人間風車

2009/06/30(火)
ほめて伸ばす

先日、
首都大のワークショップの講評会
参加させてもらった。
実は去年も参加させてもらったんだけど、
ことしの学生さんたちも
とてもがんばっていた。
偉いなー。
自分の学生時代の課題の提出の有様を思うと、
ホント、関心の一言だ。
(おれが、ひどすぎたのか?)

講評会のあとの懇親会で
学生さんから
「もっと、厳しい意見がほしかった」
「欠点を克服して、もっと向上したい」
と言われた。
これまた、偉いねー。
と思った。

人には、
ほめられて伸びる人と
叱られて伸びる人がいる。
ほめられて伸びる人に対して
叱る指導をすると手が縮んでいってしまって、
うまく伸びない。
叱られて伸びる人に対して
ほめてばかりいると「鼻」だけが伸びて、
これまた伸びない。
その人の資質と同様、
どっち式で伸びるのかを
見極めるのはとても難しい。

で、
自分的には、基本的に
「人はほめられて伸びる」と
信じているところがある。
正確に言うと、
叱られて穴ぼこ(短所)を埋めるより
ほめて突起(長所)を伸ばす方が
得策だと思っているということだ。
日本の学校教育は、たいがい、
穴ぼこをうめて、
完全な球をめざすような指導をする。
もちろん、穴ぼこを埋めることも
大切なことだけど、
同じ時間を使うんだったら、
突起を伸ばすことに使った方が、
その人のアドバンテージになると思う。
(社会はいつでも、平均点的な人より、
スペシャリストを求めているからだ)
だいいち、
本人もそのほうが楽しいはずだ。
「うれしい」、「楽しい」は、
人が伸びるための大事な心の栄養だ。

それに、
突起が伸びれば、
さらに突起を伸ばすには、
穴ぼこを埋めないといけない
ということに
自然と気がついていくはずだ。

ということで、
上の講評会でも基本的には、
何かイイ点を見つけてあげることを
主眼としていた。
おのずと、スイートな講評となった。

「そこを直す時間があったら、
おれがほめたところを伸ばしたら」
「もう、若くないんだし(笑)」
なんか、
そういう返事をしてた気がする。


2009/06/29(月)
訳ありばっか

気がついたら、
楽天のショップが
「訳あり」ばっかりになってる。
「ばっかり」はオーバーだけど、
すごく増えてる。
訳ありとは、
ちょっと欠けてる、
ちょっと小さい、
ちょっとキズがある、
ちょっと多く作りすぎた、
という見栄え的には難ありなので、
その分、値引きされてる。
でも、実質は変わりない商品なので、
その分お得という、
「(見てくれより)実をとる」
今の市場感覚にピッタンコな商品なわけだ。

しっかし、こー増えると、
SALE中の2重値札同様、
なんか、
あらかじめ予定されてた価格なんじゃないのー、
アウトレットという「演出」なんじゃないのー、
っていう疑わしく感じちゃうのは、
意地悪すぎるだろうか。

それはともかく、
今まで、「訳あり」な理由で、
市場に出回らず、
廃棄になっていたのなら、
「訳あり」大賛成だ。
どっかのコンビニが、
弁当の値引きについてもめてたけど、
小売りの儲けとか、
訳あり(で、お客が得)とか
そういう経済上のお得感を
アピールするより、
「食品のムダをなくす」ってアングルから、
イメージの再構築を計っていく方が
店側にも買う側にも得策なきがする。

買うだけで(食べる、使うだけで)
世の中のお役になっていると思えば、
1クリックはもっと軽くなる。


2009/06/25(木)
コーヒーメーカー顛末

デ●ンギのコーヒーメーカーは、
なんと中1日で戻ってきた。
はやっ!早々の対応ありがとさん!
っていうか、
だったら、
あの「保留棚」の2週間がなければ、、、
(詳細ここ

で、
メンテナンスレポートを見てみたら、
「故障箇所見あたらず」
どうりですぐもどってきたわけだ!
って感心してる場合じゃなくって、
うちではしっかり故障してたんだけどなー。

こういうことって、
家電の修理ではよくあるんだよねー。
うちでは壊れてるのに、
修理に出すと治ってる。
自然治癒してる。ってこと。
店で気まずい雰囲気になること。

一応、主電源外して24時間以上まって
あらためて起動して、
それでも壊れてること確認して送ったのになー。
不思議だ。

ともかく、そういうことで、
「保留棚」の2週間がムダだったというより、
修理に出したこと自体が
ムダだったってことになり、
よけいにショック(笑)


2009/06/24(水)
モスキート効果

モスキート音を発生する装置を設置して、
悪い子供たちを寄せ付けないようにする作戦が、
失敗?

歳を取ってくると
高い音が聞こえなくなってくる。
(試したい人はこことか)
そこで、高い、不快な音を発して、
いけない子供たちを寄せ付けないようにする作戦。

悪いことを正すんじゃなくて、
悪いことするヤツには、
意地悪して寄せ付けない作戦は、
悪い子供たちの教育になっているとは
とうてい思えないし、
(むしろ、悪い知恵を与えてるような、、、)
そもそも、市民のやすらぎの場である公園を
不快な場にしてどうする。
って話でもある。
っていうか、
むしろ、
彼らの「やる気」をあおってるだけの気もするし、、、
実際、彼らの好奇心を刺激してるみたいだし、、、
あまり、賛成できない作戦だなー。

それはそうと、
以前、テストでゲームボーイ用に、
超音波可聴化装置を作ったことがある。
超音波を拾って、
可聴域の音まで周波数を下げる装置だ。
普段は聞こえない超音波が、
実はそこら中から発せられていることが
わかっておもしろかった。
(葉っぱがこすれ合うときとか、某巨大病院とかね)

見えないモノを見えるようにしたり、
聞こえないモノを聞こえるようにしたりする装置は楽しい。
ともかく、単純に不思議で楽しい。
すくなくともオレ的には。
「それだけで楽しいじゃん」ってアタリが、
商売になる/ならない判断がわかれるところ。

どういうわけだか、
こういうシンプルな驚きは、
ゲーム的な演出を加えた瞬間に色あせてしまう。
(と、オレ的には感じる)
それもまた、不思議だ。
アンド、
いつまでたっても商品にできない(笑)


2009/06/23(火)
放置プレイ

瞬間的にイタリアが嫌いになっている。
イタ飯もイタ車も。
イタリア気質が嫌い!

この完全言いがかり的気持ちにさせたのが、
デ●ンギサービスセンターだ。
2週間前に
デ●ンギ製のコーヒーメーカーが壊れた。
買った瞬間から調子が悪かったのが、
ここに来て完全に壊れたからだ。
壊れたのを怒っているんじゃない。
イタリア製品について、
故障で怒るなんて大人げないというか
覚悟が足りないというかだ。

壊れたのでサービスセンターに送った。
2週間しても返ってこない。
やあな予感がしたので、
自分的にはめずらしく、
サービスセンターに問い合わせた。
結果、
2週間の間「保留棚」に置かれていて
修理されていなかった。
なんで
「保留棚」に置かれていたかは不明らしい。
じゃー、こっちから連絡しなかったら、、、
と思うとぞ~~~っていうか、
ざけんなよ!

ということで、
今日もモンカフェ。
デ●ンギのコーヒーメーカーはとてもよい。
(ちなみにつかっているのはこれ
今までいくつもコーヒーメーカー使ってきたけど、
今のところ一番イイ。
早く戻ってきて欲しい。


2009/06/22(月)
おねしょ

まずい!
急激に欲しくなっている
iphone 3G S
携帯電話の機能としてはイマイチ。
カメラ機能もイマイチだし、
なにより、
モバイルSuica機能がないのが痛い。
なのに、ほしい。
ゲーム機として。
新型PSP GOやめて、
ゲーム機だとおもって買うか!
う~~~ん、

そういえば、
サルのこどもはおねしょするんだろうか。
あるいは、
寝大便てあるんだろうか。

おしっこをする、しないは括約筋の働き、
つまり、「意識」の働きなので、
「意識」もお休みの睡眠時には、
どーしても、そそうをしやすい。
おしっこもおならも歯ぎしりもいびきも。

なんでおねしょをするのか、
ってより、
むしろ、
なんでおねしょがなおるのかが
不思議なくらいだ。
叱られたくらいで治るなら、
いびきもなおりそうなものなのに。


2009/06/17(水)
正露丸

お腹がちょっとシクシクするので、
前はいつ買ったのか思い出せないくらい
久しぶりに『正露丸』を買った。
あいかわらず、くさい!
でもこのニオイ、きらいじゃない!
ニオイをかいだだけで、
2割くらい腹痛が治まる。

会社に持っていったらおどろかれた。
(バッグからもニオイが漏れる!)
素の正露丸だったからだ。
どうも、世の中には、
糖衣錠の正露丸ってがあるらしい。
ニオイのしない(もれない)正露丸が。
いつのまに!
しかしまー、
糖をまとった正露丸、
どうもキャラ的に合わないというかなんというか。

そういえば、
体に局所的発疹ができた。
食生活に起因しない腹痛。
突発的な発疹。
睡眠障害。
肩こりから来る吐き気。

体は正直だ。
ストレスと友達だ。
こんなときだけ、
あー、心と体はつながってるんだと
痛感させられるのは、
どーかと思うな(笑)。

正露丸糖衣を初めて知った日、
ベテルギウス(Betelgeuse)という星の名が、
英語読みだと「ビートルジュース」。
そう、あの映画『ビートルジュース』のそれ。
となることを知って、感動。

こういう、ちっこい発見は楽しい。つまり改善しにくい。


2009/06/16(火)
映画館

むかしは、映画館に住みたいと
思ってたくらい映画館が好きで、
映画を見る見ない以前に、
あの空間に居ることが好きだった。
(とくに、すーっと暗くなっていく瞬間)

今ではどちらかというと苦手。
どうしても大画面、高質な音で
見聞きしたい映画以外ではでかけない。
今でもたぶん年間200本くらい
映画を観てると思うけど、
映画館で見るのは、年間2,3本。

なんで映画館が苦手になったのだろう。
時間が自由にならないのはデカイ。
他人がしゃべるのが気になるのもある。
だいたい、
わざわざ出かけていくのがめんどい。
そんなところか。
でも、どれもこれも、
映画館が好きだった頃からあった話。
自宅の映像再生環境が
昔に比べて格段に良くなった。
きれいな画質になった。
テレビが大きくなった。
AVシステムもよくなった。

つまり、
映画(館)自体の環境は
なんにも悪くなっちゃいない
のに対して
自宅(館)の環境が
断然良くなったからというだけの話か。
映画館が苦手になったのではなく、
それ以上に
家が楽ちんになったということか。

一方が悪くなって優劣が変わることがある。
一方が良くなって優劣が変わることもある。
「劣」になって反省しようとしたら、
自分が悪くなって
「劣」になったのなら反省しやすい。
自分が悪くなってないのに、
相手がよくなったために
「劣」になった場合は、反省しにくい。
つまり改善しにくい。

映画館もそうとう反省しにくそうだなー。


2009/06/15(月)
微熱

土曜の夜中、寒いと思って目を覚まし、
しまい忘れていた、羽毛布団をかぶった。
明くる日起きたら、38度の微熱。
昨日は悪寒がしてたんだー、と納得。
平熱が35度台なので、
38度はそこそこ辛い。

んなわけで、
日曜はずっと寝ていた。
寝ながら、ひょっとして
新型インフルエンザかもと思ったら、
ちょっといや~~な気持ちになった。

もし、新型インフルエンザだったら、
土曜日どこをほっつき歩いていたか、
追跡されるんだろう。
「中野ブロードウエイへ、、、」
「1階じゃなくって3回のフィギュアとかある階へ、、、」
(そこ行くのが目的ではなく、
ラーメンたべにいったついでだったんです!
言い訳)
「そのあと、新宿のビッグカメラへ、、、」
「5階のゲーム売り場へ、、、」
(仕事ですから、しょうがないんです!)
とか、
そういう「痛い」週末を報告しなくてはならない、
ひょっとしたら、
それがニュースで流れるかもしれない。
そう思ったら、
いや~~~な気持ちになった。

幸い、本日月曜日、
熱は平熱近くにもどったので、
インフルエンザじゃなかったらしい。
っていうか、
ちょっとお腹が痛かった以外、
咳も鼻水も頭痛も嘔吐もなかったから、
いったい、なんだったんだろう。
よかった。よかった。
(体が治ってよかったのか、
「痛い」週末を報告しなくていいのがよかったのか、、、)
ともかく、よかった。

こういう心配って、
この秋から、
何回もすることになるんだろうなー。


2009/06/10(水)
ホントの普段

リアルな映像とは、
本物的な映像のこととすれば、
「ホントの普段」の見え方って
どーなのよっていう話になる。
つまり、
理想的な環境での撮影って
(十分な照明だったり、
しっかりしたカメラの固定だったり、
高い画素数だったり)
リアルなの?
現実にそういう環境で撮れるの?
そういう環境で撮った映像を見る機会あるの?
ってあたりをちゃんと考えると
(ちゃんとというか、きまじめにというか)
映画なんかでいえば、
ハンディーカメラで撮った映像のような、
照明足りない、手ぶれ大あり、荒い画像
ってほうが「ホントの普段」ってことになる。

古くは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』
最近では『クローバーフィールド』なんかが、
ハンディーカメラで撮った(という設定の)
映像とかで「ホントの普段」を演出している。

21世紀のCG技術を駆使した
「ホントの普段」の映像が、
照明足りない、手ぶれ大あり、荒い画像
だってあたりがおもしろい。


2009/06/05(金)
ゲーム評

昔はゲーム評といったら、
ファミ通の評価を見るくらいしかなかったけど、
最近では、
amazonでも他のネットショップでも
個人のブログでも、
いろんなところでお見かけする。

どの評が正しいのかではなく、
どの評(をする人)が自分の価値観に合うか、
そんなことで、
評を選ぶ時代だ。
(ちなみに、これは競馬評と似ている。
一時期、
100%「攻めの吉田」の言うとおり!
と思っていた時代があった)

で、個人的には、
今、app storeの評が一番しっくりくる。
なんだろ。
まず、
売り手へのビジネス的配慮がない点。
それに、
ハードユーザーっぽくない点かなぁ。
おこちゃま視線じゃない点かなぁ。
素人っぽいところかなぁ。
(まだ)掲示板化していないところかぁ。
ちゃんと評価(プレイしたあとの感想)に
なっているところかなぁ。

一時期、amazonもいい感じだったけど
最近ではけっこう荒れてる感じがする。
(いい感じ=イイ悪いではなく、
 合っている合っていないの意味)

残念なのは、
app storeで売っているゲーム
についてのみであって、
コンシューマゲームの評がないことだ。
だから、あまり役には立っていない。

もうとっくに、
ゲームの数が多すぎて、
普通の人には全てを見渡せなくなっている。
こうなると、
誰かが選んだ中から選ぶ
という方法に頼らざるをえない。
となると、
どの人の「フィルター」が自分に合うか、
そういう選び人をみつけることが、
とっても大事になってくる。


2009/06/02(火)
E3

今年もE3(ゲームショー)が始まった。
数年前行ったとき、
アメリカのブースがほとんど撃ちモノ、
しかも
FPS(一人称シューティング)ばかりだったのに、
心底ビックリした。
なんでみんな同じ遊びなんだ?
なんでみんな同じシステムなんだ?
なんでこんなにたくさん?
違っていると言えば、
宇宙か現代か第二次世界大戦の戦場か
ってくらいのことだけ。
どうして、
こんな同じゲームがこんなにたくさんある?
信じられなかった。

数年後(現在)、
自分がそんなゲームばかり遊ぶ人になるとは、
夢にも思わなかった。
っていうか、
まったく対岸の人だと思っていた。

それまでほとんどゲームをやらなかった人間が、
FPSにはまる。
これは偶然なんだろうか?
どのゲームでも遊び(ルール)が同じ。
どのゲームでも操作性が同じ。
映像もストーリーも同じテイスト。
一度、どれかのゲームをプレイすれば、
あとは、なんの説明もいらない。
どのゲームもすぐに遊べる。
この完全予定調和的システムが、
ゲームをやらない人間には、
ゲームの心理的壁を低くしている。

そうした仕組みが「固定」なので、
ゲーム制作サイドは、
アイデアもお金も
映像や演出にだけ注力できる。
これがコアユーザーを満足させる。

極端なライトユーザーと極端なコアユーザー、
一件、相容れないユーザーが
この1点で結びつくというのがおもしろい。

気がつきませんでした。
バカにしてすみませんでした。
>数年前のE3




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