのが楽しそうだ。

遅かれ早かれ、
うちのような特殊ゲーム制作会社は
「自分たちで作り自分たちで売る」
という形にしていかないと、
先がない(自分たちの思うようなモノを作れない)んじゃ
ないのかなーと思ったりする
今日この頃でした。


2009/02/02(月)
主観

マイミクの指摘で知った。
たしかに、今月のカレンダーはきれいだ。
並びがとてもきれい。
2月は28日なので、
7日×4週が7列×4行と
きちんとならんでいて気持ちがいい。
7日×4週×13ヶ月=364日なので、
1月を一律28日、
1年を13月、
年の最終日1日(閏年は2日)は
空白の日(曜日すら存在しない日)
とすれば、
生涯、
この美しいカレンダーでいられることになる。
(ドイツ人だったら賛成してくれそうだ)
もっとも、
この見た目の美しさのために払う
代償(システムの変更)は、はかりしれない。

20090202.jpg

おいしいか、おいしくないか
好きか、嫌いか
怖いか、怖くないか
楽しいか、楽しくないか
おもしろいか、おもしろくないか
カワイイか、気持ち悪いか
美しいか、醜いか
猥褻か、否か
主観的な感覚に、決まった判定ルールはない。
個人個人で違う。
なのに、社会的、一般的、経済的という立場で、
「どっちかである」という判定を下さないと
いけない場合が少なからずある。

この場合、
同じ感覚の人の数や
審判員、裁判員やボスの個人的感覚でジャッジされる。
いくらでも「理不尽である」と言う理由はあるけど、
同時に、
それ以外、何かしらシロクロつける方法があるのか
というと、そうはよい代替案もなさそうだ。
数字が意味をなさない。
正義や道徳が意味をなさない。
歴史的、文化的価値が意味をなさない。
つまり、議論が意味をなさない。

むつかしい。
楳図さんの家もそうだが、ゲームもそうだ。
おもしろいか、否か、
この主観だけが唯一、最強、最終の価値だ。
もし、
自分の主観が数的に少ないものであったなら、
残念きわまりない結果となる。
これはプレッシャーだ。
自分がおもしろい!と思えることをやる。
これを貫くことは、そう大変ではない。
(仕事にするのは大変だけど)
ただし、
メジャーな主観にアピールするように作る。
はとてもむつかしい。
というか、どうしてよいのか、今だわからない。
10年以上、
ずっとそれが重荷となっている。
どう対処してイイかわからない重荷になっている。
同時に、
商品である以上は、
必須の重荷であることも理解している。

こんなときだけは、神様を信じる、
っていうか頼ってしまう。





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